EBITDA倍率(EV/EBITDAマルチプル)とは、企業価値(EV)がEBITDA(利払前・税引前・償却前利益)の何倍に相当するかを示す指標です。 M&Aの企業価値算定で最も広く使われており、「買収コストを本業利益で何年で回収できるか」の目安として、売り手・買い手双方の交渉の出発点になります。
中小企業M&Aでは全業界平均で5.4倍(日本M&Aセンター成約実績データ、2022年公開コラムより)とされていますが、業種によって3倍から20倍以上まで差があるため、一律の目安だけで判断するのは危険です。
この記事でわかること:
- EBITDA倍率の定義と計算方法(具体的な計算例付き)
- 業種別の適正倍率【2024年データ】
- 自社の売却価格をEBITDA倍率で試算する4つのステップ
- 中小企業M&Aで重要な「調整EBITDA」の考え方
- DCF法・年買法との違いと使い分け
- 売り手がEBITDA倍率を高めるための具体策
想定読者: M&Aによる会社売却を検討している中小企業の経営者、「自社はいくらで売れるのか」の概算を知りたい方、M&Aアドバイザーから提示された評価額の妥当性を確認したい方
EBITDA倍率(EV/EBITDAマルチプル)の基本 — 定義と計算式

EBITDA倍率は、M&Aにおいて「対象企業が割安か割高か」を判断するための代表的な指標です。野村證券では「簡易買収倍率」とも呼ばれています(出典: 野村證券 証券用語解説集、2026年4月確認)。
倍率が低いほど割安(投資回収が早い)、高いほど割高と判断されるのが基本的な考え方です。
EBITDAとは
EBITDA(イービットディーエー) は、Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization の略で、日本語では「利払前・税引前・償却前利益」と訳されます。読み方は「イービットディーエー」「イービッダー」「イービットダー」など複数の呼び方があります。
企業の本業におけるキャッシュ創出力を示す指標であり、以下の理由からM&Aの企業価値算定に適しています。
- 会計基準の差異を排除できる — 減価償却方法や税制が異なる企業同士でも比較が可能
- 借入構造の影響を受けない — 有利子負債の多寡に左右されず本業の収益力を測定できる
- 国際比較にも使える — 国をまたいだ企業評価の共通尺度として広く採用されている
EBITDAの計算式:
計算方法 | 計算式 | 特徴 |
|---|---|---|
簡便法(よく使われる) | 営業利益 + 減価償却費 | 決算書から即座に算出可能 |
詳細法 | 税引前当期純利益 + 支払利息 + 法人税等 + 減価償却費 | より正確だが計算が煩雑 |
実務では、中小企業M&Aの初期検討段階には簡便法(営業利益+減価償却費) で十分とされています(出典: 三井住友銀行 Business Navi、2026年4月確認)。
EV(企業価値)とは
EV(Enterprise Value) は、企業全体の価値を表す指標です。株主にとっての価値(株式時価総額)だけでなく、借入金の返済義務も含めた「企業を丸ごと買うためのコスト」と考えるとわかりやすいでしょう。
EVの計算式:
EV(企業価値) = 株式時価総額 + 有利子負債 − 現預金
中小企業(非上場)のM&Aでは、「株式時価総額」はM&A時の株式譲渡対価に相当する点に注意が必要です(出典: バトンズ、2026年4月確認)。つまり、EVから有利子負債を差し引いた金額が、売り手オーナーが実際に受け取る金額の目安になります。
EBITDA倍率の計算式
EBITDA倍率(EV/EBITDA倍率)の計算式:
EV/EBITDA倍率 = EV(企業価値) ÷ EBITDA
具体的な計算例(M&A総合研究所の例をもとに作成):
ある中小企業A社の財務データが以下のとおりだとします。
項目 | 金額 |
|---|---|
株式時価総額(≒ 株式譲渡対価) | 10億円 |
