株式を全部ではなく一部だけ売ることはできます。ただし「何%を売るか」で経営権の所在が会社法上ほぼ機械的に決まり、さらに「残した株式をいつ・いくらで・誰に売るか」を最初の契約で決めておかないと、残した株は現金化できない資産になります。 一部株式譲渡でつまずくオーナーの多くは、譲渡比率の交渉に集中するあまり、残す側の出口設計を後回しにしてしまっています。
この記事でわかること:
- 議決権比率ごとに「誰が何を決められるか」の線引き(買い手側・売り手側の両方)
- 一部株式譲渡の3つの型(過半数譲渡・支配権完全移転・少数持分譲渡)の違い
- 「100%で10億円の会社の49%は4.9億円か?」という価格の現実
- 誰に売るかで20.315%と最大約55%に分かれる税金の分岐
- 段階的売却(セカンドクロージング)の設計方法と実例
- 少数株主として残るときに必ず入れる契約条項8項目
- 一部株式譲渡で致命傷になる3つの失敗パターン
この記事は、「会社を売りたいが100%は手放したくない」「経営権は渡すが株は少し残したい」「まず一部だけ売って段階的に引退したい」と考えている中小企業のオーナー経営者に向けて書いています。
ご注意: 本記事の税務・法務に関する記述は、公表資料をもとにした一般的な整理です。実際の課税関係や契約条項の妥当性は、会社の資本構成・定款・株主構成・過去の贈与や相続の履歴によって結論が変わります。具体的な判断は必ず税理士・弁護士にご相談ください。
一部株式譲渡とは|全部売らずに一部だけ売るという選択
一部株式譲渡とは、株主が保有する株式の全部ではなく一部のみを第三者に譲渡することです。 株式譲渡そのものが「保有株式のすべてまたは一部を譲受先に譲渡し、会社の経営権を移転させる方法」と説明されており、一部だけを売ることは制度上問題ありません(日本M&Aセンター用語集ほか/2026年8月16日確認)。
中小企業のM&Aでは100%譲渡が多数を占めますが、実務では次のような理由から一部譲渡が選ばれます。
- 経営権は渡したいが、事業の将来性を信じているので株は少し残したい
- 資金は必要だが、経営の主導権は手放したくない(パートナー探し)
- 一気に引退するのではなく、数年かけて段階的に手を引きたい
- 業績連動で残株を高く売り直したい
似ているが決定的に違う4つのスキーム
一部株式譲渡を検討し始めると、必ず「第三者割当増資」「資本業務提携」といった選択肢が並走して出てきます。ここを混同したまま話を進めると、「お金が誰の口座に入るか」を勘違いしたまま契約することになります。
スキーム | 動くもの | お金の入り先 | 経営権への影響 |
|---|---|---|---|
一部株式譲渡(本記事) | 既存株主が持っている株式の一部 | オーナー個人 | 譲渡比率に応じて移転 |
第三者割当増資(資本業務提携型) | 新たに発行する株式 | 会社 | 既存株主の持分が希薄化 |
事業譲渡(一部) | 事業そのもの(資産・契約・従業員) | 会社 | 会社の支配権は変わらない |
会社分割+株式譲渡 | 切り出した会社の株式 | 会社またはオーナー | 分割した事業だけが移転 |
複数の仲介会社の公式解説で共通して整理されているとおり、資本業務提携(第三者割当増資)では資金が会社に入るのに対し、株式譲渡では売却代金がオーナー個人に支払われます(出典: みつきコンサルティング/ストライク公式解説、2026年8月16日確認)。
つまり、判断の出発点はシンプルです。
- オーナー個人が現金を得たい → 一部株式譲渡
- 会社の運転資金・成長資金がほしい → 第三者割当増資(資本業務提携)
この2つを取り違えると、「株を売ったのに手元に現金が入らない」あるいは「会社にお金は入ったが自分の老後資金にはならない」という結果になります。
スキームそのものの全体像を先に押さえたい方はこちらをご覧ください。
関連記事:M&Aスキームとは?種類・選び方をわかりやすく解説 / 株式譲渡とは?仕組み・手続き・税金をわかりやすく解説
何%売るかで何が変わるか|議決権比率の早見表

一部株式譲渡の設計は、まず「会社法上、何%でどこまで決められるか」を確認するところから始まります。 ここは交渉で動かせない線引きなので、比率の議論はすべてこの表を前提に進めます。
買い手が取得する比率と、買い手にできること
