事業に使っていない不動産や社用資産は、①売買、②剰余金の配当(現物分配)、③役員退職慰労金の現物支給、④会社分割(分割型分割)のいずれかで会社から切り離せます。 実務の基本線は、対象が1〜2件で金額も大きくなければ①売買、不動産が複数あって時価が数億円規模になるなら④会社分割です。
ただし「切り離せば必ず得をする」わけではありません。登録免許税・不動産取得税といった流通税、含み益に対する法人税、鑑定・登記の実費が積み上がり、切り離さずに買い手へそのまま引き継いでもらったほうが安く済むケースもあります。本記事は、どの手法を選ぶか/そもそも切り離すべきかを、税金と費用と期間の3点で判断できるように整理した実務ガイドです。
この記事でわかること:
- 遊休不動産・社用資産を会社から切り離す4つの手法と、税・費用・期間の違い
- 切り離しの対象になる資産のチェックリスト(不動産以外も含む)
- 2026年7月時点の登録免許税・不動産取得税の税率と適用期限
- 固定資産税評価額5,000万円の土地を切り離した場合の費用の目安
- 「法人税法上は適格分割なのに不動産取得税は課税される」という実務で最も誤解が多い論点
- いつまでに着手すべきかの逆算スケジュールと、切り離さないほうがよいケース
この記事は、会社の売却を検討していて、遊休地・旧社屋・別荘・社用車などを買い手に渡さず手元に残したいと考えているオーナー経営者に向けて書いています。
ご注意: 本記事は2026年7月29日時点で確認した公表情報に基づく一般的な整理です。税務・法務の取り扱いは会社の資本構成、資産の内容、都道府県によって結論が変わります。実際のスキーム選定と実行は、必ずM&A実務に精通した税理士・弁護士にご相談ください。

なぜM&A前に遊休不動産・社用資産を切り離すのか
理由は大きく4つあります。最も直接的なのは、使っていない資産を会社に残したまま売ると、その分だけ買収価格が膨らみ、買い手が資金を出しにくくなるからです。
M&Aの企業価値評価では、一般的に次の構造で価格が組み立てられます。
企業価値 = 事業価値 + 非事業用資産の時価
株式価値 = 事業価値 + 非事業用資産の時価 − 有利子負債出典:M&A総合研究所(企業価値評価・バリュエーション解説)、fundbook「企業価値評価(バリュエーション)とは?」(確認日:2026年7月29日)
つまり、時価1億円の遊休地を会社に残したまま売れば、理屈のうえでは株式価値が1億円上がります。売り手にとっては「高く売れる」ように見えますが、実際には次の問題が起こります。
1. 買い手が「使わない資産」に資金を出したがらない
買い手は事業の収益力を評価して買収します。使う予定のない土地や別荘のために追加で1億円の資金調達をするくらいなら、その分は交渉で値引きするか、そもそも案件から降りるという判断になりやすい。買収総額が膨らむと銀行の融資審査も通りにくくなります。
2. オーナーが手元に残したい資産である
賃貸収入がある、相続対策として保有し続けたい、先代から引き継いだ土地で手放したくない——という理由で、そもそも売却対象に含めたくないケースは非常に多いです。
3. 買い手が不動産の保有そのものを嫌がる
資産効率(ROA)の悪化、減損リスク、固定資産税や管理コストの負担を避けたい買い手は少なくありません。特に上場企業や投資ファンドが買い手の場合、非事業用資産は「引き継ぎたくないもの」として扱われます。
4. 会社と個人の資産の混在を解消する必要がある
これはM&Aに限った話ではありません。全国銀行協会・日本商工会議所が事務局を務める「経営者保証に関するガイドライン」は、法人と経営者の関係の明確な区分・分離を求めており、法人の事業用資産が経営者個人名義になっている状態の解消や、法人と経営者の資産・経理の適切な分離を要請しています。
出典:全国銀行協会「経営者保証に関するガイドライン」(PDF)(確認日:2026年7月29日)
つまり資産の切り分けは「M&Aのための小手先の節税策」ではなく、平時から求められている経営管理の一部です。この位置づけを押さえておくことは、後述する租税回避否認リスクへの備えとしても意味があります。
関連記事: 売却前に財務を整える作業全体については「M&A売却前の財務クリーニング」で解説しています。
切り離しの対象になる資産チェックリスト

まずは自社の貸借対照表を開いて、「この資産は事業の売上に貢献しているか」という一点で仕分けしてください。貢献していないものが切り離しの検討対象です。
資産の種類 | 具体例 | 実務での扱われ方 |
|---|---|---|
遊休不動産 | 使っていない土地、旧社屋、稼働停止した旧工場、駐車場 | 金額が大きく、切り離し検討の中心。流通税の負担も大きい |
