事業譲渡とは、会社が営む事業の全部または一部を、別の会社に売却するM&Aの手法です。 株式譲渡が「会社まるごと」を売るのに対し、事業譲渡は「売りたい事業だけを選んで売る」ことができる点が最大の特徴です。
この記事では、事業譲渡の基本的な仕組みから、株式譲渡との具体的な違い、売り手・買い手それぞれのメリット・デメリット、手続きの流れ(全11ステップ)、かかる税金、そして2026年5月に施行される指針改正まで、M&Aの実務に必要な情報を網羅的に解説します。
この記事はこんな方に向いています:
- 事業の一部を売却して、本業に集中したい経営者
- 株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶべきか判断に迷っている方
- 事業譲渡にかかる税金や手続きを事前に把握しておきたい方
- M&Aを検討し始めたが、まず基本から理解したい方
M&Aの全体像から知りたい方は「M&Aとは?わかりやすく解説」、会社まるごとの売却を検討している方は「会社売却とは?流れ完全ガイド」もあわせてご覧ください。
事業譲渡とは?「事業の一部または全部を売る」M&Aの手法

事業譲渡とは、会社が持つ事業を構成する資産・負債・契約などを、個別に選択して別の会社に譲渡(売却)する取引です。会社法では「一定の目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産」の移転と位置づけられています。
ポイントは「個別承継(特定承継)」であること。譲渡する資産や契約を一つひとつ選んで移転するため、売りたいものだけを売り、残したいものは手元に残すことができます。これは、会社全体が移る株式譲渡や会社分割(包括承継)とは根本的に異なる仕組みです。
事業譲渡には「全部譲渡」と「一部譲渡」がある
- 全部譲渡:会社の全事業を譲渡する。譲渡後も会社(法人格)そのものは存続する
- 一部譲渡(部分譲渡):特定の事業部門だけを譲渡する。残す事業と売る事業を自由に選べる
たとえば飲食事業と不動産事業を持つ会社が、飲食事業だけを売却して不動産事業に集中する——こうした使い方ができるのが事業譲渡の強みです。
譲渡対象になるもの
事業譲渡では、以下のような資産・権利を個別に選んで移転します。
- 有形資産:土地・建物・設備・棚卸資産(在庫)
- 無形資産:ノウハウ・ブランド・特許権・商標権・ソフトウェア
- 契約関係:取引先との契約・仕入先との契約(ただし相手方の同意が必要)
- 人材:従業員(転籍には一人ひとりの個別同意が必要)
- のれん(営業権):ブランド力・顧客基盤・収益力などの超過収益力
「営業譲渡」との違い
結論からいうと、営業譲渡と事業譲渡は実質的に同じものです。旧商法では「営業譲渡」と呼ばれていましたが、2006年の会社法施行に伴い「事業譲渡」に名称が変更されました。古い書籍や契約書で「営業譲渡」という表現が残っている場合がありますが、内容に違いはありません。
事業譲渡と株式譲渡の違い【比較表つき】

M&Aの手法選びで最も多い比較が「事業譲渡と株式譲渡、どちらを選ぶべきか」です。結論からいうと、売りたいのが「事業の一部」なら事業譲渡、「会社まるごと」なら株式譲渡が基本の判断軸になります。ただし、税負担や手続きの複雑さも大きく異なるため、以下の比較表で全体像を押さえてください。
比較項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
売却の対象 | 特定の事業(資産・負債を個別選択) | 会社全体(株式の移転) |
承継の方法 | 個別承継(1つずつ選んで移転) | 包括承継(すべて引き継ぐ) |
売却後の法人格 | 存続する(法人は残る) | 存続する(買い手の子会社化) |
対価の帰属先 | 法人(会社)に入る | 株主(オーナー個人)に入る |
売り手の税負担 | 法人税等 約30〜34% | 所得税・住民税 約20% |
簿外債務リスク | 低い(必要なものだけ選ぶ) | 高い(すべて引き継ぐ) |
手続きの複雑さ | 高い(契約・許認可の個別移転) | 比較的シンプル |
従業員の承継 | 個別同意が必要 | 自動的に承継 |
許認可の承継 | 再取得が必要な場合が多い | 原則そのまま |
のれん償却(買い手の節税) | 可能(5年で損金算入) | 不可 |
事業承継税制の適用 | 不可 | 適用可 |
出典:会社法第467条〜第470条、各社公式コラム(2026年4月確認)
