事業承継・引継ぎ支援センターとは、中小企業庁の委託事業として全国47都道府県に設置された、事業承継に関する公的な相談窓口です。 親族内承継の計画づくりから、後継者が見つからない場合のM&Aマッチングまで、相談・支援を原則無料で受けられます。
この記事では、センターの支援内容や費用の仕組み、実際に利用する際の流れ、民間のM&A仲介会社との違い、そして「自分の会社にとってセンターを使うべきか」の判断基準まで、公式情報をもとに整理しています。
この記事でわかること:
- 事業承継・引継ぎ支援センターの役割と3つの支援サービス
- 無料の範囲と、費用が発生するポイント
- 相談から成約までの具体的な流れ(5ステップ)
- 民間M&A仲介会社との違いと使い分け方
- 令和6年度の最新実績データ(M&A成約2,132件)
- センター利用が向いている企業・向いていない企業
会社の売却や事業の引継ぎを検討している中小企業・小規模事業者の経営者の方に向けた記事です。特に「まず無料で相談してみたい」「どこに相談すればいいかわからない」という段階の方に役立つ内容です。
事業承継・引継ぎ支援センターとは

事業承継・引継ぎ支援センターは、中小企業庁が所管し、各都道府県の商工会議所や産業振興機構が運営する公的な相談窓口です。独立行政法人 中小企業基盤整備機構(中小機構)が「中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部」として、全国のセンターを統括しています。
設立の経緯と背景
もともとは2011年に「事業引継ぎ支援センター」として第三者承継(M&A)の支援を目的に設置されました。その後、2021年4月に「事業承継ネットワーク」(親族内承継の支援組織)と統合され、現在の「事業承継・引継ぎ支援センター」に発展しています。
統合の背景には、深刻化する後継者問題があります。中小企業庁の推計では、2025年までに70歳を超える中小企業経営者が約245万人に達し、そのうち約127万人が後継者未定とされていました。この問題を放置すると、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるリスクがあり、その対策としてワンストップの支援体制が整備されたという経緯です(出典:経済産業省プレスリリース 2021年3月25日)。
基本情報
項目 | 内容 |
|---|---|
正式名称 | 事業承継・引継ぎ支援センター |
所管 | 中小企業庁(経済産業省) |
統括 | 独立行政法人 中小企業基盤整備機構(中小機構) |
設置数 | 全国47都道府県に各1か所 + 10地域本部 + 沖縄事務所 |
運営主体 | 各地域の商工会議所・産業振興機構等(中小企業庁からの委託) |
対象 | 中小企業・小規模事業者・個人事業主(業種・規模の制限なし) |
公式サイト |
3つの主要支援サービス

センターが提供する支援は、大きく分けて3つのサービスで構成されています。経営者の状況に応じて、適切な支援を受けられます。
1. 親族内承継支援(事業承継計画の策定支援)
親族や従業員への承継を考えている場合に利用できるサービスです。
- 事業承継計画の策定支援
- 後継者育成のスケジュールづくり・助言
- 課題の洗い出しと対策検討
- 事業承継税制や補助金など関連制度の情報提供
「後継者は決まっているが、何から手をつけていいかわからない」という段階から相談できます。
2. 第三者承継支援(M&Aマッチング支援)
後継者がいない場合に、外部の企業や個人に事業を引き継ぐ支援です。センターの中で最も利用者が多いサービスで、令和6年度のM&A成約件数は2,132件にのぼります。
支援は3段階で進みます:
- 一次対応: 経営者からの相談を受け、状況把握と課題整理を行う
- 二次対応: 登録された民間M&A支援機関への橋渡し(マッチング)
- 三次対応: 民間支援機関では対応が難しい案件について、センターが直接引継ぎを支援
全国47都道府県のセンター間で情報を共有するデータベースがあるため、たとえば大阪の企業と東京の買い手候補をつなぐといった遠隔地間のマッチングにも対応しています。
3. 後継者人材バンク
創業を目指す起業家と、後継者がいない事業者をマッチングするサービスです。令和6年度の成約は106件で、過去最高を記録しました。
- UIJターン希望者など、起業意欲のある人材も対象
- 起業家にとっては、既存の顧客基盤や経営資源を活用でき、ゼロから創業するよりもリスクを抑えられる
- 商工会議所等の創業支援機関と連携して運営
追加支援:経営者保証解除の相談
