海外子会社や海外拠点があっても、会社は売却できます。ただし「海外子会社を一緒に売るのか、先に切り離すのか」を交渉開始前に決めておかないと、デューデリジェンス(DD)の途中で条件が崩れ、価格の減額や成約時期の後ろ倒しにつながりやすいというのが実務上の結論です。
この記事は、中国・ASEAN・米国などに子会社/支店/駐在員事務所を持つ、年商数億〜数十億円規模のオーナー社長(売り手)に向けて書いています。「海外があるせいで売れないのではないか」「税金はどうなるのか」「現地の手続きでどれだけ時間が延びるのか」という不安に、判断できる形で答えます。
この記事でわかること
- 日本の親会社の株式を譲渡したとき、海外子会社はどう扱われるのか
- 同時売却・事前売却・清算・個人への移管——4つの選択肢の判断基準
- 買い手が海外子会社のどこを見て価格を決めるのか
- 日本側/現地側/二重課税調整の3層で整理した税金の全体像
- 中国の間接譲渡課税など、売り手が見落としがちな論点
- 売却前に整えておくべき10項目のチェックリスト
- 仲介会社・FAに聞くべき7つの質問
本記事の税務・法務に関する記述は、記載時点(2026年9月5日確認)の公表資料に基づく一般的な整理です。海外子会社の所在国・業種・持株比率・過去の取引履歴によって結論は変わります。実際の判断は必ず国際税務に詳しい税理士・弁護士にご相談ください。
結論:海外子会社があっても売れる。決めるべきは「一緒に売るか、先に外すか」
海外子会社の存在そのものが売却を妨げるわけではありません。買い手が嫌うのは「海外子会社があること」ではなく、中身がわからないことと手続きが読めないことです。逆に言えば、資料と手続きの見通しを売り手側で先に整えておけば、海外子会社は交渉上の減点要素ではなくなります。
最初に決めるべきことは次の3点です。
- 海外子会社を買い手グループに引き継ぐか、引き継がないか(同時売却か、切り離しか)
- 切り離す場合、どの方法で外すか(第三者・合弁パートナーへの売却/清算/オーナー個人・別法人への移管)
- その手続きに何か月かかり、日本と現地でいくらの税負担が生じるか
この3点が決まらないまま買い手候補との交渉に入ると、基本合意後のDDで海外子会社の未整理事項が出てきて、価格の再交渉や特別補償(インデムニティ)の設定を求められる展開になりがちです。
海外子会社の切り離し方(株式譲渡・会社分割など)そのものの手法については、子会社・事業部門の売却方法 完全ガイドもあわせて確認してください。
前提:親会社の株式を譲渡すると、海外子会社はどうなるのか
オーナーが日本の親会社の株式を買い手に譲渡すると、親会社が保有している海外子会社の株式(中国では「持分」)はそのまま親会社に残るため、海外子会社は自動的に買い手グループへ移ります。海外子会社ごとに個別の譲渡契約を結ぶ必要は、原則としてありません。
ただし「原則として」であって、実務では次の3つの理由で無手続きにならないことが多いのが実情です。
1. 現地の規制が「間接的な支配権の変更」を捕捉する場合がある
日本の親会社の株主が変わるだけでも、現地では実質的な支配者の変更として届出・承認の対象になることがあります。中国のように、間接的な譲渡を現地財産の譲渡とみなして課税しうる制度を持つ国もあります(後述)。
2. 契約にチェンジ・オブ・コントロール(CoC)条項が入っている
支配権が変わった場合に相手方が契約を解除できる条項です。現地の銀行借入・工場の賃貸借・ディストリビューター契約・ライセンス契約に組み込まれているケースが多く、親会社株式の譲渡でも「間接的な支配権変更」として発動しうるため、M&A実行前に相手方から事前承諾を得る必要が生じます(出典: 日本M&Aセンター「デューデリジェンス(DD)とは?」、確認日2026-09-05)。条項の仕組みと確認手順はチェンジオブコントロール(COC)条項とはで詳しく解説しています。
3. 合弁(JV)の場合、パートナーの同意が要る
合弁契約には株式譲渡制限条項が設けられているのが通常で、他の合弁当事者の同意なしには譲渡できません。また、撤退時に他の合弁当事者が優先的に買い取れる先買権(優先買取権)が定められていることも多くあります(出典: 弁護士法人クラフトマン「合弁会社・合弁契約をめぐる法務の解説」、確認日2026-09-05)。