売り手オーナーの手取り額が変わる——税負担の違いに注意
事業譲渡と株式譲渡で、売り手にとって最も影響が大きいのが「対価の帰属先」と「税率」の違いです。
株式譲渡の場合、売却代金はオーナー個人に直接入ります。税率は所得税・住民税あわせて約20%です。
事業譲渡の場合、売却代金は法人(会社)に入ります。法人税等の実効税率は約30〜34%。さらにオーナー個人が資金を手にするには、配当や役員報酬として受け取る必要があり、そこでも課税が発生します。つまり二重課税のリスクがある点に注意が必要です。
【参考】売却額1億円の場合の概算イメージ
項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
売却額 | 1億円 | 1億円 |
法人税等(約33%) | ▲約3,300万円 | — |
法人に残る金額 | 約6,700万円 | — |
配当時の税金(約20%) | ▲約1,340万円 | — |
所得税・住民税(約20%) | — | ▲約2,000万円 |
オーナーの手取り概算 | 約5,360万円 | 約8,000万円 |
※上記は簡易的な概算です。実際の税額は控除や特例の適用により異なります。税務判断は必ず税理士にご相談ください。
この差は無視できません。「事業の一部を残したい」などの明確な理由がない限り、税負担の面では株式譲渡のほうが売り手オーナーに有利です。
株式譲渡の詳細は「株式譲渡とは?わかりやすく解説」で解説しています。また、「どちらを選ぶべきか」を具体的に判断したい方は「株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい?比較ガイド」もあわせてご覧ください。
事業譲渡と会社分割・合併との違い
事業譲渡以外にも「特定の事業を切り出す」手法として会社分割があります。また、組織再編手法としてはM&A全般で合併も選択肢に入ります。それぞれの違いを整理します。
比較項目 | 事業譲渡 | 会社分割 | 合併 |
|---|---|---|---|
承継方法 | 個別承継 | 包括承継 | 包括承継 |
対価 | 現金が一般的 | 株式または現金 | 株式 |
法人格 | 売り手は存続 | 分割元は存続 | 消滅会社は消滅 |
従業員承継 | 個別同意が必要 | 労働承継法に基づき原則承継 | 自動承継 |
許認可 | 再取得が必要な場合が多い | 一部引き継ぎ可 | 原則引き継ぎ |
税制上の優遇 | なし | 適格要件を満たせば非課税の場合あり | 適格要件を満たせば非課税の場合あり |
簿外債務リスク | 低い(個別選択) | 中程度 | 高い |
事業譲渡と会社分割の最大の違いは「承継方法」です。 事業譲渡は譲渡する資産・契約を1つずつ選ぶ「個別承継」、会社分割は対象事業の権利義務をまとめて移す「包括承継」です。
会社分割のほうが手続きは簡便な場合がありますが、簿外債務も一緒に引き継ぐリスクがあるため、買い手の立場からは事業譲渡のほうがリスクをコントロールしやすいといえます。
事業譲渡のメリット【売り手・買い手別に整理】
事業譲渡のメリットは、売り手・買い手の立場で大きく異なります。それぞれの視点で整理します。
売り手(譲渡企業)の4つのメリット
1. 売る事業と残す事業を自由に選べる
複数事業を展開している会社が、ノンコア事業だけを売却して本業に経営資源を集中させる——こうした使い方が事業譲渡の最大のメリットです。株式譲渡では会社ごと手放すことになるため、この柔軟性は事業譲渡ならではです。
2. 法人格が残る
事業を売却しても会社そのものは消滅しません。残った事業で経営を続けることも、得た資金で新規事業を始めることも可能です。
3. 負債を抱えていても売却しやすい
買い手は必要な資産だけを選んで取得できるため、会社全体に負債があっても「この事業だけなら欲しい」と判断してもらいやすくなります。
4. 売却資金を再投資に回せる
対価は法人に入るため、残存事業への投資や設備更新など、法人としての資金活用がしやすい側面があります。
買い手(譲受企業)の4つのメリット
1. 必要な事業・資産だけを取得できる
不要な事業や資産を引き受ける必要がないため、投資額を最小限に抑えられます。
2. 簿外債務のリスクを大幅に低減できる
個別に資産・負債を選択するため、株式譲渡で問題になりやすい簿外債務や偶発債務のリスクを抑えられます。これは買い手にとって非常に大きな安心材料です。
