特別補償条項とは?M&Aで売り手が負う個別リスクの扱い|表明保証との違いと交渉ポイント
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特別補償条項とは?M&Aで売り手が負う個別リスクの扱い|表明保証との違いと交渉ポイント

特別補償条項とは、DDで判明した未払残業代や係争中の訴訟など特定のリスクについて、損失が出たら売り手が補償すると個別に定めるM&A契約の条項です。表明保証との違い、価格減額・エスクローとの比較、売り手が確認すべき9つのポイントを解説。

M&A比較レビュー編集部2026/9/3010分で読める

特別補償条項とは、デューデリジェンス(DD)や売り手の開示で契約前から分かっている特定のリスク(係争中の訴訟、未払残業代、税務の指摘リスクなど)について、「その事象で買い手側に損失が出たら売り手が補償する」と、表明保証とは別に定めるM&A契約の条項です。売却価格を先に下げる代わりに「実際に損失が出た分だけ後から補償する」仕組みなので、売り手にとっては対象・金額の上限・期間をどこまで個別に限定できるかが最大のポイントになります。

この記事でわかること

  • 特別補償条項の意味と、表明保証(一般の補償)との違い
  • 特別補償の対象になりやすいリスク(労務・訴訟・税務・許認可・環境)
  • 「価格を下げる」「特別補償」「エスクロー」「開示して除外」のどれを選ぶかの考え方
  • 中小企業庁の契約書サンプルで特別補償がどう位置づけられているか
  • 特別補償を求められた売り手が、契約前に確認すべき9つのポイント
  • 表明保証保険や税金との関係で注意したい点

こんな方に向けた記事です:会社の売却を進めていて、DDの後に買い手や仲介会社から「この件は特別補償でお願いしたい」と言われた中小企業のオーナー。あるいは、未払残業代・訴訟・税務などの心当たりがあり、売却後にどこまで責任が残るのかを事前に知っておきたい方。

この記事は一般的な情報提供を目的としています。特別補償条項の解釈・修文・交渉は案件ごとに判断が異なります。実際の条文はM&Aに詳しい弁護士に、補償金の税務処理は税理士にご相談ください。

結論:特別補償は「分かっているリスク」に別枠の上限と期限を付ける交渉

特別補償を求められたこと自体は、珍しいことではありません。DDで表明保証違反にあたりうる状態が見つかった場合、表明保証とは別に特別補償条項を定めることが必要とする解説もあります(出典:税研「M&A用語 表明保証②」 確認日2026-10-01)。売り手が押さえるべきなのは次の3点です。

  1. 対象を具体的に特定する — 「別紙記載の訴訟」「クロージング前の期間に対応する未払残業代」のように、どの事象を補償するのかを一つずつ書き出し、包括的な書き方を避けます。
  2. 金額の上限と期間を別枠で決める — 特別補償は一般の補償の上限・期間の「例外」として外に置かれやすい項目です。上限も期間もない状態にしないことが最も重要です。
  3. 包括的に責任を残すより、特別補償で切り出す方が負担額を読みやすい — 中小企業庁の契約書サンプルの注記も、買い手が特に認識したリスクは特別補償で別途規定する考え方を示しています(詳しくは後述)。

表明保証そのものの仕組みから確認したい方は、先に「M&Aの表明保証とは?わかりやすく解説」をお読みください。

特別補償条項とは:表明保証とは別に「既知のリスク」を補償する条項

特別補償条項は、契約締結の時点で売り手と買い手の双方が認識している特定の問題について、通常の補償とは別に補償ルールを決めておく条項です。英語の契約では「Special Indemnity」「Specific Indemnity」と呼ばれることがあります。

信頼できる資料に共通する3つの要素

M&A専門誌や仲介大手の解説を突き合わせると、特別補償には次の3つの要素が共通しています。

要素

内容

出典

対象

契約締結時点で当事者が既に認識している特定事項(売り手が開示した事項、DDで見つかった事項)