オーナー私用の不動産 | 社長の自宅(社宅名義)、別荘、保養所 | 買い手はまず引き継ぎたがらない。切り離しの優先度が高い |
賃貸用不動産 | 第三者に貸しているアパート・テナントビル | 収益はあるが本業と無関係。切り離すか、賃貸事業ごと売るかの判断 |
有価証券・出資金 | 取引先の株式、投資有価証券、組合出資 | 取引関係の維持が目的なら残す判断もある |
保険積立金 | 法人契約の生命保険(長期平準定期等) | 解約返戻金の扱いと退職金原資の設計をセットで検討 |
役員貸付金・仮払金 | 社長への貸付、精算されていない仮払い | ほぼ確実にDDで指摘される。クロージング前の精算が原則 |
ゴルフ会員権・リゾート会員権 | 法人名義の会員権 | 名義書換料が必要な場合がある。金額次第では売却して現金化も |
社用車 | オーナー私用の高級車、家族が使う車両 | 時価での買い取りが基本。名義変更と自動車税の按分に注意 |
美術品・骨董品 | 応接室の絵画、社長室の調度品 | 時価の把握が難しく、評価トラブルになりやすい |
この仕分けは、M&Aのデューデリジェンス(DD)で買い手が必ず行う作業でもあります。売り手が先に整理しておけば、DDでの指摘件数が減り、価格交渉の主導権を保ちやすくなります。
関連記事: DD前にどこまで整えるべきかは「M&A DD 売り手の準備チェックリスト」、保険まわりの整理は「会社売却時の法人保険・役員退職金プランの整理ガイド」をご覧ください。
その資産、本当に切り離すべきか(最初の判断)
切り離しは万能ではありません。手法にかかわらず、不動産を動かせば登録免許税・不動産取得税・登記費用・鑑定費用が発生します。 これらは資産を会社に残していれば一切かからないコストです。
次の順で判断してください。
ステップ1:買い手はその資産を欲しがるか
工場の敷地、店舗、営業所のように事業運営に不可欠な不動産は、そもそも切り離してはいけません。切り離すと買い手は別途賃借契約を結ぶ必要が生じ、事業の安定性が下がるため評価が下がります。
ステップ2:オーナーはその資産を持ち続けたいか
持ち続ける意思がなければ、切り離さずに会社に残し、その分を上乗せした株価で売却したほうがシンプルです。切り離してから個人で売却するより、株式譲渡(個人株主なら譲渡所得20.315%の申告分離課税)に含めたほうが税負担が軽くなるケースもあります。
出典:国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)(確認日:2026年7月29日)
ステップ3:含み益か含み損か
含み益が大きい資産を売買や現物支給で動かすと、その時点で法人税等の課税が発生します。一方、含み損がある資産は、切り離しによって譲渡損を実現させ、他の利益と相殺する使い道もあります。どちらが有利かは会社の課税所得の状況次第です。
ステップ4:流通税と手続きコストが、得られるメリットに見合うか
時価500万円のゴルフ会員権のために会社分割を組成するのは明らかに過剰です。逆に、時価5億円の不動産を複数抱えているなら、会社分割の手続きコストを払う価値は十分にあります。
この4ステップを踏んだうえで「切り離す」と決まったら、次章の手法選定に進みます。
切り離しの4つの方法と比較表
会社から資産を外に出す方法は、実務上おおむね次の4つに整理されます。
比較項目 | ①売買 | ②剰余金の配当(現物分配) | ③役員退職慰労金の現物支給 | ④会社分割(分割型分割) |
|---|---|---|---|---|
買い取り資金 | 必要 | 不要 | 不要 | 不要 |
会社側の課税 | 時価譲渡として含み益に法人税等 | 個人株主が受け手の場合は時価譲渡として課税 | 時価譲渡として譲渡損益を認識 | 適格分割なら簿価移転で課税なし |
受け手側の課税 | なし(買主として取得) | 配当所得として総合課税(累進税率) | 退職所得(控除後1/2課税・分離課税) | 適格・按分型なら株主段階の課税なし |
登録免許税(不動産) | 土地 1.5%/建物 2.0% | 原則 2.0% | 原則 2.0% | 2.0% |
不動産取得税 | 土地・住宅3%/非住宅家屋4% | 同左 | 同左 | 非課税要件を満たせば非課税(要件は厳格) |
消費税 | 建物は課税10%/土地は非課税 | 個別に要確認 | 個別に要確認 | 不課税(包括承継) |
手続きの重さ | 軽い(契約書+登記) | 中(株主総会・分配可能額の確認) | 中(株主総会決議・退職金規程) | 重い(分割計画・債権者保護手続・登記) |
期間の目安 | 数週間〜1か月 | 1か月程度 | 1〜2か月 | 2〜3か月以上 |