なお、海外子会社そのものを売る/畳む場合は、その子会社が属する国の法律に従って手続きが進みます。日本の会社法の感覚で期間やコストを見積もると大きくずれます(出典: 日本M&Aセンター M&Aコラム、確認日2026-09-05)。
株式譲渡そのものの基本を確認したい場合は、株式譲渡とは わかりやすく解説を参照してください。
4つの選択肢と判断表——同時売却/事前売却/清算/個人移管

海外子会社の扱いは、実務上ほぼ次の4パターンに整理できます。まず自社がどれに近いかを確認してください。
選択肢 | 向いているケース | 主な注意点 | 期間の目安 |
|---|---|---|---|
① 同時売却(親会社と一緒に買い手へ) | 海外子会社が黒字または戦略上の価値がある/親会社の事業と一体で回っている/買い手が海外展開に関心を持っている | 現地の外資規制・当局承認・CoC条項・合弁パートナー同意の確認が必要。DD範囲が広がる | 親会社の売却スケジュールに準拠(承認手続きがあれば数か月上乗せ) |
② 事前売却(現地パートナー・現地企業・第三者へ先に売る) | 海外子会社が親会社の事業とほぼ独立している/買い手が「海外はいらない」と明言している/合弁相手に買取意欲がある | 買い手候補を別途探す手間がかかる。売却損益が日本側の課税所得に影響する | 相手が決まっていれば数か月。探索から始めるなら半年〜1年以上 |
③ 清算・解散 | 実質的に休眠している/債務超過で買い手が見つからない/規制上、外国資本への譲渡が難しい | 期間とコストが読みにくい。退職金・賠償金の負担が発生しうる | 中国で6か月〜1〜2年。途上国では解散から完了まで2〜3年に及ぶケースも |
④ オーナー個人・別法人への移管 | オーナー個人が海外事業を継続したい/買い手が明確に不要としている資産 | 譲渡価格が時価として妥当かを税務上問われる。恣意的な価格設定は否認リスク | 数か月(ただし現地の承認手続きが必要な場合は延びる) |
(期間の目安は、BUSINESS LAWYERS「中国事業から撤退する際の留意点」、プレミア国際税務事務所「外国子会社の清算 or 売却?」をもとに整理。確認日2026-09-05)
清算より先に売却を検討すべき理由
撤退実務では、コスト面から清算より先に売却を検討すべきとされています。清算は自社判断で単独実行できる一方、プロセスが複雑で、多額の退職金・賠償金の支払いを求められる可能性があります。売却(持分・株式譲渡)は相手が見つかれば手続きは相対的に少なく、短期間で完結します。
比較項目 | 清算 | 売却(持分・株式譲渡) |
|---|---|---|
日本側の税務上の取扱い | 清算損益はみなし配当と株式譲渡損益に分解。みなし配当は95%益金不算入、株式譲渡損益は益金・損金算入 | 株式売却益は全額益金算入、売却損は全額損金算入 |
期間 | 途上国で2〜3年に及ぶことも(中国は6か月〜1〜2年) | 相手が見つかれば短期間 |
コスト | 退職金・賠償金の負担が発生しうる | 手続きは相対的に少ない |
リスク | 単独で実行できるがプロセスが複雑 | 買い手が見つからないリスク |
(出典: プレミア国際税務事務所、TKC WEBコラム「海外撤退時 〜撤退方法の違いによる連結実効税率への影響」、確認日2026-09-05)
債務超過の海外子会社には注意が必要です。 持分売却や清算にあたって親子ローンの債権放棄や清算コスト補填のための追加出資が必要となり、元々の出資額以上の損失が発生することがあります。さらに、撤退時の損失が寄附金と認定されて損金不算入になるリスクもあります(出典: モンドパル国際税務会計事務所、確認日2026-09-05)。ここは税理士に事前確認すべき典型論点です。
グループ内に複数の関連会社がある場合の整理方法は、複数の関連会社・グループをまとめて売却する方法もあわせて確認してください。
買い手は海外子会社のどこを見て価格を決めるのか
買い手が海外子会社を評価するとき、見ているのは「利益がいくらか」だけではありません。引き継いだ後に自分たちが負う不確実性を見ています。以下の6点が、そのまま価格・条件に反映されます。
1. 数字の信頼性(会計基準と監査の有無)
現地の会計基準と日本基準・IFRSの差異、監査を受けているかどうか、月次で親会社に報告が上がっているかが問われます。現地との会計基準の違いや情報の非対称性は、海外M&Aで売り手が直面する典型的な壁として指摘されています(出典: アタックス税理士法人 国際部「海外M&Aの売り手が抱える3つの壁」、確認日2026-09-05)。
