M&Aで会社を売却して役員を退任すると、健康保険と厚生年金の資格は退任日の翌日に失われます。その後の健康保険は「任意継続」「国民健康保険」「家族の被扶養者」の3択で、株式譲渡益が出た売り手オーナーは、原則として任意継続(最長2年)が有利になります。
理由は単純です。国民健康保険料は前年の所得で決まるため、株式譲渡益を申告した翌年度に賦課限度額まで跳ね上がります。一方の任意継続は退職時の標準報酬月額(令和8年度は上限32万円)で固定されるため、東京・協会けんぽの場合で年約39万〜45万円に収まります。差額は2年間でおよそ115万〜136万円です。
この記事でわかること:
- 役員退任日に健康保険・厚生年金がどう変わるか、届出の期限一覧
- 任意継続・国民健康保険・家族の扶養を令和8年度の実額で比較した結果
- 株式譲渡益が翌年度の国民健康保険料を押し上げる仕組みと、任意継続の2年間がそれをまたぐ理由
- 国民年金への切り替え手続きと、2026年4月に緩和された在職老齢年金(支給停止調整額65万円)
- 任意継続でも回避できない負担(65歳以上の介護保険料・75歳以上の後期高齢者医療)
- ロックアップで役員として残る場合の社会保険と、随時改定のタイムラグ
この記事は、株式譲渡で会社を売却し、役員を退任する(または報酬が大きく下がる)オーナー社長ご本人に向けて書いています。
ご注意: 本記事の数値は、いずれも2026年8月26日に公的機関の公表情報で確認したものです。社会保険料・年金・税務の取扱いは、居住する市区町村・加入する保険者・個別の所得状況によって結論が変わります。実際の判断は社会保険労務士・税理士にご相談ください。
役員退任日に何が起きるか|資格喪失と届出期限の一覧
会社を売却して役員を退任した日の翌日に、健康保険・厚生年金保険の被保険者資格を失います。ここから健康保険は最短14日(国民健康保険)、最長でも20日(任意継続)という短い期限のなかで選択を迫られます。
項目 | 内容 |
|---|---|
健康保険・厚生年金の資格喪失日 | 退職(役員退任)日の翌日 |
会社側の届出 | 「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格喪失届」を資格喪失日から5日以内に年金事務所へ |
任意継続の申請期限 | 資格喪失日から20日以内(協会けんぽ支部へ。郵送は必着) |
国民健康保険の加入手続き | 資格喪失日から14日以内(市区町村窓口) |
国民年金 第1号被保険者への種別変更(60歳未満) | 退職日の翌日から14日以内(市区町村窓口) |
国民年金 第3号被保険者への切替(配偶者の扶養に入る場合) | 扶養されることになった日から14日以内(配偶者の勤務先経由) |
出典:日本年金機構「退職した従業員の保険料の徴収」「会社を退職したときの国民年金の手続き」、全国健康保険協会「任意継続」(いずれも確認日:2026年8月26日)
退任日が月末か月末前日かで、1か月分の保険料が変わる
社会保険料は日割りされず、月単位で計算されます。資格喪失月の保険料は発生しないため、退任日を1日ずらすだけで負担が変わります。
- 6月30日(月末)に退任 → 資格喪失日は7月1日 → 6月分の社会保険料は発生する
- 6月29日(月末前日)に退任 → 資格喪失日は6月30日 → 6月分の社会保険料は発生しない
ただし、6月29日退任のケースでは6月が国民健康保険・国民年金の被保険者期間になるため、トータルで必ず得になるとは限りません。加えて、クロージング日や役員退任日は株式譲渡契約(SPA)で定めるのが通常で、社会保険の都合だけで動かせる項目ではありません。知っておくべきだが、これを理由に交渉日程を変える性質のものではないという位置づけで理解しておけば十分です。
退任のタイミングそのものについては「M&Aで役員・取締役はいつ辞任する?」で詳しく整理しています。
健康保険の3つの選択肢を比較【令和8年度版】

役員退任後の健康保険は、次の3つから選びます。まず制度の違いを俯瞰します。