最大の論点 | 時価の設定(低額譲渡リスク) | 個人株主だと税負担が重い | 過大役員退職給与の否認 | 適格要件と不動産取得税の非課税要件 |
※税率はすべて2026年7月29日時点で確認した内容です。出典は後述の「かかる税金と費用の全体像」を参照してください。土地の登録免許税1.5%は売買による所有権移転が対象の軽減措置であり、配当・現物支給・会社分割による移転には適用されません。
出典:事業承継・M&Aのトリセツ「【分割型分割】M&A時に非事業用資産を切り離すスキーム」、日本M&Aセンター「使い勝手がよい!分割型分割による切り離しスキームを解説」(確認日:2026年7月29日)
資産の状況別・手法の選び方
会社・資産の状況 | 現実的な選択肢 |
|---|---|
遊休資産が1〜2件、時価が数千万円以下で、オーナー個人に買い取り資金がある | ①売買 |
株主が資産管理会社(持株会社)で、100%グループ内の移転になる | ②現物分配(適格現物分配の可能性) |
オーナーが売却と同時に退任予定で、退職金の原資に資産を充てたい | ③役員退職慰労金の現物支給 |
不動産が複数、時価が数億円規模で、買い取り資金を用意できない | ④会社分割(分割型分割) |
社用車・ゴルフ会員権など少額の資産のみ | ①売買、または第三者へ売却して現金化 |
①売買(オーナー個人・資産管理会社が買い取る)
もっとも簡便な方法で、契約書の作成と所有権移転登記だけで完結します。 会社は時価で譲渡するため、帳簿価額との差額が譲渡益(または譲渡損)となり、益が出れば法人税等が課税されます。
最大の論点は「時価をいくらに設定するか」です。時価より低い価額で役員に譲渡すると、税務上は時価で譲渡したものとみなされ、差額が役員給与(役員賞与)と認定されます。 この場合、法人側は損金不算入かつ源泉所得税の徴収漏れ、個人側は給与所得として課税されるという二重の不利益を受けます。逆に、会社が役員から相場より高い価額で買い取った場合も、時価を超える部分が役員賞与と認定されます。
出典:国税庁 No.5202 役員に対する経済的利益、国税庁 No.5730 役員に対する給与(確認日:2026年7月29日)。個別の認定リスクの判断は税理士にご確認ください。
時価の算定には、近隣の売買事例、公示価格、固定資産税評価額÷0.7、相続税路線価÷0.8といった目安を用いる実務がありますが、金額が大きい案件や税務調査での指摘を避けたい案件では、不動産鑑定士による鑑定評価を取得しておくのが安全です。鑑定費用は物件の規模・種別によりますが、支出に見合う保険と考えてよい場面が多くあります。
出典:小谷野税理士法人「同族会社間や親族間で不動産売買や譲渡をするときの時価の算定方法」(確認日:2026年7月29日)
こんな場合に向いています: 対象資産が少なく、買い取り資金を用意できる場合。手続きが軽く、期間も短いため、M&Aの交渉が進んでからでも間に合いやすい。
おすすめしないケース: 時価が高額で資金を用意できない場合。含み益が大きく、法人税負担が重くなる場合。
②剰余金の配当(現物分配)
資産そのものを配当として株主に交付する方法です。買い取り資金が不要な点が売買との違いになります。
税務上、100%グループ内の内国法人間で行われる現物分配は「適格現物分配」に該当し、資産は簿価で移転するため譲渡損益課税が生じません。受け手側も簿価で受け入れ、利益積立金額の異動として処理します。
出典:国税庁「適格現物分配による資本の払戻しを行った場合の税務上の処理について」(確認日:2026年7月29日)
ただし、ここが中小企業では大きな壁になります。 適格現物分配は、法人税法第2条第12号の15で「内国法人を株主等とする完全支配関係がある場合の現物分配」として定義されており、株主に個人が含まれる場合は適格現物分配に該当しないと整理されます。この場合、会社側は時価で譲渡したものとして課税され、受け取ったオーナー個人には配当所得として総合課税(累進税率)が適用されるため、税負担が一気に重くなります。
出典:e-Gov法令検索「法人税法」(第2条第12号の15)(確認日:2026年7月29日)。適用可否は資本構成によって判断が分かれるため、必ず顧問税理士に個別確認してください。
こんな場合に向いています: 資産管理会社や持株会社が100%株主になっている資本構成。
おすすめしないケース: オーナー個人が直接株式を保有している一般的な中小企業。この場合は①③④のほうが有利になりやすい。
③役員退職慰労金の現物支給
オーナーの退任に伴う退職慰労金を、現金ではなく資産そのもので支給する方法です。 買い取り資金が不要で、かつ受け手側は退職所得課税(退職所得控除を差し引いたうえで1/2課税、分離課税)というもっとも軽い課税を使える点が最大のメリットです。