MARR「M&A用語:特別補償」

使う場面

買収価格に反映するのが難しいもの、通常の補償ではリスク分担を合意しにくいもの。特に認識済みの訴訟案件

同上

価格との関係

金額の見積りが難しい場合、契約時に株価を下げる調整はせず、後日、問題解決にかかった費用を売り手が負担する

日本M&Aセンター「表明保証とは?」(2025-03-14更新)

(確認日:いずれも2026-10-01)

MARRの用語解説では、特別補償を定める目的として、①既知の事項でも補償請求できることをはっきりさせる(「買い手は知っていたのだから請求できない」という反論を封じる)、②通常の補償とは違う請求期間や上限を設定する、の2点が挙げられています。

表明保証(一般の補償)との違い

一番大きな違いは、表明保証は「知らないリスク」への備え、特別補償は「分かっているリスク」への備えだという点です。

項目

表明保証+一般の補償

特別補償

対象になるリスク

契約時点では見つかっていない問題(「この事実は真実である」と約束した内容が違っていた場合)

DDや開示で既に見えている特定の問題

補償が発生する条件

表明保証の違反があり、それによって損害が出たこと

指定した事象によって損害が出たこと(表明保証違反があるかどうかを問わない)

DDで開示済みの事項

開示別紙やアンチ・サンドバッギング条項で対象外にできることが多い

開示済みでも請求できる(そのための条項)

上限・期間

一般の上限(譲渡価額の●%など)と補償期間で制限

個別に設定。一般の上限・期間の例外として外に置かれやすい

売り手が読める負担額

何が起きるか分からないため読みにくい

対象が特定されているため、上限を決めれば読みやすい

(表は編集部作成。表明保証違反の成否に依存しないという整理は、法律事務所の解説記事「M&A契約書の補償条項(インデムニティ)の内容とポイント」(2026-09-27更新)等による 確認日2026-10-01)

一般の補償の上限・免責金額の決め方は「M&A補償の上限・免責金額(キャップ・バスケット)交渉ガイド」で詳しく解説しています。

なぜ価格を下げずに特別補償にするのか

特別補償が使われるのは、リスクが「あるかもしれない」が、金額がいくらになるか、そもそも実際に損失が出るかが分からないときです。

たとえば係争中の訴訟は、勝つか負けるか、和解金がいくらになるかが契約時点では分かりません。これを価格に反映しようとすると、買い手は最悪のケースを想定して大きく値引きを求めがちです。特別補償にしておけば、損失が出なければ売り手は1円も払わずに済み、損失が出たときだけ実額を負担する形になります。

一方で、売り手にとっては「売却後もその件の結果が出るまでは責任が残る」ことを意味します。値引きと特別補償のどちらが得かは、後述の比較表で整理します。

買い手が特別補償を求める理由

買い手が特別補償を求める背景には、次の2つの事情があります。

  • 表明保証では既知の事項を請求しにくい:DDで把握していた事項について、表明保証違反を主張できないと判断された裁判例があります(詳しくは「株式譲渡の表明保証違反・判例解説(薬局M&A)」)。買い手から見ると、見つけたリスクほど表明保証では守られにくいため、特別補償で押さえておきたくなります。
  • 表明保証保険では既知のリスクがカバーされにくい:表明保証保険は、契約前から認識していた違反を補償の対象外にするのが一般的です(後述)。保険に頼れない分を、当事者間の特別補償で手当てすることになります。

特別補償の対象になりやすいリスク

デューデリジェンスで確認される契約書や財務資料の束(特別補償の対象リスクを洗い出す工程のイメージ)

