訴訟・係争中の会社は売却できる?開示のタイミングと表明保証・リスク配分の実務ガイド
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訴訟・係争中の会社は売却できる?開示のタイミングと表明保証・リスク配分の実務ガイド

訴訟や労働審判を抱えたまま会社は売却できるのか。係争の種類別の影響、いつどこまで開示すべきか、表明保証からの除外・特別補償・エスクローによるリスク配分、事業譲渡で切り離す際の限界までを、中小M&Aガイドラインと公式契約書サンプルをもとに売り手オーナー向けに解説します。

M&A比較レビュー編集部2026/9/715分で読める

訴訟や係争を抱えていても、会社の売却は可能です。ただし成否を分けるのは「係争があるかどうか」ではなく、隠さずに早い段階で開示し、そのリスクを契約でどう配分したかです。

そして実務でもっとも誤解が多いのが、「開示すれば売り手の責任は消える」という思い込みです。中小企業庁の公式契約書サンプルには、買い手が調査で認識していたリスクでも売り手が責任を負う条項(プロ・サンドバッギング条項)の例が掲載されています。開示に加えて、表明保証からの除外・特別補償・エスクロー・価格調整まで契約に落として初めて、売り手のリスクは限定されます。

係争リスクを開示し、表明保証からの除外・特別補償・エスクローで配分する契約実務のイメージ

この記事でわかること

  • 訴訟・係争を抱えた会社が売却できるケースと、条件が厳しくなるケース、先に解決すべきケースの見分け方
  • 買い手が法務デューデリジェンス(DD)で訴訟の何を見ているか
  • 労働・取引先・製品・知財・株主間・税務など、係争の種類ごとに変わる売却への影響
  • ノンネーム段階からDD・最終契約まで、いつ・どこまで開示すべきか
  • 表明保証からの除外(開示別紙)、特別補償、エスクロー、価格調整の使い分け
  • 事業譲渡で係争を切り離す方法と、会社法22条・23条・23条の2による限界
  • 売却前に売り手が自分で進めておける準備
  • 隠したまま売却した場合に実際に何が起きるか

こんな方に向けた記事です

  • 訴訟や労働審判が係属中、または内容証明・クレームを受けている状態で事業承継やM&Aを検討している中小企業オーナー
  • 未払残業代やハラスメントなど労務系の問題を抱え、「これがあると売れないのでは」と不安を感じている経営者
  • DDで係争が発覚し、買い手から価格見直しや補償条項の追加を求められている売り手
  • 相続や名義株など、株主間の争いを抱えたまま会社の出口を探している方

注意: 本記事は、公表されている公的資料・ガイドラインおよび専門家解説をもとに整理した一般的な実務情報です(各出典の確認日は本文中に記載しています)。係争の内容・進行状況・請求額によって結論は大きく変わります。実際の対応は必ず弁護士(およびM&A実務に詳しい専門家)にご相談ください。

結論:売却は可能。ただし「開示」と「契約での配分」がセットで必要

訴訟・係争を抱えた会社の売却について、実務上の結論は次の3点に集約されます。

  1. 係争があること自体は取引の中止理由にならない。 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、株式譲渡について「(紛争に関する損害賠償債務等、現時点では未発生だが将来的に発生し得る)偶発債務リスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向にある」と記載しています(出典: 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月 p.48、2026年9月8日確認)。つまり公的な整理でも、係争は「売れない理由」ではなく「調査が厳しくなる論点」として扱われています。
  2. 隠すと、かえって売り手の負担が重くなる。 同ガイドラインは、DDが十分に行われない場合「最終契約において譲り渡し側が負う各種義務(表明保証の範囲や補償額・補償期間等)の負担の増加に繋がりうる」と指摘しています(同 p.48、p.52)。調査を浅くさせるほど、買い手は契約条件で守りを固めます。
  3. 開示だけでは責任は消えない。 開示した係争を表明保証の対象から明示的に除外し、必要なら特別補償という形に組み替えるところまでやって、初めてリスクが限定されます。

逆に言えば、係争の内容が特定されており、想定される損害額の見積りが立ち、契約で処理方法が決まっている案件であれば、買い手は十分に検討できます。買い手が最も嫌うのは訴訟そのものではなく、金額も終わりも見えない不確実性です。

前提:訴訟を抱えた会社は珍しくない

まず数字で確認しておきます。最高裁判所事務総局の司法統計によれば、全国の地方裁判所における労働関係民事訴訟の新受件数は令和6年(2024年)に4,214件で、平成4年以降で最多となりました。従来の最多はコロナ禍の3,964件です。平均審理期間は16.1か月(令和5年は17.9か月)、労働審判の新受件数は3,359件でした(出典: 最高裁判所事務総局「令和6年司法統計」/労働新聞社報道、2026年9月8日確認)。

労働関係民事訴訟・労働審判の新受件数の推移を示すデータ分析のイメージ

これは労働関係だけの数字であり、取引先とのトラブル、製品クレーム、知的財産をめぐる争いを含めれば、何らかの係争を抱えたまま事業承継のタイミングを迎える会社は決して例外ではありません。「訴訟があるからM&Aの相談すらできない」と考える必要はない、というのが出発点です。

