会社売却における金融機関対応の要点は、「伝えるタイミング」と「借入金・経営者保証の処理」の2つに尽きます。結論から言えば、メインバンクへの正式な報告は最終契約(SPA)締結後〜クロージング直後に売り手・買い手が揃って訪問するのが原則であり、基本合意やデューデリジェンス(DD)の段階では原則として開示しません。
この記事でわかること:
- 金融機関への報告タイミング(基本合意前/最終契約後/クロージング後の時系列)
- 株式譲渡と事業譲渡で借入金・連帯保証・担保の扱いがどう変わるか
- 経営者個人の連帯保証を解除するための要件と手順
- 2025年1月から本格運用されているM&A支援機関協会の経営者保証解除義務化ルール
- COC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)のチェックポイント
- 売り手が事前に準備しておくべき書類・情報
対象読者: 借入金や個人保証があるなかで会社売却を検討している中小企業オーナー(年商数千万〜数十億円規模)、メインバンクとの関係に配慮しながらM&Aを進めたい経営者、退任後に個人保証を外したい現経営者。
本記事は2026年4月時点で公表されている公式ガイドライン・業界ルールをもとに整理した一般的な実務情報です。個別の借入金処理・経営者保証解除・抵当権抹消の判断は、必ず顧問税理士・弁護士・M&Aアドバイザーにご相談ください。
結論:金融機関対応は「タイミング」と「借入金・保証の処理」の2軸で設計する
会社売却における金融機関対応は、以下の2軸で設計すると迷いません。
- タイミング軸:基本合意前・DD中は原則非開示、最終契約後〜クロージング直後に売り手・買い手が揃って訪問、クロージング後速やかに保証解除・COC条項の整理
- 実務軸:株式譲渡か事業譲渡かで借入金・連帯保証・担保の承継ルートが根本的に変わるため、スキーム決定とあわせて処理方針を固める
特に重要なのは、借入金があっても会社は売却できるという点です。むしろ借入の引き継ぎや個人保証の解除こそが、売り手経営者がM&Aを実行する実務的な目的の一つになっているケースも少なくありません。
以降のセクションで、タイミング、スキーム別処理、個人保証解除、COC条項、準備書類を順に整理します。
金融機関に伝えるタイミング:基本合意前はNG、最終契約後に同伴訪問が原則
会社売却のプロセスにおいて、金融機関への情報開示タイミングは次の5フェーズで整理するとわかりやすいです。「早く相談した方が安心」という発想は、M&A実務では逆効果になることがある点に注意してください。
時系列フロー表:いつ・誰に・何を伝えるか
フェーズ | タイミング目安 | 金融機関に対するアクション | 主な目的 |
|---|---|---|---|
① 初期検討〜基本合意前 | 仲介会社・FA選定、ノンネーム打診、トップ面談 | 原則として開示しない | 情報漏洩防止/融資姿勢への影響回避 |
② 基本合意〜DD中 | 基本合意書(LOI/MOU)締結、買い手DD実施 | 原則として開示しない。ただし事業譲渡で大型担保の抹消が必要な場合等は例外 | 与信見直しや期限の利益喪失リスクの回避 |
③ 最終契約(SPA)締結前後 | 最終契約書の条項確定、COC条項該当の契約洗い出し | COC条項に該当する契約のみ、対象金融機関へ個別相談(仲介会社・弁護士と協議のうえ) | 株主変更への同意取得、融資継続条件の確認 |
④ クロージング直後 | 株式・事業の引渡し、代金決済 | 売り手・買い手が揃ってメインバンクを訪問。M&A実行の事実と今後の取引方針を説明 | 信頼関係維持/買い手の取引開始/保証解除協議の開始 |
⑤ クロージング後1〜3ヶ月 | 新体制スタート | 経営者保証の解除、担保・抵当権の見直し、新代表者への名義変更を実行 | 売り手経営者の個人保証離脱/買い手への保証移行 |
出典: 日本M&Aセンター「M&Aの伝え方、情報開示(ディスクロージャー)のポイント」、M&A総合研究所、みつかるM&A、M&Aナビ各社公開情報を整理(2026年4月時点)。
なぜ基本合意前に銀行へ相談してはいけないのか
公式・大手仲介会社の共通見解として、基本合意前やDD段階で金融機関に売却検討を開示すると、以下のリスクが指摘されています。