特別補償の対象になりやすいのは、DDで「問題がありそうだ」と見えているものの、金額や結果がまだ確定していないリスクです。代表的な分野は次の5つです。

分野

典型例

金額が確定しにくい理由

労務

未払残業代、社会保険の未加入・加入漏れ

請求する従業員の人数・期間・金額が、実際に請求されるまで分からない

訴訟・係争

係争中の訴訟、労働審判、取引先とのクレーム

勝敗・和解金・解決時期が見通せない

税務

過去の申告漏れ、グレーな税務処理、追徴課税・加算税のリスク

税務調査で指摘されるか、いくらになるかが不確定

許認可

許認可の承継手続の不備、更新漏れ

行政の判断次第で影響の大きさが変わる

環境

土壌汚染など

調査・対策の費用が調べてみないと分からない

(出典:中小企業庁 参考資料7 株式譲渡契約書サンプルの注記(未払残業代の例)、MARR、M&A弁護士.com「補償条項・特別補償条項とは?」(2026-09-27更新)、アイシア法律事務所「インデムニティとは」(2026-06-11更新) 確認日2026-10-01)

株式譲渡で特に問題になりやすい

特別補償が交渉のテーマになりやすいのは、株式譲渡です。中小M&Aガイドライン(第3版)は、株式譲渡は法人格に変動がないため、未払残業代のような貸借対照表に表れない「簿外債務」や、紛争に関する損害賠償債務のような「偶発債務」のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが行われる傾向があるとしています。一方、事業譲渡は簿外債務・偶発債務のリスクを比較的遮断しやすいとされています(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」日本商工会議所掲載版 p.49〜50 確認日2026-10-01)。

会社ごと引き継ぐ株式譲渡では、過去の問題もそのまま買い手側に移ります。だからこそ買い手は、見えている問題を特別補償で売り手に残そうとします。簿外債務の考え方は「M&Aの簿外債務・偶発債務とは」、分野別の対策は「M&A売却前の労務リスク対策ガイド」「訴訟・係争を抱えた会社の売却は可能か」で解説しています。

特別補償が決まるまでの流れと具体例

M&Aの売り手と買い手が最終契約の条件交渉を経て合意する場面

特別補償は、DDの指摘事項をもとに、最終契約(株式譲渡契約書)の交渉の中で条文化されるのが一般的な流れです。

  1. DDで問題が指摘される:買い手のDD(財務・税務・法務・労務など)で、未払残業代の可能性や係争などが報告されます。
  2. 買い手がリスクの扱いを提案する:価格の減額、特別補償、エスクロー(代金の一部の預け入れ)などが提案されます。
  3. 売り手が「どのDD指摘に基づくのか」を確認する:中小M&Aガイドライン(第3版)は、売り手がDDの結果から「譲り受け側がどのような問題点を認識しているために当該表明保証の設定を求めているか」の確認を求め、妥当性を議論することが望ましいとしています(p.54)。特別補償を求められたときも、根拠となる指摘事項を具体的に確認するのが出発点です。
  4. 対象・上限・期間・支払方法を交渉する:後述のチェックリストに沿って条件を詰めます。
  5. 最終契約に条文として盛り込む:対象事象は別紙に列挙する形がよく使われます。

設例:未払残業代の可能性を指摘された場合

以下は仕組みを説明するための仮の設例です。実際の金額・期間は案件ごとに異なります。

  • 状況:譲渡価額2億円の株式譲渡。労務DDで、過去の残業時間の管理が不十分で、未払残業代が発生している可能性を指摘された。何人が請求してくるか、いくらになるかは分からない。
  • 買い手の最初の提案:「未払残業代リスクとして譲渡価額を3,000万円減額したい」
  • 特別補償にした場合の条文イメージ:「クロージング日前の期間に対応する未払残業代について、クロージング日から2年以内に従業員から請求を受け、対象会社が支払った金額を、1,500万円を上限として売主が補償する」
  • 結果の違い:減額なら売り手の手取りは確実に3,000万円減ります。特別補償なら、請求がなければ負担は0円、最大でも1,500万円です。ただし2年間は請求を受ける可能性が残ります。