2. 親子間取引の妥当性(移転価格)
製品売買の価格、ロイヤルティ、出向者人件費の付け替え、親子ローンの金利——これらが独立企業間価格から乖離していないかを説明できる資料があるかどうか。根拠資料がないと「将来の追徴リスク」として扱われ、価格の減額や特別補償の対象になりやすくなります。
3. 現地の未払税金・社会保険・労務債務
現地で申告漏れや社会保険の未加入、退職金債務の未計上がないか。中堅中小企業の海外子会社では、これらが簿外で残っているケースが実際にあります。
4. 契約上の制約(CoC条項・合弁契約)
主要取引先・銀行・賃貸人との契約にCoC条項があると、支配権変更で契約が解除される可能性があります。買い手にとっては「買った直後に売上が消える」リスクであり、事前承諾が取れていないと交渉の停止要因になります。
5. 規制対応と許認可
現地の外資規制の対象業種か、必要な許認可を保有しているか、その許認可が支配権変更後も維持されるか。
6. サステナビリティ・人権面のリスク
グローバル展開を視野に入れたM&Aでは、海外子会社の労働慣行や取引先の人権配慮状況まで精査が求められるようになっています。ジェトロの2025年度調査では、人権デューデリジェンスに取り組む企業が3割を超え、輸送用機器では6割超に達しました(出典: ジェトロ 2025年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)、確認日2026-09-05)。買い手が上場企業や大手グループの場合、この観点は無視できません。
数値についての注意: 「海外子会社があると売却価格が○%下がる」といった定量的な相場は、公的な統計として存在しません。本記事では根拠のない割引率は記載していません。価格の考え方全般はM&A 売却価格を上げる方法を参照してください。
現地手続きで時間がかかる4つのポイント

海外子会社があると、スケジュールは国内案件より延びます。延びる原因はほぼ次の4つに集約されます。
① 外資規制・当局への承認申請
国と業種によっては、外国資本が一定比率以上を持つことに規制がかかります。代表的な例を挙げます。
国 | 押さえるべきポイント |
|---|---|
ベトナム | 条件付投資分野に該当する場合、または外資出資割合が51%以上になる場合はM&A登録(出資・持分購入の承認)手続が必要。条件付き参入分野は59分野(物流・通信・娯楽サービス・鉄道等)。重大プロジェクトは国会・首相・省級人民委員会の事前承認が必要 |
タイ | 外国人事業法(1999年改正・2000年3月施行)により規制業種を3種類43業種に区分し、外国資本50%以上の企業の参入を規制。土地法上の「外国人」判定は外資49%超または外国人株主が過半数 |
中国 | 持分譲渡は会社法・外商投資法および外商投資関連法令に基づく手続き。清算は6か月〜1〜2年、破産はさらに長期のため、時間・コスト面では持分譲渡が現実的な撤退手法とされる |
インドネシア・マレーシア等 | ジェトロが国別の清算・事業閉鎖ガイドを公開(インドネシア「会社の清算」は2025年10月3日最終更新) |
(出典: ジェトロ「ベトナム企業への出資、M&Aなどによる進出に係る法的手続き、法的留意点」(2025年10月)、ジェトロ タイ 外資に関する規制、BUSINESS LAWYERS、確認日2026-09-05)
国別の外資規制は改正が頻繁です。 上記は2026年9月5日時点で確認できた内容であり、実際の適用可否は業種・出資比率・案件時点の法令によって変わります。必ずジェトロの国別ページと現地の弁護士に確認してください。
② 合弁パートナーとの調整
合弁契約の譲渡制限条項と先買権の有無は、最初に確認すべき事項です。パートナーが先買権を行使すると、想定していた売却先・売却価格が成立しません。逆に、パートナーが買い手候補になるケースもあります。いずれにせよ、パートナーへの打診タイミングは秘密保持の観点から慎重に設計する必要があります。
③ CoC条項の事前承諾取得
主要な取引先・金融機関から事前承諾を得る作業は、相手方の社内決裁に時間がかかります。かつ、承諾を求める行為自体が「会社を売る」というシグナルになるため、開示のタイミング設計が重要です。
