M&Aは、最終契約(株式譲渡契約など)を結ぶ前であれば、原則として売り手の判断で中止できます。 ただし「いつやめるか」で負担はまったく違い、着手金・中間金の扱い、テール条項、独占交渉権の有無によって、金銭的な後始末の大きさが変わります。
「思っていた価格と違う」「買い手の条件が厳しすぎる」「やっぱり手放したくない」——検討を進めるほど、こうした迷いは出てきます。実際、中小企業庁の情報提供窓口にも、中途解約違約金・テール条項・中間金の返還をめぐる相談が継続的に寄せられています。
この記事でわかること:
- 自分が今どの段階にいて、やめるといくらかかるのかがわかる6段階の早見表
- 着手金・月額報酬・中間金は戻ってくるのか(手数料タイプ別の整理)
- 見落としやすい3つの落とし穴(テール条項・直接交渉の制限・独占交渉権)
- 中小企業庁の公的資料に記載された実際のトラブル事例
- 仲介契約を解約する具体的な手順と、無料で使える公的相談窓口
この記事は、会社の売却を進めている途中で「やめたい」「一度立ち止まりたい」と感じている中小企業のオーナー経営者に向けて書いています。
注意: 本記事は公開情報をもとに一般的な整理を行ったものであり、法的助言ではありません。契約解除の可否、違約金条項の有効性、損害賠償の見込みは個別の契約内容と事実関係によって結論が変わります。実際の判断は、M&A実務に詳しい弁護士にご相談ください。
結論:分岐点は「最終契約の締結」。それ以前はやめられる
まず全体像です。M&Aのプロセスは、大きく6つの段階に分けられます。どの段階でも「やめる」という意思表示自体は可能ですが、最終契約を締結した後は一方的な撤回ができなくなります。

段階 | 撤回できるか | 主なコスト・リスク |
|---|---|---|
① 相談・提案を受けている段階(契約前) | 自由にやめられる | ほぼなし |
② 仲介契約(アドバイザリー契約)の締結後〜候補先への打診前 | 契約の解約条項に従って可能 | 支払済みの着手金・月額報酬は原則戻らない。中途解約違約金条項の有無を要確認 |
③ 候補先への打診〜トップ面談の段階 | 可能 | 上記に加え、自社情報が候補先に渡っている。テール条項の対象になり得る |
④ 基本合意書(LOI/MOU)の締結後 | 可能(取引条件部分は原則として非拘束) | 中間金が発生し原則戻らない。独占交渉権・秘密保持義務には拘束力あり |
⑤ デューデリジェンス(DD)実施後〜最終契約前 | 可能 | 上記に加え、買い手のDD費用負担をめぐる争い。信用面への影響 |
⑥ 最終契約(株式譲渡契約等)の締結後 | 原則として不可 | 債務不履行。違約金・損害賠償・履行請求の対象 |
ポイントは3つです。
- 法的に「やめられない」のは⑥だけ。 ①〜⑤は、やめること自体は可能です。問題は「いくら払って終わるか」「何が相手に残るか」です。
- お金の負担は契約書で決まる。 仲介・FAの手数料には一般的な法規制がなく、料金体系は各社の裁量に委ねられています(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』2024年8月改訂、2026年8月2日確認)。つまり、まず読むべきは契約書です。
- 「やめる/続ける」の二択で考えない。 条件の再交渉、買い手候補の切り替え、仲介会社だけの変更、時期を改めるための一時中断など、間の選択肢があります(後述)。
段階別に見る「やめ方」とリスク
ここからは6段階それぞれについて、実務上どう動けばよいかを整理します。

① 相談・提案を受けているだけの段階
この段階に法的なリスクはありません。 仲介会社の営業を受けている、無料相談をした、簡易的な企業価値の試算をもらった——いずれも契約前であれば、断ることに制約はありません。
注意すべきなのは、断り方を曖昧にすることです。「今は忙しくて」「また考えます」は「まだ見込みあり」と受け取られ、営業が継続します。「現在は売却を検討していません。今後のご連絡も不要です」と明確に伝えるのが結果的にお互いのためです。
なお、中小M&Aガイドライン第3版では、営業先が希望しない場合の営業停止義務が支援機関側に求められています。何度断っても連絡が続く場合は、後述の公的窓口への情報提供も選択肢になります。
営業の断り方や契約解除の文面については「M&A仲介会社の断り方・契約解除の方法」で詳しく整理しています。
② 仲介契約(アドバイザリー契約)を結んだ後
この段階で最初に確認すべきは、契約書に「中途解約」に関する条項があるかどうかです。
中小M&Aガイドライン第3版は、専任条項を設ける場合の留意点として次のように記載しています。
専任条項を設ける場合には、仲介契約・FA契約の契約期間を最長でも6か月~1年以内を目安として定めるべきである。加えて、例えば、依頼者が任意の時点で仲介契約・FA契約を中途解約できることを明記する条項等も設けることが望ましい。