有利子負債 | 4,000万円 |
現預金 | 1億円 |
営業利益 | 1億円 |
減価償却費 | 2,000万円 |
計算手順:
- EVの算出: 10億円 + 4,000万円 − 1億円 = 9億4,000万円
- EBITDAの算出: 1億円 + 2,000万円 = 1億2,000万円
- EBITDA倍率: 9億4,000万円 ÷ 1億2,000万円 = 約7.8倍
この会社の場合、買い手は投資額を本業利益で回収するのに約7.8年かかる計算になります。
業種別EBITDA倍率の目安

EBITDA倍率の適正水準は業種によって大きく異なります。「全業種で5倍が目安」といった一律の基準で判断すると、大幅に損をする(あるいは非現実的な期待を持つ)可能性があるため注意が必要です。
上場企業の平均倍率
東証上場企業のEV/EBITDA倍率の全業種中央値は7.5倍です(平均値は外れ値の影響で13.9倍まで押し上がっています)。一般的に8倍以下であれば割安と判断される目安がありますが、これはあくまで全体傾向であり、業種ごとに見なければ意味がありません。
(出典: M&Aサクシード、M&A総合研究所、2026年4月確認)
中小企業M&Aの実績倍率
中小企業のM&Aでは、上場企業よりも低い倍率になる傾向があります。これは「流動性ディスカウント」(非上場株式は市場での売買ができないため割引される)や、規模・知名度のリスクを反映しているためです。
- 日本M&Aセンター成約実績の全業界平均: 5.4倍(出典: 日本M&Aセンター、2022年公開コラム)
- 中小企業M&Aの適正レンジ: 3〜10倍(出典: バトンズ、みつきコンサルティング)
- 買い手の一般的な投資回収基準: 3〜5年(出典: M&Aサクシード)
M&Aキャピタルパートナーズでは「5倍未満が割安、10倍以上が割高」という目安を示しています(出典: M&Aキャピタルパートナーズ、2026年4月確認)。
業種別EBITDA倍率一覧
以下に、日本の上場企業ベースの業種別データと、中小企業M&A実務での目安を整理します。
■ 上場企業ベース(2024年データ・東証33業種分類)
業種 | 中央値 | 備考 |
|---|---|---|
不動産業 | 10.5倍 | 資産価値を反映 |
医薬品 | 10.3倍 | 高い成長期待 |
小売業 | 9.0倍 | バランスシートが軽い |
情報・通信業 | 8.9倍 | 無形資産による高収益 |
食料品 | 8.4倍 | 安定した需要 |
サービス業 | 8.0倍 | 人材が主な資産 |
パルプ・紙 | 5.8倍 | 資本集約型 |
鉄鋼 | 4.8倍 | 大規模な設備投資が必要 |
輸送用機器 | 4.3倍 | 資本集約型・景気変動の影響大 |
(出典: みつきコンサルティング(2024年データ)、zaimani.com、プルータス・マネジメントアドバイザリー。平均値は外れ値の影響が大きいため、実態に近い中央値を掲載しています)
■ 日本M&Aセンター成約実績ベース
業種 | EBITDA倍率 |
|---|---|
全業界平均 | 5.4倍 |
飲食業 | 6.2倍 |
金属・プラスチック関連 | 5.7倍 |
一般機械・電気機器 | 5.3倍 |
建設業 | 4.4倍 |
(出典: 日本M&Aセンター、2022年公開コラム。データの時期について公式コラムに明示されていないため、最新の成約実績とは異なる場合があります)
■ 中小企業M&A実務の目安
業種カテゴリ | EBITDA倍率目安 | 特徴 |
|---|---|---|
IT・SaaS・ヘルスケア | 10〜20倍以上 | 高い限界利益率、スケーラビリティ |
サービス業一般 | 5〜8倍 | 人材への依存度が高い |
製造業一般 | 4〜7倍 | 設備投資が必要 |
建設・印刷・一部製造業 | 3〜5倍 | 成長率が低く、投資負担が大きい |