譲渡後の買い手の議決権 | 買い手にできること | 売り手(オーナー)の状態 |
|---|---|---|
100% | すべて単独で決定。完全子会社化 | 完全撤退 |
90%以上 | 特別支配株主として株式等売渡請求(スクイーズアウト)ができる(会社法179条) | 残った株を強制的に買い取られる可能性がある |
2/3超 | 特別決議を単独可決(定款変更・組織再編・事業譲渡・募集株式の発行など。会社法309条2項) | 拒否権を失う |
過半数(1/2超) | 普通決議を単独可決=取締役の選任・解任。実質的な経営権の移転 | 社長職は自動的には保証されない |
1/3超〜1/2以下 | 特別決議を単独で否決できる(拒否権) | オーナーが経営権を維持 |
1/3以下 | 経営に対する影響力は限定的 | オーナーが経営権を維持 |
会社法179条の株式等売渡請求は、総株主の議決権の10分の9(90%)以上を「単独で」保有する株主が対象です(定款で要件を加重できます)。取締役会設置会社では取締役会の承認で足り、株主総会の決議は不要とされています。つまり90%以上を渡した時点で、残した株式を保有し続ける決定権は自分の手を離れることになります。
売り手が「残す側」として確認すべき権利
上位に出てくる比率表の多くは買い手目線ですが、一部譲渡を検討するオーナーが本当に見るべきは「自分が何%残せば何ができるか」です。
残す議決権比率 | 主な権利 |
|---|---|
1/3超 | 特別決議の拒否権(定款変更・組織再編・重要な事業譲渡などを止められる) |
10%以上 | 解散請求権など |
3%以上 | 会計帳簿閲覧謄写請求権、株主総会招集請求権 |
1%以上 | 株主提案権(公開会社・取締役会設置会社の場合。6か月の保有要件あり) |
1%未満 | 単独株主権(議決権行使、剰余金配当請求、代表訴訟提起権など)にとどまる |
出典:会社法179条・297条・303条・309条・433条・833条(e-Gov法令検索、2026年8月16日確認)。実務上の整理はデイライト法律事務所・ベリーベスト法律事務所・ネクスパート法律事務所ほかの公開解説を参照(同日確認)。
注意点: 決議要件は定款で加重されている場合があります(例:特別決議の要件を「3/4以上」としているなど)。比率設計を詰める前に、必ず自社の定款を確認してください。※条文解釈や自社への当てはめは弁護士への確認をおすすめします。
実務上の結論
以上を売り手の判断材料に落とし込むと、次の3本の線が重要になります。
- 1/3超を残せるか — 残せるなら、買い手が勝手に会社の形を変えることを止められる
- 過半数を渡すか — 渡した時点で、社長を続けられるかは契約次第になる
- 90%以上を渡さないか — 渡すと、残した株式を強制的に買い取られる可能性が生じる
自分以外にも株主がいる状態で一部譲渡を検討している場合は、先に株主構成の整理が必要になることがあります。
関連記事:M&A前の少数株主整理・株式集約 完全ガイド
一部株式譲渡の3つの型|過半数譲渡・支配権完全移転・少数持分譲渡
一部株式譲渡は、譲渡比率によって大きく3つの型に分かれます。 どの型を選ぶかで、価格・税金・買い手の受け入れやすさ・出口の作りやすさがすべて変わります。
比較項目 | ①過半数譲渡型(51〜66%) | ②支配権完全移転型(67〜89%) | ③少数持分譲渡型(〜49%) |
|---|---|---|---|
経営権 | 買い手に移転(取締役の選解任権) | 買い手が単独で組織再編まで決定可能 | オーナーが維持 |
オーナーの立場 | 少数株主+(契約次第で)社長継続 | 少数株主。拒否権なし | 引き続き支配株主 |
主な目的 | 経営権を渡しつつ将来の値上がり益も狙う | 実質的な売却。残株は次回売却用 | 資金調達・パートナー獲得 |
価格の傾向 | 支配権が移るためプレミアムが乗りうる | 同上 | 支配権が伴わずディスカウントされやすい |
買い手の受容度 | 事業会社は消極的、ファンドは比較的柔軟 | 比較的受け入れられやすい | 事業会社は限定的。資本提携目的なら成立 |
残株の出口 | 契約で明文化しないと詰みやすい | 90%ラインに注意。売渡請求リスク | オーナー主導で自由度は高い |
