結論から言えば、子会社や事業部門を売却する方法は、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の3つに大別されます。 既に法人化されている子会社を丸ごと売る場合は「株式譲渡」、社内の一事業部門だけ切り出して売る場合は「事業譲渡」、複数の機能を包括的に切り出したい場合は「会社分割」が基本の選択になります。
2025年上期、上場企業による子会社・事業の売却件数は190件・取引金額2兆335億円と、いずれも過去10年で最多を記録しました(M&A Online調査)。DXや産業構造の変化を背景に「選択と集中」を進める動きが加速しており、ノンコア事業の売却は経営戦略の主要な選択肢となっています。
この記事でわかること
- 子会社売却と事業部門売却の違い、3つの代表的なスキームの全体像
- 株式譲渡・事業譲渡・会社分割の比較表(税金・手続き・期間・承継範囲)
- それぞれのスキームの実務フローと所要期間
- 売却時の税金・節税のポイント、売却価格の算定方法
- 個人保証の解除、PMI、キーマン条項など見落としやすい実務論点
- 2024〜2025年の大型売却事例とPEファンドへの売却の動向
こんな経営層に向けた記事です
- 親会社・グループ会社の経営層で、子会社や事業部門の売却を検討している方
- 選択と集中・ノンコア事業の整理・カーブアウトを進めたい上場/非上場企業の経営企画担当者
- M&A仲介会社・FAへの相談前に、自社にとって最適なスキームを判断する材料が欲しい方
注意: 本記事の税金・法律に関する記載は一般的な情報提供です。実際の税務・法的判断は、必ず税理士・弁護士・公認会計士・M&Aアドバイザーなどの専門家にご相談ください。
子会社・事業部門を売却する3つの方法

子会社や事業部門の売却に使われる主なスキームは、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の3つです。 どれを選ぶかによって、税金・手続き・期間・従業員への影響が大きく変わります。
スキーム | 概要 | 主な対象 |
|---|---|---|
株式譲渡 | 親会社が保有する子会社株式を買い手に譲渡し、経営権を移転する | 既に法人化されている子会社の売却 |
事業譲渡 | 会社が運営している事業の全部または一部を、資産・契約単位で個別に切り出して譲渡する | 社内の一事業部門、本体会社の一部事業 |
会社分割 | 事業を新設会社または既存の他社に包括的に承継させる(新設分割/吸収分割) | 切り出し対象が大きい、人員・契約の包括承継が必要なケース |
これら3つのスキームを組み合わせて、複数事業を持つ企業が特定事業を切り出す取り組みを総称して「カーブアウト(Carve-out)」と呼びます。グループ内で事業を法人化してから売却する「先分割・後譲渡」、買い手が指定する切り出し方に合わせるなど、案件ごとに最適なスキームの組み合わせが設計されます(出典: 日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズ、EY Japan。2026年5月14日確認)。
関連記事:株式譲渡と事業譲渡はどっちがいい?違い・税金・手残り額を徹底比較では、2つのスキームの選び方を10項目で比較しています。
子会社売却と事業部門売却の違い
「子会社売却」と「事業部門売却」は、対象が法人格を持っているかどうかで区別されます。 法律上のスキーム選択にも直結する重要な切り口です。
子会社売却(既に法人化されている場合)
親会社が保有する子会社株式を譲渡する方法が基本です。子会社は独立した法人格を持っているため、株式を譲渡するだけで会社全体(資産・負債・契約・従業員・許認可)が買い手に包括的に移転します。
- 主に使われるスキーム: 株式譲渡
- 親会社の手取りは法人収益として計上(譲渡益に法人税)
- 株主総会の特別決議は原則不要(譲渡する株式が「子会社株式」かつ譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1を超えない場合)
事業部門売却(社内の一事業を切り出す場合)
