M&Aの表明保証保険(W&I保険)とは、株式譲渡契約などで売り手が買い手に対して行った「表明保証」に違反があり、損害が生じた場合に、その損害を保険会社が填補する保険です。 従来は売り手が負っていた「後から契約違反を指摘され賠償を求められるリスク」を保険に移すことで、売り手はエスクロー(代金の一部留保)を避けて早期に売却代金を受け取り、いわゆる「クリーンイグジット(後腐れのない売却完了)」を実現しやすくなります。
この記事でわかること:
- 表明保証保険(W&I保険)の仕組みと、なぜ売り手にメリットがあるのか
- 費用の相場(保険料率・補償限度額・別途かかる費用)と補償額別のシミュレーション
- 東京海上日動・損保ジャパン・三井住友海上など取扱保険会社の比較
- 中小M&Aで「加入すべき売り手」と「無理に入らなくてよい売り手」の判断基準
この記事は、会社の売却を検討している中小企業のオーナー経営者に向けて、売り手目線で書いています。買い手・PEファンド前提の難しい解説ではなく、「自分の会社の売却で本当に必要か」を判断できる情報に絞りました。
⚠️ 本記事の費用・数値はいずれも公開情報に基づく一般的な相場・目安です(確認日: 2026年7月11日)。実際の保険料や補償内容、契約条件は案件ごとに大きく異なります。加入の可否・条件の最終判断は、保険会社・弁護士・M&Aアドバイザーなどの専門家に必ずご相談ください。
まず結論:表明保証保険(W&I保険)の要点3つ
忙しい方向けに、先に要点をまとめます。
- 仕組み:売り手の「表明保証違反」による損害を保険会社が肩代わりする。近年は買い手が契約者になる「買主用保険」が主流。売り手は違反を指摘されても保険で処理されるため、直接賠償を負うリスクを軽減できる。
- 費用:保険料は「補償限度額 × 保険料率(一般的に年1〜3%程度)」が目安。補償限度額は譲渡価格の10〜20%程度に設定するのが一般的。ほかにアンダーライティング・フィー(引受審査費用)や弁護士費用が別途かかる場合がある。
- 向き不向き:譲渡価格が数億円以上で、買い手が加入を求めるケースや、売却後に一切の後腐れを残したくないケースで効果を発揮しやすい。数千万円規模の小規模M&Aでは、費用対効果を見極める必要がある。
次に読むべきページ:会社売却全体の流れはM&A売却の流れ、費用の全体像はM&Aの費用・手数料相場で解説しています。
表明保証保険(W&I保険)とは何か
表明保証保険(W&I保険)とは、M&A契約で売り手が買い手に約束した「表明保証」に違反があった場合の損害を、保険会社が填補する保険です。 英語では Warranty and Indemnity Insurance(W&I保険)、または Representations and Warranties Insurance(RWI)と呼ばれます。
そもそも「表明保証」とは、対象会社の財務・税務・法務・労務などの一定事項が「真実かつ正確である」ことを、契約当事者が相手方に対して表明し、保証することを指します。たとえば「簿外債務はない」「重大な訴訟を抱えていない」「税務申告は適正に行われている」といった内容です。
このような表明保証は株式譲渡契約書などに細かく書き込まれますが、もし契約後に「実は簿外債務があった」「申告漏れの税金が発覚した」といった事実が判明すると、売り手は買い手に対して補償責任(損害賠償)を負うことになります。このときの損害を、売り手や買い手に代わって保険会社が支払うのが表明保証保険です。
日本では2020年頃から本格的に導入が進み、当初は大型案件やPEファンドの取引が中心でしたが、2022年以降は中小M&A向けの低額商品も登場し、対象が広がっています(確認日: 2026年7月11日、出典: M&Aキャピタルパートナーズ公式解説)。
「表明保証」と「表明保証保険」の関係
用語が似ていて混同しやすいので整理します。
- 表明保証:契約書に書かれる約束そのもの(「〜は真実です」という表明)
- 表明保証違反:その約束が事実と違っていたこと
- 表明保証保険(W&I保険):違反によって生じた損害をカバーする保険商品
つまり、表明保証というリスク要因があるからこそ、それを保険でヘッジするのが表明保証保険、という関係です。