どちらが有利かは、実際に請求が来る可能性の高さと、売り手が「確実な手取り」と「後から払うかもしれない不安」のどちらを重く見るかで変わります。

中小企業庁の契約書サンプルでの位置づけ

中小M&Aガイドライン(第3版)の本文には「特別補償」という言葉は出てきませんが、同ガイドラインの参考資料7「各種契約書等サンプル」の株式譲渡契約書サンプルの注記で、特別補償に触れられています。

サンプルの注記の要旨は次のとおりです。

  • プロ・サンドバッギング条項(買い手がリスクを知っていても補償請求できるとする条項)があると、売り手がDDに協力して積極的に開示したリスクでも、それが現実化したときに責任を免れないことになる
  • そのため売り手としては、プロ・サンドバッギング条項の削除や修文を求めることを検討する必要がある
  • その際、買い手が特に認識したリスクについては、特別補償という形で別途規定することもありえる
  • 具体例として、未払残業代が存在するリスクがあり、クロージング後に従業員から請求を受けた場合などが挙げられている

(出典:中小企業庁 中小M&Aガイドライン 参考資料7 各種契約書等サンプル(2025年12月15日時点版)p.24〜25 確認日2026-09-16)

つまり公的なサンプルも、開示したリスクを包括的に「何でも補償」の状態で残すより、買い手が気にしている特定リスクだけを特別補償として切り出し、範囲を限定するという考え方を示していると読めます。売り手が「プロ・サンドバッギング条項を外してほしい。その代わりにこの件は特別補償で対応します」と提案する際の根拠として使えます。

なお、中小M&Aガイドラインの最新版は第3版(2024年8月改訂)です(2026年10月1日時点)。ガイドラインの全体像は「中小M&Aガイドラインとは」で解説しています。

特別補償・価格減額・エスクロー・除外の比較:売り手はどれを選ぶべきか

リスクの大きさを示すメーター(特別補償・価格減額・エスクローによるリスク配分の比較イメージ)

DDで見つかったリスクの扱い方は、特別補償だけではありません。売り手から見ると「確実に手取りが減る代わりに後腐れがない方法」と「手取りは守れるが責任が残る方法」のどちらを取るかの選択になります。

扱い方

仕組み

売り手の手取り

売却後に責任が残るか

向いているリスク

価格減額

リスク相当額を譲渡価額から差し引く

確実に減る

残らない(その件については)

金額を見積もりやすいもの(確定した未払金など)

特別補償

指定した事象で損失が出たら後から売り手が補償

契約時は減らない。損失が出たら払う

上限・期間の範囲で残る

金額・発生が不確定なもの(係争、未払残業代の可能性など)

エスクロー

代金の一部を第三者に預け、補償の支払いに充てる

一部の受け取りが遅れる

預けた額・期間の範囲で残る

特別補償の支払能力を買い手が心配している場合

開示して表明保証から除外

開示別紙に列挙し、表明保証の対象外にする

減らない

残らない(その件については)

買い手が影響を小さいと評価したもの

プロ・サンドバッギングで包括的に残す

買い手が知っていても表明保証違反として請求できる

減らない

一般の補償の範囲で広く残る

売り手としては削除・修文を検討したい形

(表は編集部作成。各手法の説明は上記の出典に基づく)

選び方の目安

  • 金額がほぼ確定しているリスクは価格減額が合理的:「払う可能性が高いもの」を特別補償にすると、売却後に確実に請求が来るうえ、紛争対応の手間まで残ります。
  • 起きるかどうか分からないリスクは特別補償が合理的:減額だと最悪ケースで値引きされがちです。上限と期間を付けられるなら、特別補償の方が手取りを守りやすくなります。
  • エスクローは特別補償の「支払い手段」として組み合わせることが多い:預けた額を特別補償の上限と一致させられれば、「預けた分以上は払わない」形に近づけられます。詳しくは「M&Aのエスクロー・分割払い交渉ガイド」をご覧ください。
  • 買い手が気にしていないものは開示別紙で除外を求める:すべてを特別補償にする必要はありません。