比較項目 | ① 任意継続 | ② 国民健康保険 | ③ 家族の被扶養者 |
|---|---|---|---|
加入要件 | 退職日までに被保険者期間が継続して2か月以上 | 要件なし(他の保険に入らなければ自動的に対象) | 年間収入130万円未満(60歳以上は180万円未満)等 |
手続き期限 | 資格喪失日から20日以内 | 資格喪失日から14日以内 | 扶養に入る日から速やかに |
窓口 | 協会けんぽ支部(健保組合の場合は組合) | 市区町村 | 扶養する家族の勤務先 |
保険料の決まり方 | 退職時の標準報酬月額 ×都道府県別料率。全額自己負担 | 前年の総所得金額等に応じた所得割+均等割 | 0円 |
保険料の上限 | 標準報酬月額の上限32万円(令和8年度) | 賦課限度額113万円(令和8年度・全国) | — |
家族の扱い | 被扶養者を何人入れても保険料は増えない | 扶養の概念がなく、加入人数分の均等割が加算 | — |
加入できる期間 | 最長2年 | 制限なし | 収入要件を満たす間 |
途中でやめられるか | 本人の申出で任意脱退が可能(2022年1月〜) | — | — |
出典:全国健康保険協会「任意継続」、日本年金機構「家族を被扶養者にするときの手続き」、国民健康保険法施行令改正政令(令和8年政令第2号)(確認日:2026年8月26日)
「任意継続は2年間やめられない」は現行制度では誤り
かつては、任意継続を選ぶと就職するか保険料を滞納するかしないと抜けられませんでした。2022年1月施行の改正により、本人が「任意継続をやめたい」と申し出れば資格喪失できます。 古い解説記事にはこの点が反映されていないものが残っているため、注意してください。
M&Aの売り手にとって、これは意味のある変更です。売却後にいったん任意継続を選び、1年後に再び事業を始めて別の会社の社会保険に入る、あるいは翌々年度から国民健康保険に切り替える、といった柔軟な設計ができます。
令和8年度の保険料率(協会けんぽ)
項目 | 率 | 適用時期 |
|---|---|---|
健康保険料率(東京都) | 9.85%(令和7年度比▲0.06pt) | 令和8年3月分から(任意継続被保険者は4月分から) |
健康保険料率(全国平均) | 9.90% | 同上 |
健康保険料率(大阪府) | 10.13% | 同上 |
介護保険料率(全国一律・40〜64歳) | 1.62% | 同上 |
子ども・子育て支援金(全国一律) | 0.23% | 令和8年4月分(5月納付分)から |
出典:全国健康保険協会「令和8年度保険料率のお知らせ」「令和8年度 都道府県毎の保険料率」(確認日:2026年8月26日)
なお、任意継続被保険者の標準報酬月額の上限は、令和7年度の30万円から令和8年度は32万円に引き上げられています(令和7年9月30日時点の全被保険者の平均標準報酬月額318,100円=第23級に基づく)。
出典:全国健康保険協会「令和8年度の任意継続被保険者の標準報酬月額の上限について」(令和7年12月10日公表/確認日:2026年8月26日)
なぜM&A売却オーナーは任意継続が有利になるのか

一般の退職者向け記事では「任意継続と国民健康保険はケースバイケース」と結論づけられることが多いのですが、M&Aで株式譲渡益を得た売り手オーナーに限れば、答えははっきり任意継続に寄ります。 理由は所得の中身とタイミングにあります。
非上場株式の譲渡益は国民健康保険料の算定に必ず算入される
国民健康保険料の所得割は、前年の総所得金額等(旧ただし書き所得=総所得金額等-基礎控除43万円)をベースに計算されます。ここに、申告分離課税を選択した株式等の譲渡所得も含まれます。
上場株式であれば、特定口座(源泉徴収あり)で確定申告をしなければ国保料に影響しません。しかし、M&Aによる非上場株式の譲渡は特定口座に入っておらず、申告不要制度も使えません。必ず確定申告が必要となり、譲渡益はそのまま翌年度の国民健康保険料の算定基礎に乗ります。