上記の3サービスに加え、事業承継時の経営者保証(個人保証)の解除に関する相談・助言も受けられます。「経営者保証に関するガイドラインの特則」(令和元年12月策定)に基づき、専門家派遣による支援を行っています。
会社を売却・承継する際に個人保証が障壁になるケースは多く、この支援は売り手の経営者にとって実務上非常に重要です。
経営者保証の解除に関する具体的な手続きや条件については、会社売却時の個人保証・連帯保証解除方法で詳しく解説しています。
費用・手数料|無料の範囲と有料になるポイント
「事業承継・引継ぎ支援センターは無料で使える」とよく紹介されますが、正確には「センター自体の相談・マッチング支援は無料」であり、すべてが無料で完結するわけではありません。 ここを正しく理解しておくことが重要です。
費用一覧
支援内容 | 費用 | 備考 |
|---|---|---|
初回・継続の相談 | 無料 | 何度でも無料 |
事業承継計画の策定支援 | 無料 | 親族内承継の計画づくり |
M&Aマッチング支援(センターが直接行う分) | 無料 | 候補探し・橋渡し |
後継者人材バンクの登録・マッチング | 無料 | 起業家・事業者ともに無料 |
専門家の紹介 | 無料 | 紹介行為自体は無料 |
紹介先の民間M&A支援機関による支援 | 有料 | 各支援機関の料金体系に準じる |
株価算定・デューデリジェンス・契約書作成等 | 有料 | 外部専門家(税理士・弁護士等)の報酬が別途発生 |
(出典:事業承継・引継ぎポータルサイト 第三者承継支援、2026年4月15日確認)
費用のポイント:民間M&A仲介と比べてどのくらい差があるか
民間のM&A仲介会社に直接依頼する場合、着手金・中間金・成功報酬を合わせると数百万円〜数千万円の費用がかかるのが一般的です。一方、センターを経由すると、相談からマッチングまでの段階は無料で進められるため、全体の費用を抑えやすいのが大きな特徴です。
ただし、最終的にM&Aを成約させる際にはデューデリジェンス(買収監査)や契約書作成といった専門的な手続きが必要になり、この部分では弁護士・税理士等への費用が発生します。
M&Aにかかる費用の全体像は、M&A費用・手数料の相場ガイドで詳しく整理しています。
※ 費用に関する具体的な判断は、税理士・公認会計士などの専門家にご相談ください。
利用の流れ|5ステップで解説

「どうやって使えばいいのか」を、実際の流れに沿って解説します。
ステップ1:相談の申込み
最寄りのセンターに、電話・メール・Webフォームのいずれかで問い合わせます。会社が所在する都道府県のセンターに連絡するのが基本です。各都道府県の連絡先は、事業承継・引継ぎポータルサイトに掲載されています。
ステップ2:初回面談
センター内での面談が原則ですが、オンライン相談(Microsoft Teams等)や出張相談にも対応しています。専門家が事業内容・承継の課題・希望条件等をヒアリングし、「相談申込書兼同意書」に記入します。
ステップ3:課題の整理・方針決定
ヒアリング内容をもとに問題点・課題を抽出し、対応策を検討します。親族内承継が可能か、第三者承継(M&A)が必要かといった方向性をここで整理します。
ステップ4:マッチング・専門家紹介
第三者承継の場合は、全国データベースを活用した譲受候補企業の探索に進みます。登録済みの民間M&A支援機関への橋渡しや、後継者人材バンクによる起業家とのマッチングが行われます。
ステップ5:成約・事業引継ぎ
条件交渉から契約手続き、事業の引継ぎまで進みます。民間の専門家が支援する場合は、この段階で費用が発生します。成約後のフォローアップにも対応しています。
所要期間の目安: 案件の内容や状況によりますが、初回相談から成約まで6か月〜1年程度かかるケースが多いとされています。急ぎの場合は、初回相談時にその旨を伝えることで、対応のスピード感が変わることもあります。
M&A売却の全体的な流れについては、M&A売却の流れ完全ガイドも参考にしてください。
相談実績・成約件数|令和6年度の最新データ
公的機関としての信頼性を示す実績データを確認しておきましょう。
令和6年度(2024年4月〜2025年3月)の実績
指標 | 実績 | 備考 |
|---|---|---|
相談者数(全体) | 23,000者超 | — |
第三者承継(M&A)相談者数 | 16,045者 | — |
第三者承継(M&A)成約件数 | 2,132件 | 過去最高を更新 |
後継者人材バンク成約件数 | 106件 | 過去最高 |
後継者人材バンク新規登録者数 | 1,551者 | — |
累計実績(事業開始以来)
指標 | 累計 |
|---|---|
累計相談者数 | 15万者超 |