特別補償を求められた売り手が確認すべき9つのポイント

契約書を前に条件を確認して合意する売り手と買い手(特別補償条項の確認ポイントのイメージ)

特別補償の条文は、「何を」「いくらまで」「いつまで」「どうやって払うか」「誰が紛争に対応するか」を一つずつ確認します。中小M&Aガイドライン(第3版)p.54は、期間や責任上限がない表明保証や、適用場面が一義的に明確でない規定は売り手が過大な責任を負い争いになるリスクがあるとしており、特別補償でも同じ考え方で確認するのが安全です。

#

確認ポイント

具体的に見るところ

注意したい書き方の例

1

対象が具体的に特定されているか

「別紙記載の訴訟」「クロージング日前の期間に対応する未払残業代」のように事象が特定されているか

「労務に関する一切の損害」のような包括的な書き方

2

どのDD指摘に基づくか

買い手が求める根拠となる指摘事項と、補償対象が一致しているか

DDで指摘されていない事項まで対象に含まれている

3

上限額が別枠で決まっているか

特別補償だけの上限(◯円まで)があるか

一般の上限の例外とされ、特別補償には上限がない

4

期間が決まっているか

「クロージング日から◯年以内に請求を受けた場合」など期限があるか

「当該事象が解決するまで」で実質無期限

5

損害の範囲

和解金・判決額に加え、弁護士費用、罰金・加算税などをどこまで含むか

「一切の損害・費用」で範囲が広すぎる

6

紛争対応の主導権

訴訟や交渉を誰が行うか、和解に売り手の同意が必要か、売り手に情報が共有されるか

買い手側が売り手に相談なく和解し、その金額を請求できる

7

価格への二重反映がないか

同じリスクを理由にした減額が既にされていないか

減額したうえで同じリスクを特別補償にも入れている

8

支払方法

エスクロー、分割、残代金との相殺など、支払いの手段と上限の関係

エスクロー額と別に、さらに上限なしの補償義務がある

9

プロ・サンドバッギング条項との関係

特別補償で切り出した事項が、一般の表明保証でも重ねて請求されない整理になっているか

同じ事象を特別補償と表明保証違反の両方で請求できる

※6〜9は法令や公的資料で決まったルールではなく、実務上確認しておきたい項目として編集部が整理したものです。条文の修文案は弁護士にご相談ください。

補償するのは誰か(オーナー個人か会社か)

株式譲渡では、補償の義務を負う「売主」は株式を売った株主本人です。オーナー社長が個人で株式を持っている場合、特別補償の義務も個人として負うのが通常です。売却代金を引退後の生活資金に充てる予定なら、特別補償の上限額は「最悪、手取りからいくら戻す可能性があるか」として資金計画に組み込んでおきましょう。手取りの考え方は「M&A売却の手取り額シミュレーション」で解説しています。

仲介会社任せにしない

仲介会社は契約書のひな形を用意してくれることが多いものの、売り手・買い手の双方と契約する立場にあり、条文の法的な当否の判断や、売り手の立場に立った修文交渉までを任せきれるとは限りません。特別補償の条文は利害が大きいため、売り手側の弁護士に条文を確認してもらうのが確実です。最終契約の内容に不安がある場合、調印前にセカンド・オピニオンを求めることも有効とされています(中小M&Aガイドライン第3版 p.49)。詳しくは「M&Aセカンドオピニオンの活用ガイド」をご覧ください。

表明保証保険では既知のリスクはカバーされにくい

「表明保証保険に入れば特別補償は要らないのでは」と考える方もいますが、保険はDDで判明した既知のリスクを対象外にするのが一般的です。そのため、DDで見つかった問題については、保険とは別に特別補償・価格減額・エスクローで当事者間の負担を決める必要があります。