3. のれん償却による節税効果がある
事業譲渡で生じたのれん(資産調整勘定)は、税務上5年(60ヶ月)で均等償却でき、償却費を損金に算入できます。株式譲渡ではこの節税メリットを享受できません。詳しくは本記事の「税金」の章で解説します。
4. 事業基盤を迅速に獲得できる
顧客基盤・ノウハウ・人材など、ゼロから構築すると数年かかる事業インフラを一度に手に入れることができます。
事業譲渡のデメリット・リスク【売り手・買い手別に整理】
メリットが多い一方で、事業譲渡には無視できないデメリットとリスクがあります。M&Aの手法選びでは、メリットよりもデメリットの許容度で判断するほうが失敗しにくいといわれています。
売り手のデメリット
1. 手続きが煩雑で時間がかかる
資産・契約・許認可を個別に移転する必要があるため、株式譲渡に比べて手続きは複雑です。取引先との契約の巻き直し、従業員の転籍手続き、不動産の登記変更など、一つひとつ対応が必要です。
2. 税負担が株式譲渡より重い
先述のとおり、事業譲渡の対価は法人に入り、法人税等(約30〜34%)が課税されます。オーナー個人の手取りで比較すると、株式譲渡(約20%)より大幅に不利になる可能性があります。
3. 競業避止義務が発生する
会社法の規定により、事業を譲渡した会社は、原則として同一市町村および隣接市町村で20年間同一の事業を行えません(会社法21条)。事業譲渡契約の特約で期間を延長する場合は最長30年です。
4. 従業員が転籍に同意しないリスク
転籍には従業員一人ひとりの同意が必要です。キーパーソンが転籍を拒否した場合、事業の価値が毀損するおそれがあります。
5. 対価がオーナー個人に直接入らない
対価は法人の口座に入るため、オーナー個人が資金を受け取るには配当や退職金などの形で別途手続きが必要です。
買い手のデメリット
1. 契約の巻き直しが必要
取引先との契約や賃貸借契約は個別に再締結が必要です。主要取引先の同意が得られなければ、取得後の事業運営に支障が出ます。
2. 許認可の再取得が必要な場合がある
事業に必要な許認可(建設業許可・飲食店営業許可・宅建業免許など)は、事業譲渡では原則として自動承継されません。新たに取得し直す必要があり、業種によっては取得まで数ヶ月かかることもあります。
3. 消費税や不動産取得税などの追加コスト
課税資産に対する消費税(10%)、不動産がある場合の不動産取得税・登録免許税など、株式譲渡にはない追加の税負担が発生します。
4. 人材流出のリスク
転籍に同意しない従業員が出た場合、事業の継続に必要なスキルやノウハウが失われる可能性があります。
事業譲渡の手続き・流れ【全11ステップ】

事業譲渡の手続きは、一般的に3〜9ヶ月程度の期間を要します。以下に全体の流れを示します。
ステップ | 内容 | 目安期間 |
|---|---|---|
1. 事前準備・検討 | 譲渡対象事業の選定、企業価値算定、M&A仲介会社・FAの選定 | 1〜2ヶ月 |
2. 候補先探し | ノンネームシート作成、候補企業へのアプローチ | 1〜3ヶ月 |
3. 秘密保持契約(NDA)締結 | 候補先と秘密保持契約を結び、詳細情報を開示 | 随時 |
4. トップ面談 | 経営者同士の面談、事業への想い・方向性のすり合わせ | 1〜2週間 |
5. 基本合意書(LOI)締結 | 譲渡条件の大枠を合意(法的拘束力は原則なし) | 2〜4週間 |
6. デューデリジェンス(DD) | 財務・法務・税務・人事・事業の精査 | 1〜2ヶ月 |
7. 取締役会決議 | 売り手・買い手双方の取締役会で事業譲渡を決議 | — |
8. 事業譲渡契約書の締結 | 最終条件を確定し、正式な契約書を取り交わす | — |
9. 株主への通知・公告 | 効力発生日の20日前までに株主に通知または公告 | — |
10. 株主総会の特別決議 | 必要な場合、株主総会を開催して承認を得る | — |
11. クロージング | 資産・負債の引き渡し、対価の支払い、名義変更手続き | 1ヶ月程度 |
出典:ファンドブック / M&Aサクシード / freee 各社解説記事より総合(2026年4月確認)
株主総会の特別決議が必要なケース
すべての事業譲渡で株主総会が必要になるわけではありません。会社法では以下のように整理されています。
株主総会が必要な場合:
- 事業の全部を譲渡する場合(会社法467条1項1号)