- 融資姿勢の硬化:将来の経営権移転を懸念され、新規融資の停止・既存融資の期限の利益喪失の検討材料になる可能性
- 情報漏洩リスク:取引先・取引先銀行経由での社内外への漏洩
- 価格交渉への悪影響:買い手に「銀行から早期返済を求められている」と誤解され、買い手側に有利な価格交渉材料になる
そのため、金融機関への開示は「M&Aの実行がほぼ確実になった段階(最終契約前後〜クロージング直後)で、売り手・買い手が揃って行う」のが実務上の標準です。
例外:事業譲渡で担保付資産を売却する場合等
ただし、以下のようなケースでは最終契約前にメインバンクへの相談が必要になります。
- 事業譲渡で担保設定されている不動産・設備を譲渡する場合(抵当権抹消や担保差替えの協議が必要)
- 買い手が譲渡資金の一部を金融機関借入で調達する場合(買い手側の金融機関手続き)
- 売り手会社の既存借入に明確なCOC条項があり、株主変更に同意取得が必要な場合
この例外判断はM&A仲介会社・弁護士と協議のうえ、個別に進めるべき実務判断です。自己判断で銀行に相談するのは避けてください。
株式譲渡と事業譲渡で借入金・連帯保証・担保の扱いはこう変わる
会社売却のスキーム(株式譲渡/事業譲渡)によって、借入金・連帯保証・担保の処理フローが根本的に異なります。どちらのスキームを選ぶかは、借入金の処理方針を決める出発点になります。
スキーム別処理の早見表
項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡(全部譲渡) | 事業譲渡(一部譲渡) |
|---|---|---|---|
会社法人格 | 買い手へ承継 | 売り手会社に残存(対価受領後に清算することが多い) | 売り手会社に残存 |
法人借入金 | 会社に残存=そのまま承継(法人が債務者) | 原則として売り手会社に残る。譲渡対価で一括返済するのが一般的 | 売り手会社に残る。譲渡対象事業に紐づく借入は個別交渉 |
経営者の連帯保証 | 自動移行しない。旧経営者から新経営者への解除・切替手続きが別途必要 | 譲渡対価で借入を返済すれば保証は自然消滅。返済しない場合は個別解除 | 残存借入の保証は継続。解除には金融機関の同意が必要 |
担保(抵当権等) | 会社に残存。買い手・金融機関で継続可否を協議 | 返済完了後に抹消登記(司法書士に依頼) | 譲渡対象資産の担保は抹消、残存資産の担保は継続 |
役員借入金(経営者→会社) | 会社の債務としてそのまま承継。DESやクロージング時の精算を買い手と交渉するのが通例 | 自動承継されない。譲渡対価から返済するか個別譲渡 | 個別交渉(対象事業に紐づくかで判断) |
出典: バトンズ「借入金や連帯保証はM&A後も引き継がれる?」、M&Aキャピタルパートナーズ「株式譲渡とは?」、クレジオ・パートナーズ「会社を売却したら経営者保証はどうなる?」、M&A総合研究所各記事(2026年4月時点確認)。
株式譲渡のポイント:法人格はそのまま、保証だけ切り替え
株式譲渡では会社の法人格が変わらないため、借入金は自動的に承継されます。金融機関にとって債務者は同じ会社のままなので、借入契約そのものは原則として継続します。
ただし、代表取締役・株主が変更されることは金融機関に通知するのが実務上の通例であり、取引約定書・個別融資契約の見直し(継続可否、期限の利益喪失事由の判断)を受けます。
事業譲渡のポイント:借入は売り手に残る=譲渡対価で返済が基本
事業譲渡では会社の法人格は売り手側に残るため、借入金は原則として売り手会社に残ります。譲渡対価を元手に借入を一括返済し、担保を抹消するのが一般的なフローです。
一部事業のみ譲渡する場合は、譲渡対象事業に紐づく借入・担保の切り分けが複雑になるため、金融機関との事前協議が必要になります。
役員借入金(経営者個人から会社への貸付)の扱い
中小企業では、経営者個人から会社への貸付(役員借入金)が残っているケースが多くあります。株式譲渡では会社の債務として買い手に承継されるため、買い手との交渉で次のいずれかを取り決めるのが通例です。
- クロージング時に役員借入金を返済する(譲渡対価の一部を返済原資に充当)
- DES(デット・エクイティ・スワップ)で資本金に振り替える
- そのまま買い手企業の債務として残す(実務ではあまり選ばれない)
事業譲渡の場合は自動承継されないため、売却益で返済するか、別途譲渡契約に盛り込むことになります。
