M&Aの株式譲渡契約で「第三者の著作権を侵害していない」と表明保証したにもかかわらず、実際にはソフトウェアの違法コピーが行われていた場合、売り手はどのような責任を負うのでしょうか。東京地裁令和3年6月18日判決(通称「プロサンドバッギング事件」)は、売り手の損害賠償責任を認めたうえで、プロ・サンドバッギング条項の有効性を正面から肯定した数少ない日本の判例です。
この記事でわかること:
- M&Aにおける表明保証と知的財産権の関係
- 東京地裁令和3年判決(プロサンドバッギング事件)の事案・争点・判断の全容
- プロ・サンドバッギング条項の意味と、売り手にとってのリスク
- 先行判例(アルコ事件)との比較から読み取れる裁判所の傾向
- 売却前にやるべきソフトウェアライセンス・著作権の自己チェック
この記事は、会社の売却を検討しているオーナー経営者や、M&A契約の実務に携わる方を対象にしています。 特にソフトウェア事業やIT企業の売却を考えている方にとっては、見落とすと致命的な内容です。
注意: 本記事は法律事務所の判例解説・法律専門家の分析など公開情報に基づく情報提供を目的としています。実際のM&Aにおける法的判断は、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。また、「プロサンドバッギング事件」「プロサンド事件」は法律実務家の間で便宜的に使われる通称であり、正式な事件名称ではありません。
M&Aにおける表明保証と知的財産権の基礎知識

M&A契約書に必ずと言ってよいほど含まれる「表明保証条項」のうち、知的財産権に関する条項は見落とされがちですが、違反した場合の損害賠償は高額になりやすい項目です。まずは基本を押さえておきましょう。
表明保証(レプワラ)とは
表明保証とは、M&A契約(株式譲渡契約等)において、契約当事者が自身または対象会社に関する一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する契約条項です。
英語では「Representations and Warranties」(略称:レプワラ)と呼ばれ、日本のM&A実務でも標準的に使われています。対象は幅広く、法務・税務・財務・労務・事業内容など、対象会社のあらゆる側面に及びます。
表明保証に違反していた場合、買い手は売り手に対して損害賠償(補償)を請求できるのが原則です。M&Aは取引金額が大きいため、表明保証違反による損害賠償も数千万〜数億円規模になることがあり、売り手にとって軽視できないリスクです。
(出典: M&Aキャピタルパートナーズ公式サイト、2026年4月確認)
知的財産権に関する表明保証の典型条項
株式譲渡契約書には、知的財産権について以下のような表明保証条項が含まれるのが一般的です。
- 「対象会社は、事業に必要な知的財産権を適法に保有または使用許諾を受けている」
- 「対象会社の事業活動は、第三者の特許権、商標権、著作権等の知的財産権を侵害していない」
- 「対象会社に対し、知的財産権の侵害を主張する者はいない」
これらに違反していた場合——たとえば自社製品に他社のソフトウェアを無断で組み込んでいた、ライセンス未購入のまま顧客に販売していたといったケースでは、売り手は表明保証違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。
(出典: M&Aキャピタルパートナーズ公式サイト、M&A総合研究所、2026年4月確認)
【判例解説】東京地裁令和3年6月18日判決の全容

東京地裁令和3年6月18日判決は、著作権(ソフトウェアライセンス)の侵害が表明保証違反に該当するか、そしてプロ・サンドバッギング条項は有効かという2つの重要論点を正面から判断した判例です。
M&Aにおいて知的財産権の表明保証違反が争われた裁判例は希少であり、ソフトウェア事業やIT企業の売却を検討するオーナーにとって、必ず知っておくべき判例といえます。
事案の概要 — ソフトウェアの違法コピーが発覚
買い手がA株式会社の全株式を取得する株式譲渡契約を締結した事案です。