第三者承継(M&A)累計相談者数 | 約12万者 |
累計成約件数 | 12,306件 |
後継者人材バンク累計登録者数 | 1万者超 |
(出典:中小機構プレスリリース 令和6年度実績(2025年5月30日公表)、2026年4月15日確認)
統合初年度の令和3年度(2021年度)には1,514件だったM&A成約件数が、令和6年度には2,132件まで増加しており、利用者数・成約数ともに年々拡大しています。
なお、成約企業の約6〜7割は小規模事業者(年商1億円以下が約60%)で、業種別ではサービス業(33.0%)、製造業(22.4%)、卸売・小売業(18.9%)が多い傾向です。
民間M&A仲介会社との違い|比較表で整理

「センターに相談するか、民間のM&A仲介会社に相談するか」は、多くの経営者が悩むポイントです。それぞれの特徴を比較表で整理します。
比較表
比較ポイント | 事業承継・引継ぎ支援センター | 民間M&A仲介会社 |
|---|---|---|
運営主体 | 公的機関(中小企業庁委託) | 民間企業 |
相談費用 | 無料 | 無料〜有料(会社による) |
マッチング費用 | 無料 | 成功報酬等が発生(取引金額の数%〜) |
M&A仲介・交渉 | 原則として行わない(紹介・橋渡しまで) | 相談から成約まで一貫サポート |
対象企業の規模 | 小規模〜中小企業が中心 | 中小〜大企業(会社による) |
情報の安全性 | 高い(公的機関で利益目的がない) | 会社の管理体制による |
対応スピード | やや時間がかかる場合がある | 案件に応じて迅速対応が可能 |
手数料の目安 | 実質無料〜外部専門家費用のみ | 取引金額1億円の場合、約500万円〜(成功報酬) |
全国カバー | 47都道府県に設置 | 会社によりカバー範囲が異なる |
成約後フォロー | 限定的 | 手厚いPMI支援を提供する会社もある |
使い分けの考え方
センター利用が向いているケース:
- まず何から始めればいいか相談したい(初動段階)
- 費用をかけずにM&Aの可能性を探りたい
- 年商数千万円以下の小規模事業者で、民間仲介の対象になりにくい
民間M&A仲介が向いているケース:
- スピード感を重視したい
- 買い手候補のネットワークを豊富に持つ仲介会社に依頼したい
- 年商数億円以上で、専門的なアドバイザリーサービスが必要
両方を併用するという選択肢もあります。 最初にセンターで無料相談を受け、方向性が固まったら民間の仲介会社に依頼するという流れは、実務上よく見られるパターンです。
民間のM&A仲介会社の比較は、M&A仲介会社おすすめ比較ガイドで詳しく解説しています。
こんな企業におすすめ/おすすめしないケース
センターの活用をおすすめする企業
タイプ | 具体的な状況 |
|---|---|
後継者がいない小規模事業者 | 年商1億円以下で、民間M&A仲介に断られた経験がある。センターは小規模案件にも対応 |
まず無料で相談したい経営者 | 費用をかけずに事業承継の選択肢を整理したい。初回相談から方向性が見えてくる |
親族内承継の計画を作りたい方 | 後継者は決まっているが、何から準備すべきかわからない。計画策定の支援を無料で受けられる |
地方の中小企業 | 近隣に民間のM&A仲介会社がない。全国47都道府県に設置されているため地方でもアクセスしやすい |
情報漏洩が心配な経営者 | 公的機関のため利益目的での情報流出リスクが低く、秘密保持の観点で安心感がある |
個人保証の解除を相談したい方 | 経営者保証の解除について公的機関としての中立的な助言を受けたい |
センターの利用をおすすめしないケース
タイプ | 理由・代替案 |
|---|---|
年商10億円以上の中堅企業 | センターの主な対象は小規模〜中小企業。規模が大きい場合は民間M&A仲介やFAの方が適切 |
スピード重視で3か月以内に成約したい | 公的機関のためプロセスに時間がかかる場合がある。急ぐ場合は民間仲介の方が対応が早い |
成約まで一貫して任せたい | センターの役割は相談・マッチングの橋渡しまで。直接的な交渉・仲介は原則行っていない |
海外企業への売却を検討している | クロスボーダーM&Aは対象外。国際案件に強い民間のアドバイザーが適している |
他の公的支援制度との組み合わせ活用法

センターの相談と併せて活用できる公的支援制度があります。組み合わせることで、費用面・手続き面の負担をさらに軽減できます。
支援制度 | 概要 | センターとの連携 |
|---|---|---|
事業承継・M&A補助金 | 事業承継やM&Aの際の設備投資・専門家活用費用を補助 | センターでの相談を通じて活用を案内されるケースがある |