税金(第三者へ譲渡) | 譲渡益に20.315% | 同左 | 同左 |
こんなケース向き | 数年かけて引退したい | ほぼ引退だが少しだけ残したい | 引退の予定はなく成長資金がほしい |
①過半数譲渡型(51〜66%)
もっとも相談の多い型です。買い手が過半数を取ることで取締役の選解任権を握るため、実質的な経営権は移転します。ただし2/3には届かないため、定款変更や組織再編には売り手の同意が要る状態が残ります。「社長は続けたい」という希望と両立しやすい一方、社長職の継続は契約で担保しない限り保証されません。
②支配権完全移転型(67〜89%)
買い手が特別決議まで単独で通せる状態です。実務上はほぼ売却完了に近く、売り手の残株は「次のタイミングで売るための持分」という位置づけになります。90%を超えると株式等売渡請求の対象になり得るため、残す比率は10%超を確保しておくのが一般的な考え方です(ただし買い手が既に他の株主から買い増す可能性も踏まえて設計します)。
③少数持分譲渡型(〜49%)
いわゆるマイノリティ出資を受ける形です。経営権はオーナーに残ります。ただし買い手(出資者)にとっては経営をコントロールできない投資になるため、事業会社が単純な株式取得で応じるケースは限定的で、業務提携とセットになることがほとんどです。また、オーナー個人の現金化が目的なのか会社の資金調達が目的なのかで、株式譲渡と第三者割当増資のどちらを選ぶべきかが変わります。
残す株式はいくらになるのか|按分価格にならない理由
「100%で10億円の会社なら、49%は4.9億円」——この計算は実務では成立しません。 支配権を伴わない株式は、その点に着目して対価から割り引かれるのが一般的だからです。
少数持分に働く2つのディスカウント
要素 | 内容 |
|---|---|
マイノリティ・ディスカウント | 議決権の過半数を取得できない株式は、少数株主にとどまる点に着目して対価から割り引かれる(出典: 山田コンサルティンググループ M&A用語集ほか、2026年8月16日確認) |
非流動性ディスカウント | 非上場株式は市場で自由に売買できないため、換金性の低さが価格に反映される |
逆に、買い手が支配権を得るために取得する部分にはコントロールプレミアムが乗ることがあります。マイノリティ・ディスカウントとコントロールプレミアムは表裏の関係にあり、支配株主としての価値は少数株主としての価値以上になるのが基本です。
一部譲渡で起きる価格の非対称性
ここから導かれる、一部譲渡でもっとも重要な現実は次のとおりです。
先に売る「支配権が移る部分」は高く評価されやすく、後に残す「少数持分」は安く評価されやすい。
したがって、「51%を先に売って、値上がりしてから残り49%を売る」というシナリオは、必ずしも合計額が有利になるとは限りません。残す株式の価格を守るには、後述する価格算定式を最初の契約で決めておくしかありません。
注意点: ディスカウント率の相場については、現時点で一次情報として確認できる公表データが見当たりませんでした。「一般的に割り引かれる」という事実にとどめ、具体的な割引率を前提に資金計画を立てるのは避けてください。実際の水準は、株価算定を行う公認会計士・税理士に個別に確認する必要があります。
会社全体の価値をどう算定するかは、こちらの記事で解説しています。
関連記事:非上場株式の価値算定・株価評価方法 / 会社売却はいくらで売れる?相場・算定方法
一部株式譲渡の税金|誰に売るかで20.315%か最大約55%かが決まる

一部株式譲渡の税負担は、「誰に売るか」で大きく分かれます。第三者に売れば譲渡益に20.315%の申告分離課税、自社(発行会社)に買い取らせるとみなし配当として総合課税になり、税率が跳ね上がる可能性があります。
※以下は2026年8月16日時点で確認した現行制度の整理です。税制は改正されるため、実行前に必ず税理士に最新の取扱いを確認してください。
①第三者(買い手企業・ファンド)へ譲渡した場合
個人株主が非上場株式を第三者に譲渡した場合、譲渡益に対して20.315%の申告分離課税となります。
税目 | 税率 |
|---|---|
所得税 | 15% |
復興特別所得税 | 0.315%(所得税額×2.1%、平成25年〜令和19年) |
住民税 | 5% |
合計 | 20.315% |