表明保証保険の仕組み(買主用・売主用)
表明保証保険には、契約者が誰かによって「買主用」と「売主用」の2種類があります。近年の主流は買主用です。 それぞれの違いを整理します。
買主用保険(近年の主流)
買い手(譲受企業)が保険契約者・被保険者となる形です。売り手の表明保証違反によって買い手に損害が生じた場合、買い手は売り手に補償請求するのではなく、保険会社に直接保険金を請求できます。
売り手にとってのメリットは大きく、次のような効果があります。
- 契約後に違反が見つかっても、原則として売り手が直接賠償を負わずに済む(クリーンイグジット)
- 売却代金の一部を留保する「エスクロー」を設定せずに済み、代金を早期に全額受け取りやすい
- 買い手との関係を悪化させずに取引を完了しやすい
売主用保険
売り手(譲渡企業)が保険契約者・被保険者となる形です。表明保証違反によって売り手に賠償責任が生じた場合に、その支払いを保険金で補填します。売り手が自ら備えたい場合や、買い手が保険加入を求めない場合などに用いられます。
いずれのタイプも、保険の開始日は通常、株式譲渡契約書の締結日またはクロージング日に設定されます(出典: M&Aキャピタルパートナーズ、fundbook、確認日: 2026年7月11日)。
表明保証保険の費用相場
表明保証保険の保険料は「補償限度額 × 保険料率」で決まり、保険料率は一般的に年1〜3%程度が目安です。 ただし案件ごとの条件で大きく変動するため、正確な金額は個別見積もりが必要です。ここでは全体の相場観を整理します。
費用の主な項目と相場
項目 | 一般的な相場(目安) |
|---|---|
補償限度額(付保額) | 譲渡価格・企業価値の約10〜20%(資料により10〜25%) |
保険料率 | 補償限度額の約1〜3%(近年は2%を下回る見積もりも) |
アンダーライティング・フィー(引受審査費用) | 約200〜500万円(別途発生する場合あり) |
アドバイザー費用(弁護士等) | 数十万円〜数百万円(別途) |
※上記は公開情報に基づく目安です(確認日: 2026年7月11日、出典: M&Aキャピタルパートナーズ、fundbook、トランビ)。実際の保険料は買収価格・売り手の財務状況・業種・リスク評価・補償範囲によりケースバイケースで変わります。
補償額別の保険料シミュレーション
保険料率1〜3%で試算した場合の目安です。あくまで概算であり、正式な金額は見積もりで確認してください。
補償限度額 | 保険料の目安(1〜3%) |
|---|---|
1,000万円 | 約10〜30万円 |
3,000万円 | 約30〜90万円 |
1億円 | 約100〜300万円 |
3億円 | 約300〜900万円 |
10億円 | 約1,000〜3,000万円 |
(試算の出典: トランビ、fundbook、確認日: 2026年7月11日)
中小M&A向けの低額商品も登場
従来の表明保証保険は最低保険料が約1,000万円と高額で、大型案件が前提でした。しかし2022年以降、補償内容を定型化することで最低保険料を30〜50万円程度まで引き下げた中小M&A向け商品が各損保から登場しています。支払限度額も1,000万円程度から設定でき、数千万〜数十億円規模の中小M&Aでも使いやすくなりました。
なお、M&Aにかかる費用全体(仲介手数料・成功報酬など)の相場はM&Aの費用・手数料相場で詳しく解説しています。
表明保証保険の保険期間
保険期間は補償の対象項目ごとに設定されるのが一般的で、一般条項は1〜3年、税務・社会保険関連は3〜7年程度が目安です。 M&A契約書に定められた補償請求期間と整合させるのが基本になります。
補償対象 | 保険期間の目安 |
|---|---|
財務・業務・契約などの一般条項 | 1〜3年(資料により1〜2年) |
税務・社会保険関連 | 3〜7年(資料により6〜7年) |
税務関連は、税務調査で過去の申告漏れなどが後から発覚することがあるため、一般条項より長めに設定されるのが通例です(出典: M&Aキャピタルパートナーズ、トランビ、確認日: 2026年7月11日)。
表明保証保険に加入するまでの流れ