法人化されていない社内の一事業部門を売却する場合、その事業に関わる資産・契約・従業員を個別に切り出して譲渡します。
- 主に使われるスキーム: 事業譲渡または会社分割
- 会社が売り主となり、対価は会社(法人)が受け取る
- 譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1を超える場合、株主総会の特別決議が必要
- 反対株主の株式買取請求権が発生する
「先分割・後譲渡」という選択肢
社内事業を一度新設会社に分割してから、その新設会社の株式を譲渡する方法もよく使われます。
- メリット: 買い手にとって会社単位での承継がシンプル、許認可の引き継ぎがしやすい
- デメリット: スキーム設計が複雑になり、税務・法務の検討事項が増える
自社の対象事業が既に法人化されているかどうかで、検討すべきスキームが大きく変わります。 子会社ならまずは株式譲渡、社内の一事業部門なら事業譲渡か会社分割を起点に検討するのが基本です。
なぜ子会社・事業部門を売却するのか(売却の主な目的)
売却の目的は大きく分けて、選択と集中・資金確保・不採算事業の整理・後継者問題の解決の4つです。 目的を明確にすることで、スキーム選択や買い手候補の絞り込みがスムーズになります。
1. 選択と集中(コア事業への経営資源集中)
ノンコア事業を売却し、得た資金や経営リソースをコア事業の成長に振り向ける戦略です。2025年上期の上場企業による売却件数が過去10年で最多になった背景には、この「選択と集中」の動きが強くあります。
2. 資金確保・財務体質の改善
借入金の返済、設備投資資金の確保、株主還元の原資など、まとまった資金が必要な場合に売却が選択肢になります。事業を続けたまま借入で資金調達するより、不採算・成長鈍化事業を売却して資金化する方が合理的な場合があります。
3. 不採算事業・赤字事業の整理
赤字が続く事業、市場縮小が見込まれる事業を抱え続けるリスクを回避するため売却するケースです。買い手にとって価値のある事業であれば、廃業や撤退より売却益や雇用維持の点でメリットが大きくなります。
4. グループ再編・後継者問題
親会社の事業構造変化、グループ再編、子会社の後継者不在などの理由で、独立した買い手に経営を委ねる選択です。従業員の雇用維持と取引先との関係維持を重視する場合、廃業より売却が選ばれます。
関連記事:事業承継・後継者不在の解決策では、後継者問題の選択肢を整理しています。
株式譲渡による子会社売却の流れと特徴
株式譲渡は、子会社売却で最も使われる基本スキームです。 株式の名義変更が中心で、手続きが比較的シンプルです。
株式譲渡の特徴
- 承継方法: 包括承継。資産・負債・契約・従業員・許認可がそのまま買い手に移転
- 対価の受け手: 売り手(親会社または株主)が直接受け取る
- 株主総会: 子会社株式の譲渡は原則として親会社側の取締役会決議で実行可能。ただし「重要な子会社株式の譲渡」に該当する場合は株主総会特別決議が必要(会社法467条)
- 税務: 法人株主は譲渡益に法人税等(実効税率約30%)、個人株主は譲渡所得に20.315%の申告分離課税
株式譲渡の流れ(標準的なスケジュール)
- 戦略立案・売却方針の決定(社内検討・取締役会承認)
- M&A仲介会社・FAの選定と契約締結(NDA含む)
- 企業価値評価・売却条件の整理(バリュエーション、想定価格レンジ)
- 買い手候補のソーシング・打診(ロングリスト → ショートリスト)
- NDA締結、IM(インフォメーション・メモランダム)開示
- 意向表明書(LOI)受領、優先交渉先の決定
- 基本合意書(MOU)の締結
- デューデリジェンス(DD)の実施(買い手主導、4〜8週間)
- 最終契約(SPA: 株式譲渡契約書)の交渉・締結
- クロージング(株式名義書換、対価支払い、個人保証解除手続き等)
所要期間の目安は3〜6ヶ月。大型案件や上場企業の子会社売却では半年〜1年かかることもあります。
関連記事:株式譲渡とはわかりやすく解説 / M&A売却にかかる期間・タイムライン
事業譲渡による事業部門売却の流れと特徴