(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』第2章、2024年8月改訂。2026年8月2日確認)
つまり、「途中でやめられないのが当たり前」ではありません。国のガイドラインは中途解約条項を明記することを推奨しています。契約書に中途解約条項がない、あるいは解約に高額な違約金が設定されている場合は、ガイドラインの趣旨から離れた契約になっている可能性があります。交渉の材料として、この記載を根拠に使えます。
一方で、ガイドラインは行政指針であって法律ではありません。中途解約を申し出れば必ず費用ゼロで終わる、ということではない点は正確に理解しておいてください。実際、中途解約違約金条項をめぐるトラブル事例が公的資料に記載されています(後述)。
支払済みの着手金・月額報酬については、契約に返金の定めがなければ原則として戻りません。月額報酬(リテーナーフィー)は解約が成立した日まで発生するのが通常です。
契約前に確認すべき条項の全体像は「M&A仲介契約の注意点・チェックリスト」にまとめています。
③ 候補先への打診・トップ面談の段階
この段階からは「お金」に加えて「情報」が問題になります。 ノンネーム・シート(社名を伏せた概要資料)の段階と、ネームクリア(企業概要書を渡して社名まで開示すること)を済ませた段階では、意味がまったく違います。
- ノンネーム打診までしかしていない場合:候補先は自社を特定できていないのが原則です。撤回の実害は小さく済みます。
- ネームクリア済み・企業概要書を渡している場合:社名と財務情報が候補先の手元に残ります。秘密保持契約(NDA)は有効ですが、渡した情報を完全に回収することはできません。
この違いは、後述するテール条項の適用範囲にも直結します。「どの候補先に、どこまでの情報を、いつ開示したか」を必ず一覧で記録・共有してもらってください。 解約後のトラブル防止に最も効く実務です。
情報管理の具体的な進め方は「M&Aの秘密保持と情報漏洩リスク対策」で解説しています。
④ 基本合意書(LOI/MOU)を結んだ後
基本合意書を結んだ後でも、交渉から離脱すること自体は原則として可能です。 基本合意書は、譲渡価格やスキームといった取引条件部分には法的拘束力を持たせない設計が一般的だからです。
ただし、次の条項には法的拘束力を持たせるのが通例です。
- 独占交渉権:一定期間、他の買い手候補と交渉しない義務
- 秘密保持義務
- 契約によっては、有効期限・費用負担・合意管轄なども拘束力を持つ
したがって、「条件が折り合わないので降りる」は可能でも、独占交渉期間中に別の買い手と交渉を始める、秘密情報を外部に出す、といった行為は損害賠償リスクを生みます。
参考になるのが、住友信託銀行と旧UFJの経営統合交渉の事例です。2004年5月の基本合意後にUFJ側が離脱し、住友信託が第三者との協議差止めを求めた仮処分は最高裁で認められませんでした(2004年8月30日)。その後の損害賠償請求訴訟では、東京地裁が独占交渉義務・誠実交渉義務の存在自体は認めつつ、違反と損害の因果関係を否定して請求を棄却。最終的に2006年の東京高裁での和解勧告を受け、和解金25億円の支払いで決着しています(出典:長島・大野・常松法律事務所、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の各解説、2026年8月2日確認)。
大企業の事例ではありますが、示唆は明確です。①基本合意があっても最終契約の締結を強制されるわけではない、②ただし独占交渉義務違反は責任追及の対象になり得る、③実際に多額の金銭が動いた例がある、という3点です。
また、この段階では中間金(マイルストーンフィー)が発生する契約が多くあります。ガイドラインでは、中間金は「基本合意締結時等、案件完了前の一定の時点に、又は一定の成果に対して発生」し、「成功報酬の内金とすることが多い」と整理されています。破談になった場合に返還されるかどうかは、契約の定め次第です。
基本合意書の記載事項と拘束力の範囲は「M&A基本合意書(MOU)とは」、基本合意後に話が壊れたときの立て直し方は「M&A LOI後の破談・交渉決裂 対処法」で詳しく解説しています。
⑤ デューデリジェンス(DD)後〜最終契約の前
DDが終わってから最終契約の前に離脱するのは、法的には可能ですが、実務上いちばん摩擦が大きい段階です。
買い手はこの段階までに、会計士・弁護士・税理士への調査費用を実際に支出しています。売り手側から一方的に降りると、費用負担をめぐる主張が出てくることがあります。DD費用は各自負担が一般的ですが、基本合意書に費用負担条項が置かれている場合は結論が変わるため、まず基本合意書の費用負担条項を確認してください。