実行上の注意点は3つあります。
- 株主総会決議が必須。 決議を経ずに現物を渡すと、退職金の支給ではなく代物弁済による資産の譲渡として扱われ、想定した税務メリットが失われます。
- 過大役員退職給与として否認されるリスク。 功績倍率方式(最終報酬月額×勤続年数×功績倍率)で算定し、同業・同規模の水準から乖離すると、超過部分は損金不算入となります。役員退職慰労金規程は、M&Aの交渉が始まる前に整備しておくのが望ましいです。
- 法人側は資産を時価で譲渡したものとして譲渡損益を認識するのが一般的。 含み益があれば法人税等が発生します。「買い取り資金が不要=無税」ではありません。
出典:ZEIKEN LINKS「株式譲渡スキームにおける役員慰労退職金支給〜現金支給・現物支給の有利不利判定〜」、M&Aキャピタルパートナーズ「M&Aにおける退職金の扱いとは?」(確認日:2026年7月29日)
こんな場合に向いています: オーナーがクロージングと同時に退任し、勤続年数が長く退職所得控除を十分に使える場合。
おすすめしないケース: オーナーが売却後も長く残る予定の場合。退職金の水準が同業比で説明できない場合。
関連記事: 退職金スキームの計算方法と否認リスクは「M&A時の役員退職慰労金:節税スキームの仕組み・計算方法・注意点」で詳しく扱っています。
④会社分割(分割型分割)

非事業用資産が複数あって金額も大きい場合の本命がこれです。 遊休不動産などを新設会社に移し、オーナーがその新設会社の株式を保有し続け、本業を残した元の会社の株式を買い手に売却します。分割後、2社はオーナーの下で兄弟会社の関係になります。
このスキームの利点は次の通りです。
- 買い取り資金が不要(資産の移転対価は株式)
- 適格分割型分割であれば簿価移転となり、法人段階でも株主段階でも課税が生じない
- 消費税は不課税(包括承継のため、建物を含んでいても消費税が発生しない)
- 売却は株式譲渡で完結するため、個人株主なら譲渡所得20.315%の申告分離課税で済む
- 許認可を維持できる(本業を営む法人格そのものは変わらないため、許認可の再取得が不要)
出典:日本M&Aセンター「使い勝手がよい!分割型分割による切り離しスキームを解説」(確認日:2026年7月29日)
平成29年度税制改正で使いやすくなった点も押さえてください。 改正前は「分割後に同一の者と分割法人・分割承継法人の双方との支配関係が継続すると見込まれること」が要件でしたが、改正後は「同一の者と分割承継法人との支配関係の継続が見込まれること」に改められました(平成29年10月1日以後に行われる分割に適用)。
出典:EY「分割型分割に係る支配関係継続要件の見直し」、デロイト トーマツ「企業グループ内の分割型分割に係る完全支配関係継続要件」、山田&パートナーズ「適格分割の範囲等の見直し」(確認日:2026年7月29日)
ここから導かれる実務上の設計ルールが1つあります。
売却する側を「分割法人(元の会社)」に、手元に残す側を「新設会社(分割承継法人)」に置く。
非事業用資産を切り離す場合は、資産を新設会社へ移してオーナーが保有を続け、本業が残った元の会社を売却します。逆に、不動産を保有する会社ごと売る、いわゆる不動産M&Aでは、本業を新設会社へ移してオーナーが保有を続け、不動産が残った元の会社を売却します。どちらの場合も、売却対象は分割法人(元の会社)の株式になります。
なお、オーナーが100%株式を保有している完全支配関係下の分割型分割であれば、適格要件は金銭等不交付・按分型交付(持株割合に応じた株式交付)・支配関係の継続見込みが中心となり、比較的満たしやすくなります。一方、少数株主がいる場合は按分型交付の設計が煩雑になるため、事前の株式集約を検討する必要があります。
こんな場合に向いています: 遊休不動産が複数ある。時価が数億円規模。買い取り資金がない。許認可を維持したまま本業を売りたい。
おすすめしないケース: 対象資産が少額。M&Aの交渉が既に最終段階で、2〜3か月の手続き期間を取れない。金融機関の担保に供された不動産で、同意が得られる見込みがない。
関連記事: 会社分割そのものの仕組みは「M&A 会社分割(分社型・分割型)とは」、少数株主の整理は「M&A前の少数株主整理・株式集約」で解説しています。
かかる税金と費用の全体像【2026年7月時点】

手法にかかわらず、不動産を動かせば流通税がかかります。 2026年7月時点で確認した税率と適用期限は次の通りです。
税目 | 現行の内容 | 適用期限 |
|---|---|---|
登録免許税(土地・売買による所有権移転) | 本則2.0%(1000分の20)→ 軽減1.5%(1000分の15) | 現時点では令和11年(2029年)3月31日まで延長されている(要確認) |