経営者個人の連帯保証を解除するための要件と手順
中小企業のM&Aで最も慎重に進めるべきなのが、経営者個人の連帯保証の解除です。借入金は法人の債務として承継されても、連帯保証は「人」に紐づく契約のため自動的には買い手に移らない点が重要です。
解除には金融機関との三者協議が必要
売り手経営者が連帯保証人から外れるには、以下の手続きが必要です。
- 買い手(新経営者)が新しい連帯保証人として承諾する
- 金融機関が買い手を新保証人として承認する
- 金融機関が売り手(旧保証人)の解除を承認する
この三者協議は個別の金融機関ごと、個別の融資ごとに行う必要があります。複数行取引の場合は、メインバンクから順に整理していくのが実務上の進め方です。
経営者保証に関するガイドラインの3要件
2014年に策定された「経営者保証に関するガイドライン」(日本商工会議所・全国銀行協会)では、経営者保証の解除・非徴求が検討される前提として、次の3要件が示されています。
- 法人と経営者個人の資産・経理の明確な分離(事業用資産の所有、役員報酬の適正性、事業外への貸付・社用車の私的利用がないか 等)
- 法人単体での返済能力を示す財務基盤の強化(直近期の業績、キャッシュフロー、自己資本比率 等)
- 金融機関への適時・適切な情報開示(決算書・試算表の定期提出、経営状況の説明 等)
出典: 全国銀行協会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(2019年12月公表)、M&Aキャピタルパートナーズ「経営者保証を解除する方法」。
二重徴求の原則禁止(2019年12月の特則)
2019年12月に全国銀行協会・日本商工会議所が公表した「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」では、金融機関に対し、事業承継時に前経営者・後継者の双方から二重に連帯保証を求めないことが原則として求められています。
ただし、これは「原則禁止」であり例外もあります。具体的には、相続手続中・法人から前経営者への多額貸付が残存する場合などは例外的に継続が認められることがあります。個別の判断は金融機関・M&A仲介会社・弁護士との協議が必要です。
出典: 全国銀行協会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」PDF(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf)。
2025年1月からの新ルール:M&A支援機関協会の経営者保証解除義務化
業界の最新動向として、2025年1月からM&A支援機関協会(旧M&A仲介協会、2025年1月に改称)の会員が関与するM&Aでは、最終契約書に「経営者保証の解除を譲受側(買い手)に義務付ける条項」を含めることが義務化されています。違反した買い手は協会の「特定事業者リスト」に登録されます。
また、2024年8月に改訂された中小M&Aガイドライン第3版(経済産業省・中小企業庁)でも、仲介者・FAに対し、経営者保証の解除または譲受側への移行が確実に実施されるよう、M&A成立前の金融機関への相談や最終契約への位置づけ検討などの対応が明記されました。
出典: 日本経済新聞「M&A仲介協会、企業買収後の連帯保証の解除を義務化」(2024年9月20日)、経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」(2024年8月30日公表)。
実務的な意味: 2025年以降は、M&A支援機関協会加盟の仲介会社を選べば、最終契約書に経営者保証解除条項が入る可能性が高まったということです。仲介会社選定時に「協会加盟の有無」を確認するのが、売り手にとってのリスク低減策になります。
COC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)のチェックポイント
株式譲渡で会社を売却する際、既存の金銭消費貸借契約・取引約定書にCOC条項(Change of Control Clause)が入っていると、株主・代表者変更が期限の利益喪失事由となり、借入金の一括返済を求められる可能性があります。
COC条項でチェックすべき契約書