事業譲渡は、社内の一事業部門だけを切り出して売却する基本スキームです。 売りたい資産・契約だけを選んで譲渡できる柔軟性が最大の強みですが、個別承継のため手続きは煩雑になります。
事業譲渡の特徴
- 承継方法: 個別承継。資産・契約・許認可・従業員雇用がいずれも個別の同意取得や再取得を要する
- 対価の受け手: 売り手会社(法人)が受け取る。株主への分配は別途必要
- 株主総会: 事業の全部または重要な一部を譲渡する場合は株主総会の特別決議が必要(会社法467条)。「重要な一部」は譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1超で原則該当
- 税務: 譲渡側企業に法人税(実効税率約30%)に加え、課税資産部分に消費税10%
- 競業避止義務: 会社法21条により、同一市町村および隣接市町村内で20年間(原則)の競業避止義務が発生
- 反対株主の株式買取請求権: 売り手会社の反対株主には株式買取請求権が発生
事業譲渡の流れ
- 譲渡対象事業の範囲確定(資産・契約・人員のリスト化)
- M&A仲介会社・FAの選定
- 企業価値評価・譲渡条件の整理
- 買い手候補のソーシング・打診
- NDA締結、事業説明資料の開示
- 基本合意書(MOU)の締結
- デューデリジェンス
- 最終契約(事業譲渡契約)の交渉・締結
- 株主総会特別決議(必要な場合)、反対株主への対応
- 取引先・従業員への説明、個別同意の取得
- クロージング(資産移転、契約名義変更、許認可再取得、消費税納付)
所要期間の目安は6ヶ月〜1年。許認可・契約・従業員の個別承継に時間がかかるため、株式譲渡より長期化します。
関連記事:事業譲渡とはわかりやすく解説 / M&A競業避止義務とは
会社分割(新設分割・吸収分割)による切り出しの流れと特徴
会社分割は、事業を新設会社や既存の他社に包括的に承継させるスキームです。 切り出し対象が大きい、人員・契約をまとめて承継したい場合に選ばれます。
会社分割の2類型
類型 | 概要 | 主な活用シーン |
|---|---|---|
新設分割 | 切り出す事業を新たに設立する会社に承継させる | 一度法人化してから株式を売却する「先分割・後譲渡」 |
吸収分割 | 切り出す事業を既存の他社に承継させる | 同業他社・買い手企業が直接事業を引き受けるケース |
会社分割の特徴
- 承継方法: 包括承継。資産・負債・契約・従業員雇用が一括して新会社/承継会社に移転
- 株主総会: 原則として株主総会の特別決議が必要(簡易分割・略式分割の例外あり)
- 税務: 適格要件を満たせば課税繰延が可能(組織再編税制)。要件を外すと譲渡損益課税
- 労働契約承継法: 従業員の雇用は労働契約承継法に基づき承継。一定の手続き(事前協議・5条協議・7条措置)が必要
- 債権者保護手続き: 一定の場合に債権者異議手続きが必要
会社分割の流れ(新設分割の場合)
- 分割対象事業の範囲確定
- 分割計画書の作成
- 株主総会特別決議(簡易・略式の例外あり)
- 労働契約承継手続き(事前協議、5条協議、7条措置)
- 債権者保護手続き(公告・個別催告、1ヶ月以上)
- 分割登記
- (後譲渡の場合)新設会社の株式を買い手に譲渡
手続き完了までの最短期間は約2ヶ月〜。ただし買い手交渉と並行する場合は半年〜1年程度かかります。
会社分割は税制適格要件のハードルが高く、専門家のサポートが不可欠です。特に「金銭等不交付要件」「主要資産・負債引継要件」「従業者引継要件」「事業継続要件」など複数の要件を満たす必要があります(出典: 国税庁、租税特別措置法)。
3つのスキームの比較表
スキーム選びは、税金・手続きの煩雑さ・期間・承継範囲の4軸で比較するのが基本です。 以下に主要な比較項目をまとめました。
比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
対象範囲 | 子会社全体(会社丸ごと) | 事業の全部または一部(個別選択可能) | 事業の全部または一部(包括承継) |
承継方法 | 包括承継 | 個別承継 | 包括承継 |
契約・許認可 | そのまま継続 | 個別同意・再取得が必要 | 包括承継(労働契約承継法など特別法に基づく) |