対象会社の事業内容:
A社は「接骨院用レセプト発行システム」「鍼灸マッサージ管理システム」などの業務用ソフトウェアを製造・販売していました。
問題となった著作権侵害の内容:
A社の製品をパソコンにインストールして使うためには、D社が開発したクライアント運用パッケージ(ランタイム)のインストールが必要でした。本来であれば、顧客ごとにD社のランタイムライセンスを購入する必要があります。
ところが、A社はD社のランタイムCD-ROMを無断で複製し、ライセンスを購入することなく顧客に自社製品をインストール・販売していました。これは著作権法上の複製権侵害にあたります。
売り手による隠蔽行為:
この事件で特に問題視されたのが、売り手側の対応です。
- 売り手の代表者は著作権侵害の事実を認識しながら放置していた
- 自社の従業員に対して口止めを行っていた
- 買い手に対して従業員への接触を避けるよう要求していた
(出典: 松尾綜合法律事務所「M&Aにおける表明保証違反の損害補償(賠償)について その1」、2026年4月確認)
3つの争点
裁判では、主に以下の3つが争われました。
争点 | 問題の内容 |
|---|---|
争点1: 表明保証違反の成否 | D社ランタイムの無断複製・ライセンス未購入での販売が、「第三者の著作権を侵害していない」という表明保証に違反するか |
争点2: プロ・サンドバッギング条項の解釈 | 買い手がデューディリジェンス(DD)で違反を知り得た場合でも、売り手は補償債務を負うか |
争点3: 買い手の重過失の有無 | 買い手がDDで著作権侵害を発見できなかったことに重大な過失があるか |
特に争点2が注目されたのは、この契約書に以下のプロ・サンドバッギング条項が含まれていたためです。
「売主及び買主は,買主及び買主のグループ会社の行った対象会社に関するデュー・ディリジェンスは,売主保証の有効性,並びに,売主保証違反に関する補償…に,何らの影響も与えないことを確認する。」
この条項は、DDの結果がどうであれ、表明保証違反があれば補償請求ができるという意味を持ちます。
裁判所の判断 — 4つのポイント
裁判所は、以下のように判断を下しました。
1. 表明保証違反を認定
D社のランタイムCD-ROMの無断複製とライセンス未購入での販売は、著作権法上の複製権侵害に該当すると認定。契約書の「第三者の著作権を侵害していない」という表明保証への違反が成立するとしました。
2. プロ・サンドバッギング条項の効力を肯定
契約書に明記されたプロ・サンドバッギング条項に基づき、DDで買い手が違反を知り得た場合であっても売り手は補償債務を免れないと解釈しました。
3. 買い手の重過失を否定
売り手の代表者が著作権侵害を放置し、従業員への口止めを行い、買い手と従業員との接触を制限していた事実を重視。こうした隠蔽行為がある状況下で、買い手がDDにおいて問題を発見できなかったことは重大な過失にはあたらないと判断しました。
4. 結論:売り手の損害賠償責任を認容
以上から、売り手の表明保証違反に基づく損害賠償責任が認められました。
この判例が実務上重要な4つの理由
本判決がM&A実務家の間で注目されているのは、以下の理由からです。
- 日本でプロ・サンドバッギング条項の有効性を正面から認めた希少な判例——契約条項どおりの効力を裁判所が肯定した先例的意義がある
- 著作権(ソフトウェアライセンス)が表明保証違反の対象になることを明確に示した——知的財産DDの重要性を裏付けている
- 売り手による口止め・情報隠蔽が裁判所に極めて否定的に評価された——隠蔽は損害を拡大させる
- ソフトウェア事業のM&A特有のリスクとして、ランタイム・ライブラリのライセンス管理が浮き彫りになった
(出典: 松尾綜合法律事務所コラム、弁護士法人M&A総合法律事務所、2026年4月確認)
プロ・サンドバッギング条項とは?3類型の違いと売り手のリスク

プロサンドバッギング事件を理解するうえで欠かせない「サンドバッギング条項」について解説します。この条項の有無と内容は、M&A契約における売り手と買い手のリスク配分を大きく左右する交渉上の重要事項です。