出典:国税庁 タックスアンサー「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」(令和7年4月1日現在法令等/2026年8月16日確認)
一部譲渡特有の論点として、取得費は譲渡した株数に対応する部分のみを計上します。 残した株式の取得費は、将来その株式を売却するときまで持ち越されます。
なお、上場株式等と一般株式等(非上場株式)は、譲渡損益の損益通算ができません。
②発行会社(自社)に買い取らせた場合=みなし配当に注意
「一部だけ現金化したいから、会社に自分の株を買い取ってもらおう」という発想は自然ですが、税務上は大きく扱いが変わります。
個人が非上場株式をその発行会社に譲渡した場合、対価のうち資本金等の額に対応する部分を超える金額は配当所得とみなされます(みなし配当)。非上場株式の配当所得は総合課税の対象で、所得税は5〜45%の超過累進税率、これに住民税10%が加わります。最高税率が適用される所得層では、所得税・住民税あわせて合計55%(復興特別所得税を含めるとさらに上乗せ)の水準になり得ます。
ただし、総合課税を選択した配当所得には配当控除の適用があるため、実効的な負担は単純合算より下がる場合があります。それでも、20.315%で完結する第三者への譲渡と比べれば、負担の差は大きくなります。
この論点は、一部譲渡を検討するオーナーがもっとも見落としやすいポイントです。「誰に売るか」を決める前に必ず税理士に試算してもらってください。
③相続で取得した非上場株式を発行会社に譲渡する場合の特例
例外として、相続または遺贈により財産を取得して相続税を納付した個人が、一定期間内にその非上場株式を発行会社に譲渡した場合、みなし配当課税を行わず、譲渡対価の額の全額を株式の譲渡所得の収入金額とする特例があります。
- 適用期間:相続開始日の翌日から、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間の譲渡
- 手続き:譲渡の時までに、発行会社を経由して税務署へ所定の届出書を提出
出典:国税庁 タックスアンサー「No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例」(2026年8月16日確認)
④事業承継税制の納税猶予を受けている場合=致命的リスク
法人版事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予)の適用を受けている株式を、特例経営承継期間(5年)内に一部でも譲渡すると、納税猶予の取消事由に該当します。 この場合、猶予されていた税額の全額と利子税を納付する義務が生じます。
5年経過後であれば、譲渡した部分に対応する猶予税額のみを納付し、残りの株式の猶予は継続する扱いとなります。
出典:中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」ほか(2026年8月16日確認)
事業承継税制を使って株式を承継したオーナーが「少しだけ売る」ことを検討する場合、着手前に必ず期間と要件を確認してください。
関連記事:事業承継税制とは?特例措置の期限・要件を解説 / 会社売却の税金・節税 完全ガイド / M&A売却の手取り額シミュレーション
⑤副次論点:残した株式の相続税評価が変わることがある
一部譲渡によってオーナー一族の議決権割合が下がり、財産評価基本通達上の「同族株主」に該当しなくなった場合、残った株式の相続税評価が原則的評価方式から配当還元方式に変わる可能性があります。配当還元方式による評価額は、原則的評価方式より大幅に低くなることが一般的です。
参考:国税庁 タックスアンサー「No.4638 取引相場のない株式の評価」(2026年8月16日確認)
ただし、同族株主に該当するかどうかは株主グループごとの議決権割合で個別に判定されます。「一部売れば評価が下がる」と単純化せず、必ず税理士に判定を依頼してください。
段階的売却(セカンドクロージング)の設計方法

段階的売却とは、1回目で経営権を渡し、残りの株式を数年かけて複数回に分けて譲渡する方法です。売り手が引き継ぎ期間を確保しつつ、業績次第で残株を有利に売れる可能性がある一方、設計を誤ると残株が塩漬けになります。
公開されている設計例