買い手は訴訟の「何を」見ているのか

買い手が見ているのは訴訟1件の金額ではなく、「その紛争が起きた原因」と「同じことが再び起きるか」です。

中小M&Aガイドラインは、法務DDの調査観点として「株式・会社組織、重要な契約、資産及び負債、人事・労務、訴訟・紛争、許認可・コンプライアンス・環境問題等」を挙げています(同 p.126)。訴訟・紛争は買い手が必ず確認する標準項目であり、隠しても調査対象に含まれている前提で考える必要があります。

買い手が法務デューデリジェンスで訴訟・紛争リスクを精査するイメージ

調査で見られる範囲は「係属中の裁判」だけではない

弁護士事務所の実務解説では、法務DDにおける紛争関連の調査対象は次のように整理されています(参考: グリーンリーフ法律事務所「M&A(企業買収)と訴訟・紛争についてのデューディリジェンス」2026年6月17日公開、2026年9月8日確認)。

区分

具体例

係属中の法的手続

民事訴訟、行政訴訟、労働審判、保全事件(仮差押・仮処分)、調停、仲裁・ADR

過去の紛争

終了した訴訟、和解済み案件、同種紛争の反復発生

未訴訟の問題(潜在的な係争)

交渉中の案件、顧客クレーム、損害賠償請求を受けている案件、将来訴訟化しうる案件

提出を求められる資料

訴訟一覧・紛争一覧(当事者・請求額・進行状況)、判決書、和解調書、決定書、クレーム管理台帳、顧客対応記録、事故報告書、品質不良報告書

ヒアリング対象

代表者、法務担当、総務・人事担当、紛争対応の実務担当者

ここで重要なのは、「まだ訴えられていない」状態も同じリスクカテゴリで扱われるという点です。内容証明が届いた段階、労働基準監督署から是正勧告を受けた段階、退職した従業員から未払残業代の請求書面が届いた段階——これらはすべて開示の対象になります。「裁判になっていないから言わなくていい」という判断は、後の紛争の火種になります。

「同じ紛争が繰り返されているか」が最大の評価ポイント

前掲の実務解説では、買い手の評価観点として「個別案件の金額と勝敗見込み」「紛争の発生原因と再発可能性」「企業全体への影響」の総合評価が挙げられ、同種の紛争が繰り返し発生している場合には、契約管理・労務管理・品質管理といった内部管理体制に問題がある可能性があると指摘されています。

つまり、1件の訴訟で請求額が500万円という案件よりも、「小さなクレームが毎年数件発生している」ほうが減額幅が大きくなることがある、ということです。買い手は買収後に自分たちが背負う運営リスクを見ています。

係争の種類別に見る、売却への影響と対処法

係争は種類によって扱いがまったく異なります。「訴訟中」とひとくくりにせず、自社の案件がどこに当たるかを確認してください。

係争の類型

買い手の見方

価格・条件への影響

典型的な処理方法

未払残業代・労働審判

対象者1人の請求は全従業員に波及しうる。金額が推計しやすい反面、総額が膨らみやすい

中〜大。全社推計額での減額や補償設定が入りやすい

開示+表明保証から除外、想定額の価格調整、就業規則・勤怠管理の是正

ハラスメント・解雇関連

金額より企業体質・レピュテーションを重視。買い手が上場企業だと特に厳しい

中。件数が複数だと破談要因になりうる

事実関係の整理、再発防止体制の提示、特別補償

取引先との債権回収・契約紛争

主要取引先との紛争は「売上の継続性」に直結。取引継続の可否が焦点

中〜大。当該取引先の売上構成比次第

取引継続の見通しを説明、和解の先行、価格調整

製品クレーム・PL(製造物責任)

損害額の上限が読みにくい。同一ロット・同一設計への波及を懸念

大。上限が見えないため買い手が最も警戒する類型

保険適用範囲の提示、対象範囲の特定、特別補償+エスクロー

知的財産権の侵害クレーム

差止めのリスクがあり、事業そのものが止まりうる

大。主力製品に関わる場合は先行解決を求められやすい

権利関係の整理、ライセンス化、クロージング条件化

株主間紛争・名義株・相続争い

「売る権利があるか」という取引の前提が崩れる

最大。他の係争とは次元が異なる

M&Aより先に解決が原則。株主名簿・株式帰属の整理

税務調査・税務訴訟

追徴税額が過去にさかのぼるため、金額が確定するまで動きにくい

中〜大。調査中は結論待ちになりやすい

税務DDでの開示、結論確定までの待機または特別補償

行政処分・許認可に関する争い

許認可の取消・停止は事業価値そのものを消す

最大。許認可が事業の前提なら取引不能になりうる

処分内容の確定を優先。M&Aは並行して進めにくい

(分類は中小M&Aガイドライン p.36・p.119・p.126、参考資料7 各種契約書サンプルの表明保証項目、および弁護士事務所の実務解説をもとに編集部で整理。2026年9月8日確認)