運送・物流 | 3倍前後 | 車両等の設備更新コストが高い |
(出典: プライマリーアドバイザリー、2026年4月確認)
「全業種一律5倍」は危険 — 業種ごとの判断が必須
M&Aの初期相談や簡易的な記事で「EBITDA倍率は5倍が目安」という説明を見かけることがあります。しかし、上記のデータからわかるように、業種によって適正倍率は3倍から20倍以上まで大きく異なります。
たとえば、IT・SaaS企業を「5倍」で評価すれば著しく過小評価になりますし、運送業を「8倍」で評価すれば買い手は見つかりにくいでしょう。
売り手が押さえておくべきポイント:
- 自社と同じ業種の倍率水準を必ず確認する
- 上場企業のデータと中小企業M&Aの実績データは分けて考える
- 買い手が「安く買おう」として低い倍率を持ち出してきた場合に備え、業界データを手元に持っておく
M&Aサクシードも「個別の企業が割安かどうかを判断するには大雑把な指標であり、実際には他にもさまざまな角度から分析して判断する必要がある」と注意喚起しています。
自社の売却価格をEBITDA倍率で試算する4つのステップ

「自分の会社はいくらで売れるのか」は、売却を検討する経営者にとって最大の関心事です。ここでは、EBITDA倍率を使って自社の売却価格の概算を出す手順を紹介します。
注意: ここで算出する数値はあくまで概算です。実際の売却価格は買い手との交渉によって決まります。正確な企業価値評価は、M&Aアドバイザーや公認会計士に依頼することを強くおすすめします。
Step 1: EBITDAを算出する
まず、直近の決算書から以下の数値を確認します。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
例: 営業利益が8,000万円、減価償却費が2,000万円の場合
→ EBITDA = 8,000万円 + 2,000万円 = 1億円
なお、直近1期だけでなく、過去3期分の平均を使うとより安定した数値になります。特定の年だけ好業績(または不振)だった場合の歪みを避けるためです。
Step 2: 調整EBITDA(Adjusted EBITDA)に修正する
中小企業のM&Aでは、Step 1で算出したEBITDAをそのまま使わず、「調整EBITDA」に修正するのが実務上の標準です。詳しくは次のセクションで解説しますが、主な調整項目は以下のとおりです。
- オーナーへの過大報酬 → 市場水準との差額を利益に加算
- 節税目的の経費(法人保険・高級車リース等) → 利益に加算
- 一時的な特別損失・特別利益 → 除外
例: 上記の会社でオーナー報酬が年2,000万円(市場水準は800万円)の場合
→ 調整額 = 2,000万円 − 800万円 = 1,200万円
→ 調整後EBITDA = 1億円 + 1,200万円 = 1億1,200万円
Step 3: 業種の適正倍率を調べる
前セクションの業種別一覧から、自社の業種に該当する倍率を確認します。ぴったり当てはまる業種がない場合は、類似業種の倍率を複数参照してください。
例: 製造業の場合 → 中小企業M&Aの目安は 4〜7倍
Step 4: レンジ計算で売却価格を算出する
倍率を1つに絞らず、保守的〜楽観的のレンジで計算するのがポイントです。
例: 調整後EBITDA 1億1,200万円、業種の適正倍率 4〜7倍の場合
シナリオ | 倍率 | 企業価値(EV) | 有利子負債 | 想定株式価値(≒売却価格) |
|---|---|---|---|---|
保守的 | 4倍 | 4億4,800万円 | 3,000万円 | 約4億1,800万円 |
標準的 | 5.4倍 | 6億480万円 | 3,000万円 | 約5億7,480万円 |
楽観的 | 7倍 | 7億8,400万円 | 3,000万円 | 約7億5,400万円 |
※ 株式価値 = EV − 有利子負債(+ 現預金は加算。ここでは簡略化のため省略)