株式会社エクステンドが支援事例として公開しているモデルは次のとおりです(出典: 株式会社エクステンド公開事例、2026年8月16日確認・あくまで一例であり、比率や期間は案件ごとに異なります)。
タイミング | 譲渡比率 | 状態 |
|---|---|---|
1回目クロージング | 51% | 買い手が経営権を取得。売り主は代表取締役として継続 |
1年後 | 29%(累計80%) | 引き継ぎ進行 |
2年後 | 10%(累計90%) | — |
3年後 | 10%(累計100%) | 完全撤退 |
譲渡価格は業績連動型で設計されており、同社は「段階を追ってM&Aが100%完了するまでのルールを、最初のM&A契約時に明文化しておくことが重要」としています。
設計時に必ず決めておく項目
段階的売却を成立させるうえで、初回契約時に確定させておくべきことは次のとおりです。
- 各回の譲渡比率と時期(または譲渡を実行するトリガー条件)
- 各回の譲渡価格の算定式(固定額か、EBITDA倍率などの業績連動式か)
- 売り主の役職・報酬・在任期間(社長を続けるならその根拠を契約に置く)
- 買い手が期日に買い取らなかった場合の措置(プットオプション等)
- 各回ごとの譲渡承認手続きの取り扱い
特に注意が必要なのが5番です。譲渡制限株式の譲渡承認は「何株を誰に譲渡するか」を特定して請求するため、初回クロージング時点で将来分の承認まで先取りすることはできません。 各回で改めて承認手続きが必要になります。
また、業績連動で価格を決める場合は、アーンアウトと同様に「どの指標を・誰が・いつ算定するか」を厳密に定めないと、後で必ず揉めます。契約条項の設計は弁護士のレビューを前提に進めてください。
ファンドへの売却なら「エクイティ・ロールオーバー」という選択肢も
PEファンドへの売却では、売却代金の一部を買い手側の持株会社に再出資し、持分を持ち直すエクイティ・ロールオーバーという手法が使われます。実務上は「一旦全株を売却し、直後に再出資する」形をとるのが一般的です(LBOローンの担保設定や債権者同意の関係)。ファンドが数年後に再売却(2回目のEXIT)する際に、再出資した持分も一緒に売却して2度目の対価を得る設計です。
少数株主として残るときに必ず入れる契約条項チェックリスト

一部株式譲渡の成否は、譲渡比率よりも「残した株式の出口を契約で確保できたか」で決まります。 少数株主になった後は、会社法上の権利だけでは自分の株を現金化する手段がありません。
残す側が確保すべき8項目
# | 項目 | 内容 | 確保しないとどうなるか |
|---|---|---|---|
1 | プットオプション | 一定の事由・時期に、自分の株式を相手に買い取らせる権利 | 残株を売る相手がいなくなる |
2 | 価格算定式 | 買取価格の計算方法(EBITDA倍率・純資産法など)と算定者 | 買取時に足元を見られる |
3 | 行使期間・条件 | いつからいつまで行使できるか、トリガー事由は何か | 「いつか買います」で先送りされる |
4 | タグアロング(売却参加権) | 大株主が第三者に売却する際、同条件で自分も売却に参加できる権利 | 買い手が転売するときに置き去りにされる |
5 | 取締役指名権 | 少数株主として取締役を1名指名できる権利 | 経営情報から遮断される |
6 | 重要事項の事前承諾権 | 増資・多額の借入・重要資産の処分などに同意を要する取り決め | 持分の希薄化や資産流出を止められない |
7 | 情報開示請求権 | 月次・四半期の決算資料などを定期的に受け取る権利 | 会社の状態がわからないまま株を持ち続ける |
8 | 配当方針 | 配当を行う条件・目安 | 利益が出ても一切還元されない |
これらは通常、株式譲渡契約書(SPA)とは別に締結する株主間契約にまとめます。
ドラッグアロングには両面がある
買い手側からドラッグアロング(強制売却権)——大株主が第三者に売却する際、少数株主も同条件で売却させられる仕組み——を求められることがあります。売り手にとっては「意思に反して売らされる」リスクである一方、同条件での売却が保証されるなら換金機会にもなります。 一律に拒否するのではなく、発動条件(最低価格の下限設定など)を交渉するのが現実的です。