特に注意が必要な2つの類型

株主間紛争・名義株は、他の係争と切り分けて考えてください。中小企業庁の公式な株式譲渡契約書サンプルでは、対象株式について「本株式について、訴訟等、クレーム等、司法・行政機関等の判断等は存在しないこと」が表明保証項目として掲げられています(出典: 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料7 各種契約書サンプル」2025年12月15日時点版 p.33、2026年9月8日確認)。株式の帰属が争われている状態は、「売る対象が確定していない」ということであり、買い手は前に進めません。旧商法時代の名義株、相続で分散した株式、疎遠になった少数株主の存在は、M&Aの検討より先に整理が必要です(参考: M&A前の少数株主整理)。

事業用資産をめぐる係争も見落とされがちです。ガイドラインは「重要な事業用資産等(不動産や機械設備等)について、第三者の名義である、担保が設定されている、遺産分割の対象として争われている、第三者との間で係争中の物件である等の場合、譲り渡し後の事業継続に支障が生じ得る」と明記しています(同 p.36)。工場や店舗の敷地が争いの対象になっている場合、会社そのものより先にこちらが障害になります。

売却の可否は3段階で判断する

自社の係争がどのレベルにあるのかを、次の3段階で整理してください。

段階1:売却可能性がほとんど下がらないケース

  • 請求額が小さく、単発で、事業の根幹に関わらない案件
  • 保険(PL保険・使用者賠償責任保険等)でカバーされる見込みが立っている案件
  • 和解の見込みが具体的に立っており、着地額の目処がある案件
  • すでに終了しており、再発の兆候がない過去の紛争

このレベルであれば、開示のうえで表明保証から除外し、必要に応じて想定額を価格に織り込めば処理できることが多い、というのが実務での一般的な扱いです。

段階2:条件(価格・補償)が厳しくなるケース

  • 未払残業代・労働審判など、対象が全従業員に波及しうる案件
  • 主要取引先との継続的な紛争
  • 製品クレームで、同種の不具合が他ロット・他製品に及ぶ可能性がある案件
  • 進行中の税務調査

このレベルでは、売却自体は成立しても、減額・特別補償・エスクローなど何らかの条件が付くことを前提に交渉設計をしておくべきです。「言わずに済ませる」判断が最も損をするゾーンでもあります。

段階3:M&Aより先に解決すべきケース

  • 株式の帰属をめぐる争い(名義株・相続争い・少数株主との対立)
  • 許認可の取消・停止につながる行政処分・行政訴訟
  • 事業の中核となる不動産・設備が係争中
  • 主力製品の差止めを求められている知財訴訟
  • 反社会的勢力との関係が疑われる案件

このゾーンは「開示すれば通る」問題ではありません。取引の前提そのものが壊れているため、まず弁護士と解決の道筋を立てることが先決です。

いつ・誰に・どこまで開示するか

「早く言う」ほうが有利です。ただし、初期段階で詳細を出す必要はありません。段階ごとに開示の粒度を変えるのが実務的です。

ノンネームからDD・最終契約まで、係争をいつどこまで開示するかを協議する商談のイメージ

段階

開示の相手

開示すべき粒度

判断のポイント

仲介会社・FAへの相談時

仲介会社・FA・弁護士

すべて。件数・請求額・進行状況を含めて包み隠さず

ここで隠すと、買い手候補の選定そのものが誤った前提で進む

ノンネームシート(匿名概要)

不特定の買い手候補

記載不要。会社が特定される情報は出さない段階

この段階で書く必要はないが、仲介会社には共有済みであること

秘密保持契約(NDA)締結後の初期情報開示

具体的な買い手候補

「係争がある」という事実と、大まかな類型・規模感

買い手の検討方針(受け入れられるか)を早期に確認するため

トップ面談

買い手経営陣

経緯・現在の状況・自社の見通しを口頭で説明

経営者本人の説明があるかどうかで信頼が大きく変わる

基本合意(LOI/MOU)前

買い手

訴訟一覧・請求額・進行状況の資料ベース開示

ここまでに出しておくと、価格の前提に織り込める

DD(デューデリジェンス)

買い手・買い手側専門家

訴訟記録、和解調書、クレーム台帳、弁護士見解などの一次資料

資料の欠落は「他にも隠しているのでは」という疑念を招く

最終契約(SPA)交渉

買い手

開示別紙(ディスクロージャー・スケジュール)への記載

開示した事項を契約書に書いて表明保証から外す最終段階

なぜ基本合意前までに出すべきなのか

基本合意の後に大きな係争が発覚すると、買い手は「価格の前提が変わった」として減額交渉に入るか、そのまま撤退します。すでに費用と時間を投じた段階での破談は、売り手にとって金銭的にも精神的にも負担が大きくなります(参考: LOI後の破談・交渉決裂への対処)。

さらに、開示しなかったこと自体が別の法的責任につながる可能性も指摘されています。弁護士事務所の解説では、「売主と買主の力関係、買主の調査能力、取引の前提の共通認識、情報の重要性等」によって売主の積極的な説明義務が肯定されうるとされ、特に「知っていれば即取引中止となるような重要情報」については説明責任が生じやすい、と整理されています(参考: 岩崎総合法律事務所「売主のための『M&A』を巡るトラブル対応 〜実行『後』段階編」、2026年9月8日確認)。