一方で、DDの過程で「聞いていた話と違う」と感じた場合は、売り手側から仕切り直しを求める正当な理由になり得ます。よくあるのは次のケースです。
- DDの結果を理由に、基本合意時の価格から大幅な減額を提示された
- 従業員の処遇・雇用維持の約束が最終契約案では曖昧になっている
- ロックアップ(売却後の残留義務)や競業避止の期間が想定より長い
- 表明保証の範囲・補償の上限が売り手に一方的に不利
これらは「やめる理由」であると同時に「再交渉の材料」でもあります。 降りる前に、条件変更の可否を交渉のテーブルに載せる価値があります。
DDで売り手が準備すべき資料は「M&A DD 売り手の準備チェックリスト」にまとめています。
⑥ 最終契約(株式譲渡契約等)を結んだ後
最終契約の締結後は、一方的な撤回はできません。 最終契約書は全条項に法的拘束力を持たせるのが通常で、履行しなければ債務不履行として違約金・損害賠償・履行請求の対象になります。
締結後にクロージング(決済・引渡し)へ進まずに済む余地があるとすれば、契約に定められた次のような仕組みに該当する場合に限られます。
- 前提条件(クロージング条件)の未充足 — 許認可の取得、経営者保証の解除、重要取引先の同意などが得られなかった場合
- MAC条項(重大な悪影響事由)の発動 — 契約締結後に会社の状態が重大に悪化した場合の解除権
- 表明保証違反を理由とする解除条項
なお実務上は、解除権をクロージング前に限定する条項が多く、クロージング後は損害賠償・補償の請求はできても契約解除は制限される傾向にあります。
この段階で迷いが生じている場合は、記事を読み進めるより先に、M&A実務に詳しい弁護士へ契約書を持ち込んでください。判断を誤ったときの損失規模が他の段階と比較になりません。
最終契約の条項構成は「M&A SPA(株式譲渡契約書)とは」で解説しています。
やめたときにかかるお金|着手金・月額報酬・中間金は戻るのか
結論として、支払済みの手数料が戻るかどうかは契約の定め次第です。 仲介者・FAの手数料には一般的な法規制がなく、どのような料金体系を採用するかは各社の裁量に委ねられているためです(出典:中小M&Aガイドライン第3版、2026年8月2日確認)。

手数料の4種類と発生タイミング
手数料の種類 | 発生タイミング | 途中でやめた場合の扱い |
|---|---|---|
着手金 | 主に仲介契約・FA契約の締結時 | 原則として返還されない。成功報酬の内金とする契約もある |
月額報酬(リテーナーフィー) | 契約期間中、毎月 | 解約が成立した月まで発生するのが通常 |
中間金(マイルストーンフィー) | 基本合意締結時など、案件完了前の一定時点 | 成功報酬の内金とする例が多く、破談時の返還は契約次第 |
成功報酬 | 主にクロージング時 | 成約していなければ発生しない |
(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』手数料に関する記載、2026年8月2日確認)
手数料タイプ別の「やめたときの負担」
契約している仲介会社の料金体系によって、撤回時の金銭負担はおおむね次の3パターンに分かれます。
料金体系 | 撤回時の金銭負担 | 残るリスク |
|---|---|---|
完全成功報酬型(着手金・中間金・月額報酬なし) | 原則としてゼロ | テール条項は契約終了後も残り得る |
着手金・月額報酬型 | 支払済み分は戻らない。月額は解約日まで発生 | 契約期間が長いほど累計負担が増える |
中間金型 | 基本合意締結後は中間金が発生。返還は契約次第 | 中間金の不返還がトラブル化した実例あり |
主要な仲介会社の料金体系は次のとおりです。手数料体系は改定されることがあるため、依頼前に必ず最新の公式情報を確認してください。
会社 | 着手金 | 中間金 | 成功報酬の算定基準 |
|---|---|---|---|
日本M&Aセンター | あり(譲渡側は調査・資料作成の開始時に発生。金額は公式ページに記載なし) | 公式ページに記載なし | 時価総資産額ベースのレーマン方式。最終契約締結時に発生 |
M&Aキャピタルパートナーズ | 無料(着手金・月額報酬とも無料と明記) | 公式の手数料解説ページに記載なし | 株価レーマン方式(株価のみを対象資産とする) |
M&A総合研究所 | 無料(譲渡企業) | なし(譲渡企業) | 完全成功報酬制(譲渡企業)/レーマン方式 |
(出典:日本M&Aセンター公式手数料ページ、M&Aキャピタルパートナーズ公式手数料解説ページ、M&A総合研究所の運営メディア。いずれも2026年8月2日確認)