注意点: 株主間契約の条項は、書き方ひとつで実効性が大きく変わります(例:プットオプションの相手方に資力がなければ、権利があっても実際には買い取ってもらえない)。※契約条項の法的な妥当性については、必ずM&A実務に精通した弁護士のレビューを受けてください。
一部株式譲渡の手続きの流れ
中小企業の株式はほぼ譲渡制限株式であるため、一部譲渡でも会社の承認手続きが必要です。 流れ自体は100%譲渡と同じですが、段階的譲渡の場合は各回ごとに手続きを繰り返します。
ステップ | 内容 | 根拠・留意点 |
|---|---|---|
1 | 買い手の選定・条件交渉 | 一部譲渡を受け入れる買い手かどうかを早期に確認 |
2 | 基本合意・デューデリジェンス | 残株の扱いを基本合意の段階で交渉項目として明示しておく |
3 | 株式譲渡契約(SPA)・株主間契約の締結 | 残す側の条項は株主間契約に集約 |
4 | 譲渡承認請求 | 譲渡人または取得者が会社に請求(会社法136条・137条) |
5 | 承認機関による決議 | 取締役会設置会社は取締役会、それ以外は株主総会(会社法139条1項。定款に別段の定めがある場合を除く) |
6 | 代金決済・株主名簿の書換え | 株券発行会社の場合は株券の交付も検討 |
7 | (段階的譲渡の場合)2回目以降の承認・決済 | 各回ごとに承認手続きが必要 |
会社が譲渡を承認しない場合は、会社または指定買取人が買い取る手続きに移行します(会社法140条以下)。
なお、株券発行会社で株券が発行・交付されないまま行われた株式譲渡の効力について、最高裁は令和6年4月19日の判決(最二小判 令和4年(受)第1266号)で判断を示しています。中小企業のM&Aで頻出する論点なので、該当する可能性がある場合は以下の記事もあわせてご確認ください。
一部株式譲渡で失敗する3つのパターン
一部株式譲渡には、100%譲渡にはない固有の落とし穴があります。 特に次の3つは、後から取り返しがつきません。
失敗①:事業承継税制の納税猶予中に一部を売ってしまう
前述のとおり、特例経営承継期間(5年)内に納税猶予対象株式を一部でも譲渡すると、猶予税額の全額と利子税の納付義務が発生します。「少しだけなら大丈夫だろう」という判断が、億単位の納税につながる可能性があります。
対策: 納税猶予を受けているかどうか、受けている場合は経営承継期間の起算日と満了日を、着手前に必ず確認する。判断は税理士に依頼する。
失敗②:経営者保証を残したまま過半数を渡してしまう
一部譲渡では、オーナーが少数株主・役員として会社に残るケースが多くなります。この形態でもっとも危険なのが、個人保証(経営者保証)が外れないまま、経営の主導権だけを買い手に渡してしまう状態です。会社の借入の連帯保証人でありながら、資金繰りや投資の意思決定に対する決定権を持たない、という構図になります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版・2024年8月30日公表)」でも、譲り渡し側の経営者保証の扱いが新たに記載され、「譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側に移行させる想定であったにもかかわらず移行しない」譲り受け側の存在が問題として指摘されています。金融機関に対しても、M&A成立前後に経営者保証の解除・移行の相談を受けた場合は「経営者保証に関するガイドライン」に留意した対応の検討が求められています。
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」/経済産業省 改訂プレスリリース(2024年8月30日公表/2026年8月16日確認)
対策: 経営者保証の解除・移行を最終契約の条件(クロージング条件)に組み込み、金融機関との協議を並行して進める。
失敗③:残した株式の出口条項を入れずに契約してしまう
もっとも多い失敗がこれです。「関係が良好だから」「そのうち買ってくれるだろう」という前提で、プットオプションも価格算定式も入れずにクロージングしてしまうと、次のような状態に陥ります。
- 買い手が残株を買い取る義務がないため、いつまでも現金化できない
- 買い手の経営方針で配当が出ず、保有していても収益がない
- 第三者に売ろうにも、非上場の少数持分を買う相手がいない