  • 表明保証保険は、被保険者が事前に認識していた違反、DDが行われていない項目の違反、詐欺などを免責とするのが一般的とされています(出典:M&Aキャピタルパートナーズ、fundbookの公開コラムによる解説 確認日2026-07-11)。
  • EYの解説でも、DDが合理的な水準で行われていないと判断された事項は補償範囲から除外されるとしています(出典:EY Info Sensor 2021年7月号 確認日2026-10-01)。

言い換えると、保険は「知らないリスク」、特別補償は「分かっているリスク」という役割分担になります。保険で一般の補償の上限を下げ、見えているリスクだけを特別補償で限定的に引き受ける組み合わせは、売り手の負担を読みやすくする方法の一つです。保険の仕組みと費用は「M&Aの表明保証保険(W&I保険)とは」で解説しています。

特別補償の税務上の注意点

特別補償で補償金を払ったときや、エスクローと組み合わせたときの税務処理は、契約書の書き方と個別の事実関係によって結論が変わりうるため、条文を固める前に税理士に確認しておくことをおすすめします。二次解説で確認できた事例は次のとおりです(いずれも裁決・判決の原文は未確認)。

論点

確認できた内容

出典(確認日2026-10-01)

売主が法人の場合の補償金

支払った事業年度の損金に算入するとの解説がある(法人税基本通達2-2-16)

税研「M&A用語」伊藤俊一税理士(2019-11-25)

買主が受け取った補償金

損害賠償金なら益金、譲渡代金の減額(返還)なら課税関係なしとの整理。契約書に「補償金の支払いは譲渡代金の減額」と明記していたことで益金不算入とされた裁決例(平成18年9月8日裁決)がある

同上

契約書の書き方の限界

東京高判令和3年3月11日は、その事案の事実関係のもとで、買主による取得価額の減額処理を認めなかった

PwC弁護士法人 Legal News(2021-07-30)

エスクローに預けた代金の課税時期

売主の補償責任の担保として代金の一部を1年間預託した事案で、預託分も株式を引き渡した年分の収入に計上すべきとされた(平成12年4月14日裁決)

TAINS紹介ページ

売り手にとって特に注意したいのは最後の点です。特別補償の担保としてエスクローに代金を預けた場合、まだ受け取っていない代金にも先に税金がかかる可能性があります。納税資金の手当てを含めて計画しておきましょう。

また、オーナー個人が株主として補償金を支払った場合に、すでに申告した譲渡所得の税額を減らせるか(更正の請求ができるか)は、本記事の執筆時点で一次情報を確認できていません。個人で売却する方は、必ず税理士にご確認ください。会社売却の税金全般は「会社売却の税金・節税 完全ガイド」をご覧ください。

特別補償に特に注意したい売り手/影響が比較的小さい売り手

特別補償が売却後の生活にどれだけ影響するかは、会社の状況と売却代金の使い道で変わります。

特別補償の条件を慎重に詰めたほうがよい売り手

  • 係争中の訴訟や労働審判を抱えている:結果が出るまで責任が残るため、期間と上限の設定が特に重要です。
  • 残業時間の管理や社会保険の加入に不安がある:未払残業代は中小企業庁サンプルでも例に挙がる典型的な対象です。
  • 過去の税務処理にグレーな部分がある:税務は請求を受けうる期間が長くなりがちで、一般の補償の例外にもされやすい分野です。
  • 売却代金を引退後の生活資金に充てる予定:売却後に数千万円単位の返金を求められると、生活設計が崩れるおそれがあります。
  • 売却後は経営に関与しない:会社側の情報が入らなくなり、紛争対応や和解の妥当性を判断しにくくなります。

影響が比較的小さいケース

  • DDで大きな指摘がなく、特別補償を求められていない:一般の補償の上限・期間の確認に集中できます。
  • 指摘されたリスクの金額が確定しており、価格減額で決着できる:売却後に責任が残りません。
  • 売却前に問題を解消できる:未払残業代の精算や係争の和解を先に済ませれば、特別補償自体が不要になることもあります。