登録免許税(建物・非住宅の売買) | 2.0%(1000分の20) | — |
登録免許税(会社分割による所有権移転) | 2.0%(1000分の20) ※合併の0.4%とは異なる | — |
不動産取得税 | 土地・住宅 3%/住宅以外の家屋 4% | 3%の特例は現時点では令和9年(2027年)3月31日取得分まで |
不動産取得税(宅地の課税標準) | 固定資産課税台帳登録価格の1/2 | 現時点では令和9年(2027年)3月31日取得分まで |
消費税 | 売買・事業譲渡は建物10%課税/土地は非課税。会社分割は不課税 | — |
印紙税 | 不動産譲渡契約書に課税(売買スキームの場合) | 契約金額に応じた税額表を国税庁で確認 |
出典:国税庁 No.7191 不動産の登記にかかる登録免許税、国税庁「登録免許税の税率の軽減措置に関するお知らせ」(PDF)、岐阜県「不動産取得税Q&A」(いずれも確認日:2026年7月29日)
※税率・軽減措置の適用期限は毎年の税制改正で変わります。 実行前に必ず国税庁および物件所在地の都道府県の最新の公表資料をご確認ください。
※不動産取得税は都道府県税です。税率・特例の運用、非課税申請の書式は都道府県ごとに案内が異なります。実行前に必ず、物件所在地の都道府県の公式サイトまたは県税事務所で確認してください。
費用の目安(固定資産税評価額5,000万円の宅地を切り離す場合)
理解しやすいよう、更地の宅地1筆(固定資産課税台帳登録価格5,000万円)を切り離すと仮定して、流通税だけを比較します。
項目 | ①売買 | ④会社分割(非課税要件を満たす場合) | ④会社分割(非課税要件を満たさない場合) |
|---|---|---|---|
登録免許税 | 5,000万円 × 1.5% = 75万円 | 5,000万円 × 2.0% = 100万円 | 5,000万円 × 2.0% = 100万円 |
不動産取得税 | (5,000万円×1/2) × 3% = 75万円 | 0円 | (5,000万円×1/2) × 3% = 75万円 |
流通税の合計 | 約150万円 | 約100万円 | 約175万円 |
その他 | 印紙税、司法書士報酬、鑑定費用、買い取り資金(時価相当額) | 分割の登記費用、官報公告費用、専門家報酬 | 同左 |
※課税標準は固定資産課税台帳登録価格を用いる前提の概算です。実際の税額は評価額・物件種別・自治体の取り扱いで変動します。建物が含まれる場合は、売買では建物価格に消費税10%が上乗せされる一方、会社分割では不課税である点が金額差として効いてきます。
この試算からわかることは2つあります。第一に、会社分割は不動産取得税の非課税要件を満たせるかどうかで税負担が約75万円変わるということ。第二に、売買スキームでは流通税以上に「買い取り資金5,000万円をどう用意するか」が実務上のボトルネックになるということです。
なお、含み益がある資産を①②③で動かす場合は、これに加えて法人段階で含み益に対する法人税等が発生します。実効税率は会社の規模・所在地・所得水準で異なるため、顧問税理士に個別の試算を依頼してください。
関連記事: 売却全体の税負担は「会社売却の税金・節税 完全ガイド」、手元に残る金額の計算は「M&A売却の手取り額シミュレーション」をご覧ください。
見落としやすい5つの落とし穴
落とし穴1:法人税の「適格分割」=不動産取得税の「非課税」ではない
実務でもっとも誤解が多い論点です。 法人税法上の適格要件と、地方税法上の不動産取得税の非課税要件は、まったく別の基準です。
会社分割に係る不動産取得税の非課税要件(地方税法第73条の7第2号後段、地方税法施行令第37条の14)は、おおむね次の5つとされています。
- 分割対価として、分割承継法人の株式以外の資産が交付されないこと
- (分割型分割の場合)株式が株主の持株数の割合に応じて交付されること(按分型)
- 分割事業に係る主要な資産・負債が承継されること
- 分割事業が分割承継法人において引き続き営まれる見込みであること
- 分割事業に従事する従業者のおおむね80%以上が、分割承継法人の業務に従事する見込みであること
出典:東京都主税局「会社分割に係る不動産取得税の非課税措置について」、M&Aキャピタルパートナーズ「会社分割の不動産取得税とは?」(確認日:2026年7月29日)
ここで問題になるのが、遊休不動産「だけ」を切り出す分割です。移転する対象に事業の実体がない——従業者が誰も移らない、承継法人で営まれる事業が存在しない——という状態では、要件4・5を満たせず、法人税法上は適格分割であっても不動産取得税は課税されるという結果になり得ます。