従業員の同意 | 個別同意不要 | 個別の転籍同意が必要 | 労働契約承継法に基づく手続き |
消費税 | 非課税 | 課税資産部分に10% | 原則非課税(適格分割) |
株主総会決議 | 原則不要(重要な子会社株式譲渡は必要) | 重要な一部譲渡で必要 | 原則必要(簡易・略式の例外あり) |
競業避止義務 | 法定義務なし(契約で設定可能) | 会社法21条により20年(原則) | 法定義務なし |
のれん発生 | 連結上発生する場合あり | 売り手側で資産計上または損益計上 | 適格要件で取扱いが異なる |
繰越欠損金の引継ぎ | 子会社の欠損金はそのまま | 引継ぎ不可 | 適格要件を満たせば引継可能 |
対価の受け手 | 株主(親会社/個人) | 売り手会社(法人) | 売り手会社(法人)または株主 |
税金(売り手) | 法人株主: 法人税約30% / 個人株主: 20.315% | 法人税約30% + 消費税10% | 適格なら課税繰延、非適格は譲渡損益課税 |
手続き期間の目安 | 約3〜6ヶ月 | 約6ヶ月〜1年 | 約2ヶ月〜(買い手交渉込みで半年以上) |
(出典: M&Aキャピタルパートナーズ、日本M&Aセンター、国税庁、会社法、租税特別措置法。2026年5月14日確認)
手取り額・スピード・柔軟性のどれを優先するかで最適解が変わります。 子会社単位で売れるなら株式譲渡、社内事業の一部だけ切り出すなら事業譲渡、人員・契約をまとめて承継したいなら会社分割が基本の選択です。
関連記事:M&Aバリュエーション手法比較
売却時にかかる税金と節税のポイント

売却スキームによって課される税金が大きく異なります。 手取り額を最大化するには、スキーム選定の段階から税務シミュレーションが必須です。
株式譲渡の税金
- 法人株主(親会社が法人): 譲渡益に対し法人税等の実効税率約30%
- 個人株主: 譲渡所得に対し20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)の申告分離課税
- 消費税: 非課税
個人株主にとっては税率が固定で読みやすく、申告分離課税のため他の所得と分離して課税されるのがメリットです。
事業譲渡の税金
- 法人税等: 譲渡側企業に法人税(実効税率約30%)
- 消費税: 課税資産部分に10%(土地・有価証券・債権などは非課税。建物・機械・棚卸資産・営業権は課税)
- 不動産取得税・登録免許税: 譲渡資産に不動産が含まれる場合、買い手側に発生
事業譲渡では「会社」が対価を受け取るため、その後に株主個人へ配当・退職金等で資金移転するときに追加の課税が発生します。実質的に二重課税構造となり、株式譲渡と比較して手残りが少なくなる傾向があります。
会社分割の税金
- 適格分割: 譲渡損益は繰延され、課税が後送りに
- 非適格分割: 譲渡損益が認識され、法人税課税対象
適格要件は厳格で、「金銭等不交付要件」「主要資産負債引継要件」「従業者引継要件」「事業継続要件」「支配関係継続要件」などを満たす必要があります。要件を満たすかどうかで税負担が大きく変わるため、必ず税理士・公認会計士に事前確認をしてください。
節税の主なポイント
- スキーム選定 — 個人オーナーが間に入る案件では株式譲渡が有利になることが多い
- 適格組織再編の活用 — 会社分割では適格要件を満たすことで課税繰延が可能
- 退職金との併用 — 創業者の退職に伴う売却では、退職所得控除を活用する設計が有効
- タイミング — 譲渡所得の発生年度、繰越欠損金の活用可能性、税制改正の動向を考慮
税務判断は専門家に必ず相談を: 税制は毎年改正されます。実際の税率・適格要件の適用判断は、必ず税理士・公認会計士に最新情報を確認してください。
関連記事:会社売却の税金・節税完全ガイド / 事業承継税制とは
売却価格の算定方法
売却価格は、DCF法・類似会社比較法・時価純資産法の3つを組み合わせて算定するのが一般的です。 単一の手法に依存せず、複数のアプローチで価格レンジを把握します。
算定手法 | 概要 | 主な活用シーン |
|---|---|---|