- 相続が発生すると、換金できない株式に相続税だけがかかる
対策: 「何%売るか」より先に「残す株の出口をどう作るか」を交渉テーブルに載せる。出口条項に応じない買い手なら、そもそも一部譲渡の相手として適切かを再考する。
買い手はなぜ100%を望むのか|成立しやすいケース・しにくいケース
買い手の多くは100%取得を望みます。 理由は明確で、少数株主との利害調整が不要になること、統一した経営戦略を迅速に実行できること、そして後から買い増すと総額が高くつきやすいことです。
一部譲渡を持ちかけるということは、買い手にとって負担のある条件を提示することになります。そのため、「どんな買い手なら受け入れるか」を理解したうえで交渉相手を選ぶ必要があります。
買い手のタイプ | 一部譲渡への姿勢 | 背景 |
|---|---|---|
事業会社(同業・隣接業界) | 消極的な傾向 | 完全子会社化とPMIの実行を重視するため、少数株主の存在を嫌う |
PEファンド | 比較的柔軟 | 経営陣の残留とインセンティブ設計を重視。ロールオーバーの実務も確立 |
投資目的の事業会社(資本業務提携) | 少数持分なら受け入れやすい | 支配ではなく提携が目的 |
社内の役員・従業員(MBO/EBO) | 段階譲渡と相性がよい | 一度に買い取る資金が用意しにくいため |
一部譲渡が成立しやすいケース
- オーナーの経営関与が業績に直結しており、買い手が引き継ぎ期間を必要としている
- 業績が伸びている、または業績のブレが大きく、価格を業績連動にしたい事情がある
- 買い手がPEファンドで、経営陣の残留と利害の一致を求めている
- 買い手側に一括取得の資金余力がなく、分割した支払い構造が双方の利益になる
一部譲渡が成立しにくいケース
- 買い手が即時に完全子会社化して統合を進めたい(システム統合・ブランド統一など)
- オーナーの引退が確定していて、引き継ぎ後の関与が見込めない
- 対象会社の規模が小さく、少数株主管理のコストが割に合わない
- オーナー以外にも少数株主が存在し、株主構成が複雑
一部株式譲渡がおすすめのケース/おすすめしないケース
こんなオーナーには一部株式譲渡が向いています
状況 | 推奨する型 | 理由 |
|---|---|---|
引退までに2〜3年の引き継ぎ期間を置きたい | ①過半数譲渡型(51〜66%) | 経営権を渡しつつ社長として残りやすい |
今後の業績向上に自信があり、値上がり益も取りたい | ①または②+業績連動の価格算定式 | 残株の価格を将来の業績に連動させられる |
買い手がPEファンドで、経営陣の残留を求めている | ①+エクイティ・ロールオーバー | 2度目のEXITで追加の対価を得られる可能性がある |
引退の予定はなく、成長資金とパートナーがほしい | ③少数持分譲渡型(〜49%) | 経営権を維持したまま資本を入れられる |
後継者候補の役員に段階的に譲りたい | 段階的売却(MBO/EBO) | 買い手の資金調達負担を分散できる |
こんなケースにはおすすめしません
状況 | 理由 | 代わりに検討すべきこと |
|---|---|---|
事業承継税制の納税猶予を受けており、経営承継期間内 | 一部譲渡でも猶予の全額打ち切りになる | 期間満了まで待つ/税理士と全体設計を組み直す |
会社の借入に個人保証がついており、解除の見通しが立たない | 決定権がないのに保証だけ残る構図になる | 100%譲渡+保証解除を条件にする |
早期に確実な現金化が必要(相続対策・資金需要など) | 残株はいつ現金化できるか不確実 | 100%譲渡を優先する |
オーナー以外にも少数株主が複数いる | 一部譲渡でさらに株主構成が複雑になる | 先に株式集約を行う |
買い手が出口条項(プットオプション等)に一切応じない | 残株が塩漬けになる典型パターン | 別の買い手を探す/100%譲渡に切り替える |
引退後は会社に一切関わりたくない | 少数株主として残ると情報も権利も中途半端 | 100%譲渡でシンプルに終える |
100%譲渡と比較検討したい方はこちらもあわせてご覧ください。
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よくある質問
Q1. 51%だけ売って、社長を続けることはできますか?