さらに令和6年度以降は、所得税と住民税で異なる課税方式を選ぶことができなくなりました。所得税で申告した以上、住民税の総所得金額等にも算入され、国保料に反映されます。
出典:刈谷市「株式等の譲渡所得等の国民健康保険税への影響」、川崎市「上場株式等に係る配当所得等の課税方式と国民健康保険料について」、国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税」(確認日:2026年8月26日)
令和8年度の国民健康保険 賦課限度額
数千万円〜数億円の譲渡益が出るM&A案件では、所得割が上限に張り付き、賦課限度額そのものが年間保険料になります。
区分 | 令和8年度の賦課限度額 |
|---|---|
医療分(基礎賦課額) | 67万円(前年度66万円から引上げ) |
後期高齢者支援金分 | 26万円 |
介護納付金分(40〜64歳のみ) | 17万円 |
子ども・子育て支援納付金分(令和8年度新設) | 3万円 |
合計(40〜64歳) | 113万円 |
合計(40歳未満・65歳以上) | 96万円 |
出典:国民健康保険法施行令改正政令(令和8年政令第2号、令和8年1月15日公布・同年4月1日適用)(確認日:2026年8月26日)
参考までに、東京23区の令和8年度基準保険料率は、基礎分+後期高齢者支援金分が所得割10.31%・均等割65,200円/人、介護納付金分が所得割2.43%・均等割17,800円/人、令和8年度に新設された子ども・子育て支援金分が所得割0.27%となっています。
出典:文京区「令和8年度特別区国民健康保険基準保険料率等の設定について」(令和8年2月特別区長会了承/確認日:2026年8月26日)
実額比較:東京23区・単身・令和8年度
任意継続は標準報酬月額の上限32万円に張り付く前提で試算します。M&Aの売り手オーナーは役員報酬が高く、ほぼ全員がこの上限に該当します。
年齢区分 | 任意継続(年額) | 国民健康保険(年額・限度額) | 差額(年) | 2年間の差額 |
|---|---|---|---|---|
40歳未満/65歳以上 | 32万円×(9.85%+0.23%)×12か月=約38.7万円 | 93万円+3万円=96.0万円 | 約57.3万円 | 約115万円 |
40〜64歳 | 32万円×(9.85%+1.62%+0.23%)×12か月=約44.9万円 | 93万円+17万円+3万円=113.0万円 | 約68.1万円 | 約136万円 |
※任意継続の金額は、上記の保険料率と標準報酬月額の上限に基づく編集部試算です(月額保険料×12か月)。実額は協会けんぽが公表する令和8年度の任意継続被保険者保険料額表でご確認ください。国民健康保険は賦課限度額に到達した場合の金額であり、居住する市区町村によって料率・均等割額が異なります。
※65歳以上の方は、国民健康保険に介護納付金分が加算されない代わりに、介護保険第1号被保険者として市区町村へ別途保険料を納めます(後述)。
任意継続の2年間は、売却益が効く年度をちょうどまたぐ
任意継続が有利になる本質は、金額差だけでなくタイミングにあります。国民健康保険料は前年所得ベース、国保の年度は4月〜翌3月です。2026年6月にクロージングしたケースを時系列で見ると次のようになります。
時期 | 起きること |
|---|---|
2026年6月 | クロージング・役員退任 → 健康保険・厚生年金の資格喪失(20日以内に任意継続を申請) |
2026年6月〜2028年6月 | 任意継続(最長2年)=標準報酬月額32万円で固定 |
2027年2〜3月 | 2026年分の確定申告(株式譲渡所得を申告) |
2027年4月〜2028年3月 | 国民健康保険なら賦課限度額に張り付く年度 |
2028年6月 | 任意継続が満了 → 国民健康保険へ |
2028年4月〜2029年3月 | 国保料は「2027年分の所得」ベース → 売却益なし → 通常水準 |
つまり、任意継続の上限2年という期間は、株式譲渡益が国保料に跳ね返る1年度をちょうど通り過ぎるだけの長さがあります。 これが、一般の退職者と売り手オーナーで結論が変わる最大の理由です。