- 事業の重要な一部を譲渡する場合(譲渡資産が総資産の1/5超)(会社法467条1項2号)
- 買い手が他社の事業全部を譲受する場合(交付財産が純資産の1/5超)
株主総会が不要な場合(例外):
- 簡易事業譲渡:譲渡資産の帳簿価額が総資産の1/5以下
- 略式事業譲渡:特別支配関係(議決権90%以上保有)がある場合
なお、事業譲渡に反対する株主には「株式買取請求権」が認められています(会社法469条・470条)。
出典:会社法第467条〜第470条
M&Aの売却プロセス全体の詳細は「会社売却とは?流れ完全ガイド」で解説しています。
事業譲渡にかかる税金【売り手・買い手別】
事業譲渡では、売り手・買い手の双方に税金が発生します。株式譲渡との税負担の差は手法選びの重要な判断材料になるため、具体的な内容を把握しておきましょう。
※以下の税率・金額は一般的な目安です。実際の税負担は個々の状況により異なりますので、具体的な判断は税理士・公認会計士にご相談ください。
売り手側の税金
税目 | 内容 | 税率の目安 |
|---|---|---|
法人税等 | 譲渡価額 − 譲渡資産の帳簿価額 = 譲渡益に対して課税 | 実効税率 約30〜34% |
消費税 | 課税資産の譲渡対価に対して課税(納税義務は売り手) | 10% |
事業譲渡の対価は法人(会社)に入ります。株式譲渡のようにオーナー個人の所得になるわけではない点に注意してください。
買い手側の税金
税目 | 内容 | 税率の目安 |
|---|---|---|
消費税 | 課税資産の取得対価に対して課税 | 10% |
不動産取得税 | 不動産を取得した場合に課税 | 評価額の原則4%(軽減措置あり) |
登録免許税 | 不動産の所有権移転登記 | 固定資産税評価額の2% |
消費税の課税対象と非課税対象
事業譲渡では資産の種類によって消費税の取扱いが異なります。
課税対象(消費税10%がかかる) | 非課税対象(消費税がかからない) |
|---|---|
建物・構築物 | 土地 |
機械装置・車両・備品 | 有価証券 |
棚卸資産(在庫) | 売掛金・貸付金(債権) |
ソフトウェア | — |
特許権・商標権・意匠権 | — |
のれん(営業権) | — |
のれん(資産調整勘定)の節税効果——買い手の大きなメリット
事業譲渡における「のれん」の取扱いは、買い手にとって重要な節税ポイントです。
- 会計上:のれんとして計上し、20年以内の期間で定額法により償却(日本基準)
- 税務上:資産調整勘定として5年(60ヶ月)で月割均等償却。この償却費は損金に算入できる
つまり、買い手は5年にわたってのれん償却費を経費計上でき、法人税の節税効果を得られます。株式譲渡ではこのメリットがないため、買い手の立場からは事業譲渡を好むケースも少なくありません。
のれんの簡易的な算出イメージ(年買法):
直近3年間の営業利益の平均額 × 2〜5年 = のれんの概算値
※正式な企業価値算定はM&A専門家によるバリュエーション(DCF法・類似会社比較法など)が必要です。
事業承継税制は事業譲渡に適用されません。 事業承継税制(贈与税・相続税の猶予制度)は株式の承継を対象としており、事業譲渡では利用できません。税制面での優遇を重視する場合は株式譲渡を検討してください。
出典:M&Aキャピタルパートナーズ / M&A総合研究所 各社公式コラム(2026年4月確認)
会社売却にまつわる税金の全体像は「会社売却の税金・節税 完全ガイド」で詳しく解説しています。事業承継税制については「事業承継税制とは?特例措置の期限・要件」をご覧ください。
こんな企業には事業譲渡がおすすめ/おすすめしないケース
ここまで解説したメリット・デメリット・税負担を踏まえ、事業譲渡が向いている企業と向いていない企業を具体的に整理します。
事業譲渡がおすすめの企業
企業の状況 | 事業譲渡が適している理由 |
|---|---|
複数事業のうち、特定事業だけを売りたい | 売りたい事業だけを切り出せる |
不採算事業を整理して本業に集中したい | ノンコア事業のみを手放し、経営をスリム化できる |
会社に負債があるが、特定事業には価値がある | 買い手が必要な資産だけ選べるため、売却が成立しやすい |
会社(法人格)は残して経営を続けたい | 事業譲渡後も法人は存続する |
一部事業の後継者がいない | 後継者不在の事業だけを第三者に引き継げる |
事業譲渡をおすすめしない企業