対策としては、切り離す資産に不動産賃貸事業としての実体を持たせる(賃貸借契約・管理業務・従事者を伴わせる)、あるいは最初から不動産取得税の課税を織り込んで費用計算する、という2方向があります。どちらを選ぶにせよ、実行前に物件所在地の都道府県に事前照会し、専門家に要件充足を確認してもらってください。
落とし穴2:租税回避と見なされるリスク(法人税法132条の2)
会社分割を用いた切り離しスキームは、組織再編成に係る行為計算否認規定(法人税法第132条の2)の適用対象になり得ます。
最高裁は「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の判断にあたり、①通常想定されない手順・方法によるものか、実態と乖離した形式を作出しているかといった不自然さ、②税負担の減少以外に合理的な事業目的等が存在するかを考慮するとしています。
出典:国税庁 税務大学校論叢「組織再編成に係る行為計算否認規定の解釈・適用を巡る諸問題」、長島・大野・常松法律事務所「組織再編成に関する行為計算否認規定を適用してなされた更正処分が初めて取り消された事例」(確認日:2026年7月29日)
危険なのは「M&Aの直前に、税負担の軽減だけを目的に組成した」と見られる形です。 逆に言えば、次のような記録を残しておくことが実務的な防御になります。
- 資産保有目的を明確にした取締役会議事録・稟議書
- 買い手から「不動産は引き継ぎたくない」と示された記録(意向表明書やDD時のやり取り)
- 事業用資産と非事業用資産を分離する経営上の必要性を記した資料
- 顧問税理士・弁護士の意見書
前章で触れた「経営者保証に関するガイドライン」が求める資産分離の趣旨に沿った整理である、という文脈を持たせられれば、事業目的の説明はさらに強くなります。
落とし穴3:低額譲渡による役員賞与認定
売買スキームで最も多いトラブルです。「帳簿価額で買えばよい」「固定資産税評価額で買えばよい」と安易に決めると、時価との差額が役員賞与と認定されます。金額が大きい案件では鑑定評価を取得し、価格決定のプロセスを文書で残してください。
落とし穴4:担保・借入・金融機関との調整
切り離そうとしている不動産に抵当権が設定されている場合、金融機関の同意なしにスキームは実行できません。 会社分割で借入金を移す場合も同様です。日本M&Aセンターの解説でも、担保に供する不動産や金融機関借入金を切り離す場合には金融機関との調整が必要である旨が示されています。
出典:日本M&Aセンター「使い勝手がよい!分割型分割による切り離しスキームを解説」(確認日:2026年7月29日)
さらに、オーナーが個人保証を入れている場合は、切り離しと保証解除の交渉を同じタイミングで進めることになります。金融機関への相談は、スキームを固める前の早い段階で始めてください。
関連記事: 「会社売却 銀行・金融機関への対応方法」「会社売却 個人保証・連帯保証 解除方法」もあわせてご確認ください。
落とし穴5:株主総会決議と議事録の不備
会社分割は原則として株主総会の特別決議が必要です。役員退職慰労金の支給も株主総会決議が必要です。剰余金の配当には分配可能額の確認が要ります。これらの手続きを踏んでいない、あるいは議事録が残っていないと、DDで必ず指摘され、表明保証違反のリスクにもつながります。
関連記事: 「会社売却時の株主総会・特別決議 手続きガイド」で必要な決議と書式を整理しています。
いつまでに着手すべきか【逆算スケジュール】

結論として、切り離しはデューデリジェンス開始の3〜6か月前までに完了させておくのが理想です。 会社分割を使う場合、手続きだけで2〜3か月かかるためです。
会社分割(新設分割)の主な手続きは次の流れになります。
- 分割計画書の作成
- 事前開示書類の備置
- 株主総会の特別決議
- 債権者保護手続(官報公告+知れている債権者への各別催告。異議申述期間は1か月以上)
- 労働契約承継法上の手続(対象となる労働者がいる場合)
- 効力発生・登記
- 事後開示書類の備置
出典:fundbook「新設分割手続きにおける債権者保護の必要性」、M&Aキャピタルパートナーズ「新設分割の手続きとは?」、Authense法律事務所「新設分割とは?手続きの流れとスケジュール例」(確認日:2026年7月29日)
公告は効力発生日の1か月以上前に行う必要があるため、最低でも2〜3か月の準備期間を見込んでください。
時期 | やること |
|---|---|
売却を意識し始めた時点(12〜9か月前) | 資産の棚卸し、事業用/非事業用の仕分け、含み損益の把握、税理士への相談 |
9〜6か月前 | 手法の決定、不動産鑑定評価の取得、金融機関への相談(担保・借入・保証) |
6〜4か月前 | 分割計画書の作成、役員退職慰労金規程の整備、株主総会の準備 |