このレンジを把握しておくことで、M&Aアドバイザーから提示された評価額が妥当かどうかを判断する材料になります。
関連記事: 売却価格の算定方法全般については「会社売却 いくらで売れる?相場・算定方法」で詳しく解説しています。
調整EBITDA(Adjusted EBITDA)— 中小企業M&Aで見落とせないポイント
中小企業のM&Aでは、決算書上のEBITDAをそのまま使うのではなく、「調整EBITDA」に修正したうえで倍率を適用するのが実務上の標準です。
調整EBITDAとは、一時的・非経常的な要因やオーナー特有の費用を取り除き、事業の「正常な収益力」をより正確に把握するための指標です。
主な調整項目
調整カテゴリ | 具体例 | 調整の方向 |
|---|---|---|
オーナー関連費用 | オーナーへの過大報酬・役員報酬 | 利益に加算 |
節税目的の経費 | 法人保険、高級車リース、過大な交際費 | 利益に加算 |
非経常的損益 | 一時的な特別損失・特別利益 | 除外 |
関連当事者取引 | 親族会社との市場外取引 | 時価に修正 |
会計処理の修正 | 減価償却の不足・過大、引当金の計上漏れ | 適正化 |
(出典: ソーシングブラザーズ、ZEIKEN LINKS、2026年4月確認)
売り手が注意すべき点
調整EBITDAは評価者の判断次第で結果が大きく変わるため、以下の点に注意してください。
- 売却準備の段階で、自社の調整項目をリストアップしておく — 買い手やアドバイザーに指摘される前に整理しておくと交渉で有利に働く
- 調整の根拠を説明できるようにする — 「なぜこの費用はオーナー個人の支出とみなせるのか」を具体的に説明できる状態にしておく
- 専門家(M&Aアドバイザー・公認会計士)のサポートを受ける — 調整項目の抜け漏れや過大な調整は、買い手からの信頼を損なう
※調整EBITDAの算定は企業価値評価の核心部分です。税務・会計の詳細については、公認会計士や税理士への相談をおすすめします。
企業価値評価の3つの手法 — EBITDA倍率法・DCF法・年買法の違い
M&Aにおける企業価値の算定方法は、EBITDA倍率法だけではありません。現時点では、大きく3つのアプローチが使われています。
アプローチ | 手法名 | 概要 |
|---|---|---|
マーケットアプローチ | EBITDA倍率法(マルチプル法) | 類似企業の倍率を基準に相対評価する |
インカムアプローチ | DCF法 | 将来のキャッシュフローの現在価値を算出する |
コストアプローチ | 年買法(純資産+のれん) | 時価純資産に「営業利益×年数」を加算する |
3つの手法の詳細比較
比較項目 | EBITDA倍率法 | DCF法 | 年買法 |
|---|---|---|---|
基準とするデータ | 過去実績(EBITDA) | 将来予測(キャッシュフロー) | 時価純資産+過去利益 |
計算の簡便性 | 比較的簡単 | 複雑(専門家が必要) | 簡単 |
客観性 | 高い(市場データに基づく) | 低い(前提次第で大きく変動) | 中程度 |
将来の成長性の反映 | 限定的 | 反映可能 | 反映しない |
よく使われる場面 | M&A初期検討・ファンド投資 | 大型案件・事業会社同士のM&A | 中小企業M&A(伝統的) |
主な限界 | 類似企業の選定が難しい | 恣意的になりやすい | 収益力を適切に反映しにくい |
(出典: M&Aキャピタルパートナーズ、str.co.jp 公認会計士解説、弥報Online 小宮一慶氏解説、2026年4月確認)
どの手法を使うべきか — 場面別の選び方
それぞれの手法に優劣があるわけではなく、状況に応じて使い分ける、あるいは複数の手法を併用して妥当性を検証するのが実務の標準です。
EBITDA倍率法がおすすめの場面:
- M&Aの初期検討段階で、まず「ざっくりした価格感」を把握したいとき
- 類似する上場企業や過去のM&A事例のデータが入手できるとき