以下の契約は、M&A検討開始段階(DDと並行)で必ず契約書を洗い出し、COC条項の有無を確認してください。
- 金融機関との金銭消費貸借契約・取引約定書
- リース契約(設備・車両)
- フランチャイズ契約・ライセンス契約
- 重要取引先との基本取引契約
- 賃貸借契約(本社・店舗・工場)
- 代理店契約・販売代理契約
契約書で確認すべき一般的な文言例
契約書上、COC条項は次のような文言で規定されていることが多いです(一般例・実際の契約書文言は個別に異なります)。
- 「乙の株主構成に重大な変動が生じたとき」
- 「乙の代表者が交代したとき」
- 「乙の経営支配権が第三者に移転したとき」
- これらの場合、「甲は期限の利益を喪失させ、債務の一括返済を請求できる」「甲の事前承諾を要する」等
該当条項がある場合は、最終契約の直前〜直後に、該当金融機関・取引先に対して個別に同意取得交渉を行います。実務では、M&A仲介会社や弁護士と連携しながら、以下のいずれかで対応します。
- 金融機関から融資継続の同意書を取得する
- 株主変更を前提とした条件変更合意書を締結する
- やむを得ない場合は譲渡対価で借入を一括返済する
出典: M&Aキャピタルパートナーズ「COC条項とは?」、fundbook「COC条項の解説」、ステラコンサルティング「M&A後も円滑な資金調達を続けるには」。
すべての金融機関がCOC条項を入れているとは限らない
ここで押さえておきたいのは、すべての金融機関・すべての借入契約にCOC条項が入っているとは限らないという点です。メガバンク・地方銀行・信用金庫で対応方針が異なり、また同じ金融機関でも契約時期・商品によって条項の有無が違います。
したがって、「契約書を1本ずつ確認する」のが唯一確実な方法です。該当条項がなければ、金融機関に対しては事後報告(クロージング後のメインバンク訪問)でも実務上は問題ないケースが多いとされています。
メインバンク以外の取引銀行への対応:複数行取引のケース
中小企業では、メインバンク1行だけでなく、サブバンク(準主力行)・地方銀行・信用金庫・政府系金融機関と複数行取引しているケースが多くあります。複数行取引の場合は、メインバンクから順に、段階的に情報開示していくのが実務上の通例です。
一般的な順序と考え方
優先順位 | 対象 | タイミング | 対応 |
|---|---|---|---|
1 | メインバンク | クロージング直後に売り手・買い手同伴訪問 | M&A実行の事実と今後の方針説明、保証解除協議開始 |
2 | サブバンク(準主力行) | メインバンク訪問後、1〜2週間以内 | 同様に事実説明、継続取引の確認 |
3 | その他の取引銀行・信用金庫 | クロージング後1ヶ月以内を目安 | 事実通知、名義変更手続き |
4 | 政府系金融機関(日本政策金融公庫等) | 同上 | 事実通知、融資条件の確認 |
出典: 上記の順序は大手仲介会社の公開情報に共通して示されているものですが、個別取引の残高・取引の深さ・保証の構造によって順序は前後します。仲介会社・弁護士との協議のうえ決定してください。
忘れがちなポイント
- 保証協会付き融資:信用保証協会の保証付きで借入している場合、代表者変更時は保証協会への届出も必要です
- 手形貸付・当座貸越:短期融資のロールオーバー(借換え)可否を早期に確認
- リース会社:金融機関ではありませんが、同様にCOC条項が入っていることが多く、個別対応が必要
売り手が事前に準備すべき書類・情報のチェックリスト
金融機関対応をスムーズに進めるためには、M&A検討開始段階から書類を整理しておくのが理想です。以下は、売り手経営者が手元に揃えておくべき代表的な書類です。
基本財務資料
- 直近3期分の決算書(貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書・勘定科目内訳明細書)
- 直近の月次試算表
- 資金繰り表(直近12ヶ月+向こう12ヶ月の見込み)
- 税務申告書・消費税申告書控え
借入・保証関連
- 借入金一覧表(金融機関名・借入額・金利・返済期限・担保・保証人)
- 金銭消費貸借契約書・取引約定書の原本(COC条項確認用)
- 信用保証協会の保証書(保証協会付き融資の場合)
- 経営者保証に係る契約書
担保関連
- 担保提供資産の一覧(不動産・定期預金・有価証券・売掛債権 等)