④ 現地専門家のアサインと資料の英訳・整備
現地の会計事務所・弁護士事務所を起用し、資料を英語または現地語で整える作業が発生します。中堅中小企業のM&Aでは資料の収集・整備に最も時間がかかるとされ、依頼資料が揃った時点でDDの70〜80%が完了したと言われるほどです(出典: 日本M&Aセンター「デューデリジェンス(DD)とは?」、確認日2026-09-05)。
売却全体のスケジュール感はM&A 売却にかかる期間・タイムラインで確認できます。海外子会社がある場合は、そこに承認手続き分と資料整備分を上乗せして考えてください。
税金の全体像——日本側/現地側/二重課税調整の3層で整理する

海外子会社がある場合の税務は、日本側の課税/現地側の課税/二重課税の調整という3つの層に分けて考えると整理しやすくなります。以下はいずれも一般的な制度の概要であり、適用の可否は個別事情によります。実際の判断は国際税務に詳しい税理士にご相談ください。
【日本側①】外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)
海外に休眠会社や保有目的だけの会社が残っている場合、買い手のDDで必ず論点になります。
- 対象となる「外国関係会社」は、居住者・内国法人等が合計で50%超を直接および間接に保有、または実質的に支配する外国法人(出典: 国税庁『令和5年度 法人税関係法令の改正の概要』p.43、確認日2026-09-05)
- 経済活動基準(①事業基準 ②実体基準 ③管理支配基準 ④所在地国基準または非関連者基準)のいずれかを満たさない場合、対象外国関係会社として合算課税の対象になり得る(出典: 財務省「外国子会社合算税制の概要」、確認日2026-09-05)
- 租税負担割合による適用免除基準は、ペーパー・カンパニー等(特定外国関係会社)が27%以上、その他の外国関係会社(対象外国関係会社)が20%以上(同上)
- 令和5年度改正により、特定外国関係会社の適用免除の閾値が30%→27%に引下げられ、内国法人の令和6年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。あわせて一定の部分対象外国関係会社に関する書類が、添付義務から保存義務に緩和されました(出典: 国税庁 改正の概要PDF p.43、確認日2026-09-05)
売却実務での意味: 売却前に、各海外子会社の租税負担割合と経済活動基準の充足状況を整理しておくこと。ここが未整理だと、買い手から「過去分の合算課税リスク」を理由に特別補償を求められます。
【日本側②】外国子会社配当益金不算入と、簿価減額特例の落とし穴
「売る前に海外子会社から配当で資金を回収しておく」というのは定番の手法ですが、順序を間違えると想定していた税効果が得られません。
- 内国法人が保有割合25%以上、かつその状態が配当の支払義務確定日以前6か月以上継続している外国子会社から受ける配当等は、配当額の5%を費用相当額として控除し、95%相当額が益金不算入(法法23の2、法令22の4)(出典: 国税庁 質疑応答、確認日2026-09-05)
- ただし、子会社株式簿価減額特例により、内国法人が50%超の特定支配関係にある子会社等から、同一事業年度内にその子会社株式の帳簿価額の10%超の配当(益金不算入の適用を受けるもの)を受けた場合、株式の帳簿価額から益金不算入相当額が減額されます
- 適用除外要件(いずれかに該当すれば不適用)は、①内国株主割合要件 ②利益剰余金要件 ③特定支配日から10年超経過 ④同一事業年度内の配当等の合計額が2,000万円以下(出典: PwC Japan 用語集「子会社株式簿価減額特例」、確認日2026-09-05)
売却実務での意味: 帳簿価額が下がることで、その後の株式譲渡で想定していた譲渡損が出せなくなることがあります。「配当してから売る」という順序を決める前に、必ず税理士に試算を依頼してください。
【日本側③】移転価格税制
- 国外関連者(原則50%以上の株式保有等)との取引価格は、独立企業間価格で行われたものとみなして課税所得を計算します(出典: 国税庁 移転価格事務運営要領 第4章、確認日2026-09-05)