- 買い手がファンド(投資ファンド・PEファンド)であるとき
DCF法がおすすめの場面:
- 対象企業の将来成長が見込まれ、その成長を価格に反映させたいとき
- 大型案件で、精緻な評価が求められるとき
- 事業計画が策定されており、将来のキャッシュフロー予測が可能なとき
年買法がおすすめの場面:
- 小規模な中小企業のM&Aで、簡便に価格の目安を出したいとき
- 資産(不動産・設備等)が多い企業の評価をするとき
- M&Aの経験が少ない当事者間で、わかりやすい計算根拠が必要なとき
関連記事: M&Aの手数料体系と費用感については「M&A費用・手数料の相場」をあわせてご確認ください。
EBITDA倍率でM&Aの企業価値を算定する5つのメリット
EBITDA倍率法が多くのM&Aで採用される理由は、以下の5つです。
1. 計算が比較的簡便
DCF法のように将来のキャッシュフロー予測や割引率の設定が不要で、公開情報だけで算定できます。初期検討段階で素早く概算を出せる点が実務上の大きな利点です。
2. 客観性が高い
上場企業の株価データや過去のM&A事例という「市場の実績データ」に基づくため、DCF法に比べて恣意性が低く、買い手・売り手の双方が納得しやすい傾向があります。
3. 国際比較が可能
会計基準・税制・減価償却方法の差異を排除できるため、国をまたいだ企業比較にも使えます。グローバルなM&Aで広く採用されているのはこの理由です。
4. 収益力をより正確に反映
営業利益だけでは見えない減価償却費を加味し、企業のキャッシュ創出力を把握できます。設備投資の多い製造業と、人材が資産のサービス業を同じ土台で比較する際に有効です。
5. M&Aの初期検討で迅速に目安を把握できる
「この会社は買う価値があるか」を素早くスクリーニングするためのツールとして、ファンドや投資銀行で標準的に使われています。
EBITDA倍率の6つの限界と注意点
メリットの多いEBITDA倍率ですが、万能ではありません。以下の限界を理解したうえで活用することが重要です。
1. 過去実績ベースのため、将来の成長を反映しにくい
EBITDAは過去の損益計算書に基づくため、「今後大きく伸びる」あるいは「市場が縮小する」といった将来の変化を倍率に織り込むには限界があります。
2. 設備投資計画を考慮できない
EBITDAには設備投資(CAPEX)が反映されていません。大型の設備更新が迫っている企業では、EBITDAは高くてもフリーキャッシュフローは低い場合があり、倍率だけで判断すると買い手にとって不利になることがあります。
3. 類似企業の選定が難しい
特に中小企業は「10社10色」で、事業内容・規模・地域・成長段階がすべて一致する類似企業を見つけるのは容易ではありません。どの企業を「類似」とみなすかで倍率が変わるため、選定根拠の透明性が求められます。
4. 一時的要因に左右される
特別損失や特別利益、一時的な大口案件の受注など、非経常的な要因でEBITDAが歪むことがあります。この問題は調整EBITDA(前述)で対応しますが、調整の妥当性自体が論点になることもあります。
5. 倍率 = 投資回収年数ではない
「EBITDA倍率5倍 = 5年で投資回収」と解説されることがありますが、厳密にはEBITDAは税引前の数字です。法人税の負担があるため、実際の投資回収には倍率以上の年数がかかる点に注意が必要です。
6. バランスシートに表れない問題を検出しにくい
売掛金の滞留、簿外負債(偶発債務)、訴訟リスクなどはEBITDA倍率には反映されません。これらはデューデリジェンス(DD)で別途確認する必要があります。
売り手がEBITDA倍率を高めるための7つの具体策

EBITDA倍率を高めるということは、結果として「売却価格を上げる」ことを意味します。売却を検討している経営者が準備段階でできることを整理します。
1. 収益性の向上 — EBITDAの分子を大きくする