「非自発的失業者の軽減」は売り手オーナーには使えない
国民健康保険には、倒産・解雇・雇止め等で離職した65歳未満の人を対象に、前年の給与所得を30/100として保険料と高額療養費の所得区分を算定する軽減制度があります。ただし、M&Aの売り手オーナーは二重の意味でこの制度を使えません。
- 軽減の適用には雇用保険受給資格者証(または受給資格通知)が必要だが、取締役は原則として雇用保険の被保険者ではないため発行されない
- 仮に適用されても、軽減されるのは給与所得のみ。株式譲渡所得は軽減の対象外
出典:新宿区「非自発的失業者の国民健康保険料の軽減について」ほか各自治体(確認日:2026年8月26日)
「退職したから国保が安くなるはず」という前提で国民健康保険を選ぶと、翌年度に想定外の請求が届くことになります。
高額療養費の所得区分でも任意継続が有利になる
見落とされがちですが、高額療養費制度の自己負担限度額を決める所得区分は、任意継続なら標準報酬月額、国民健康保険なら旧ただし書き所得で判定されます。売却益を反映した国保では最上位区分になり、医療費がかさんだ月の自己負担限度額が最も高くなります。
なお高額療養費の上限額は、現時点では2026年8月診療分から段階的な引上げが始まったと公表されています。具体的な金額は所得区分ごとに異なり、今後の改定も予定されているため、必要な方は厚生労働省の公表資料および加入先の保険者で必ずご確認ください。
年金はどうなる|国民年金への切り替えと2026年改正

厚生年金の資格も退任日の翌日に失われます。その後の扱いは年齢で分かれます。
状況 | 手続き | 期限 |
|---|---|---|
60歳未満で退任し再就職しない | 国民年金 第1号被保険者への種別変更(市区町村) | 退職日の翌日から14日以内 |
60歳未満で配偶者(厚生年金加入者)の扶養に入る | 第3号被保険者関係届(配偶者の勤務先経由) | 扶養されることになった日から14日以内 |
60歳以上 | 国民年金の強制加入は終了。手続き不要(任意加入制度あり) | — |
買い手グループの役員・顧問として残る | 引き続きその適用事業所で厚生年金・健康保険に加入 | — |
出典:日本年金機構「会社を退職したときの国民年金の手続き」(確認日:2026年8月26日)
国民年金保険料と2年前納
年度 | 月額 |
|---|---|
令和8年度(2026年4月〜2027年3月) | 17,920円 |
令和9年度 | 18,290円 |
2年分をまとめて前払いする「2年前納」を使うと、令和8年度分の場合、2年分合計434,520円に対して口座振替で17,370円の割引(納付額417,150円)、クレジットカード納付で16,010円の割引(同418,510円)となります。
出典:日本年金機構「国民年金保険料」「国民年金保険料の「2年前納」制度」(確認日:2026年8月26日)
60歳以上なら「任意加入」で老齢基礎年金を満額に近づけられる
日本国内に住む60歳以上65歳未満の方で、老齢基礎年金の繰上げ支給を受けておらず、20歳〜60歳の納付月数が480月(40年)に満たない場合は、国民年金に任意加入して不足分を埋められます。480月に達した時点で資格を失い、超過納付分は還付されます。
出典:日本年金機構「任意加入制度」(確認日:2026年8月26日)
会社員時代が短く自営業期間が長かったオーナーや、免除期間があるオーナーにとっては、売却で資金に余裕ができたタイミングで検討する価値があります。ただし申出のあった月からの加入で、過去にさかのぼった加入はできません。
在職老齢年金は2026年4月から大幅に緩和(支給停止調整額65万円)
老齢厚生年金を受け取りながら厚生年金に加入して働く60歳以上の方は、報酬額によって年金が一部または全部支給停止になります。この基準額(支給停止調整額)が、令和8年4月1日から65万円に引き上げられました(令和7年度は51万円)。
- 基本月額+総報酬月額相当額 ≦ 65万円 → 老齢厚生年金は全額支給