DCF法(割引キャッシュフロー法) | 将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定 | 成長性のある事業、収益見通しがある案件 |
類似会社比較法(マルチプル法) | 上場している類似企業のEBITDA倍率・PER等を参考に算定 | 業界の市場相場が明確な案件、買い手の説得材料 |
時価純資産法(修正純資産法) | 資産・負債を時価評価して純資産を算出 | 資産型のビジネス、収益基盤が薄い案件 |
年買法(中小M&A特有) | 時価純資産+営業利益×2〜5年 | 中小企業のスモールM&Aで簡易的に使用 |
売却価格に影響する主な要素
- 直近3〜5年の業績推移と将来計画の説得力
- EBITDA水準と利益率(マルチプル評価に直結)
- 業界の市況・M&A相場
- 買い手とのシナジー(戦略的買い手か財務的買い手か)
- 簿外債務・偶発債務の有無
- 経営者・キーマンの引継ぎ可能性
PEファンド(プライベートエクイティ)への売却が増加しているのが2024〜2025年の特徴です。 ベインキャピタル、KKR、CVC、ベイン、アドバンテッジ パートナーズなどがカーブアウト案件の主要な買い手として活躍しています。PEファンドへの売却は、戦略的買い手との比較で「より高値が付きやすい一方、PMI後の再売却(5〜7年)が前提」という特性があります。
関連記事:EBITDA倍率とは / M&Aバリュエーション手法比較 / 会社売却いくらで売れる?相場・算定方法
売却で得られるメリットとデメリット
メリットとデメリットを正しく理解することが、社内合意形成と買い手交渉の出発点です。 売却に踏み切る前に、両面を整理しておきましょう。
売却のメリット
- コア事業への経営資源集中 — ノンコア事業を切り離すことで、経営判断のスピード向上、コア事業への投資余力確保
- 資金確保 — 売却対価を成長投資・借入返済・株主還元に充当
- ノンコア事業の最適化 — 売り手にとってノンコアでも、買い手にとってはコアで成長余地が大きい場合があり、両社にメリットが生まれる
- 従業員の雇用維持 — 廃業や撤退と比較して、買い手企業のもとで事業継続が可能
- 取引先・顧客との関係維持 — 事業継続性の確保
- 赤字事業からの撤退 — 損失の継続的な計上を回避
売却のデメリット・リスク
- スタンドアローン問題 — グループ機能(経理・人事・IT・購買等)を子会社が自前で持っていない場合、独立化に追加コストがかかる
- キーマン流出リスク — 売却に伴い経営層・技術者が離職するリスク
- シナジー喪失 — グループ内取引・共同調達によるコスト優位性を失う
- 競業避止義務の制約 — 事業譲渡の場合、20年間(原則)同一エリアでの同業展開が制限される
- 取引先・従業員への説明負荷 — 機密保持と説明タイミングのバランスが難しい
- 個人保証・連帯保証の解除手続き — 親会社代表者が子会社の借入に保証を提供している場合の対応
- 税負担 — スキームによっては実効税率が高くなり、手残り額が想定を下回る可能性
売却時に必ず確認すべき注意点
実務で必ず論点になる5つの項目を整理します。 表面的な解説ではなく、現場で見落とされやすい実務論点に絞っています。
1. 個人保証・連帯保証の解除
親会社代表者や子会社代表者が、子会社の借入に対して個人保証している場合は、売却に伴って解除手続きが必要です。買い手・金融機関と早期に協議を始めないと、クロージング直前に問題化することがあります。経営者保証ガイドラインに基づく解除交渉も視野に入れます。
関連記事:会社売却の個人保証・連帯保証の解除方法
2. 競業避止義務
事業譲渡の場合、会社法21条により同一市町村および隣接市町村内で20年間(原則)の競業避止義務が発生します。契約で別途定めれば期間・範囲の変更が可能ですが、買い手が広い範囲・長期間の制約を求めることもあります。売り手が同業で再起業や別事業展開を予定している場合は、契約交渉での明確化が必須です。
3. キーマン条項・表明保証・特別補償
買い手のデューデリジェンス後、最終契約には以下の条項が組み込まれることが一般的です。
- キーマン条項 — 経営者・幹部社員の一定期間の残留義務