※ M&A総合研究所の料金体系は同社運営メディアの記載に基づくため、依頼前にコーポレートサイトの料金ページで再確認することをおすすめします。なお同社の持株会社は2026年1月にクオンツ総研ホールディングスへ商号を変更しています(詳細は「M&A総合研究所(クオンツ総研HD)の最新動向」)。
判断のポイント: これから仲介会社を選ぶ段階であれば、「途中でやめた場合にいくら残るか」は完全成功報酬型がもっとも小さくなります。ただし完全成功報酬型でもテール条項は残るため、費用ゼロで完全に自由になるわけではありません。
手数料体系の詳細な比較は「M&A仲介会社の手数料比較ガイド」、費用の全体像は「M&A費用・手数料の相場ガイド」をご覧ください。
※ 支払済み手数料の税務上の取り扱い(損金算入の可否など)は、顧問税理士にご確認ください。
見落としやすい3つの落とし穴
やめる判断をした後に問題化しやすいのが、次の3つの条項です。いずれも「契約を終わらせたのに義務が残る」タイプの条項であり、事前に範囲を確定させておくかどうかで結果が変わります。
落とし穴① テール条項(契約終了後の手数料請求)
テール条項とは、仲介契約が終了した後の一定期間内に、その仲介会社が紹介した相手とM&Aが成立した場合、元の仲介会社に成功報酬を支払う義務を定めた条項です。
中小M&Aガイドライン第3版は、テール条項について次の目安を示しています。
論点 | ガイドラインの考え方 |
|---|---|
テール期間 | 最長でも2年〜3年以内を目安とすることが望ましい |
対象となる相手 | 当該業者が関与・接触した譲り受け側で、譲り渡し側に紹介された者のみに限定すべき |
ロングリスト・ノンネーム段階 | ロングリスト/ショートリストやノンネーム・シートの提示にとどまる場合は、テール条項の対象とすべきでない |
必要な水準 | 少なくともネームクリア(企業概要書を送付し譲り渡し側の名称を開示すること)が行われた相手に限定すべき |
専任条項がない契約の場合 | 複数業者から同じ候補先の紹介を受けたとき、選ばれなかった業者がテール条項を根拠に手数料を請求すべきではない |
(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』2024年8月改訂、2026年8月2日確認)
実務上のインパクトが大きいのは「ノンネーム打診止まりの候補先はテール対象とすべきでない」という部分です。 解約後に「あの会社もリストに載せていた」と広範な請求を受けた場合、この基準が反論の根拠になります。
テール条項の詳細は「M&Aのテール条項とは?期間の目安・注意点・トラブル事例」で解説しています。
落とし穴② 直接交渉の制限条項
仲介会社を通さずに候補先と直接交渉することを禁じる条項です。ガイドラインは、この条項について次のように限定すべきとしています。
- 制限される候補先は、原則として当該業者が関与・接触し、紹介した候補先のみに限定すべき
- 制限される交渉は、M&Aに関する目的で行われるものに限定すべき(通常の営業取引の交渉まで禁止するのは不適切)
- 条項の有効期間は、仲介契約・FA契約が終了するまでに限定すべき
つまり、契約終了後まで直接交渉を禁じる条項は、ガイドラインの考え方から外れています。 契約書にそうした定めがある場合は、解約交渉の際に見直しを求める余地があります。
落とし穴③ 独占交渉権(基本合意書側の制約)
前述のとおり、基本合意書の独占交渉権には法的拘束力を持たせるのが通例です。「基本合意を白紙に戻したので自由に動ける」と考えて別の買い手と接触すると、義務違反を問われる可能性があります。
独占交渉期間の残りがどれだけあるか、期間満了で自動的に消滅するのか、書面での解除が必要なのかを、基本合意書で必ず確認してください。
専任条項・非専任の考え方は「M&A専任契約と非専任契約の違い」にまとめています。
中小企業庁の資料に載っている実際のトラブル事例
「途中でやめたい」に関連するトラブルは、実際に国の窓口に寄せられています。 中小企業庁は2026年3月17日に開催された「中小M&A市場の改革に向けた検討会」(第4回)の資料で、M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口に寄せられた事案を公表しています。

情報提供件数の推移
年度 | 情報提供の合計件数 |
|---|---|
2021年度(2021年11月に窓口設置) | 7件 |
2022年度 | 18件 |
2023年度 | 32件 |
2024年度 | 126件 |
2025年度(2026年2月時点) | 80件 |
(出典:中小企業庁 財務課『中小M&A市場の改革に向けた方向性について』中小M&A市場の改革に向けた検討会 第4回 資料2、2026年3月17日公表。2026年8月2日確認)