- 超える場合の支給停止額 =(基本月額+総報酬月額相当額 − 65万円)÷ 2
「基本月額」は加給年金額を除いた老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額、「総報酬月額相当額」はその月の標準報酬月額+その月以前1年間の標準賞与額の合計÷12です。
出典:日本年金機構「在職老齢年金制度が改正されました」(確認日:2026年8月26日)
M&Aの文脈での意味は明確です。 売却後にロックアップで買い手グループの役員として残り報酬を受け取る場合でも、65万円ラインなら相当高額な報酬でない限り年金は止まりません。「残ると年金が減るから完全退任したい」という判断のハードルは、2026年4月を境に確実に下がりました。なお、条文上の数値を「62万円」と説明する資料もありますが、令和8年度の賃金スライド反映後に実際に適用される額は65万円です(支給停止調整額は毎年度、賃金の変動に応じて改定されます)。
完全に退任して厚生年金に加入しなくなれば総報酬月額相当額は0となり、支給停止は解除されます。また、70歳未満の受給権者が退職して厚生年金に加入しないまま1か月が経過すると、退職した翌月分から年金額が改定(増額)されます(退職改定)。
繰下げ受給という選択肢
売却代金で当面の生活資金が確保できるオーナーにとっては、老齢年金の受給開始を遅らせて年金額を増やす「繰下げ受給」も選択肢になります。増額率や上限年齢は制度改正の影響を受けるため、日本年金機構の最新の案内で必ず確認してください。
任意継続でも避けられない負担
「任意継続にすれば売却益の影響を全部回避できる」という理解は誤りです。医療保険料は抑えられても、次の負担は所得に連動して売却翌年度に必ず上がります。
制度 | 対象 | 保険料の決まり方 | 売却益の影響 |
|---|---|---|---|
介護保険 第2号被保険者 | 40〜64歳 | 加入する医療保険とセットで徴収(協会けんぽ 令和8年度1.62%) | 任意継続なら標準報酬月額ベースで固定される |
介護保険 第1号被保険者 | 65歳以上 | 市区町村が3年ごとに定める基準額 × 本人・世帯の所得段階 | 回避不可。合計所得金額には分離課税の譲渡所得も含まれ、翌年度に最上位段階になり得る |
後期高齢者医療 | 75歳以上 | 均等割+所得割(総所得金額等ベース) | 回避不可。令和8年度は基礎賦課額の限度額が80万円→85万円に引上げ、子ども・子育て支援納付金賦課額の限度額2万1千円を新設 |
出典:改正政令(令和8年度)、仙台市「第1号被保険者(65歳以上の方)の保険料」ほか各自治体(確認日:2026年8月26日)
とくに65歳以上で会社を売却するオーナーは、任意継続を選んでも介護保険第1号被保険者の保険料が翌年度に跳ね上がります。 金額は市区町村の基準額と所得段階の設計次第で大きく異なるため、居住地の介護保険課で段階表を確認しておくことをおすすめします。
また、75歳以上(および一定の障害がある65歳以上)の方は後期高齢者医療制度に移行するため、任意継続という選択肢自体がありません。 資格喪失事由に「後期高齢者医療制度の被保険者になったとき」が含まれています。
売却後も役員・顧問として残る場合の社会保険
ロックアップ条項などで、売却後も一定期間は買い手グループの役員・顧問として残るケースは少なくありません。この場合、社会保険上は「退職」ではなく、その適用事業所で健康保険・厚生年金に継続加入します。 任意継続や国民健康保険の手続きは不要です。
報酬が下がっても保険料が下がるのは4か月目から
売却後に役員報酬が大幅に下がる場合は、随時改定(月額変更届)の対象になります。固定的賃金の変動があり、変動月以後3か月の報酬平均から算出した標準報酬月額に2等級以上の差が生じたとき、変動後の報酬を初めて受けた月から起算して4か月目の標準報酬月額から改定されます。
出典:日本年金機構「随時改定(月額変更届)」(確認日:2026年8月26日)