加入には対象会社のデューデリジェンス(DD:買収監査)が前提となり、申込みから証券発行まで短くとも3週間程度かかります。 大まかな流れは次のとおりです。
- 相談・問い合わせ:保険会社・ブローカーへ相談(秘密保持契約を締結)
- 見積もり依頼:取引概要・希望する補償額を提示
- 必要書類の準備:契約ドラフト、DDレポートなどを用意
- 引受審査(アンダーライティング):保険会社が対象会社のリスクを審査。通常2〜6週間かかり、弁護士費用が別途発生することがある
- 質問対応・面談 → 正式見積 → 契約締結・保険証券の発行
ポイントは、十分なデューデリジェンスが実施されていることが引受の前提になる点です。DDが不十分だと、そもそも保険を引き受けてもらえなかったり、補償範囲が限定されたりします。売り手側で準備しておくべき書類はM&AのDD(買収監査)売り手の準備チェックリストで整理しています。
取扱保険会社の比較(東京海上日動・損保ジャパン・三井住友海上)
国内では大手損保3社が表明保証保険を取り扱っており、中小M&A向けの低額商品も各社から出ています。 主な商品を比較します。
保険会社 | 商品・特徴 | 最低保険料の目安 | 補償限度額 | 提携・付帯 |
|---|---|---|---|---|
東京海上日動火災保険 | 中小M&A向け「国内M&A保険Light」(2022年5月販売開始)。補償範囲を固定化しコストを削減、デジタル技術で引受審査を簡略化 | 約50万円 | 1,000万円〜 | バトンズのDDとセット、経営承継支援に自動付帯 |
損害保険ジャパン | 小規模M&Aを対象とする商品 | 約30万円〜 | 1,000万円〜 | M&Aキャピタルパートナーズと業務提携(2022年5月) |
三井住友海上火災保険 | 買い手向け・売り手向け双方の商品 | (公表情報を確認中) | (公表情報を確認中) | ストライクと提携(仲介会社が保険料を負担するサービス) |
※上記は公開情報・二次情報に基づく目安です(確認日: 2026年7月11日、出典: 東京海上日動プレスリリース、新日本保険新聞、日経新聞、M&A総合研究所)。最低保険料・補償限度額・商品内容は改定される可能性があります。三井住友海上の詳細条件は各社の公式・担当者にご確認ください。
大手損保に加えて、Marshやエーオンなどの保険ブローカーを通じて複数社の商品を比較・手配することも可能です。案件規模が大きい場合は1社で最大30億円、複数社の共同引受で100億円超の補償にも対応できるとされています。
表明保証保険で「補償されないケース(免責)」
どんな違反でも保険金が支払われるわけではありません。特に「事前に知っていた違反」や「DDをしていない項目」は免責となるのが一般的です。 主な免責事由は次のとおりです。
- 被保険者やM&A担当者が契約前に認識していた(既知の)表明保証違反
- デューデリジェンスが実施されていない項目に関する違反
- 詐欺・不正行為によるもの
- 特定の知的財産リスク・環境リスクなど(商品によって免責の範囲が異なる)
つまり、「問題があると分かっていたことを隠して保険でカバーする」ことはできません。あくまで誠実にDDを行ったうえで、それでも見抜けなかった想定外の違反に備えるための保険です。加入にあたっては、十分なDDの実施と、社内の情報管理体制の整備が前提になります(出典: M&Aキャピタルパートナーズ、fundbook、確認日: 2026年7月11日)。
事業承継・M&A補助金で保険料が軽減できる場合がある
国の「事業承継・M&A補助金」では、表明保証保険(W&I保険)の保険料が補助対象となるケースがあります。 過去の公募では、対象経費として計上できる枠が設けられ、実質負担を軽減できる仕組みがありました。
ただし、補助率・対象要件・上限額は年度ごとに変わります。 2026年度に保険料が対象になるか、補助率がいくらかは、必ず最新の公募要領で確認してください(この点は現時点で要確認事項です)。補助金全体の解説は事業承継・M&A補助金の解説を参照してください。
こんな売り手には表明保証保険が向いている