3類型の比較
類型 | 定義 | 有利な側 | 実務上のポイント |
|---|---|---|---|
プロ・サンドバッギング | 買い手が表明保証違反を認識していた場合でも補償請求を認める | 買い手に有利 | DDで発見しきれないリスクに対する安全装置。本件の判例で有効性が肯定された |
アンチ・サンドバッギング | 買い手が表明保証違反を認識していた場合は補償請求を制限する | 売り手に有利 | 売り手としてはこの条項を入れたい。免責範囲が広がる |
サイレント(条項なし) | どちらの条項も契約書に設けない | 裁判所の判断による | 日本では判例法理が確定しておらず、リスクの予測が難しい |
(出典: MARR Online M&A用語集、M&Aキャピタルパートナーズ公式サイト、2026年4月確認)
日本の裁判例法理の現状
日本のサンドバッギングに関する裁判所の立場は、現時点では以下のような傾向にあります。
- サイレント(条項なし)の場合は、アンチ・サンドバッギング寄りの判断がなされる傾向がある。つまり、買い手が悪意(違反を知っていた)または重過失で知り得た場合は、補償請求が制限されうる
- ただし判例法理は明確に固まっていない。個別事案の事実関係、特に売り手の隠蔽行為の有無に大きく左右される
- プロ・サンドバッギング条項の有効性を正面から否定した裁判例は存在しない
- 信義則や権利濫用の法理に基づいて、プロ・サンドバッギング条項の適用が制限される余地はある
- 令和に入ってからも10件近い表明保証関連の判決が出されており、法理は発展途上にある
売り手にとってのポイントは明確です。プロ・サンドバッギング条項が契約に含まれている場合、問題を隠しても隠さなくても補償責任を免れにくい。 であれば、問題は隠すよりも開示する方が合理的です。
(出典: 西村あさひ法律事務所ニューズレター2014年11月号、松尾綜合法律事務所コラム、弁護士法人M&A総合法律事務所、2026年4月確認)
関連判例:アルコ事件(東京地裁平成18年1月17日判決)との比較
プロサンドバッギング事件の位置づけを正確に理解するには、サンドバッギングに関する日本のリーディングケースとされるアルコ事件との比較が欠かせません。
アルコ事件の概要と裁判所の判断
アルコ事件は、買い手が消費者金融会社の全株式を取得した事案です。売り手は赤字決算を回避するため、和解債権の処理を操作(元本充当を利息充当に変更)し、これを故意に秘匿していました。
裁判所は、以下の重要な判示を行いました。
「売主が表明保証を行った事項に関して違反していることを買主が知らないことについて重大な過失があると認められる場合には、悪意の場合と同視し、売主は表明保証責任を免れる」
つまり、買い手に重大な過失がなければ、売り手の表明保証責任は免除されないという基準を示したのです。また裁判所は、DDは買い手の「権利」であって「義務」ではないと明言し、DDで問題を発見できなかったこと自体は重過失にあたらないとしました。
(出典: 立命館大学法学部水島治教授判例研究、苗村法律事務所、2026年4月確認)
2つの判例の比較表
比較項目 | プロサンドバッギング事件(令和3年) | アルコ事件(平成18年) |
|---|---|---|
対象会社の業種 | ソフトウェア製造販売(医療系) | 消費者金融 |
表明保証違反の内容 | 著作権侵害(ランタイムの違法コピー) | 簿外債務(和解債権の操作) |
売り手の隠蔽行為 | 口止め、従業員との接触制限 | 和解債権処理の故意秘匿 |
サンドバッギング条項 | プロ・サンドバッギング条項あり | 明示的条項なし(サイレント) |
買い手の重過失 | 否定 | 否定 |
結論 | 売り手の賠償責任を認容 | 売り手の賠償責任を認容 |
実務上の意義 | プロサンド条項の有効性を正面から肯定 | DDは「義務」ではなく「権利」と明示 |