※ 原資料の注記:ガイドライン違反に該当しない情報提供は除外。未登録支援機関に関する情報提供も件数に計上。複数の支援機関に言及する情報提供は、支援機関数に応じて重複計上。
窓口に寄せられた「営業以外に関する事案」の実例
同資料には、営業活動以外に関する事案の具体例が挙げられています。4例のうち3例が、契約を途中でやめる場面に直結する内容です。
- ガイドラインが求める方式での重要事項説明を実施しないまま、専任条項・中途解約違約金条項のあるアドバイザリー契約を締結しトラブルとなった事例
- 重要事項説明やアドバイザリー契約の締結を対面で実施せず電話で行い、十分な説明を受けられなかったとのクレームにつながった事例
- 専任条項がないにもかかわらず、依頼者から選択されなかった支援機関が、テール条項に基づく請求を行った事例
- 企業概要書から試算された譲渡価額に基づき中間金を受領した後、企業価値を算出したところ当初の試算額を下回ったにもかかわらず、中間金が返還されなかった事例
(出典:同上、2026年3月17日公表資料。2026年8月2日確認)
資料では、当局の認識として「情報提供窓口には、不適切な支援に関する情報提供が引き続き寄せられており、特に、より深刻なトラブルに繋がりやすい営業以外に関する事案については減少していない状況にある」と記載されています。
読み取るべきことは2つです。 第一に、途中解約や中間金の返還をめぐるトラブルは珍しい話ではなく、国が把握している類型だということ。第二に、こうした事例は情報提供によって注意喚起や登録取消の判断材料に使われるため、泣き寝入りせず窓口に情報提供する意味があるということです。
なお、2026年8月時点でM&A仲介業を直接規制する業法は制定されておらず、中小M&Aガイドライン・M&A支援機関登録制度・業界団体の自主規制の組み合わせで運用されています。中小企業庁は中小M&A資格試験とその登録制度の導入を検討していますが、正式名称や実施時期は現時点では確定していません(要続報)。
制度全体の位置づけは「中小M&Aガイドラインとは?第3版の改訂ポイント」、悪質な業者の見分け方は「M&A悪徳仲介会社・詐欺的業者の見分け方」で整理しています。
仲介契約を解約する具体的な手順
やめると決めたら、感情的なやり取りではなく、順序と記録を守って進めてください。 手順は次の4ステップです。

ステップ1:契約書で9項目を確認する
中小M&Aガイドライン第3版は、仲介契約・FA契約の締結前に支援機関が依頼者へ説明すべき事項を列挙しています。裏を返せば、この9項目が「やめたいときに真っ先に読むべき条項」です。
- 手数料に関する事項(算定基準、金額、最低手数料、既に支払を受けた手数料の控除、支払時期など)
- 手数料以外に依頼者が支払うべき費用(費用の種類、支払時期など)
- 秘密保持に関する事項(士業専門家や事業承継・引継ぎ支援センター等に開示する場合の秘密保持義務の一部解除など)
- 直接交渉の制限に関する事項(制限される候補先や交渉目的の範囲)
- 専任条項(セカンド・オピニオンの可否など)
- テール条項(テール期間、対象となるM&A)
- 契約期間(期間、更新に関する事項)
- 契約の解除に関する事項および中途解約に関する事項
- 責任(免責)に関する事項、契約終了後も効力を有する条項
(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』契約締結前の説明事項、2026年8月2日確認)
特に見るべきは 8 → 6 → 4 → 1 の順です。「いつまでに、どう通知すれば終わるか」「終わった後も何が残るか」「支払済みの金銭がどう扱われるか」を、この順で確定させます。
ステップ2:まず担当者・責任者に相談する
いきなり解除通知を送るより、まず担当者と話すほうが結果的に穏当に収まるケースが多くあります。このとき「やめたい理由」を具体的に伝えてください。 価格への不満なのか、担当者との相性なのか、条件面なのかで、相手からの提案(担当者交代、候補先の入れ替え、条件の再交渉)が変わります。
ガイドラインは、別の支援機関への切り替えについても次の手順を示しています。
別の支援機関に依頼する場合、元の支援機関である仲介者・FAに対し、別の支援機関へ依頼したい旨を相談し、その了承を得る(元の仲介契約やFA契約に専任条項が設置されている場合には、支援機関がこれに応じないことも考えられる。)ことが考えられる。その了承が得られなかった場合には、契約期間の満了を待って、又は契約を解約して、元の仲介者・FAとの契約を終了させた上で、別の支援機関に依頼する等の対応が考えられる。
(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』、2026年8月2日確認)
つまり、「相談 → 了承が得られなければ期間満了を待つか解約」という段取りが公的に示されています。テール条項がある場合は契約終了後もその適用に留意が必要とされている点も併記されています。