- 同時文書化義務(ローカルファイルを確定申告期限までに作成・保存)は、一の国外関連者との前事業年度の国外関連取引の合計額が50億円以上、または無形資産取引の合計額が3億円以上の場合に発生します(出典: 国税庁『移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)』令和6年6月、確認日2026-09-05)
重要な誤解ポイント: この金額基準は「同時文書化義務が生じる基準」であって、「移転価格税制が適用されない基準」ではありません。中小企業でも移転価格税制自体は適用されます(出典: 同FAQ、押方移転価格会計事務所、確認日2026-09-05)。「うちは50億円もないから関係ない」という理解は誤りです。
【現地側①】海外子会社株式の譲渡益に対する現地課税
海外子会社そのものを売却する場合、原則として株式譲渡益は源泉地国では課税されないという考え方(OECDモデル租税条約13条)が基本です。ただし例外があります。
- 不動産保有割合が高い法人の株式等は例外的に源泉地国で課税されうる
- 「事業譲渡類似株式」に該当する場合も、源泉地国で課税されることがあります。該当例として中国・シンガポール・ベトナムなどが挙げられ、要件は概ね「所有株数要件(25%以上保有)」+「譲渡株数要件(5%以上譲渡)」とされますが、要件は租税条約ごとに異なります
(出典: 税理士法人CREA「海外子会社株式を売却した場合の税金は?」、確認日2026-09-05)
該当するかどうかは、日本と相手国との個別の租税条約を条文レベルで確認する必要があります。一般論で判断しないでください。
【現地側②】中国の間接譲渡課税——日本の株を売っただけで中国課税がありうる
売り手オーナーが最も見落としやすい論点です。
中国では、中国法人の親会社等が売却されることで間接的に支配者が変わる場合、「合理的な商業目的」の有無で総合判断され、実質的に中国財産の譲渡と認定されると、売り手に中国で企業所得税の申告納税義務が生じうるとされています(国家税務総局公告2015年第7号)。グループ内再編については、①80%以上の保有関係、②将来の中国での税金が減少しないこと、③対価がすべて株式であること、を満たせば合理的商業目的があると判断されます(公告7号6条)。
(出典: PwC税理士法人 資料(2015年7月3日)、Grant Thornton Japan ニュースレター(2026年4月)、確認日2026-09-05)
つまり、日本の親会社の株式を譲渡しただけでも、その傘下に中国子会社があると中国側で課税されうるということです。必ず課税されるわけではなく、事案ごとの総合判断ですが、「日本国内の取引だから中国は関係ない」という前提は成り立ちません。インドなど、同種の間接移転課税ルールを持つ国は他にもあります。中国子会社を持つ会社を売却する場合は、基本合意の前に国際税務の専門家に検討を依頼してください。
【調整層】二重課税の排除
現地で源泉徴収された外国法人税は、外国税額控除によって二重課税を排除する仕組みがあります。事業譲渡類似株式の譲渡損益は国外源泉所得として扱われます(出典: 前掲・税理士法人CREA、確認日2026-09-05)。ただし控除限度額の計算があるため、全額が取り戻せるとは限りません。
日本国内の課税関係の基礎は会社売却の税金・節税 完全ガイドで確認したうえで、海外部分をこの記事の内容で上乗せして考えてください。
デューデリジェンス(DD)はどこまで広がるか
海外子会社があると、DDの範囲・期間・費用はいずれも国内案件より大きくなります。
範囲: 財務・税務・法務が基本で、案件によってビジネスDD・環境DDが加わります。海外案件では、これらを日本側だけでなく現地の専門チームに依頼する必要があります(出典: 日本M&Aセンター「海外M&AにおけるDDチームの選び方」、確認日2026-09-05)。
費用: 参考として、国内案件のDD費用の一般的な水準は以下のとおりです。
案件規模 | 費用の目安 |
|---|---|
小規模(売上数億円程度)の財務・税務DD | 50〜150万円程度 |
中小企業のM&A全般 | 100万〜500万円が目安 |
中規模(売上数十億円超) | 300万円超、場合により1,000万円以上 |
専門家報酬(公認会計士・税理士) | 1時間あたり2万〜5万円、1日あたり14万〜40万円程度 |
(出典: パラダイムシフト、Suinas Consulting、確認日2026-09-05)