2つの判例に共通する教訓があります。売り手による情報の隠蔽・秘匿は、裁判所に極めて否定的に評価されるということです。 問題を認識しながら隠す行為は、契約の構成がどうであれ、売り手の免責を困難にします。
売り手オーナーが売却前にやるべき5つの対策

この判例から得られる最も実践的な教訓は、M&Aの交渉開始前に知的財産権のリスクを自ら洗い出し、適正化しておくことの重要性です。
以下の5つの対策を、売却検討段階で実施することをおすすめします。
対策1:ソフトウェアライセンスの棚卸し
自社が使用・販売しているソフトウェアについて、以下を一つずつ確認します。
- 業務利用ソフトウェアのライセンス契約が有効期間内か
- 自社製品に組み込んでいる第三者のランタイム・ライブラリ・フレームワークのライセンスは正しく取得されているか
- パッケージソフトのインストール数がライセンスで許諾された台数を超えていないか
- オープンソースソフトウェア(OSS)のライセンス条件(GPL、MIT、Apache等)を遵守しているか
対策2:問題を発見したら隠さず早期に開示する
本件で売り手が厳しい責任を負った最大の原因の一つは、著作権侵害を知りながら放置し、口止めを行ったことです。
問題を発見した場合は、速やかにM&Aアドバイザーや弁護士に相談し、適切な対応方針を決めることが最善です。隠蔽は発覚したときのダメージを大幅に増大させます。
対策3:表明保証条項の範囲を事前に把握する
M&A契約書のドラフト段階で弁護士とともに表明保証条項の内容を精査し、知的財産権の非侵害に関する条項が含まれているかを確認しましょう。含まれている場合、著作権侵害は表明保証違反になりえます。
また、プロ・サンドバッギング条項が含まれている場合は、その意味と自社にとってのリスクを正確に理解しておくことが不可欠です。売り手側の弁護士と連携し、アンチ・サンドバッギング条項への変更を交渉するという選択肢もあります。
対策4:開示別紙(ディスクロージャー・スケジュール)を活用する
既知の問題がある場合、表明保証条項に対する例外事項として開示別紙に明記する方法があります。開示別紙に記載された事項は、原則として表明保証違反の対象外となるため、売り手のリスクを大幅に軽減できます。
ただし、問題の重大さによっては取引条件の見直しや価格調整につながることもあるため、弁護士と相談のうえで慎重に進めてください。
対策5:M&A前にコンプライアンスを整備する
問題のあるライセンスがあるなら、M&Aの交渉が始まる前に正規ライセンスを取得してしまう方が、結果的にはコスト効率が良いケースがほとんどです。
正規ライセンスの取得費用と、表明保証違反で損害賠償を請求されるリスクの大きさを比較すれば、事前の対応が合理的であることは明らかでしょう。
著作権リスクが高い企業・低い企業の特徴
すべてのM&Aで著作権の表明保証違反が問題になるわけではありません。自社がどの程度のリスクを抱えているか、以下の表で確認してみてください。
特に注意が必要な企業
企業の特徴 | リスクが高い理由 |
|---|---|
ソフトウェア製品を自社で開発・販売している | 第三者のランタイム・ライブラリのライセンス管理が不十分になりやすい |
外部委託やフリーランスに開発を依頼している | ソースコードの著作権帰属が曖昧になりやすい |
OSSを利用した製品を提供している | GPL等のコピーレフト型ライセンス条件に抵触するリスク |
社内でパッケージソフトを大量に利用している | インストール数がライセンス条件を超過している可能性 |
コンテンツ制作事業(Web・デザイン等)を営んでいる | 素材・フォント・画像のライセンス管理漏れ |
創業期に正規ライセンスを取得しないまま成長した | 初期段階の未整備が放置されているケースが多い |
リスクが比較的低い企業
- 自社でソフトウェア開発を行っていない製造業・小売業
- 知的財産管理体制が整備された企業(ISO認証等)
- ソフトウェア資産管理(SAM)を定期実施している企業
- ライセンス監査の仕組みが整っている企業
リスクが低い企業であっても、M&Aの前には知的財産権の確認を怠らないことが重要です。 想定外の問題が見つかるケースは珍しくありません。