- 表明保証 — 売り手が会社の状況について真実性を保証
- 特別補償 — DDで判明した特定リスクに対する個別補償
- アーンアウト — 売却後の業績に応じた追加対価
- ロックアップ — 売却後の同業他社への就職・起業制限
関連記事:M&A表明保証とは / M&Aアーンアウトとは / M&Aロックアップ条項とは
4. スタンドアローン問題(カーブアウト特有)
グループ機能(経理・人事・給与計算・IT・購買・法務など)を子会社が自前で持っていない場合、独立化に伴って以下の対応が必要です。
- TSA(Transition Service Agreement、移行サービス契約) — 一定期間、親会社が機能を提供
- 独立後のシステム導入コスト — 経理システム・人事システム・ITインフラの新規構築
- 管理人員の採用 — 親会社から出向していた経理・人事担当者の処遇
スタンドアローンコストはバリュエーションに反映されるため、売却検討段階で早期に洗い出すことが重要です。
5. PMI(経営統合プロセス)と親会社残留組織への影響
売却後、買い手企業との統合プロセス(PMI)が始まります。売り手側でも以下の対応が必要です。
- 親会社残留組織の役割・人員見直し
- 売却事業との取引・契約の整理(継続するもの/終了するもの)
- グループ内人事異動の整理
- 株主・投資家・金融機関への説明
関連記事:M&A PMI(統合プロセス)とは
従業員・取引先への対応と説明のタイミング
説明のタイミングを誤ると、人材流出・取引先離反のリスクが高まります。 機密保持と社内コミュニケーションのバランスが極めて重要です。
説明タイミングの基本原則
対象 | タイミング | 注意点 |
|---|---|---|
役員・経営幹部 | 検討段階の早期(NDA締結後) | 情報漏えい防止のため範囲を限定 |
キーマン社員 | 基本合意書(MOU)締結後〜DD段階 | キーマン条項の説明と意思確認 |
一般従業員 | 最終契約締結後〜クロージング前後 | 雇用条件・処遇の説明をセットで |
主要取引先 | 基本合意書〜最終契約締結後 | チェンジ・オブ・コントロール条項の確認 |
金融機関 | 最終契約締結後〜クロージング前 | 借入返済・個人保証解除を協議 |
取引先全般 | クロージング後 | プレスリリースと書面通知 |
スキーム別の従業員対応
- 株式譲渡: 雇用契約は包括承継されるため、原則として個別同意は不要。ただし福利厚生・処遇変更がある場合は丁寧な説明が必要
- 事業譲渡: 個別の転籍同意が必要。同意しない従業員には親会社内での配置転換や退職金支給などの対応
- 会社分割: 労働契約承継法に基づく事前協議(5条協議・7条措置)が必要
2024〜2025年の主な売却事例

上場企業の大型売却事例から、市場のトレンドが見えてきます。 以下は2024〜2025年に報道された代表的な売却事例です。
売却企業 | 売却対象 | 譲渡先 | 取引金額 |
|---|---|---|---|
セブン&アイ・ホールディングス | ヨーク・ホールディングス(スーパー事業統括会社) | ベインキャピタル | 約8,147億円 |
三菱ケミカルグループ | 田辺三菱製薬 | ベインキャピタル | 約5,100億円 |
パナソニックHD | パナソニックハウジングソリューションズ | YKK AP | 非公表 |
(出典: M&A Online、各社プレスリリース。2026年5月14日確認。金額は報道ベース。最終確定値は各社IR資料で要確認)
2025年上期、上場企業による子会社・事業の売却件数は190件・取引金額2兆335億円と、いずれも過去10年で最多。2024年上期も162件と2年連続で増加しています(M&A Online調査)。
トレンドの要点
- PEファンドへの売却が活発化 — ベインキャピタル、KKR、CVC、ベイン、アドバンテッジ パートナーズなどが買い手として活躍
- 「選択と集中」を目的とした事業売却の増加 — DX加速・産業構造変化が背景
- 業界横断的に発生 — 製造業・小売・製薬・金融・不動産など幅広い業界で売却が進行
M&A仲介会社・FAへの相談タイミングと選び方