- 不動産登記簿謄本(抵当権設定状況の確認)
- 担保評価書(過去に取得したものがあれば)
役員借入金・個人貸付関連
- 経営者から会社への貸付金の明細(元本・利息・発生時期)
- 会社から経営者への貸付金の明細(解消済/残存)
- 役員報酬・配当の推移
これらを整理しておくと、DD対応の工数削減・金融機関への情報開示時の説明の質向上・クロージング後の保証解除交渉の加速につながります。
やってはいけないこと(NG集):失敗しがちなパターン
M&A実務の現場でよく見られる、金融機関対応の失敗パターンを整理します。
1. 基本合意前にメインバンクへ「相談」してしまう
心情的には「長年付き合っている銀行に先に伝えたい」と思いがちですが、情報漏洩や融資姿勢の硬化を招くリスクがあります。相談は仲介会社・弁護士・顧問税理士に先に行い、金融機関への開示は最終契約前後まで待つのが原則です。
2. 売り手単独で金融機関を訪問する
クロージング後の報告を売り手経営者が単独で行うと、買い手に対する金融機関の印象形成が不十分になり、継続取引や保証解除の交渉が難航することがあります。買い手と揃って訪問するのが実務上の標準です。
3. 挨拶だけで終わらせる
「お世話になりました」という挨拶だけで帰るのではなく、買い手の事業計画・財務方針・今後の取引継続意向を具体的に伝えましょう。金融機関が新体制に対する与信判断を行う重要な場です。
4. COC条項の確認を怠る
契約書を確認せずにクロージングを迎え、後から期限の利益喪失の通知を受けるケースは実際にあります。DDと並行して契約書を網羅的に確認してください。
5. 連帯保証の解除を「口約束」で済ませる
買い手から「クロージング後に保証を外します」と口頭で言われても、最終契約書に明記されていなければ法的拘束力が弱くなります。必ず最終契約書(SPA)に「買い手は売り手経営者の連帯保証・担保差入れの解除に責任を持つ」旨の条項を入れましょう。2025年1月以降、M&A支援機関協会加盟の仲介会社を通じた取引では、この条項が標準的に入るようになっています。
費用の目安:抵当権抹消・金融機関手続きにかかるコスト
金融機関対応に関連して発生する主な費用の目安は次のとおりです(2026年4月時点の一般的な相場感・個別取引により幅があります)。
項目 | 費用の目安 | 備考 |
|---|---|---|
抵当権抹消登記(司法書士報酬) | 1件あたり1〜3万円程度 | 不動産の数・手続きの複雑さで変動 |
抵当権抹消登記の登録免許税 | 不動産1個につき1,000円 | 登録免許法に基づく法定費用 |
金銭消費貸借契約書の変更手数料 | 金融機関により無料〜数万円 | 契約変更・同意書発行の事務手数料 |
弁護士費用(COC条項交渉・契約書チェック) | 数十万円〜 | 案件規模・契約本数による。M&A仲介の成功報酬に包含されるケースも |
借入金の繰上返済手数料 | 金融機関・商品により無料〜数万円 | 固定金利融資は違約金が発生することあり |
注意: 上記はあくまで目安です。実際の金額は金融機関・司法書士・弁護士に個別確認してください。
こんな企業は銀行対応で特に注意が必要
以下のような特徴のある会社は、金融機関対応の難易度が高くなりやすいため、早期からM&A仲介会社・弁護士と連携して戦略を立てるのが望ましいです。
注意が必要な企業
- 借入金残高が大きく、複数の金融機関と取引している企業
- 経営者の連帯保証・個人担保(自宅・定期預金等)が多額に設定されている企業
- 経営者から会社への貸付(役員借入金)が多額に残っている企業
- メインバンクとの関係が深く、プロパー融資比率が高い企業
- COC条項が明記された契約が複数ある企業
- 保証協会付き融資が多い企業(保証協会への届出が追加で必要)
比較的シンプルに進められる企業
- 無借金経営または借入残高が少額の企業
- 経営者個人保証が設定されていない企業
- 取引金融機関が1〜2行に限られ、契約書にCOC条項がない企業
- 法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されている企業
自社がどちらに当てはまるかで、金融機関対応の進め方・期間・難易度が大きく変わります。
よくある質問
Q1. 借入金がある会社でも売却できますか?