上記はいずれも国内案件の水準です。 海外子会社がある場合は、現地弁護士・現地会計事務所の起用分が上乗せされます。「海外子会社1社あたり○○万円」という一律の相場は公表データが存在しないため、個別に見積もりを取ってください。DDの費用負担は原則として買い手側ですが、売り手側も資料整備や自社側の税理士確認でコストが発生します。国内案件の内訳はデューデリジェンス費用相場・準備ガイドで確認できます。
売り手側の備え: 資料が揃っていないことがDDの長期化とディスカウントの最大要因です。売り手が事前に何を準備すべきかはM&A DD 売り手の準備チェックリストにまとめています。海外子会社分は、そこに現地の税務申告書・許認可・労務書類を加えて考えてください。
DDで発見された偶発債務は、想定より低い価格での交渉を余儀なくされる要因になります。表明保証や特別補償の設計についてはM&A 表明保証とはも参考になります。
売却前に整えておくべき10項目チェックリスト

買い手候補に接触する前に、以下を自社側で確認・整理しておくと、DDでの減点と交渉の停滞を大きく減らせます。
- 現地の外資規制と当局承認の要否 — 対象業種か、出資比率の制限があるか、承認にどれくらいかかるか(ジェトロ国別ページ+現地弁護士で確認)
- 合弁契約の譲渡制限条項・先買権 — 契約書の該当条項を特定し、パートナー打診のタイミングを設計する
- 主要契約のCoC条項 — 銀行借入・賃貸借・販売代理店・ライセンス契約を洗い出し、事前承諾の要否を判定する
- 親会社保証・親子ローンの残高 — 誰が何をいつまで保証しているかを一覧化する(会社売却 個人保証・連帯保証 解除方法も参照)
- 移転価格の根拠資料 — 製品価格・ロイヤルティ・出向者人件費・親子ローン金利の設定根拠を文書化する
- 現地の未払税金・社会保険の有無 — 過年度の申告状況と、指摘・調査履歴を整理する
- 現地従業員の退職金債務・労務債務 — 未計上のものがないか、現地の法定要件を確認する
- 会計基準の差異と監査の有無 — 現地基準と日本基準の差異調整表を用意する。監査未実施の場合は代替資料を準備する
- 休眠会社・ペーパー会社の合算課税リスク — 各社の租税負担割合と経済活動基準の充足状況を整理する
- 資金の還流ルート — 配当・ロイヤルティ・貸付返済のどのルートで、いくら、いつ日本に戻せるかを確認する(配当を選ぶ場合は簿価減額特例の影響を試算する)
このうち1〜3と9〜10は、専門家に依頼しないと自社だけでは結論が出せません。財務面全般の整理はM&A 売却前の財務クリーニングもあわせて確認してください。
相談先の選び方と、仲介会社・FAに聞くべき7つの質問
海外子会社がある案件では、「M&Aの仲介機能」と「国際税務・現地法務の実務対応」は別の専門性です。ワンストップで完結すると考えず、体制として揃うかを確認してください。
誰に何を相談するか
相談先 | 主に担う役割 |
|---|---|
M&A仲介会社・FA | 買い手探索、価格・条件交渉、全体スケジュール管理 |
国際税務に強い税理士・税理士法人 | 合算課税・簿価減額特例・移転価格・外国税額控除・間接譲渡課税の検討 |
日本の弁護士(クロスボーダー対応) | 契約設計、CoC条項・合弁契約の整理、現地弁護士の起用調整 |
現地の弁護士・会計事務所 | 現地の規制確認、当局承認手続き、現地DD |
なお、大手仲介会社は海外ネットワークを拡張しています。日本M&Aセンターは2013年4月に海外支援室を設置し、2016年4月のシンガポール・オフィス開設以降、インドネシア・ベトナム・マレーシア・タイに拠点を展開しています(出典: 日本M&Aセンター シンガポール現地法人ページ、確認日2026-09-05)。ただし、海外拠点があること=海外子会社付きの売り案件に対応できること、ではありません。個別の対応可否は公式サイトからは判断できないため、以下の質問で直接確認してください。
面談で必ず聞くべき7つの質問
- 「海外子会社がある案件の担当実績はありますか。どの国ですか」 — 会社としてではなく、担当者本人の経験を聞く
- 「海外子会社を含めた場合、想定スケジュールはどう変わりますか」 — 承認手続き分をどう見積もっているかで、実務理解の深さがわかる
- 「現地の弁護士・会計事務所はどう手配しますか。費用は誰の負担ですか」 — 自社で探すのか、紹介があるのかを確認する