事業承継税制(特例措置) | 贈与税・相続税の納税猶予・免除。特に親族内承継で活用 | センターで制度の概要説明を受け、税理士を紹介してもらえる |
経営者保証解除に向けた総合的対策 | 事業承継時の個人保証解除を促進する施策 | センターが相談窓口・専門家派遣の拠点として機能 |
よろず支援拠点 | 経営全般の無料相談窓口 | 一部地域でセンターと共同の無料相談会を開催 |
中小企業活性化協議会 | 経営改善・再生支援 | 財務面の課題がある場合、センターから紹介を受けられる |
たとえば、「センターで事業承継の方向性を相談 → M&A補助金で専門家費用を補助 → 事業承継税制で税負担を軽減」という組み合わせは、特に親族内承継を考えている場合に有効です。
事業承継税制の詳細は事業承継税制とは?特例措置の期限・要件ガイドを、M&A補助金については事業承継・M&A補助金ガイドをご確認ください。
※ 税制・補助金の適用条件や手続きは年度により変更される場合があります。具体的な利用は税理士や認定支援機関にご相談ください。
相談前に準備しておくべきこと
センターに相談する前に、以下の情報を整理しておくとスムーズです。すべてが揃っていなくても相談は可能ですが、準備があると初回面談の質が大きく変わります。
準備チェックリスト
- 会社の基本情報: 業種、設立年、従業員数、直近3期分の売上高・営業利益
- 承継の現状: 後継者候補の有無、親族内承継の可能性
- 希望条件: いつまでに承継したいか(時期の目安)、売却の場合の希望価格帯
- 課題・懸念事項: 借入金の状況、個人保証の有無、従業員への説明方針
- 直近の決算書: 手元にあれば持参すると具体的な助言を受けやすい
初回相談は情報収集の場と考えて気軽に問い合わせるのがよいでしょう。「まだ具体的に決まっていない」という段階でも対応してもらえます。
よくある質問(FAQ)
Q. 相談内容が外部に漏れる心配はないですか?
公的機関として厳格な情報管理を行っており、利益目的での情報流出リスクは極めて低い体制です。相談時に「相談申込書兼同意書」を取り交わし、秘密保持を徹底しています。ただし、マッチングの段階では、譲受候補企業への最低限の情報開示は必要になります。
Q. 土日や夜間でも相談できますか?
現時点では平日のみの対応が基本です。土日祝は原則休業となっています。平日に時間を取るのが難しい場合は、オンライン面談の活用や、初回のメール問い合わせを利用することで調整しやすくなります。
Q. 個人事業主でも利用できますか?
利用できます。対象は中小企業・小規模事業者・個人事業主で、業種や規模による制限はありません。実際に、成約企業の約6〜7割は小規模事業者です。
Q. 民間のM&A仲介会社にも並行して相談していいですか?
問題ありません。センターに相談しながら民間の仲介会社にも並行して相談する経営者は多くいます。むしろ、複数の選択肢を比較検討することは合理的なアプローチです。ただし、同じ案件を複数の仲介会社に依頼する場合は、各社の契約条件(専任契約かどうか等)を確認してください。
Q. 相談したら必ずM&Aを進めなければならないですか?
そのような義務はありません。相談した結果、「親族内承継を進める」「まだ時期ではない」「廃業を検討する」といった結論になることも珍しくありません。あくまで相談と情報提供の場であり、M&Aを強制されることはありません。
Q. 他の都道府県のセンターにも相談できますか?
基本的には会社所在地の都道府県センターが窓口ですが、全国47のセンター間で情報共有する仕組みがあるため、遠隔地間のマッチングにも対応しています。買い手候補が別の都道府県にいるケースでも問題なく支援を受けられます。
まとめ
事業承継・引継ぎ支援センターは、事業承継を考え始めた中小企業経営者にとって、最初の相談先として最も手軽にアクセスできる公的機関です。
ポイントを整理すると:
- 相談・マッチング支援は原則無料(外部専門家の費用は別途)
- 親族内承継の計画づくりから、M&Aマッチング、後継者人材バンクまで対応
- 令和6年度のM&A成約は2,132件で過去最高を更新
- 小規模事業者(年商1億円以下が約6割)を中心に、幅広い企業が活用
- 民間M&A仲介会社との併用も可能
「まだ何も決まっていないが、事業の将来を考えておきたい」という段階から相談できるのがセンターの強みです。まずは所在地の都道府県センターに問い合わせてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
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