売却を本格検討するなら、早期にM&A仲介会社・FAへ相談するのが鉄則です。 検討初期からの相談で、最適なスキーム選定・買い手探索・税務シミュレーションが可能になります。
相談先の主な選択肢
相談先 | 主な対象 | 特徴 |
|---|---|---|
M&A仲介会社(大手) | 中堅・中小企業 | 売り手・買い手の両方をマッチング。日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズ、M&A総合研究所、ストライク等 |
M&A仲介会社(業界特化型) | 製造・建設・医療・物流・IT等 | 業界知見と買い手ネットワーク。M&Aベストパートナーズ等 |
FA(ファイナンシャル・アドバイザー) | 上場企業・大型案件 | 売り手or買い手の一方の利益代理人。証券会社M&A部門、外資系FA |
会計事務所・税理士事務所 | 中小企業 | 既存顧問先のM&A対応。税務面の助言が強み |
金融機関M&A部門 | 取引先企業 | メガバンク・地銀のM&Aアドバイザリー |
マッチングプラットフォーム | スモールM&A | バトンズ、TRANBI、M&Aクラウド等 |
相談先選びのチェックポイント
- 業界実績 — 自社と同業の売却事例を多く扱っているか
- 規模適合性 — 自社の取引規模(数億円〜数十億円)に対応しているか
- 料金体系の透明性 — 着手金・中間金・成功報酬の内訳が明確か
- 担当者の経験 — アドバイザーの経歴・直近の成約実績
- 利益相反対応 — 仲介の場合、両手取引のリスクをどう管理しているか
- 登録M&A支援機関 — 中小企業庁の登録M&A支援機関に登録されているか
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」により、仲介会社の情報開示義務・利益相反開示が厳格化されています。契約前に「中小M&Aガイドラインを遵守しているか」を必ず確認してください。
関連記事:M&A仲介会社おすすめ比較 / M&A仲介会社の選び方 / M&A仲介とFAの違い比較 / 中小M&Aガイドラインとは
こんな企業に売却検討をおすすめ/おすすめしない
自社の状況に応じて、売却検討の優先度は変わります。 以下を参考に、現時点での検討タイミングを判断してください。
売却検討を強くおすすめする企業
- コア事業以外の子会社・事業部門があり、リソースを集中させたい企業
- ノンコア事業の業績が低迷し、グループ全体の収益性を圧迫している企業
- 後継者不在・経営者の高齢化で、子会社単独での事業継続が難しい企業
- 資金需要があり、ノンコア事業の売却で原資を確保したい企業
- 業界再編期にあり、戦略的買い手の関心が高い時期にある企業
- PEファンドからの打診を受けており、検討タイミングを見極めたい企業
売却よりも他の選択肢を優先すべき企業
- 対象事業の業績が急成長しており、数年後にバリュエーションが大幅に上がる見込みがある企業
- 対象事業がコア事業と密接に連携しており、切り離すとシナジー喪失が大きい企業
- 個人保証や金融機関対応など、売却前に整理すべき項目が多く残っている企業
- キーマンの引継ぎ準備ができておらず、売却後の事業継続性に不安がある企業
- 対象事業が極めて小規模(年商1億円未満)で、仲介会社の対応規模に合わない企業 → スモールM&A向けマッチングプラットフォームを検討
関連記事:会社の売り時 判断基準5つ / 会社売却 準備チェックリスト
よくある質問(FAQ)
Q1. 子会社売却と事業譲渡で、手取り額はどちらが多くなりますか?
ケースバイケースですが、株式譲渡(子会社売却)の方が手取りが多くなる傾向があります。 株式譲渡は法人株主で実効税率約30%、個人株主で20.315%の一律課税で済むのに対し、事業譲渡では会社が対価を受け取った後、株主個人へ資金移転する際に追加課税が発生するためです。ただし、繰越欠損金がある場合や、適格組織再編を活用できる場合は、別のスキームの方が有利になることもあります。税理士・公認会計士に必ずシミュレーションを依頼してください。
Q2. 子会社売却にかかる期間はどのくらいですか?