- 「間接譲渡課税や外国子会社合算税制について、どの専門家と連携しますか」 — 「税理士に確認します」で終わらせず、具体的な連携先を聞く
- 「海外子会社を切り離す場合と一緒に売る場合で、想定買い手層はどう変わりますか」 — 買い手候補のリストが変わることを説明できるか
- 「海外部分の資料整備は、どこまでサポートしてもらえますか」 — 実質的にここが最も工数を食う
- 「報酬の算定基準に、海外子会社の資産・売上は含まれますか」 — レーマン方式の計算ベース(移動総資産か、株式価値か等)で報酬額が変わる
7番目は特に重要です。海外子会社の資産が計算ベースに含まれるかどうかで、支払う手数料が大きく変わります。手数料体系の見方はM&A仲介会社 比較(売り手向け)で各社の考え方を確認してください。
買い手が外国企業になる可能性がある場合は、クロスボーダーM&A 売り手向け入門ガイドもあわせて読むと、論点の整理がしやすくなります。
こんな会社は同時売却がおすすめ/先に整理した方がよいケース
同時売却(海外子会社ごと引き継ぐ)がおすすめのケース
- 海外子会社が親会社の生産・調達・販売に組み込まれている — 切り離すと親会社の事業価値そのものが落ちるため、分離のメリットがない
- 海外子会社が黒字で、事業として自立している — 買い手にとって加点要素になる
- 買い手候補が海外展開に関心を持っている、またはすでに同じ国に拠点がある — 引き継ぎ後の運営イメージが持てるため評価されやすい
- 100%子会社で、合弁パートナーがいない — 同意取得の手続きが不要でスケジュールが読める
- 現地の会計・税務資料が整備され、監査を受けている — DDが短期間で終わる
先に整理(事前売却・清算)した方がよいケース
- 実質的に休眠していて、事業実態がない — 合算課税リスクと維持コストだけが残っている状態。買い手にとって純粋な負債
- 債務超過で、親子ローンや追加出資が積み上がっている — 損失の処理と寄附金認定リスクを、売却交渉と切り離して先に片付けるべき
- 合弁パートナーとの関係が良好でない、または先買権の行使が予想される — 交渉に巻き込むとスケジュールが読めなくなる
- 現地の外資規制で、買い手の属性によっては承認が下りない可能性がある — 買い手候補を狭めてしまう
- 買い手候補が「国内事業だけが欲しい」と明言している — 無理に含めると価格交渉の材料にされる
判断を急がない方がよいケース
- 中国子会社があり、間接譲渡課税の検討が済んでいない — 課税の可能性を評価しないままスキームを決めると、後から税負担が判明して手取りが想定を大きく下回ります
- 配当による資金回収を計画しているが、簿価減額特例の試算をしていない — 実行順序で税額が変わるため、先に試算する
いずれのケースでも、最終的な判断は自社の財務状況と所在国の制度を踏まえた個別検討が必要です。税理士・弁護士への相談を前提にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 赤字の海外子会社があると、会社は売れませんか?
売れないわけではありません。実務上は、赤字の海外子会社を切り離してから親会社を売る、赤字を織り込んだ価格で同時に売る、赤字子会社の損失負担について特別な取り決めを設ける、といった選択肢があります。重要なのは、赤字の原因(一時的な投資フェーズか、構造的な不採算か)を説明できる資料を用意することです。赤字・債務超過の会社全般の売却可否は赤字・債務超過会社の売却は可能か 実務ガイドで解説しています。なお、ジェトロの2025年度調査では、2025年に黒字を見込む海外進出日系企業は66.5%で2年連続の上昇となっており(有効回答7,485社、出典: ジェトロ記者発表、確認日2026-09-05)、海外拠点の収益性が改善している企業も少なくありません。
Q2. 現地に駐在している日本人社員は、売却後どうなりますか?
駐在員の処遇は、原則として買い手グループの方針に委ねられます。ただし、現地オペレーションのキーパーソンである場合、買い手側も継続勤務を望むことが多くあります。売り手として交渉時に確認すべきは、駐在員の雇用契約が日本の親会社と現地法人のどちらにあるか、出向規程・帰任条件がどうなっているか、現地の労働法上どのような保護があるかの3点です。従業員の処遇全般はM&A 従業員はどうなる?売却後の雇用も参照してください。
Q3. 合弁パートナーが売却に反対したら、どうなりますか?