4〜3か月前 | 株主総会の特別決議、官報公告・債権者への個別催告(1か月以上) |
3〜2か月前 | 効力発生・所有権移転登記、不動産取得税の非課税申請 |
2か月前〜 | M&A仲介会社への打診、企業概要書の作成、DD対応 |
会社売却の準備期間は、一般的に最短3か月から最長2年程度とされます。「買い手が決まってから切り離そう」と考えると、ほぼ間に合いません。 交渉が最終段階に入ってから資産を動かすと、買い手に「価格算定の前提が変わった」と受け取られ、交渉が振り出しに戻るおそれもあります。
出典:M&A総合研究所(会社売却の準備に関する解説)(確認日:2026年7月29日)
関連記事: 時期別にやることを整理した「会社売却チェックリスト|6ヶ月前・3ヶ月前・1ヶ月前にやること」「会社売却の準備チェックリスト」も参考にしてください。
切り離しを検討すべき企業/切り離さない判断もある企業
切り離しを検討する価値が高い企業
- 遊休地・旧社屋・旧工場を保有し、事業では一切使っていない(買い手にとって純粋な負担になる)
- 社長の自宅・別荘・保養所が会社名義になっている(買い手が引き継ぎを拒否するのが通常)
- 不動産の時価が数億円規模で、株価を大きく押し上げている(買い手の資金調達がボトルネックになる)
- オーナーが売却後も賃貸収入を得たい、相続対策として保有を続けたい
- 役員貸付金・仮払金が残っている(DDで必ず指摘される。切り離し以前に精算が原則)
- 売却まで6か月以上の時間的余裕がある(会社分割の手続き期間を確保できる)
切り離さない判断もありうるケース
- 工場・店舗・営業所など、事業運営に不可欠な不動産(切り離すと事業の安定性が落ち、評価が下がる)
- 買い手が不動産ごと取得したいと明言している(切り離すと交渉がこじれる)
- 含み損を抱えた不動産(会社に残したまま売却価格の調整項目とするほうが合理的な場合がある)
- 対象が社用車・ゴルフ会員権など少額の資産のみ(流通税・専門家報酬が節税効果を上回る)
- オーナーに買い取り資金がなく、資産管理会社もなく、分割の時間も取れない
- オーナーが不動産の管理・納税・修繕の手間を負いたくない(切り離した後の維持コストは個人負担になる)
判断のポイントは「切り離した後、その資産をどうするのか」まで決まっているかどうかです。 切り離した不動産の固定資産税、修繕費、管理業務はすべてオーナー個人(または資産管理会社)の負担に移ります。賃貸に出す、保有し続ける、数年後に売る——出口が決まっていないまま切り離すと、税負担だけ払って管理の手間が増える結果になりかねません。
オーナー個人名義の不動産を会社が使っている場合の整理
中小企業では、切り離しとは逆のパターンも頻出します。 「土地はオーナー個人名義、建物は会社名義」「不動産はすべてオーナー個人名義で、会社が相場より安い賃料で借りている」といった形です。
この場合に必要なのは資産の切り離しではなく、M&A後の使用条件を確定させる作業です。同族関係だからこそ許容されていた「土地の無償返還に関する届出書」や相場より低い賃料は、株主が第三者に変わった時点で維持できなくなります。 買い手は通常、賃料を近隣相場に改定することを求めます。
実務上の選択肢は次の4つです。
選択肢 | 内容 | 留意点 |
|---|---|---|
①買い手がオーナーから土地・建物を買い取る | 買い手が不動産も含めて取得する | 買収総額が増える。買い手の資金調達力次第 |
②オーナーが会社から建物を買い取り、買い手に賃貸する | 不動産をオーナー側に集約 | 賃貸借契約の期間・更新条件を明文化する必要 |
③会社が別の場所に移転する | 賃貸借関係を解消 | 移転コストと事業への影響が大きい |
④賃料を相場に改定して賃貸借を継続する | 現状の関係を市場条件に合わせる | 賃料上昇分だけ会社の利益が減り、株価評価に影響する |
出典:NECキャピタルソリューション「親族承継からM&Aに移行した場合に考えておくべきこととは?」(確認日:2026年7月29日)
なお株価評価の面では、土地の無償返還に関する届出書を提出していても、賃貸借契約の場合には同族会社の株式評価上、自用地評価額の20%を借地権相当額として純資産に加算する取り扱いがあります(相続税評価の文脈)。これは株価を押し上げる方向に働くため、事前に把握しておくべき論点です。
出典:税理士法人レガシィ「土地の無償返還に関する届出とは?」、東京メトロポリタン税理士法人「土地の無償返還の届出をしている場合の評価」(確認日:2026年7月29日)
※相続税評価のルールと、M&Aにおける時価純資産法での評価は別の考え方です。混同しないようご注意ください。株価算定の考え方は「非上場株式の価値算定・株価評価方法」で解説しています。