事前に問題を洗い出しておくほど、特別補償の範囲は狭くできます。中小M&Aガイドライン(第3版)p.49も、DDが十分でないと表明保証の範囲や補償額・補償期間などの売り手の負担が増えうるとしています。準備の進め方は「M&A DD 売り手の準備チェックリスト」で解説しています。

よくある質問(FAQ)

Q. 特別補償を求められたら、断ることはできますか?

断ること自体はできますが、買い手はその分を価格減額や取引条件の変更で求めてくる可能性が高く、最悪の場合は破談につながります。「断るか受けるか」ではなく、対象の特定・上限・期間を交渉したうえで、減額と比べて有利な方を選ぶのが現実的です。

Q. 特別補償の上限や期間に「相場」はありますか?

現時点で、日本の中小M&Aにおける特別補償の上限・期間の水準を示す公的な統計や目安は確認できません(確認日2026-10-01)。インターネット上には補償の上限・期間の目安を示す解説もありますが、多くは一般の補償やエスクローについての実務上の目安で、特別補償の相場ではありません。リスクの見込み額や解決までの見通しをもとに、案件ごとに交渉で決まります。

Q. 補償期間が過ぎても訴訟が終わっていなかったら、どうなりますか?

条文の書き方次第です。「期間内に買い手から請求を受けた場合」とするか、「期間内に対象会社が支払った場合」とするかで結論が変わります。また期間内に請求通知が出ていれば、期間経過後も補償の権利が残る定め方もあります。長引きそうな係争を対象にする場合は、期限の定め方を弁護士と確認してください。

Q. 売却後に買い手側が勝手に和解して、その金額を請求されることはありますか?

和解に売り手の同意が必要といった定めがなければ、そうした事態は起こりえます。特別補償では、訴訟や交渉の進め方について売り手に情報を共有すること、和解には売り手の同意(不合理に拒否しないことを条件とするなど)を要することを条文に入れるかどうかを確認しておきたいところです。

Q. 会社が訴訟に勝った場合、弁護士費用は誰が負担しますか?

補償の対象となる「損害」に弁護士費用が含まれるかによって変わります。M&A契約では、損害の定義に合理的な弁護士費用を含める書き方が見られます。特別補償でそのように定められていると、会社が勝訴しても、かかった弁護士費用の補償を求められる可能性があるため、損害の範囲を確認してください。

Q. 事業譲渡でも特別補償は求められますか?

求められることはあります。ただし事業譲渡は、引き継ぐ資産・負債を個別に選べるため、簿外債務・偶発債務のリスクを比較的遮断しやすいとされています(中小M&Aガイドライン第3版 p.49〜50)。株式譲渡に比べると、特別補償が大きな争点になる場面は少なくなる傾向があります。スキームの違いは「株式譲渡と事業譲渡はどっちがいい?比較ガイド」、株式譲渡契約書の全体像は「M&AのSPA(株式譲渡契約書)とは」をご覧ください。

まとめ:特別補償は「対象・上限・期間」を具体的に決めて引き受ける

特別補償条項は、DDや開示で既に見えている特定のリスクについて、損失が出たら売り手が補償すると表明保証とは別に定める条項です。金額や発生が不確定なリスクを価格減額で処理すると最悪ケースで値引きされがちなため、特別補償は売り手の手取りを守る選択肢にもなります。

その一方で、特別補償は一般の補償の上限・期間の例外に置かれやすく、条件を詰めないと「売却後も上限なく責任が残る」状態になりかねません。対象の特定、別枠の上限、期間、損害の範囲、紛争対応の進め方を一つずつ確認し、金額が確定しているものは価格減額、見えていないリスクは表明保証保険、と役割を分けて考えるのが現実的です。

特別補償の条文と補償金の税務処理は、売却後の手取りに直結します。最終契約に署名する前に、M&Aに詳しい弁護士と税理士に必ずご相談ください。

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