合弁契約の条項次第です。株式譲渡制限条項があれば、パートナーの同意がない限り持分を第三者に譲渡できません。先買権が定められている場合、パートナーが同条件で買い取ることを選べます。反対された場合の現実的な選択肢は、①パートナー自身に売る、②合弁を解消して清算する、③親会社株式の譲渡にとどめ合弁関係を維持する(現地規制とCoC条項の確認が前提)、のいずれかです。契約書の条項確認から始めてください。
Q4. 海外にペーパーカンパニーだけ残っている場合、そのままでも売れますか?
売却自体は可能ですが、買い手のDDで必ず指摘されます。休眠・保有目的だけの会社は外国子会社合算税制の論点になりやすく、租税負担割合が特定外国関係会社の免除基準(27%)を下回る場合は合算課税の対象になり得ます。買い手は将来の追徴リスクを避けたいため、「売却前に清算してほしい」と条件を付けてくることが多いのが実情です。清算には時間がかかるため、売却検討の早い段階で着手するのが得策です。
Q5. 海外子会社を、売却前にオーナー個人や別会社に移すことはできますか?
制度上は可能ですが、税務上の妥当性が問われます。譲渡価格が時価より著しく低い場合、寄附金認定や譲渡益の否認といったリスクがあります。また、現地で持分譲渡の承認手続きが必要な国もあります。「買い手が要らないと言ったから個人に移す」という判断であっても、株式(持分)の評価根拠を第三者が説明できる形で残しておくことが必須です。実行前に必ず税理士に相談してください。
Q6. 海外子会社の分だけ、仲介手数料は高くなりますか?
会社によって扱いが異なります。成功報酬の算定基準(移動総資産ベースか、株式価値ベースか等)に海外子会社の資産・負債が含まれるかで、報酬額は変わります。加えて、現地専門家の起用費用は仲介手数料とは別に発生するのが一般的です。契約前に「算定ベースに何が含まれるか」「現地専門家費用は誰が負担するか」を書面で確認してください。レーマン方式の計算構造はレーマン方式とはで解説しています。
Q7. 海外子会社がある場合、売却期間はどれくらい延びますか?
一律の目安はありません。承認手続きが不要で資料が整っていれば国内案件とほぼ同じスケジュールで進むこともありますし、当局承認や合弁パートナーの同意が必要な場合は数か月単位で延びます。清算を伴う場合は、中国で6か月〜1〜2年、途上国では2〜3年に及ぶケースも報告されています。「延びる可能性がある工程がいくつあるか」を最初に洗い出すことが、現実的なスケジュールを引く唯一の方法です。
まとめ——最初にやるべき3つのこと
海外子会社・海外拠点があっても、会社は売却できます。問題になるのは海外の存在そのものではなく、扱いを決めないまま交渉に入ることです。
売却を検討し始めた段階で、まず次の3つに着手してください。
- 海外子会社ごとに「同時売却/事前売却/清算/個人移管」のいずれを想定するか、仮決めする — 仮でよいので方針を持って交渉に臨む
- 国際税務に詳しい税理士に、合算課税・簿価減額特例・(中国子会社があれば)間接譲渡課税の3点を確認する — 基本合意の前が必須のタイミング
- 本記事の10項目チェックリストで、自社で答えられない項目を洗い出す — 答えられない項目が、そのままDDでの指摘事項になる
そのうえで、仲介会社・FAとの面談では前掲の7つの質問を使い、担当者本人に海外案件の経験があるかを確認してください。海外部分の実務は、会社の看板ではなく担当者の経験に依存します。
会社売却全体の流れをまだ把握していない場合は、会社売却とは・流れ完全ガイドから確認することをおすすめします。仲介会社の候補を比較したい場合はM&A仲介会社 比較(売り手向け)が起点になります。
本記事は2026年9月5日時点で確認できた公表資料をもとに整理した一般的な解説であり、個別の税務・法務判断を提供するものではありません。国別の外資規制や税制は改正が頻繁です。実際の意思決定にあたっては、国際税務に詳しい税理士・クロスボーダー案件の経験がある弁護士に必ずご相談ください。