開示しただけでは責任は消えない:契約でどう配分するか

ここがこの記事で最も重要な部分です。「DDで資料を出したから、後から請求されることはない」——この理解は正確ではありません。

表明保証とは何か、なぜ係争が問題になるのか

表明保証(Representations and Warranties)とは、最終契約において売り手が「一定の事項が真実かつ正確であること」を買い手に対して表明し保証する条項です。違反があった場合、売り手は損害賠償や補償の義務を負います(基礎から知りたい方は M&A 表明保証とは をご覧ください)。

中小M&Aガイドラインは、この条項が売り手に与える具体的な影響として次の例を挙げています。

例えば、従業員との間の労働紛争が存在しないことを表明保証していたにもかかわらず実際には紛争が生じており、中小M&A実行後に和解が成立した場合、従業員に支払う和解金相当額を譲り渡し側(又はその経営者等)が負担するケース等が想定される
(出典: 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」p.22、2026年9月8日確認)

つまり、「労働紛争は存在しない」と保証してしまえば、売却後に和解金を売り手個人が払うという結末があり得ます。

公式サンプルは「書いて外す」方式を採用している

中小企業庁の株式譲渡契約書サンプル(2025年12月15日時点版)では、労働関係の表明保証が次のように書かれています。

対象会社には、以下に記載されたもの以外にストライキ、ピケッティング、業務停止、怠業その他従業員との間での労働紛争は存在しないこと
(出典: 参考資料7 各種契約書サンプル p.35、2026年9月8日確認)

注目すべきは「以下に記載されたもの以外に」という書き方です。これが、実務でディスクロージャー・スケジュール(開示別紙)と呼ばれる仕組みの実装例です。係争は「隠す」でも「無いと保証する」でもなく、「書いて表明保証の対象から外す」——これが正解になります。

同サンプルの注記には、売り手への警告として次の記載もあります。

表明保証の内容をよく理解せずに事実に反することを表明保証してしまうと、後に損害賠償等のトラブルになる可能性があるので注意が必要
仲介者・FAから提供された雛形や最終契約書のレビューの応酬が繰り返される中で、甲側(譲り渡し側株主)が、知らず知らずのうちに過剰な範囲で表明保証を行っており、事後に紛争化する例も見受けられる
(出典: 参考資料7 各種契約書サンプル p.31、p.34)

開示別紙の書き方には「粒度」の勘所がある

前掲の岩崎総合法律事務所の解説では、開示別紙の記載は「抽象的すぎると解釈紛争になる一方、具体的すぎると後で問題が生じる」バランスが重要とされています。

たとえば労働紛争であれば、

  • 抽象的すぎる例:「労務に関する一部の紛争」→ 何が除外されたのか特定できず、後で争いになる
  • 具体的すぎる例:「元従業員A氏からの2025年◯月◯日付の未払残業代請求(請求額◯円)」のみ → 同種の請求が他の従業員から出た場合、除外されない可能性がある
  • 実務的な着地点:対象となる事象の範囲(例:同一の勤怠管理運用に起因する未払賃金請求全般)を定義したうえで、判明している個別案件を列挙する

この粒度設計は弁護士の関与が不可欠な部分です。仲介会社の雛形をそのまま受け入れず、必ず自分側の弁護士にレビューさせてください。

サンドバッギング条項という落とし穴

開示しても責任が残るケースがあることを明示的に規定するのが、サンドバッギング条項です。中小企業庁の公式サンプルには両方の条項例が掲載されています(参考資料7 p.24〜25、2026年9月8日確認)。

条項の型

内容

売り手にとっての意味

アンチ・サンドバッギング条項

買い手が契約締結時点で認識していた、またはDDで提供を受けた情報に含まれる事実は、表明保証違反とならない

売り手に有利。開示の効果が契約上はっきりする

プロ・サンドバッギング条項

買い手が違反を知っていても、売り手の責任に影響しない

売り手に不利。開示しても責任が残る

公式サンプルの注記は、売り手に対して次のように警告しています。

プロ・サンドバッギング条項は、甲がDDに協力して積極的に情報開示を行い、当該情報に基づき乙がリスクを認識していたとしても、当該リスクが現実化した場合に、甲が責任を免れることができないという帰結となる…甲としては、当該条項が規定されている場合には、その意味内容をよく吟味の上で、削除や修文を求めることを検討する必要がある。この際、乙が特に認識したようなリスクについては、特別補償という形で別途規定することもありえる
(出典: 参考資料7 各種契約書サンプル p.25)

同サンプルは具体例として「未払い残業代が存在するリスクがあり、クロージング後に従業員から未払い残業代の請求を受けた場合等、DDの中で開示された資料やマネジメントインタビューなどからこれらのリスクを乙が認識していたとしても、甲は免責されない」という状況を挙げています。