つまり、月額200万円の役員報酬が売却後に月額30万円になっても、保険料が下がるのは4か月目からです。売却直後の3か月は旧報酬ベースの高い保険料が続くため、キャッシュフローの計画に織り込んでおいてください。
ロックアップ期間の設計そのものについては「M&Aのロックアップ条項とは」で解説しています。
役員退職慰労金には原則として社会保険料がかからない
退任時に支給される役員退職慰労金は、健康保険法・厚生年金保険法上の「報酬」「賞与」に該当しないため、原則として社会保険料の対象外です。
ただし、在職中に退職金相当額を毎月の役員報酬や賞与に上乗せして「前払い」する形にすると、労働の対償としての性格が明確になり、原則として報酬または賞与に該当します(平成15年10月1日 庁保険発第1001001号・保保発第1001002号)。
出典:厚生労働省 通知データベース(確認日:2026年8月26日)
退職慰労金の設計は税務(退職所得控除)と社会保険の両面から検討する必要があります。※具体的な支給額・支給形態の判断は、税理士・社会保険労務士にご相談ください。税務面は「M&A 役員退職慰労金の活用・節税ガイド」で整理しています。
手続きスケジュールと必要書類

退任日を0日として、日数で管理するのが最も確実です。
退任日からの日数 | やること | 窓口 |
|---|---|---|
〜5日 | 会社が「被保険者資格喪失届」を提出(保険証・資格確認書の返却も) | 年金事務所 |
〜14日 | 国民健康保険を選ぶ場合は加入手続き/60歳未満は国民年金の種別変更 | 市区町村 |
〜20日 | 任意継続を選ぶ場合は申請(この期限を過ぎると選択できない) | 協会けんぽ支部・健保組合 |
退任後すみやかに | 家族の被扶養者になる場合は、扶養する家族の勤務先へ申請 | 家族の勤務先 |
任意継続の主な必要書類
- 健康保険 任意継続被保険者資格取得申出書
- 被扶養者を入れる場合は、続柄・収入を確認できる書類(戸籍謄本・住民票、課税証明書等)
- 保険料の納付方法(口座振替を利用する場合は申出書)
国民健康保険の主な必要書類
- 健康保険資格喪失証明書(会社または年金事務所が発行)
- 本人確認書類、マイナンバーが確認できる書類
- 世帯全員分の情報(世帯単位で加入するため)
手続き完了までの受診方法に注意
従来の健康保険証は2024年12月2日に新規発行が終了し、現在はマイナ保険証または資格確認書で受診します。役員退任で資格を喪失すると、新しい保険(任意継続・国保)の資格情報がオンライン資格確認システムに反映されるまでタイムラグが生じることがあります。
この期間に医療機関にかかる場合は、いったん窓口で全額(10割)を負担し、後日新しい保険者へ療養費として払い戻しを請求するのが一般的な流れです。持病があり定期受診が必要なオーナーは、退任日の前に主治医と薬の処方タイミングを調整しておくと余計な負担を避けられます。詳細な取扱いは加入先の保険者・医療機関にご確認ください。
選択肢別・こんな方におすすめ/おすすめしないケース
任意継続がおすすめ
- 売却益が数千万円以上で、翌年度の国民健康保険料が賦課限度額に達する見込みがある(M&Aの売り手オーナーの大半が該当)
- 配偶者や子どもを被扶養者に入れたい(人数が増えても保険料は変わらない)
- 完全に引退し、当面は他の会社の社会保険に加入する予定がない
- 加入していた健保組合に独自の付加給付があり、その給付を維持したい
国民健康保険がおすすめ
- 売却規模が小さく、譲渡益を含めても旧ただし書き所得が900万円程度に届かない
- 譲渡益が出た年度をすでに任意継続で通過し、任意継続の2年が満了した
- 会社の被保険者期間が継続して2か月に満たず、そもそも任意継続の要件を満たさない
- 単身世帯で、居住する市区町村の均等割・所得割が低い
家族の被扶養者になるのがおすすめ
- 配偶者や子どもが会社員で健康保険に加入しており、退任後の自身の恒常的な収入が130万円未満(60歳以上は180万円未満)に収まる
- 保険料負担をゼロにしたい