売上拡大や粗利率の改善によってEBITDA自体を高めるのが最も直接的な方法です。売却の2〜3年前から取り組むと、実績として説得力が出ます。
2. コスト削減・業務効率化
不要な経費の削減や業務プロセスの見直しでEBITDAを改善します。ただし、売却直前の急激なコスト削減は買い手に「持続可能ではない」と見抜かれることもあるため注意が必要です。
3. 有利子負債の圧縮
ネット有利子負債(有利子負債 − 現預金)を減らすことで、EV(企業価値)から差し引かれる金額が小さくなり、売り手が受け取る株式価値が増加します。
4. 調整EBITDAの事前整理
オーナー報酬の過大分や節税目的の経費を明確にリストアップしておきましょう。調整項目を買い手に説明できる状態にしておくことで、正常な収益力を適切にアピールできます。
5. 顧客基盤の分散
大口顧客への依存度が高い企業はリスクが高いと見なされ、倍率が低く評価されがちです。売却前に顧客の分散を進めておくと、安定性のアピールにつながります。
6. IT化・DX推進による生産性向上
業務のデジタル化により一人当たりの売上高を高めることは、買い手にとって「成長余地がある」というポジティブなシグナルになります。
7. 非事業用資産の整理
事業に直接関係しない資産(遊休不動産、使われていない設備等)は、売却してキャッシュ化するか、EV計算から除外できるよう整理しておくと有利です。
関連記事: 売却価格を最大化するための準備については「M&A 売却価格を上げる方法」でも解説しています。
EBITDA倍率法での算定がおすすめの企業・おすすめしない企業
こんな企業にはEBITDA倍率法がおすすめ
- 安定した営業利益が出ている企業 — 過去3年程度、EBITDAが安定しているか右肩上がりの企業には適しています
- 同じ業種の上場企業やM&A事例がある企業 — 類似企業の倍率データが入手できれば、客観的な評価が可能です
- M&Aの初期段階で、まず売却価格の目安を知りたい企業 — 詳細なDCF分析の前に概算を掴みたい場合に最適です
- PEファンドや投資会社への売却を検討している企業 — ファンドはEBITDA倍率をベースに投資判断を行うことが多い
こんな企業にはおすすめしないケース
- 赤字企業、またはEBITDAが極端に低い企業 — EBITDAがゼロまたはマイナスの場合、倍率が算出できない(あるいは意味をなさない)
- 急成長中のスタートアップ — 過去実績ベースのEBITDAでは将来の成長ポテンシャルを反映できず、過小評価になるリスクがある
- 不動産・資産が主な価値を構成する企業 — 年買法や純資産法のほうが実態に近い評価になることがある
- 今後大規模な設備投資が必要な企業 — EBITDAには設備投資負担が反映されないため、買い手にとってミスリーディングな評価になり得る
- 業種的に類似企業が見つかりにくい企業 — ニッチな事業を展開している場合、適切な倍率の設定が困難
EBITDA倍率に影響する要因
買い手がEBITDA倍率を判断する際、以下のような要因を総合的に考慮しています。売り手にとっては「自社の倍率はなぜこの水準なのか」を理解するための参考になります。
倍率が高くなる要因 | 倍率が低くなる要因 |
|---|---|
高成長業種(IT・SaaS・ヘルスケア等) | 成熟産業(鉄鋼・輸送機器等) |
設備投資が少ない(バランスシートが軽い) | 設備投資が大きい(バランスシートが重い) |
安定的な収益基盤(ストック型ビジネス) | 収益が不安定(フロー型・季節変動大) |
独自の技術・特許・ブランド | 参入障壁が低い |
顧客基盤が分散している | 大口顧客への依存度が高い |
経営者に依存しない組織体制 | 経営者個人の能力に強く依存 |
(出典: M&Aサクシード、みつきコンサルティング、M&Aキャピタルパートナーズ、2026年4月確認)
よくある質問(FAQ)
Q1. EBITDA倍率とPER(株価収益率)の違いは?