係争を抱えた売り手にとって、最終契約でチェックすべき条項の優先順位は、①開示別紙への記載、②サンドバッギング条項の型、③補償の上限・期間、の順です。

リスク配分の5つの手段と使い分け

開示した係争をどう処理するか。実務では次の手段が組み合わせて使われます。

開示別紙・特別補償・エスクロー・価格調整などリスク配分手段を検討する法務実務のイメージ

手段

仕組み

売り手にとっての意味

使いどころ

開示別紙(ディスクロージャー・スケジュール)

表明保証の例外事項を最終契約の添付資料に列挙。記載された事項は表明保証違反にならない

最も基本かつ重要。まずこれが前提

すべての係争案件

特別補償(個別補償)

DDで判明済みの特定リスクを表明保証から切り離し、その事象が現実化したときだけ補償する

補償対象が限定される一方、一般の上限・期間の制限が外れる設計もあるため条件を要確認

金額の推計が可能な労務・税務リスク

エスクロー

譲渡代金の一部を第三者(信託銀行等)が一定期間留保し、補償期間終了または合意で解放

受け取りが遅れるが、破談を避けて成立させやすくなる

買い手の不安が強く、価格減額を避けたい場合

価格調整・ディスカウント

想定される敗訴額・和解見込額を譲渡価格から控除

最もシンプルだが、上振れリスクは買い手が飲まないことが多い

金額の目処が立っている少額案件

クロージング前提条件化

「係争の解決(和解成立・訴えの取下げ)」をクロージングの条件にする

売り手にスケジュールリスク。訴訟は年単位のため実現性の見極めが必要

買い手が絶対に引き継ぎたくない案件

エスクローの水準について、実務解説では譲渡価格の5〜10%程度、期間は表明保証期間に合わせて12〜24か月が一例として挙げられています(参考: law-bright「M&A 補償 エスクロー」、2026年9月8日確認)。ただし中小M&Aでは案件ごとの差が大きく、公的な標準値ではありません。あくまで交渉の出発点として理解してください(詳細は M&A エスクロー・分割払いの交渉 をご覧ください)。

補償条項で必ず確認すべき4項目

中小企業庁の公式サンプル第16条には、補償の限度を定める仕組みが例示されています(参考資料7 p.24、2026年9月8日確認)。

  1. 補償額の総額上限 — 「本譲渡価額の●%を超えないものとする」。注記には「仮に100%に近い上限が設定される場合には、その妥当性について慎重に吟味することが必要」とあります
  2. デミニミス/バスケット条項 — 「一つの事由に基づく違反により生じた損害が●円を超過するものの合計額が●円を超過した場合にのみ」補償義務が発生する。少額請求の乱発を防ぐ仕組みです
  3. 補償期間 — 「クロージング日から●か月経過するまでに書面により甲に請求した場合に限り」。注記では「クロージング日から数えて1〜n回目の決算日+1か月程度」が目安として示されています
  4. 損害軽減義務・商法526条の適用排除 — 買い手側の対応義務や検査通知義務の扱い

ガイドライン本文でも「定型的に無期限、無制限の表明保証条項や適用場面が判然としない表明保証条項を設定することは慎重に検討すべき」とされています(同 p.53)。上限も期間も設定されていない契約に署名しないことが、係争を抱えた売り手の最低ラインです。

売却後も対応に巻き込まれる可能性がある

見落とされやすい点として、公式サンプル第13条4項には次の規定があります。

甲は、乙又は対象会社が、甲の表明及び保証が正確若しくは真実でなかったこと…に関し、第三者から損害賠償の請求その他のクレームを受けた場合、乙からの求めに応じ、当該クレームの処理につき乙又は対象会社に協力する
(出典: 参考資料7 各種契約書サンプル p.23〜24)

株式を譲渡して代表を退いた後も、係争対応への協力義務が契約上残ることがあります。引退後の生活設計を考えている売り手は、協力義務の範囲と期間も交渉項目として認識しておくべきです。

表明保証保険(W&I保険)は使えるか

表明保証保険は、表明保証違反による損害を保険で填補する仕組みです。ガイドラインでも、活用にあたっては「DDレポート等を保険会社に提出し引受審査を経る必要がある」と説明されています(同 p.23、p.53)。

ただし、すでに判明している係争は保険の対象外とされることが一般的と説明されることが多く、既知のリスクを保険で処理するという発想は基本的に成立しにくいと考えてください。引受条件は保険会社・案件によって異なるため、活用可否は個別に確認が必要です(参考: 表明保証保険(W&I保険)とは)。

スキームで切り離せるか:株式譲渡と事業譲渡の違いと限界

株式譲渡では係争はそのまま引き継がれます。事業譲渡なら切り離せる余地がありますが、限界があります。

なぜ株式譲渡だと引き継がれるのか

株式譲渡は、会社(法人格)はそのままで株主だけが変わる取引です。訴訟の当事者は会社自身なので、係争は法人に付いたまま買い手の傘下に移ります。中小M&Aガイドラインが株式譲渡について「簿外債務・偶発債務リスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向にある」と書いているのは、この構造によるものです(同 p.48)。