よくある質問
Q. 切り離した不動産を、売却後に買い手企業へ賃貸してもよいですか?
実務では珍しくない形です。ただし賃料は近隣相場の水準にし、賃貸借契約書を正式に締結してください。オーナーと買い手の間に継続的な取引関係が残るため、買い手はDDで契約期間・更新条件・解約条項を必ず確認します。関係者間取引として、契約条件の妥当性を説明できる資料を用意しておくと交渉がスムーズです。
Q. オーナー個人と資産管理会社、どちらで受けるべきですか?
保有目的と将来の出口によって変わります。賃貸収入が継続的に発生し、相続まで見据えるなら資産管理会社を使う設計が検討されます。一方、単に手元に残したいだけで収益もない資産であれば、個人で受けても大きな差は生じにくいでしょう。資産管理会社の新設には設立費用と毎年の法人住民税均等割がかかる点も含めて、税理士と比較してください。
Q. 含み損のある不動産はどう扱えばよいですか?
売買で切り離せば譲渡損が実現し、同じ事業年度の他の利益と相殺できる可能性があります。ただし損失を作ることが主目的と見られる価格設定は避け、時価の根拠を残してください。会社に残して売却価格の減額要因とするほうが手続きが軽いケースもあるため、両案の税引後キャッシュを比較して決めるのが現実的です。
Q. 切り離しを買い手に伝えなくてもよいですか?
伝えてください。過去の資産移動はDDで必ず判明します。事前に説明せず後から発覚すると、価格交渉のやり直しや表明保証違反の主張につながります。むしろ「買い手が引き継ぎたくない資産を先に整理しました」と説明できる状態のほうが、交渉上は有利に働きます。
Q. 役員貸付金や仮払金も、同じように切り離せますか?
貸付金は資産の移転ではなく債権債務の問題なので、原則はクロージング前にオーナーが返済して消し込みます。返済原資がない場合、役員退職慰労金と相殺する、売却代金から精算するといった処理が検討されますが、いずれも税務上の論点があるため個別に税理士へ相談してください。
Q. 会社分割をすると、許認可は取り直しになりますか?
分割型分割で本業を元の会社に残す設計であれば、事業を営む法人格そのものは変わらないため、許認可を維持できるのが通常です。ただし、切り離す側に許認可が紐づいている場合や、業種によっては届出が必要な場合があります。許認可の所管官庁に事前確認するのが確実です。
Q. 中小M&Aガイドラインに、資産の切り離しのルールは書かれていますか?
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」は2024年8月30日に第3版が公表され、仲介者・FAに対する規律(テール条項の適正化、名称の適正化、利益相反の防止、手数料体系の明示など)が具体化されました。ただしこのガイドラインは、仲介者・FAの行動指針と売り手・買い手の心構えを定めたものであり、非事業用資産の切り離しといった個別スキームの可否を判断する基準ではありません。切り離しの是非は税法・会社法の問題として、税理士・弁護士に確認してください。
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」(確認日:2026年7月29日)
まとめ:判断の順番を間違えないこと
遊休不動産・社用資産の切り離しは、次の順で考えれば大きく外しません。
- 仕分ける — 貸借対照表を開き、事業の売上に貢献していない資産を洗い出す
- 切り離すか決める — 買い手が欲しがるか、オーナーが持ち続けたいか、含み損益はどうかで判断する
- 手法を選ぶ — 資産が1〜2件なら売買、資産管理会社が株主なら現物分配、退任と同時なら役員退職慰労金の現物支給、資産が多く高額なら会社分割
- 費用を試算する — 登録免許税・不動産取得税・消費税・含み益への法人税・専門家報酬を積み上げ、切り離さない場合と比較する
- 落とし穴を潰す — 不動産取得税の非課税要件、租税回避否認、時価の設定、金融機関の同意、株主総会決議
- 逆算して着手する — 会社分割なら手続きだけで2〜3か月。DD開始の3〜6か月前には終えておく
最後にもう一度お伝えします。 本記事で紹介した税率・要件は2026年7月29日時点で確認した内容であり、税制は毎年改正されます。不動産取得税は都道府県ごとに運用が異なり、適格要件の判定は資本構成と資産の実態によって結論が変わります。スキームの選定と実行は、必ずM&A実務の経験がある税理士・弁護士に依頼し、事前に所轄の税務署・県税事務所へ照会したうえで進めてください。
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