標準的な株式譲渡で3〜6ヶ月、事業譲渡で6ヶ月〜1年が目安です。 ただし大型案件、上場企業の子会社売却、PEファンドへの売却では半年〜1年以上かかることもあります。買い手のデューデリジェンス、株主総会対応、許認可手続き、個人保証解除など複数の手続きが並行するため、検討段階で十分な時間の確保が必要です。
Q3. 売却後、子会社の従業員はどうなりますか?
株式譲渡の場合、雇用契約は包括承継されるため原則として変わりません。 給与・労働条件は雇用契約に基づいて継続されますが、買い手企業の方針で福利厚生・人事制度が変わることはあります。事業譲渡の場合は個別の転籍同意が必要で、同意しない従業員への対応(親会社内配置転換・退職金支給等)を別途検討する必要があります。
Q4. 親会社の代表が子会社の借入に個人保証している場合、どうなりますか?
売却に伴って解除手続きが必要です。 買い手企業、金融機関と協議し、買い手の信用に基づく新規保証への切り替え、あるいは経営者保証ガイドラインに基づく解除を進めます。クロージングまでに必ず解除を完了させるよう、早期から金融機関と協議を始めることが重要です。
Q5. 売却を検討していることが、社内・取引先に漏れないようにするには?
情報を共有する範囲を最初に限定し、関係者全員とNDA(秘密保持契約)を締結することが基本です。 検討初期は経営層と限られた経営企画担当者のみに情報を留め、外部のM&A仲介会社・FA・弁護士・税理士ともNDAを締結します。社内の他部門への情報共有は、基本合意書(MOU)締結後の段階まで控えるのが一般的です。
Q6. 売却価格は何で決まりますか?
直近の業績・将来計画・業界の市場相場・買い手とのシナジーの4要素が主に影響します。 DCF法・類似会社比較法・時価純資産法など複数のバリュエーション手法を組み合わせて価格レンジが算定され、最終的には買い手との交渉で決まります。同じ事業でも、戦略的買い手(事業会社)とPEファンドではバリュエーションのアプローチが異なるため、複数の買い手候補を競わせるのが価格最大化の基本戦略です。
Q7. PEファンドへの売却は、事業会社への売却と何が違いますか?
PEファンドは「投資」として事業を取得するため、5〜7年後の再売却(エグジット)を前提に経営に関与します。 戦略的買い手(事業会社)は自社事業とのシナジーを求めるのに対し、PEファンドは独立した経営強化・成長戦略を重視します。バリュエーションは高めに付きやすい一方、再売却前提のため経営方針が変わる可能性がある点に注意が必要です。
Q8. 中小M&Aガイドラインとは何ですか?
中小企業庁が公表する、M&A仲介・FA・登録支援機関の業務基準を定めたガイドラインです(最新は第3版)。 仲介会社の情報開示義務、利益相反の開示、料金体系の透明化などが定められており、登録M&A支援機関は遵守義務を負います。仲介会社を選ぶ際は、このガイドラインを遵守しているかを必ず確認してください。
まとめ:自社に合うスキームを選び、専門家と進める
子会社・事業部門の売却は、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の3スキームから、対象範囲・税金・期間・承継方法に応じて選びます。 子会社単位で売れるなら株式譲渡、社内事業の一部だけ切り出すなら事業譲渡、人員・契約をまとめて承継したいなら会社分割が基本の選択です。
2025年上期、上場企業による子会社・事業売却は過去10年で最多を記録しました。「選択と集中」によるノンコア事業の整理、PEファンドへの売却が増加しているのが市場の特徴です。
スキーム選定・税務シミュレーション・買い手探索・契約交渉・個人保証解除・PMIなど、検討すべき論点は多岐にわたります。早期にM&A仲介会社・FA・税理士・弁護士など専門家チームに相談し、自社にとって最適な売却戦略を設計することが成功の鍵です。
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税制・会社法・中小M&Aガイドラインなどは改正される可能性があります。実行時には必ず最新情報を税理士・弁護士・公認会計士などの専門家にご確認ください。