一方、事業譲渡は承継対象となる財産・契約を個別に特定して移す取引であるため、ガイドラインは「簿外債務・偶発債務リスクを比較的遮断しやすい」としています(同 p.49)。ただし承継対象財産の特定、対抗要件の具備、許認可の再取得といった手続負担が発生します(参考: 株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい)。

比較項目

株式譲渡

事業譲渡

係争の承継

会社に付いたまま引き継がれる

承継対象から除外できる余地がある

手続の負担

比較的軽い(株式の移転)

重い(財産の個別特定・契約の巻き直し・許認可の再取得)

従業員

雇用契約はそのまま継続

個別に転籍の同意が必要

買い手のDDの深さ

深くなりやすい

対象範囲に限定されやすい

売り手の手取り

株主個人に譲渡対価(税制上は原則20.315%の申告分離課税)

会社に対価が入り、法人税課税後に個人へ移す必要

係争案件での使われ方

開示+契約でのリスク配分が中心

係争部門を旧会社に残す設計が可能

※ 税負担の扱いは個別の事実関係によって変わります。具体的な税務判断は必ず税理士にご確認ください。

事業譲渡でも切り離せないケース(会社法22条・23条・23条の2)

「訴訟の対象になっている部門だけ旧会社に残す」という設計は有効な手段ですが、債権者保護の規定を無視した切り離しは通用しません。

  • 会社法22条(商号続用者の責任) — 譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲渡会社の事業によって生じた債務についても弁済する責任を負います。譲受会社が遅滞なく免責の登記をするか、譲渡会社と譲受会社から第三者に対して免責の通知をした場合は適用されません。
  • 会社法23条(債務引受の広告) — 商号を続用しない場合でも、譲受会社が債務を引き受ける旨の広告をしたときは弁済責任を負います。
  • 会社法23条の2(詐害事業譲渡に係る譲受会社への請求) — 譲渡会社が残存債権者を害することを知って事業を譲渡した場合、残存債権者は承継した財産の価額を限度として、譲受会社に債務の履行を請求できます。この請求権は、残存債権者が知った時から2年、または事業譲渡の効力発生日から10年で消滅します。

(出典: 会社法 第22条・第23条・第23条の2、2026年9月8日確認)

係争相手からの請求を免れる目的で事業譲渡を行えば、詐害事業譲渡と評価されるリスクがあるということです。スキーム選択は税務・法務の両面から専門家と設計してください。労務系のリスクについても、事業譲渡や会社分割で「未払賃金は承継しない」と定めること自体は形式上可能ですが、実際には同じ従業員を継続雇用するため実効性には限界がある、と実務では指摘されています。

売却前に売り手が自分でやっておくべき5つの準備

DDが始まる前に整理しておくかどうかで、交渉の主導権が変わります。

  1. 係争・クレームの一覧表を作る — 相手方、請求内容、請求額、発生時期、現在の進行状況、担当弁護士、次回期日を1枚にまとめます。買い手が最初に求める資料であり、これが即座に出てくること自体が「管理できている会社」という評価につながります。
  2. 想定される損害額(レンジ)を弁護士と算定する — 「わかりません」が最も嫌われます。最悪ケース・和解想定・勝訴ケースの3パターンで金額を出しておくと、価格交渉の土俵が作れます。
  3. セラーズDD(売り手側デューデリジェンス)を検討する — ガイドラインには「例外的に、譲り渡し側が、弁護士に依頼して法務DDを行うこともある(セラーズDD)」との記載があります(同 p.126)。係争を抱えた売り手にとっては、むしろ標準的な選択肢として検討する価値があります。法務DDの費用は情報源によって幅があり、中小規模案件で20万〜100万円程度とする解説から、100万〜500万円程度(大規模案件は1,000万円超)とする解説まで存在します(出典: M&Aキャピタルパートナーズ「法務デューデリジェンスとは」 ほか複数の専門家解説、2026年9月8日確認)。調査範囲と案件規模によって大きく異なるため、複数の弁護士に見積りを取ることをおすすめします(参考: デューデリジェンス費用相場・準備ガイド)。
  4. 和解できる案件は先に和解する — 金額が確定するだけで買い手の不確実性は大きく下がります。特に少額の労務案件は、M&A前に解決しておくほうが結果的に有利になることが多い領域です。
  5. 保険の適用範囲を確認する — PL保険、使用者賠償責任保険、業務災害総合保険などで既存の係争がカバーされるかを保険会社に確認し、証券と適用条件を資料化しておきます。「保険で処理できる」と示せれば、補償条項の交渉が有利になります。

あわせて、DD全般の準備は M&A DD 売り手の準備チェックリスト と 売却前の労務リスク対策 で整理しています。

隠したまま売却するとどうなるか

係争を隠して売却した場合、売却後に売り手個人が金銭的責任を負う可能性があります。

中小M&Aガイドラインは、表明保証の範囲をめぐる紛争が「DDで検出されなかった問題が顕在化し、事後的な治癒が困難であることが判明した場合」等に生じやすく、「当事者間の感情面での対立が大きく、かつ適切な損害額の算定も困難であることが多いため、請求が過大なものになりやすい」と指摘しています(同 p.53)。