企業の状況 | より適した手法 |
|---|---|
会社全体を一括で売却したい | 株式譲渡がシンプルで税負担も軽い |
オーナー個人として売却代金を受け取りたい | 株式譲渡なら対価が直接オーナーに入る |
税負担をできるだけ抑えたい | 株式譲渡のほうが税率が低い(約20% vs 約30〜34%) |
手続きに時間をかけたくない | 株式譲渡のほうが手続きが簡便 |
許認可が重要で再取得が困難な事業 | 株式譲渡または会社分割なら許認可を維持しやすい |
事業承継税制を活用したい | 株式の承継が税制の対象。事業譲渡には適用不可 |
判断に迷った場合のポイント: 「売りたいのが事業の一部なのか、会社全体なのか」がまず第一の分岐点です。会社全体を売りたい場合は、税負担・手続き・従業員保護いずれの面でも株式譲渡のほうが有利なケースが多くなります。一方、「一部だけ売りたい」「法人を残したい」「負債がある」という場合は、事業譲渡が現実的な選択肢になります。
両手法の違いを網羅的に比較したい方は「株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい?比較ガイド」をご覧ください。
事業譲渡で押さえておくべき注意点
事業譲渡を進めるにあたって、見落としがちな法的リスクや実務上の注意点を4つ取り上げます。
競業避止義務——最長30年の制限
事業を譲渡した会社には、会社法に基づく競業避止義務が発生します。
- 法定の制限(会社法21条1項):当事者間に別段の合意がなければ、同一市町村および隣接市町村で20年間同一の事業を行えない
- 特約による延長(会社法21条2項):競業しない旨の特約を結んだ場合、最長30年間有効
- 不正競争の禁止(会社法21条3項):地域・期間に関係なく、不正の競争目的で同一事業を行うことは禁止
実務上は、事業譲渡契約書の中で競業避止の範囲(地域・期間・対象事業)を具体的に定めるのが一般的です。法定の「同一・隣接市町村」は範囲が狭いため、「全国」「同業種全般」に拡張する契約を求められることも珍しくありません。
出典:会社法21条 / M&Aキャピタルパートナーズ公式コラム(2026年4月確認)
従業員の転籍には個別同意が必要
事業譲渡では、従業員の雇用契約は自動的に引き継がれません。転籍(元の会社を退職→買い手の会社に入社)には、従業員一人ひとりの個別同意が必要です(民法625条1項)。
押さえておくべきポイント:
- 転籍を拒否した従業員は元の会社に残ることができる
- ただし、譲渡対象事業がなくなるため、配置転換等の対応が必要になる
- 転籍拒否を理由とした解雇は解雇権濫用に該当する可能性が高い(労働契約法16条)
- 転籍時に合理的な理由のない労働条件の不利益変更(給与減額など)はできない
- 退職金は、元の会社でいったん精算し、新会社で新たな条件でスタートするケースが一般的
許認可の再取得が必要な場合がある
事業譲渡では、事業に必要な許認可は原則として自動承継されません。買い手が新たに取得し直す必要があるケースが大半です。
再取得が必要な許認可の例:
- 建設業許可
- 飲食店営業許可
- 宅地建物取引業免許
- 旅行業登録
- 人材派遣業許可
許認可の取得には数週間〜数ヶ月を要する場合があるため、事業譲渡のスケジュールに織り込んでおくことが重要です。許認可が事業の根幹に関わる業種(建設業・不動産業・介護事業など)では、株式譲渡や会社分割のほうが許認可を維持しやすい場合があります。
【2026年5月施行】事業譲渡指針の改正ポイント
2026年5月25日に「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の改正が適用されます。
- 背景:令和6年通常国会で成立した事業性融資推進法の附帯決議に基づく改正
- 改正の方向性:企業価値担保権の創設を踏まえた見直し。労働者や労働組合とのコミュニケーション強化が重視されている
- 告示日:2026年1月20日
- 適用日:2026年5月25日
この改正により、事業譲渡を行う際の従業員への説明・協議の重要性がこれまで以上に高まります。事業譲渡を検討している企業は、改正内容を踏まえた対応が必要です。
出典:厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の改正について(2026年1月20日告示)
事業譲渡の相談先と仲介会社の選び方