売り手が備えるべき — 買い手はここをチェックしている
M&Aにおいて買い手は、財務DD・法務DDだけでなく知的財産DD(知財デューディリジェンス)を実施します。売り手としては、買い手がどの項目をチェックするかを事前に把握し、問題がないか自社で確認しておくことがリスク回避の第一歩です。
特にソフトウェア事業やIT企業の売却を検討している場合、以下の項目は買い手が重点的に調査する可能性が高い領域です。
チェック項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
ソフトウェアライセンス | 対象会社が利用・販売する全ソフトウェアのライセンス状況 |
ソースコードの権利帰属 | 自社開発か外部委託か、著作権の帰属は契約で明確になっているか |
OSSの利用状況 | 利用しているOSSの一覧と、各ライセンス条件の遵守状況 |
商標権 | 商号・ブランド名の商標登録は適切に行われているか |
特許権 | 事業に必要な特許の保有・ライセンスは確保されているか |
第三者からのクレーム履歴 | 過去に知的財産権の侵害を主張された経緯はないか |
従業員インタビュー | DD期間中に対象会社の従業員に直接話を聞く機会が確保されているか |
プロサンドバッギング事件で特に注目すべきなのは、売り手が買い手と従業員との接触を制限していた点です。 買い手はこのような対応を重大な警戒サイン(レッドフラグ)と捉えます。売り手としては、DD期間中の従業員アクセスを不自然に制限しないことが、信頼関係の維持と円滑な取引につながります。
なお、買い手は契約書にプロ・サンドバッギング条項を入れることでリスクに備えるのが一般的です。売り手としては、この条項が含まれる場合のリスクを正確に理解し、必要に応じて弁護士と交渉戦略を検討してください。
表明保証保険は著作権リスクをカバーするか
近年、日本でも普及が進んでいる表明保証保険(Warranty & Indemnity Insurance)ですが、知的財産権に関するリスクのカバーについては過度な期待は禁物です。
一般的に、表明保証保険では以下のリスクが免責事項(除外対象)とされる傾向があります。
- 知的財産権に関するリスク
- 詐欺・不正行為によるリスク
- 環境リスク
つまり、本件のような著作権侵害のリスクは、表明保証保険に加入していてもカバーされない可能性が高いのが現状です。さらに、売り手が問題を故意に隠蔽していた場合は、いずれにしても保険の対象外となります。
表明保証保険があるから安心、ということにはなりません。事前の知的財産DDと、契約書における表明保証条項の適切な設計が、リスク管理の基本です。
(出典: M&Aキャピタルパートナーズ公式サイト、M&Aロイヤルアドバイザリー、2026年4月確認)
よくある質問(FAQ)
Q. 表明保証違反に基づく補償請求には期限がありますか?
通常、株式譲渡契約で補償請求期間(サバイバル期間)が定められています。一般的にはクロージングから1〜3年程度の設定が多いですが、契約内容によって異なります。詐欺や故意の隠蔽の場合は期間制限が適用されないケースもあります。具体的な期間設計は弁護士と相談のうえで決めてください。
Q. 表明保証違反が発覚したら、M&A自体を取り消せますか?
クロージング後に発覚した場合、通常はM&A自体の取消しではなく金銭による損害賠償(補償)で解決されるケースが一般的です。一方、クロージング前に重大な表明保証違反が発覚した場合は、クロージング条件の不充足として取引を中止(契約解除)できる可能性もあります。
Q. 中小企業のM&Aでもサンドバッギング条項は問題になりますか?
中小企業のM&Aでもサンドバッギング条項が問題になるケースは増えています。ただし、大型案件と比べて契約書が簡素な場合、条項が明記されていない(サイレント)こともあります。サイレントの場合、現時点ではアンチ・サンドバッギング寄りの判断がなされる傾向がありますが、確定した法理ではないため、弁護士と相談のうえで条項の要否を検討してください。