さらに深刻なのは、補償の上限や期間の制限が効かなくなる可能性です。弁護士事務所の解説では、賠償額の上限・期間制限・救済手段の限定が設定されていても「取引の根本的違反や故意による違反の場合は上限適用が除外される」と説明されています(前掲・岩崎総合法律事務所)。つまり、意図的に隠した係争については、せっかく交渉して設定した「譲渡価格の◯%まで」という上限が働かなくなる恐れがあるということです。

実際の裁判例でも、売り手側が不利な判断を受けたケースがあります。

一方で、開示していれば守られた例もあります。薬局のM&Aをめぐる東京地裁の判断では、DDで買い手が把握していた事項について、後から表明保証違反を主張することは認められませんでした(解説: 株式譲渡の表明保証違反・判例解説(薬局M&A))。

開示は、買い手のためではなく、売り手自身を守るために行うものだと理解してください。

相談先の使い分け:仲介会社にできること・できないこと

係争を抱えている場合、最初に相談すべきは弁護士です。M&A仲介会社は係争そのものを解決できません。

中小M&Aガイドラインは、仲介者・FAについて「紛争解決への関与・支援は非弁行為(弁護士法第72条)に該当する可能性がある」ため、「紛争が生じた場合には、弁護士に支援を求めることを検討する必要がある」としています(同 p.50、p.57、p.87)。これは仲介会社の能力の問題ではなく、法律上の制約です。

もう1点、実務上重要な事実があります。ガイドラインは「基本的には仲介者・FAによる役務提供はクロージング時点において終了している」と明記しています(同 p.50)。売却後に係争が顕在化しても、仲介会社は基本的に対応しません。だからこそ、契約書に何を書いたかがすべてになります。

相談先

対応できること

対応できないこと

弁護士(自社側)

係争の解決・和解交渉、セラーズDD、契約書レビュー、開示別紙の設計

買い手の探索・マッチング

M&A仲介会社・FA

買い手候補の探索、交渉の進行管理、条件のすり合わせ

係争の解決・法的助言(弁護士法72条の制約)

事業承継・引継ぎ支援センター

公的な無料相談、専門家の紹介、譲渡先の候補提供

係争の直接的な解決

顧問税理士

税務調査への対応、税務リスクの評価

訴訟対応・契約書の法的レビュー

仲介会社選びのチェックポイント

中小M&Aガイドライン第3版では、参考資料12として「最終契約におけるリスク事項についての説明書サンプル」が新設されました(出典: 中小企業庁(参考資料12)、2026年9月8日確認)。これは支援機関が売り手にリスクをチェックボックス形式で説明する書面で、たとえば次の項目が含まれます。

  • DDの非実施、または売り手へのヒアリングのみによる実施
  • 表明保証の期間の設定がない
  • 表明保証の責任上限の設定がない
  • 表明保証の適用場面が判然としない規定がある
  • クロージング後の分割払い・退職金の後払い・段階取得
  • 最終契約後の状況に応じた譲渡額の調整・修正条項

係争を抱えた売り手にとっては、この説明書を出してくれる仲介会社かどうかが、実質的な信頼性の判断材料になります。面談時に「参考資料12の説明書は使っていますか」と聞いてみてください。ガイドラインでは、仲介者が「一方当事者にとってのみ有利又は不利な情報を認識した場合に、当該情報を当該当事者に対して伝達せず、秘匿する行為」を禁止行為として明記しています(同 p.99〜100)。

仲介会社の選定については M&A仲介会社の選び方、公的窓口については 事業承継・引継ぎ支援センターとは と M&Aの相談先一覧 をご覧ください。

こんな企業は、係争があってもM&Aを進めてよい

次の条件に複数当てはまる場合、係争があっても売却プロセスを進める価値があります。

  • 係争の相手方・請求額・進行状況が特定できており、資料が揃っている
  • 弁護士と連携できており、想定される着地額のレンジが出せる
  • 係争が事業の中核(主力製品・主要取引先・許認可)に関わっていない
  • 同種の紛争が繰り返し発生していない、または再発防止策を実施済み
  • 譲渡価格の一部をエスクローや分割で受け取ることを許容できる
  • 株式の帰属に争いがなく、株主名簿が整理されている

こんな場合は、M&Aより先に係争の解決を

逆に、次に当てはまる場合は、買い手を探す前に解決の道筋をつけることをおすすめします。

  • 株式の帰属が争われている(名義株・相続争い・少数株主との対立)— 売る権利の前提が固まっていない状態
  • 許認可の取消・停止につながる行政処分や行政訴訟が進行中 — 事業価値そのものが消えるリスク
  • 主力事業の差止めを求める知財訴訟が係属中 — 買収後に事業が止まる可能性がある
  • 事業の中核となる不動産・設備が係争の対象 — 引き継いでも事業を継続できない
  • 労働基準監督署の是正勧告・申告監査に対応中 — 是正の完了が先。総額が確定しないと交渉が進まない
  • 請求額が企業価値を大きく上回る — 価格やエスクローでは処理しきれない