制度上はできますが、自動的に保証されるものではありません。過半数を握った株主は普通決議で取締役を選任・解任できるため、社長の地位は買い手の意思次第になります。株式譲渡契約や株主間契約で、在任期間・役職・報酬を明記して初めて実効性のある保証になります。
Q2. 一部だけ買ってくれる買い手は見つかりますか?
買い手のタイプによります。事業会社は完全子会社化を前提とすることが多く消極的な傾向がありますが、PEファンドは経営陣の残留を前提とする案件が多く、比較的柔軟です。一部譲渡を希望する場合は、仲介会社への相談時点でその条件を明示し、候補先の絞り込みに反映してもらうのが現実的です。
Q3. 一部譲渡なら経営者保証はそのまま残りますか?
株式を一部譲渡しただけでは、経営者保証は自動的には解除されません。解除・移行には金融機関との個別の協議が必要です。中小M&Aガイドライン(第3版)でも、譲り受け側への移行が実行されないケースが問題として指摘されています。契約書に「クロージングの条件」として組み込むことをおすすめします。
Q4. 残した株式を後から買い戻してもらう約束は、口頭でも有効ですか?
法的に無効とは限りませんが、実務上はまったく機能しないと考えるべきです。買取価格・時期・トリガー事由が特定されていなければ、争いになったときに何も請求できません。プットオプションとして書面で、価格算定式・行使期間・算定者まで定めてください。作成は弁護士に依頼することをおすすめします。
Q5. 相続対策として一部だけ売るのは有効ですか?
ケースによります。株式を現金化すれば相続財産の内訳は変わりますし、一部譲渡によりオーナー一族が同族株主に該当しなくなれば、残した株式の相続税評価が下がる可能性もあります。ただし、判定は株主グループごとの議決権割合で行われ、現金化した部分にはそのまま相続税がかかります。相続税と譲渡所得税の両方を通した試算が必要なので、税理士に依頼してください。
Q6. 買い手が少しずつ買い増して90%を超えたらどうなりますか?
議決権の90%以上を単独で保有する株主は、特別支配株主として他の株主全員に株式等売渡請求ができます(会社法179条)。取締役会設置会社では取締役会の承認で足りるため、残った株式が強制的に買い取られる可能性があります。買い増しに関する制限や、その場合の価格の下限を株主間契約で定めておくのが対策です。
Q7. 一部譲渡で受け取った代金にも、仲介手数料はかかりますか?
仲介会社の報酬体系によりますが、成功報酬は「取引金額」を基準に算定されるのが一般的です。一部譲渡の場合、何を取引金額の基準(株式価値のみか、負債を含む移動総資産か)とするかで金額が変わります。段階的売却では2回目以降の譲渡が報酬の対象になるかも契約次第です。仲介契約の締結前に必ず確認してください。
まとめ|一部株式譲渡は「残す株の出口設計」で決まる
一部株式譲渡は、「経営権を渡しつつ関与を続けたい」「段階的に引退したい」というオーナーにとって有力な選択肢です。ただし、100%譲渡にはない固有の論点があります。
- 比率の線引きは会社法で決まる — 1/3超で拒否権、過半数で取締役の選解任権、2/3超で特別決議、90%以上で強制買取の可能性
- 少数持分は按分価格にならない — マイノリティ・ディスカウントと非流動性ディスカウントが働く
- 税金は「誰に売るか」で分岐する — 第三者なら20.315%、発行会社への譲渡はみなし配当で総合課税
- 事業承継税制の納税猶予中は原則として動かせない — 5年内の一部譲渡は猶予の全額打ち切り
- 経営者保証は自動では外れない — 決定権のない保証人という最悪の構図を避ける
- 残した株の出口条項がすべて — プットオプション・価格算定式・タグアロング・情報開示を契約に入れる
「何%売るか」を決める前に、「残りをいつ・いくらで・誰に売るか」を先に決めてください。 この順番を守れるかどうかで、一部株式譲渡の成否は大きく変わります。
なお、本記事の税務・法務に関する記述は、2026年8月16日時点で確認した公表資料に基づく一般的な整理です。事業承継税制の適用状況・株主構成・定款の定めによって結論は変わりますので、具体的な判断は必ず税理士・弁護士、およびM&A実務に精通したアドバイザーにご相談ください。
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