Q. 知的財産DDの費用相場はどのくらいですか?
対象会社の規模・業種・知的財産の種類によって大きく変わります。中小企業のM&Aでは、法務DD全体の一部として知的財産分野に数十万〜数百万円程度が割かれるのが一般的です。ソフトウェア企業やテクノロジー企業の場合は、IT専門の監査が追加で必要になることもあり、費用が上振れする傾向にあります。具体的な見積りはM&A仲介会社や法律事務所にお問い合わせください。
Q. 著作権侵害を売却前に自社で発見した場合、どうすべきですか?
まず弁護士に相談し、侵害の範囲と対応方針を確認することが最優先です。そのうえで、正規ライセンスの取得や侵害状態の解消を速やかに進めます。M&Aを進める場合は、開示別紙(ディスクロージャー・スケジュール)に既知の問題として記載し、買い手に事前開示することで表明保証違反のリスクを軽減できます。くれぐれも隠蔽は避けてください。本判例が示すとおり、隠蔽は事態を悪化させるだけです。
Q. この判例の判決文は一般公開されていますか?
現時点では、裁判所のウェブサイト(courts.go.jp)での全文公開は確認できていません。法律事務所の判例解説コラム等で概要が公開されていますが、全文の確認にはWestlaw JapanやLexisNexisなどの有料判例データベースの利用が必要な可能性があります。事件番号や具体的な損害賠償額についても、公開情報からは確認に至っていません。
まとめ — この判例から売り手が学ぶべき3つの教訓
東京地裁令和3年6月18日判決(プロサンドバッギング事件)は、M&Aにおける著作権侵害の表明保証違反とプロ・サンドバッギング条項の有効性について重要な判断を示した判例です。
売り手オーナーが押さえるべき3つの教訓:
- ソフトウェアライセンスや著作権の問題は、M&Aの表明保証違反に直結する。 ランタイムの無断複製、ライセンス未購入といった事実は、損害賠償請求の根拠になりうる
- 問題を隠蔽すると、裁判所に極めて不利に評価される。 口止め・情報制限は売り手の免責を否定する決定的要因になる。発見したら速やかに開示するのが最善
- プロ・サンドバッギング条項がある契約では、DDの範囲にかかわらず売り手は補償責任を負いうる。 契約書の条項内容を事前に把握し、弁護士と対策を協議することが重要
会社の売却を検討している方は、交渉に入る前の段階で知的財産権のリスクを自主的に洗い出し、必要な是正を完了しておくことが最も有効な防衛策です。
※表明保証条項の設計、知的財産DDの実施、開示別紙の作成などは、M&Aに精通した弁護士やM&Aアドバイザーの専門知識が不可欠です。費用面の負担を考えても、専門家への早期相談が結果的に最もコスト効率の高い選択となります。
関連記事:
主要参考文献:
出典 | 確認日 |
|---|---|
松尾綜合法律事務所「M&Aにおける表明保証違反の損害補償(賠償)について その1」 | 2026年4月11日 |
弁護士法人M&A総合法律事務所「サンドバッキング条項」 | 2026年4月11日 |
弁護士法人M&A総合法律事務所「表明保証違反の効果」 | 2026年4月11日 |
苗村法律事務所「表明保証条項の法的意義」 | 2026年4月11日 |
BUSINESS LAWYERS「表明保証違反の事実認定・損害認定」 | 2026年4月11日 |
MARR Online M&A用語集「サンドバッギング条項」 | 2026年4月11日 |
M&Aキャピタルパートナーズ公式サイト「表明保証とは」 | 2026年4月11日 |
M&A総合研究所「表明保証と表明保証条項」 | 2026年4月11日 |
西村あさひ法律事務所ニューズレター(2014年11月号) | 2026年4月11日 |
横井伸「中小M&A契約の主観的解釈とサンドバッキング」企業法学研究12(2), 2024年 | 2026年4月11日 |