なお、係争の解決に長期間かかり、その間に事業価値が目減りしていく見通しであれば、売却以外の出口(廃業を含む)と並行して検討する判断もあり得ます(参考: M&Aか廃業か 比較・判断基準)。

よくある質問

Q. 訴訟中であることは、いつ仲介会社に伝えるべきですか。

A. 最初の相談時点で伝えてください。仲介会社は係争を前提に買い手候補を選定します。後出しになると、係争を受け入れられない買い手との交渉に時間を費やすことになり、双方の損失が大きくなります。なお、係争そのものの解決支援は弁護士法72条の制約により仲介会社にはできないため、並行して弁護士にも相談してください。

Q. 訴訟の内容を買い手に開示すると、秘密が漏れませんか。

A. 具体的な情報の開示は秘密保持契約(NDA)の締結後に行うのが実務の標準です。NDAでは目的外使用の禁止、開示範囲、契約終了後の存続期間などを定めます。ただしNDAは万能ではないため、開示のタイミングと粒度は仲介会社・弁護士と設計してください(参考: M&A NDA(秘密保持契約)とは)。

Q. 敗訴が確定していない訴訟は、貸借対照表に載せなくても問題ありませんか。

A. 会計上の引当計上の要否と、M&Aにおける開示義務は別の問題です。中小M&Aガイドラインは、未発生だが将来発生し得る債務を「偶発債務」として整理しており、法務DDの調査対象にも訴訟・紛争が明記されています。帳簿に載っていなくても開示の対象になると考えてください。なお、引当金計上の要否など会計処理の判断は、顧問税理士・会計士にご確認ください(参考: 簿外債務・偶発債務とは)。

Q. 買い手から「係争が解決するまでクロージングしない」と言われました。従うべきですか。

A. 実務では、和解成立や訴えの取下げをクロージングの前提条件とするケースがあります。ただし訴訟は年単位で長引くことがあるため、条件化する前に「解決の見通し時期」と「その間に他の候補を探せなくなる期間(独占交渉期間)」を必ず確認してください。期限の定めのない前提条件は避けるべきです。

Q. すでに終わった訴訟も伝える必要がありますか。

A. 買い手側の調査では過去の紛争も対象に含まれます。特に同種の紛争が繰り返されている場合、買い手は「内部管理体制の問題」として見ます。伝えたうえで、原因と是正内容をセットで説明するほうが評価は高くなります。

Q. 係争があると、譲渡価格はどのくらい下がりますか。

A. 公的に集計された平均的なディスカウント率のデータは、現時点で確認できていません。実務では「想定される損害額を価格から控除する」「同額をエスクローで留保する」といった形で処理されることが多く、係争の金額規模と発生確率の見立てによって結論が変わります。金額の目処が立たない案件ほど、買い手は保守的な見積りをするため、弁護士とレンジを算定しておくことが価格防衛につながります(参考: M&A 価格調整の仕組み)。

Q. 個人(オーナー)が当事者の訴訟も開示が必要ですか。

A. 中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルでは、譲り渡し側株主本人について「甲による本契約の締結又は履行に重大な影響を及ぼす、甲を当事者とする訴訟等は係属しておらず、かつ、将来かかる訴訟等が係属するおそれもないこと」が表明保証項目に含まれています(参考資料7 p.31、2026年9月8日確認)。契約の締結・履行に影響する可能性があるものは、個人の案件でも開示対象になり得ます。

まとめ:この記事の要点

  • 訴訟・係争があっても会社は売却できる。中小M&Aガイドラインでも、係争は「取引不能の理由」ではなく「DDが厳しくなる論点」として整理されている
  • 買い手が見ているのは1件の金額よりも、紛争の発生原因と再発可能性、そして内部管理体制
  • 「裁判になっていない」段階(内容証明・クレーム・是正勧告)も開示の対象
  • 開示は遅くとも基本合意の前までに。後出しは破談と減額の最大要因
  • 開示しただけでは責任は消えない。開示別紙で表明保証から除外し、必要に応じて特別補償・エスクロー・価格調整に組み替えること
  • サンドバッギング条項の型、補償の上限・期間・デミニミスは、係争案件では最重要のチェックポイント
  • 事業譲渡による切り離しは有効な手段だが、会社法22条・23条・23条の2という限界がある
  • 株式の帰属をめぐる争い、許認可に関わる行政処分、事業の中核資産の係争は、M&Aより先に解決すべき

専門家へのご相談について
本記事は、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)および同参考資料7「各種契約書サンプル」(2025年12月15日時点版)、参考資料12、司法統計、弁護士事務所の公開解説をもとに整理した一般的な実務情報です。
表明保証・補償・エスクローの水準(上限割合、期間、留保割合など)はすべて実務上の一例であり、案件ごとに大きく異なります。また、係争への具体的な対応、開示の範囲と表現、スキームの選択は、係争の内容・進行状況・相手方の姿勢によって適切な判断が変わります。
実際の対応は、弁護士(およびM&A実務・税務に詳しい専門家)に必ずご相談ください。M&A仲介会社は弁護士法72条の制約により、係争そのものの解決支援を行うことができません。

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