事業譲渡は法務・税務・労務が複雑に絡み合うM&A手法です。自社だけで進めるのは現実的ではなく、専門家のサポートが不可欠です。
主な相談先:
- M&A仲介会社:買い手候補の探索からクロージングまで一貫して支援。中小企業の事業譲渡で最もよく利用される。仲介会社の役割や仕組みは「M&A仲介とは?仕組み・役割を解説」で詳しく解説しています
- M&Aアドバイザー(FA):売り手側(または買い手側)の利益を代理して交渉。利益相反のない助言を受けたい場合に適している
- 税理士・公認会計士:税務面の試算、最適なスキーム設計、のれんの評価
- 弁護士:契約書の作成・レビュー、法的リスクの洗い出し
- 事業承継・引継ぎ支援センター:中小機構が運営する公的機関。無料で初期相談が可能
仲介会社を選ぶ際のチェックポイント:
- 事業譲渡の実績があるか(株式譲渡のみ対応の会社もある)
- 手数料体系が明確か(最低報酬額・計算ベース・着手金の有無)
- 自社の事業規模に合っているか(小規模案件を扱わない大手もある)
- M&A支援機関登録制度に登録しているか
M&A仲介会社の比較・選び方は「M&A仲介会社 おすすめ比較(売り手向け)」、手数料の相場感は「M&A費用・手数料相場ガイド」で詳しく解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 事業譲渡と株式譲渡、どちらを選ぶべきですか?
会社全体を売りたいなら株式譲渡、特定の事業だけを売りたいなら事業譲渡が基本です。ただし、税負担は株式譲渡のほうが軽い(約20% vs 約30〜34%)ため、明確な理由がない限り株式譲渡を優先して検討するのが一般的です。両方の選択肢を比較するには、M&A仲介会社やFAに相談してシミュレーションしてもらうことをおすすめします。
Q. 事業譲渡にかかる期間はどのくらいですか?
一般的に3〜9ヶ月程度です。株式譲渡に比べて、契約の巻き直し・許認可の再取得・従業員の転籍手続きなどに時間がかかるため、全体のスケジュールは長くなる傾向があります。特にデューデリジェンス(DD)の段階で1〜2ヶ月を要するケースが多いです。
Q. 事業譲渡で従業員は全員引き継がれますか?
自動的には引き継がれません。従業員一人ひとりから転籍の同意を得る必要があります。同意しない従業員は元の会社に残りますが、譲渡対象の事業がなくなるため、配置転換などの対応が必要になります。転籍拒否を理由とした解雇は違法となる可能性が高いため、丁寧な説明と合意形成が重要です。
Q. 事業譲渡の対価は誰が受け取りますか?
法人(会社)です。株式譲渡ではオーナー個人が売却代金を受け取りますが、事業譲渡では対価は会社の口座に入ります。オーナー個人が資金を手にするには、配当・役員報酬・退職金などの形で別途受け取る必要があり、そこでも課税が発生します。
Q. 個人事業主でも事業譲渡はできますか?
可能です。ただし、個人事業主の場合は会社法の事業譲渡の規定は適用されず、通常の資産売買契約(売買契約や債権譲渡契約)として処理されます。税務上は、譲渡所得・事業所得として所得税が課税されます。個人事業の事業譲渡については、税理士に相談されることをおすすめします。
Q. 事業承継税制は事業譲渡に使えますか?
使えません。事業承継税制(贈与税・相続税の猶予制度)は「株式」の承継を対象とした制度であり、事業譲渡には適用されません。税制面の優遇を重視する場合は、株式譲渡による事業承継を検討してください。詳しくは「事業承継税制とは?特例措置の期限・要件」をご覧ください。
まとめ
事業譲渡は、会社の事業の全部または一部を、資産・契約を個別に選んで売却するM&Aの手法です。
事業譲渡の要点:
- 売りたい事業だけを選んで売却でき、法人格は存続する
- 買い手にとっては簿外債務リスクを低減でき、のれん償却による節税メリットもある
- 一方で、手続きが煩雑で時間がかかり、税負担は株式譲渡より重い
- 従業員の転籍には個別同意が必要、許認可も再取得が必要な場合がある
- 2026年5月に事業譲渡指針が改正され、従業員保護の重要性がさらに高まる
M&Aの手法選びは、売却の目的・対象範囲・税負担・手続きの負荷を総合的に判断する必要があります。自社にとって事業譲渡が最適な手法かどうか、M&A仲介会社やFA、税理士などの専門家に相談した上で判断されることをおすすめします。
関連記事:
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