EBITDA倍率(EV/EBITDA)は企業全体の価値に対する本業の利益を見る指標で、資本構成(借入の多さ)の影響を受けにくいのが特徴です。一方、PER(Price Earnings Ratio)は株価に対する純利益の比率で、税金や支払利息の影響を受けます。M&Aの企業価値算定ではEBITDA倍率のほうが広く使われます。
Q2. EBITDA倍率の「適正値」はいくつですか?
一律の適正値は存在しません。中小企業M&Aの全業界平均は5.4倍(日本M&Aセンター成約実績、2022年公開コラムより)ですが、業種によって3倍から20倍以上まで差があります。自社の業種に合った倍率を、上場企業のデータやM&A成約実績から確認することが重要です。
Q3. EBITDAがマイナスの場合、EBITDA倍率は使えますか?
基本的に使えません。EBITDAがマイナス(本業で赤字)の場合、倍率を掛けても意味のある企業価値は算出できません。赤字企業の場合は、純資産法や将来の黒字転換を織り込むDCF法を検討する必要があります。
Q4. EBITDA倍率を自分で計算して、M&Aアドバイザーに提示してもよいですか?
概算を自分で把握しておくこと自体は有益です。ただし、EBITDAは会計基準上の公式な指標ではなく、計算方法(特に調整EBITDA)がアドバイザーによって異なることがあります。自身の概算はあくまで「交渉材料の一つ」として位置づけ、正式な評価は専門家に依頼するのが安全です。
Q5. 海外の企業と比較する場合もEBITDA倍率は使えますか?
EBITDA倍率は国際比較に適した指標として設計されています。会計基準(日本基準・IFRS・US GAAP)や税制の差異を排除して収益力を比較できるため、クロスボーダーM&Aでも標準的に使われています。
Q6. EBITDA倍率の算定を依頼する場合、費用はいくらかかりますか?
企業価値評価(バリュエーション)の費用は、M&Aアドバイザーや規模・手法によって大きく異なります。一般的な目安として、簡易評価で50万〜100万円程度、正式な評価報告書で100万〜300万円程度とされています。M&A仲介会社によっては、仲介契約の一環として無料で実施する場合もあります(出典: 各社公式サイト等、2026年4月確認。実際の費用はアドバイザーにお問い合わせください)。詳しくは「M&A費用・手数料の相場」をご参照ください。
まとめ
EBITDA倍率(EV/EBITDAマルチプル)は、M&Aにおける企業価値算定の最も基本的な指標です。「買収コストを本業利益で何年で回収できるか」を簡便に測定でき、M&Aの初期検討から交渉の基礎資料まで幅広く活用されています。
この記事のポイント:
- EBITDA倍率 = EV(企業価値) ÷ EBITDA(営業利益+減価償却費)
- 中小企業M&Aの全業界平均は5.4倍だが、業種によって3〜20倍以上の差がある
- 「全業種一律5倍」という目安は危険。自社の業種に合った倍率で判断すること
- 中小企業M&Aでは調整EBITDA(オーナー報酬等を修正)で正常な収益力を示すことが重要
- EBITDA倍率法は簡便で客観性が高い反面、将来成長や設備投資計画を反映しにくい限界がある
- DCF法・年買法と複数の手法を併用して妥当性を検証するのが実務上の標準
重要: 企業価値の算定は高額取引の意思決定に直結します。本記事の計算例や倍率データはあくまで参考情報です。実際のM&Aにおいては、M&Aアドバイザー・公認会計士・税理士などの専門家に相談のうえ、正式な評価を受けることを強くおすすめします。
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