ステップ3:書面で解約の意思を通知する
口頭の合意だけで終わらせないでください。契約書に中途解約条項があればその方法(通知先・予告期間・書式)に従い、条項がない場合でも双方の合意による解約(合意解約)で終了させることができます。
通知は「契約解除通知書」を内容証明郵便で送るのが確実です。いつ・誰に・どのような内容を通知したかを客観的に証明できるためです。通知書には最低限、次を記載します。
- 契約名・契約締結日・当事者
- 解約する旨と、根拠となる条項(中途解約条項があればその条番号)
- 解約の効力発生日
- 未払い金・支払済み金の取り扱いに関する認識
- ネームクリア済みの候補先の一覧を求める旨(テール条項の範囲確定のため)
ステップ4:記録を残す
解約後にトラブルが起きた場合、争点は「どの候補先に、いつ、どこまで開示したか」に集約されがちです。次の記録を必ず手元に残してください。
- 仲介契約書・重要事項説明書・提案資料の原本
- ネームクリアの記録(どの候補先に社名を開示したか、その日付)
- 手数料の請求書・領収書・振込記録
- 担当者とのメール、面談の議事録
電話だけのやり取りは避け、重要な確認はメールで残すのが原則です。
補足:クーリング・オフは原則として使えません
「8日以内なら無条件で解約できるのでは」と考える方がいますが、M&A仲介契約は事業者間の契約であるため、原則としてクーリング・オフの対象になりません。 特定商取引法26条1項1号により、営業のためにまたは営業として締結する取引は同法の適用除外とされているためです。
ただし、事業者間取引に当たるかは契約書の記載だけでなく取引の実態から判断されるとされており、例外の余地が完全にゼロとは言い切れません。この点は個別判断になるため、弁護士にご相談ください。
また、法外な違約金条項は公序良俗違反(民法90条)などを理由に無効となり得ますが、「高額だから当然に無効」ではありません。 有効性の判断は具体的な金額・算定根拠・契約経緯によって変わります。
解約通知の書き方や場面別の断り方は「M&A仲介会社の断り方・契約解除の方法」で詳しく解説しています。
「やめる」前に検討したい5つの選択肢
やめたい理由の多くは、M&Aそのものへの否定ではなく、いまの条件・相手・進め方への不満です。 完全に撤回する前に、次の5つを検討してください。
選択肢 | 向いているケース | 主なコスト |
|---|---|---|
① 条件を再交渉する | 価格・従業員の処遇・ロックアップ期間など、特定の条件だけが引っかかっている | ほぼなし(交渉期間が延びる) |
② 買い手候補を入れ替える | 相手企業との相性・文化の違いが原因。仲介会社への不満はない | 探索期間が延びる。基本合意後なら独占交渉権の解除が必要 |
③ 仲介会社だけを変える | 担当者の力量・報告頻度・提案の質に不満がある | 解約に伴う費用。テール条項が残る |
④ いったん中断して時期を改める | 業績が回復した、後継者候補が現れた、心の準備ができていない | 支払済み手数料。再開時は資料の作り直しが必要 |
⑤ 廃業・清算と比較し直す | 買い手が見つからない、条件が折り合わない状態が続いている | 比較検討の時間 |
判断のうえで押さえておきたいのは、④「一度やめて数年後に再挑戦する」は現実的な選択肢だという点です。 業績が回復したタイミングのほうが良い条件になることは珍しくありません。ただし、同じ買い手候補・同じ業界内では「話が壊れた案件」として記憶される可能性があり、再開時にやや不利な前提から始まることは想定しておくべきです。
セカンド・オピニオンについては、中小M&Aガイドライン第3版が「依頼者が意見を求めたい部分を明確にしたうえで、妨げる合理的理由がなければ他の支援機関へのセカンド・オピニオンを許容すべき」としています。ただし情報管理の観点から、相談先を法令上・契約上の秘密保持義務がある者や事業承継・引継ぎ支援センター等の公的機関に限定することはあり得る、とも記載されています。具体的な進め方は「M&Aセカンドオピニオンの活用ガイド」を参考にしてください。
M&Aと廃業の比較は「M&Aか廃業か?判断基準・税金・手取り額を徹底比較」で数値も含めて整理しています。
困ったときの相談・通報先一覧
「仲介会社と直接話しても埒が明かない」という段階では、外部の窓口を使ってください。 中小M&Aガイドラインが公式に案内している窓口は次のとおりです。
窓口 | 役割 | 費用 | URL |
|---|---|---|---|
事業承継・引継ぎ支援センター | 中小M&A全般の相談窓口。どこに相談すべきか迷う場合の最初の一歩。セカンド・オピニオンの提供者としての役割も明記されている | 無料 | |