重要な注意点: 健康保険の被扶養者認定でいう「収入」は、原則として恒常的・継続的な収入(給与・年金・事業収入等)で判定されますが、一時的な株式譲渡益をどう扱うかは保険者(健保組合・協会けんぽ)ごとに運用が異なります。 売却益を理由に扶養に入れない、あるいは後から認定を取り消されるケースもあり得ます。必ず加入予定の保険者に事前確認してください。
任意継続を選ばない方がよいケース
- 売却後すぐに新しい会社を設立し、役員報酬を設定して社会保険に加入する予定がある
- 退任時の標準報酬月額が上限(32万円)を大きく下回っており、かつ譲渡益も小さい
- 75歳以上(後期高齢者医療制度に移行するため、そもそも選択できない)
保険料を手取りに効かせる工夫
支払った保険料は株式譲渡益からも所得控除できる
社会保険料控除の対象には、健康保険(任意継続を含む)・国民健康保険・国民年金・介護保険・後期高齢者医療の保険料がすべて含まれます。生計を一にする配偶者や親族の分を負担した場合も、負担した本人の控除に使えます。 控除額はその年に実際に支払った金額の全額です。
出典:国税庁「No.1130 社会保険料控除」(確認日:2026年8月26日)
ここで重要なのが所得控除の適用順序です。所得控除は総所得金額から順に差し引かれ、控除しきれない分は上場株式等の配当所得等、各種譲渡所得を経て、一般株式等に係る譲渡所得等(=非上場株式の売却益)からも控除されます。
つまり、役員を退任して総所得が小さくなった売却年でも、支払った任意継続保険料・国民年金保険料は無駄になりません。 国民年金の2年前納をこの年にまとめて実行すれば、控除を厚くしつつ割引も受けられます。ただし前納分を「支払った年に全額控除する」か「各年分に按分する」かは選択制です。どちらが有利かは他の所得状況によるため、確定申告の前に必ず税理士にご確認ください。
売却年の申告全体の流れは「会社売却の税金・節税 完全ガイド」で整理しています。
資産管理会社を設立して社会保険に加入するという選択肢
売却代金の運用のために資産管理会社(株式会社・合同会社)を設立するオーナーは少なくありません。法人を設立して役員報酬を支払えば、一人社長でも健康保険・厚生年金の適用事業所として加入義務が生じます。
- 役員報酬を低めに設定すれば標準報酬月額も低くなり、保険料を抑えられる
- 厚生年金の被保険者期間を積める(老齢厚生年金の増額につながる)
- ただし役員報酬ゼロでは加入できず、報酬から保険料を控除できない水準(一般に手取り月額1万円台を下回る程度とされます)でも加入は認められません
実態のない法人での加入は否認されるリスクがあります。 資産管理会社の設立は税務・資産承継対策と一体で設計すべきテーマなので、社会保険料の節約だけを目的に判断しないでください。※設立の可否・報酬設定の判断は、必ず税理士・社会保険労務士にご相談ください。
売却後の資産設計全体については「会社売却後のオーナーの引退プランと生活資金」も併せてご覧ください。
よくある質問
Q1. 任意継続の20日以内の申請期限を過ぎてしまいました。救済はありますか?
原則として認められません。20日以内という期限は厳格に運用されており、郵送の場合も20日目までに必着(20日目が土日祝の場合は翌営業日まで)です。期限を過ぎると国民健康保険か家族の被扶養者しか選べなくなります。譲渡益が出る売り手オーナーにとっては数十万円単位の差になるため、クロージング日程が決まった段階で申出書を準備し、退任日の翌日に投函できる状態にしておくことを強くおすすめします。
Q2. 任意継続の保険料は、2年目に売却益を反映して上がりますか?
上がりません。任意継続の保険料は退職時の標準報酬月額(上限32万円)を基準に固定され、前年所得は関係ありません。2年目に変わるとすれば、都道府県別保険料率の年度改定や、40歳到達・65歳到達による介護保険料の扱いの変化によるものです。この「所得と切り離される」点こそが、売却益のある方にとっての最大のメリットです。
Q3. 売却の翌年に住民税と国民健康保険料の請求が同時に来ると聞きました。本当ですか?