譲渡価格が一定以上あり、後腐れのない売却完了を重視する売り手ほど、表明保証保険の効果が大きくなります。 具体的には次のようなケースです。
- 売却後に一切の追加請求リスクを残したくない:引退・リタイアを予定しており、売却後に賠償請求の連絡が来る状態を避けたい
- 売却代金を早期に全額受け取りたい:エスクロー(代金の一部留保)を設定せず、まとまった資金を早く手にしたい
- 買い手から保険加入を求められている:買い手(特にファンドや上場企業)が取引条件として保険を要求している
- 譲渡価格が数億円以上:保険料を支払っても、リスク移転のメリットが費用を上回りやすい
- 簿外債務・税務など潜在リスクが完全には否定できない:DDでは見抜けない想定外リスクに備えたい
こんな売り手は無理に加入しなくてよい
一方で、小規模・低リスクの取引では、保険料や引受審査の負担が見合わないこともあります。 次のようなケースは慎重に検討してください。
- 譲渡価格が数千万円以下の小規模M&A:最低保険料や別途費用(弁護士費用など)が相対的に重くなり、費用対効果が合わないことがある
- 買い手が保険加入を求めていない:買い手側にニーズがなく、売り手単独で入るメリットが薄い場合
- 十分なDDを行える時間・体制がない:DDが前提のため、そもそも引受が難しい
- 潜在リスクがほぼないシンプルな事業:表明保証違反のリスク自体が小さく、保険の必要性が低い
いずれの場合も、「入るべきか」の最終判断は保険会社の見積もりとM&Aアドバイザー・弁護士の意見を踏まえて行うのが安全です。会社の売り時や準備状況を含めた全体判断はM&A売却の流れもあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 表明保証保険(W&I保険)は売り手・買い手のどちらが入るものですか?
近年は買い手が契約者になる「買主用保険」が主流です。買主用でも、売り手が直接賠償を負うリスクを軽減できるため、実質的に売り手にもメリットがあります。売り手自身が備える「売主用保険」もあります。
Q. 保険料は誰が負担しますか?
案件により異なります。買い手が負担する、売り手と折半する、あるいは仲介会社が負担するサービス(一部の仲介会社と保険会社の提携)などがあります。誰が負担するかは、M&A契約の交渉のなかで決まります。
Q. 中小企業のM&Aでも加入できますか?
できます。2022年以降、最低保険料30〜50万円程度、補償限度額1,000万円程度から入れる中小M&A向け商品が登場しており、数千万〜数十億円規模の案件にも対応しています。
Q. デューデリジェンス(DD)をしていなくても加入できますか?
原則として難しいです。DDの実施が引受の前提であり、DDをしていない項目の違反は免責となるのが一般的です。売り手側の準備はM&AのDD 売り手の準備チェックリストを参照してください。
Q. どんな場合に保険金が支払われないのですか?
事前に認識していた違反、DD未実施項目の違反、詐欺・不正、商品ごとに定められた特定リスク(知的財産・環境など)は免責となるのが一般的です。
Q. 加入までどれくらい時間がかかりますか?
引受審査(アンダーライティング)に通常2〜6週間かかり、申込みから証券発行まで短くとも3週間程度が目安です。M&Aのスケジュールに余裕を持って相談するのが安全です。
まとめ:表明保証保険は「クリーンな売却」の選択肢
表明保証保険(W&I保険)は、売り手が負う「契約後に違反を指摘され賠償を求められるリスク」を保険会社に移す仕組みです。特に売り手にとっては、エスクローを避けて代金を早期に受け取り、売却後の後腐れを残さない(クリーンイグジット)という実利があります。
一方で、保険料に加えてアンダーライティング・フィーや弁護士費用が別途かかること、DDの実施が前提であること、既知の違反は免責となることなど、押さえておくべき条件もあります。譲渡価格の規模やリスクの大きさによって費用対効果が変わるため、加入の要否は個別に判断する必要があります。
なお、本記事の保険料・補償内容は一般的な相場・目安であり、法務・税務・保険の個別判断は専門家の領域です。実際の加入判断は、保険会社・弁護士・M&Aアドバイザーに必ずご相談ください。