M&A支援機関登録制度 情報提供受付窓口 | 登録仲介者・FAの不適切事例等の情報を受け付け、注意喚起・登録取消の判断に利用 | 無料 | |
M&A仲介協会 苦情相談窓口 | 幹事会員・正会員の仲介者による支援に関する苦情受付 | 無料 | |
M&A支援機関協会 苦情相談窓口 | 会員に関する苦情受付 | 無料 | |
日本弁護士連合会「ひまわりほっとダイヤル」 | 弁護士との面談予約。契約解除の可否・違約金条項の有効性など法的観点の助言 | 初回相談無料の弁護士会あり(以降は有料) |
(出典:中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』の窓口一覧、および各窓口の公式サイト。2026年8月2日確認)
重要な注意点: ガイドラインは上記の窓口について「紛争の解決や助言を目的とするものではない」と明記しています。つまり、情報提供窓口や苦情相談窓口は「通報の受け皿」であって、あなたの契約トラブルを解決してくれる場所ではありません。 契約上の争いを実際に解決するには、弁護士への相談が必要です。
なお、M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口の電話番号は 03-4577-6532(受付時間:平日10:00〜17:00)です(出典:M&A支援機関登録制度 公式サイト、2026年8月2日確認)。
事業承継・引継ぎ支援センターは全国47都道府県に設置され、相談は無料です。アドバイザーの人件費が国費で賄われるため時間課金や手数料が発生せず、相談だけで終了しても問題ない旨が公式に案内されています。「いまの仲介会社の言い分が妥当なのか、中立の立場に確認したい」という用途にもっとも向いた窓口です。
センターの使い方は「事業承継・引継ぎ支援センターとは?活用ガイド」で詳しく解説しています。
途中でやめる判断が妥当なケース/続ける判断も検討したいケース

途中でやめる判断が妥当なケース
- 当初の説明と契約書の内容が食い違っている — 重要事項説明が書面で行われていない、口頭の説明と条項が異なる場合は、契約自体の妥当性を疑う根拠になります
- 売却の目的が消えた — 後継者候補が現れた、業績が回復して事業継続の見通しが立った、といった前提の変化
- 従業員の雇用・処遇について、買い手から確約が得られない — 最終契約に書けない約束は、成立後に守られる保証がありません
- 買い手の資金調達の裏付けが確認できない — プロセスが停滞し、時間だけが消費されている状態
- DDの過程で買い手の姿勢に強い不信を感じた — 引き継ぐ相手として信頼できないなら、条件が良くても再考の価値があります
- 仲介会社が成約を過度に急かす — 判断の時間を与えない進め方は、売り手の利益と一致していない可能性があります
続ける判断も検討したいケース
- 不満が「価格」だけに集中している — 価格は再交渉の対象になり得ます。撤回する前に、根拠を示して交渉する余地があります
- 迷いの理由が漠然とした心情である — 会社への愛着や引退時期への迷いは自然な感情です。撤回ではなく一時中断で対応できる場合があります
- すでに最終契約を締結している — この段階では撤回のコストが跳ね上がります。まず弁護士に契約書を確認してもらってください
- 買い手候補が業界内で限られており、再挑戦のハードルが高い — 情報が回った後に別の相手を探すのは難しくなります
- 中間金を支払い済みで、返還規定がない — 撤回しても金銭が戻らないなら、条件交渉に振り替えるほうが合理的な場合があります
判断の軸はシンプルです。 「相手・条件・タイミング」のどれが問題なのかを切り分け、相手なら候補先の入れ替え、条件なら再交渉、タイミングなら中断、そのいずれでも解決しないなら撤回、という順で検討してください。
撤回に伴う「お金以外」のリスク
金銭以外にも、次の4つは撤回前に織り込んでおくべきです。
- 情報は戻らない — ネームクリア済みの候補先には、社名と財務情報が渡っています。NDAは有効ですが、完全な原状回復はできません
- 従業員・取引先への波及 — M&A検討の事実が漏れると、従業員の不安や離職、取引先・金融機関との関係悪化を招きます。公表は最終契約後が原則です
- 再挑戦時の不利 — 一度離脱した案件は、同じ買い手候補や業界内で慎重に見られる可能性があります
- テール条項の残存 — 契約終了後も、テール期間(目安2〜3年)は紹介済み候補先とのM&Aについて手数料請求権が残り得ます
従業員への説明タイミングについては「会社売却 従業員への説明タイミング」も参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
買い手からDD費用を請求されることはありますか?