任意継続を選んだ場合、翌年度の国民健康保険料は発生しません。ただし住民税(譲渡所得分の5%)は任意継続でも回避できず、翌年6月以降に納付が始まります。 また65歳以上の方は介護保険第1号被保険者の保険料も所得段階が上がります。売却代金を全額運用に回すのではなく、譲渡所得に対する住民税相当額と翌年度の各種保険料を手元に残しておく資金計画が必要です。
Q4. 妻を役員にしていました。妻の社会保険はどうなりますか?
配偶者も役員として健康保険・厚生年金に加入していた場合、同じく退任日の翌日に資格を喪失し、それぞれが独立して選択する必要があります。 ご本人が任意継続を選ぶなら、配偶者を被扶養者として任意継続に入れるのが一般的です(被扶養者が増えても保険料は変わりません)。ただし被扶養者認定には収入要件があるため、配偶者にも継続的な収入がある場合は事前に保険者へ確認してください。
Q5. 買い手から「顧問として月30万円で2年残ってほしい」と言われています。社会保険はどうなりますか?
顧問として買い手グループの適用事業所で継続的に勤務し、報酬を受ける形であれば、その事業所で健康保険・厚生年金に加入するのが原則です。任意継続や国民健康保険の手続きは不要になり、保険料も労使折半で済むため負担は軽くなります。一方、業務委託契約で顧問料を受け取る形なら社会保険には加入せず、ご自身で任意継続か国保を選ぶことになります。どちらの契約形態にするかで社会保険の扱いが変わる点は、条件交渉の段階で確認しておいてください。
Q6. 資格喪失証明書はどこでもらえますか?
まず会社(買い手側の総務・人事)に依頼するのが基本です。会社が発行に応じない、あるいは既に体制が変わって連絡しづらい場合は、年金事務所で「健康保険・厚生年金保険 資格喪失等確認通知書」の交付を受けられます。 国民健康保険の加入手続きには資格喪失日を証明する書類が必要になるため、退任前に会社側と発行の段取りを決めておくとスムーズです。
まとめ:退任日が決まったら、20日以内に選ぶ
M&Aで会社を売却したオーナーの社会保険は、次の3点を押さえておけば大きく間違えません。
- 健康保険・厚生年金の資格は退任日の翌日に喪失する。 任意継続は20日以内、国民健康保険と国民年金の切替は14日以内。任意継続の20日は救済がない。
- 株式譲渡益がある売り手オーナーは、原則として任意継続が有利。 国民健康保険料は前年所得ベースで賦課限度額(令和8年度・40〜64歳で113万円)まで上がるのに対し、任意継続は標準報酬月額の上限32万円で固定される。差額は2年間で約115万〜136万円。
- 任意継続でも回避できない負担がある。 譲渡所得分の住民税、65歳以上の介護保険料、75歳以上の後期高齢者医療保険料は所得連動で翌年度に上がる。これらの資金は手元に残しておく。
次に取るべきアクション:
- 株式譲渡契約で役員退任日がいつになるかを確認し、そこから20日・14日のカレンダーを引く
- 加入している健康保険が協会けんぽか健保組合かを確認し、任意継続の申出書を取り寄せる
- 居住する市区町村の国民健康保険料率・介護保険の所得段階表を確認する(本記事の東京23区の数値はあくまで一例です)
- 譲渡所得の確定申告と併せて、翌年度の住民税・保険料の資金を確保する計画を税理士と立てる
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- 会社売却後のオーナーの引退プランと生活資金 — 売却後の生活設計の全体像
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- M&A売却の手取り額シミュレーション — 保険料も含めた最終的な手取りの考え方
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- M&A 役員退職慰労金の活用・節税ガイド — 退職慰労金の設計と税務
最後にもう一度: 本記事は公的機関の公表情報(2026年8月26日確認)に基づく一般的な整理です。国民健康保険料は市区町村ごとに料率・均等割額が異なり、介護保険料(65歳以上)も自治体によって大きく変わります。被扶養者認定における株式譲渡益の扱いも保険者ごとに運用が異なります。具体的な手続き・金額の判断は、必ず社会保険労務士・税理士および加入先の保険者・市区町村窓口にご確認ください。