はい、売却可能です。株式譲渡なら借入金はそのまま会社に残り、事業譲渡なら譲渡対価で返済するのが一般的です。借入金の大小よりも、会社の収益性・事業価値と比べて借入が過大でないかが買い手の判断材料になります。
Q2. メインバンクに「売却を考えている」と相談してよいですか?
最終契約前の段階では原則として避けるべきです。融資姿勢の硬化や情報漏洩のリスクがあるため、まずはM&A仲介会社・弁護士に相談し、開示のタイミング・方法を設計したうえで進めてください。
Q3. 連帯保証はいつ外れますか?
自動的に外れることはありません。クロージング後に買い手・金融機関との三者協議を経て、個別の解除手続きが必要です。時期は金融機関によりますが、クロージング後1〜3ヶ月程度が目安です。2025年1月以降、M&A支援機関協会加盟の仲介会社を通じた取引では、最終契約書に解除条項が入るケースが多くなっています。
Q4. COC条項がある借入はどう対処すればいいですか?
DDと並行して契約書を洗い出し、該当する金融機関に個別交渉します。融資継続の同意書を取得する、条件変更合意書を締結する、または譲渡対価で一括返済するのが一般的な選択肢です。M&A仲介会社・弁護士と協議のうえ対応してください。
Q5. 信用保証協会付きの融資はどうなりますか?
代表者変更時は、信用保証協会への届出が必要です。保証人の変更(旧経営者の解除・新経営者の承認)についても、金融機関経由で保証協会に申請する手続きが発生します。
Q6. 事業譲渡で借入を一括返済すると、違約金は発生しますか?
固定金利融資の繰上返済では、違約金(期限前返済手数料)が発生する場合があります。金融機関・融資商品・契約時期により異なるため、事前に金融機関に確認してください。
関連する解説記事
- 会社売却 個人保証・連帯保証 解除方法 — 経営者個人保証を解除する具体的な手順と要件
- M&A 売却 流れ — 初期相談からクロージングまでの全体フロー
- 株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい 比較 — スキーム選定で迷ったときの判断基準
- M&A DD 売り手の準備チェックリスト — デューデリジェンス対応で揃える書類一覧
- M&A 売却にかかる期間・タイムライン — 金融機関対応を含む全体スケジュール
- M&A仲介会社 おすすめ 比較 — M&A支援機関協会加盟の仲介会社選び
- M&Aとは — M&Aの基本概念と全体像
まとめ:金融機関対応の要点
会社売却における金融機関対応で押さえるべきポイントを再掲します。
- タイミング:基本合意前・DD中は原則非開示。最終契約後〜クロージング直後に売り手・買い手同伴でメインバンク訪問
- スキーム別処理:株式譲渡は借入・担保を会社に残して承継、事業譲渡は譲渡対価で返済が基本
- 連帯保証解除:自動移行しないため、個別の三者協議で解除手続き。ガイドライン3要件の充足が前提
- 最新ルール(2025年1月以降):M&A支援機関協会加盟の仲介会社を通じた取引では、最終契約書に経営者保証解除条項が標準的に入る
- COC条項:DDと並行して契約書を確認。該当契約は個別交渉
- 複数行取引:メインバンクから順に、段階的に情報開示
- 準備書類:借入一覧・契約書原本・担保資産一覧を事前に整理
実務は個別取引ごとに大きく異なるため、借入金処理・経営者保証解除・契約書の確認は必ず顧問税理士・弁護士・M&A仲介会社(できればM&A支援機関協会加盟のFA)に相談のうえ進めてください。本記事は一般的な実務情報を整理した解説であり、個別の法的・税務的判断の代替にはなりません。
主な参考資料(2026年4月時点):
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月改訂)
- 経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」(2024年8月30日公表)
- 全国銀行協会・日本商工会議所「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(2019年12月公表)
- M&A支援機関協会(旧M&A仲介協会)プレスリリース
- 日本経済新聞「M&A仲介協会、企業買収後の連帯保証の解除を義務化」(2024年9月20日)