DD費用は各自負担が一般的ですが、基本合意書に費用負担条項が置かれている場合は結論が変わります。まず基本合意書の費用負担条項を確認してください。条項がない場合でも、交渉の過程で請求が持ち出されることはあり得るため、応じる義務があるかどうかは弁護士に確認することをおすすめします。
一度やめた会社を、数年後にまた売却できますか?
可能です。業績が回復してから再開したほうが良い条件になるケースもあります。ただし、前回のプロセスで社名を開示した候補先には情報が残っているため、同じ相手・同じ業界に打診する場合は、前回の経緯を説明できるよう整理しておくと進めやすくなります。前回の企業概要書や財務資料は、そのままでは古くなるため作り直しが必要です。
仲介会社を変えたい場合、いつから別の会社に頼めますか?
まず現在の仲介会社に相談し、了承が得られればその時点から切り替えられます。了承が得られない場合は、契約期間の満了を待つか、解約して契約を終了させてから別の支援機関に依頼するのが、中小M&Aガイドラインで示されている手順です。ただし契約終了後もテール条項の適用が残る点には注意が必要です。
「やめる」と伝えたのに手続きを進められている場合は?
口頭の意思表示だけでは記録が残らないため、まず書面(内容証明郵便)で解約または中止の意思を明確に通知してください。それでも改善しない場合は、M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口や、加盟している業界団体の苦情相談窓口への情報提供を検討します。並行して、弁護士に契約書を確認してもらうのが確実です。
従業員に知られてしまった場合、どう説明すればよいですか?
事実と異なる説明は後で信頼を損ないます。現時点で決定していないこと、雇用や処遇について何を優先して検討しているのかを、経営者本人の言葉で伝えるのが基本です。撤回を決めているなら、その事実と理由を早めに共有したほうが憶測の拡散を防げます。伝える範囲と順序は、役員・幹部・全社の順に段階を分けるのが一般的です。
買い手側から一方的に中止された場合はどうなりますか?
基本合意の段階であれば、取引条件部分に法的拘束力がないのが通常のため、買い手の離脱自体を止めることは基本的にできません。ただし、独占交渉権や誠実交渉義務に反する態様であれば、責任を問える余地があります。最終契約締結後の一方的な中止は債務不履行となり、違約金・損害賠償・履行請求の対象です。いずれの場合も、経緯を示す記録を揃えたうえで弁護士に相談してください。
中途解約違約金が高額な契約を結んでしまいました。支払うしかありませんか?
まず、違約金条項の文言(発生要件・算定方法・上限)を確認してください。法外な違約金条項は公序良俗違反などを理由に無効とされる余地がありますが、「高額だから当然に無効」という単純な話ではありません。契約締結時に重要事項説明が書面で行われていたかどうかも論点になり得ます。金額が大きい場合は、支払う前に弁護士へ相談することを強くおすすめします。
まとめ
- 最終契約を結ぶ前であれば、M&Aは売り手の判断で中止できます。 分岐点は最終契約の締結です
- 負担の大きさは「いつやめるか」と「契約の中身」で決まります。 着手金・月額報酬は原則戻らず、中間金の返還は契約次第です
- 中小M&Aガイドライン第3版は、中途解約条項の明記を「望ましい」としています。 テール期間は最長2〜3年、対象はネームクリア済みの候補先に限定すべき、という目安も示されています
- やめる前に、条件の再交渉・候補先の入れ替え・仲介会社の変更・一時中断という選択肢を検討してください
- 解約は「契約書の9項目確認 → 相談 → 書面通知 → 記録の保全」の順で進めます
- 中立の相談先として、事業承継・引継ぎ支援センター(無料)が利用できます。 ただし公的窓口は紛争解決の場ではないため、契約上の争いは弁護士に相談してください
次に読むとよい記事: 契約解除の実務手順は「M&A仲介会社の断り方・契約解除の方法」、解約後も残るテール条項は「M&Aのテール条項とは」、契約前のチェックポイントは「M&A仲介契約の注意点・チェックリスト」、実際のトラブル類型は「M&A仲介トラブル事例・対処法」で解説しています。仲介会社の選び直しを検討する場合は「M&A仲介会社 比較(売り手向け)」もあわせてご覧ください。
免責事項: 本記事は公開されている情報に基づいて作成しています。契約解除の可否、違約金条項の有効性、損害賠償の見込み、税務上の取り扱いは、個別の契約内容と事実関係によって結論が変わります。実際の判断は弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。仲介会社の手数料体系は改定される可能性があるため、最新情報は各社の公式サイトでご確認ください。
