持株会社(ホールディングス)体制の会社売却ガイド|3つの売り方と税金・手取りの違い
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持株会社(ホールディングス)体制の会社売却ガイド|3つの売り方と税金・手取りの違い

持株会社(ホールディングス)体制のグループを売る3つの方法を比較。HDごと売れば20.315%、子会社だけ売ると法人税等約30〜34%と手取りが変わります。二段階課税の出口設計や子会社株式簿価減額特例まで解説。

M&A比較レビュー編集部2026/8/813分で読める

持株会社(ホールディングス)体制のグループを売る方法は、大きく「HDごと売る」「事業子会社だけ売る」「会社分割で切り出してから売る」の3つです。 このうち、オーナー個人の手取りが最も読みやすいのは①のHDごと売却で、株式譲渡益に対する課税は原則20.315%の申告分離課税で完結します。

一方、②の事業子会社だけを売る場合は売主がHD(法人)になるため、譲渡益には法人税等(法定実効税率の目安で約30〜34%)がかかり、しかも売却代金はHDの口座に入ったままでオーナー個人には届きません。ここを設計せずに進めると、想定より手取りが大きく減ります。

この記事でわかること

  • 持株会社体制のグループを売る3つの方法と、売主・課税・代金の受取先の違い
  • 売却額5億円のケースで、方法によって手取りがどれだけ変わるかの概算比較
  • HDに入った売却代金をオーナー個人に移す3つの手段(配当・役員退職慰労金・清算)と、それぞれの課税
  • 実務で見落とされやすい税務の落とし穴(子会社株式簿価減額特例/株式移転による簿価引継ぎ/売却直前のHD化の否認リスク)
  • HD体制ならではの売却前チェックリスト9項目と、買い手側から見たHD買収の評価

こんな方に向けた記事です

  • すでに「○○ホールディングス」を頂点とするグループを保有し、第三者への売却(M&A)を検討しているオーナー社長
  • 事業承継の出口としてHD体制を組んだものの、売却時にどう課税されるのか整理できていない方
  • グループの一部事業だけを手放すか、グループ全体を譲るかを比較検討している経営層

ご注意: 本記事は2026年8月時点で確認できる公的情報に基づく一般的な整理です。持株会社が関わるM&Aは、組織再編税制・グループ法人税制・受取配当等の益金不算入など複数の制度が同時に絡み、適用の可否は個別事情で大きく変わります。実際の判断は、必ずM&A実績のある税理士・弁護士・公認会計士にご相談ください。

持株会社体制の会社を売る3つの方法【比較表】

持株会社を頂点とするグループ企業の本社ビル。HD体制の会社売却は3つの方法がある

まず全体像を押さえます。HD体制のグループを第三者に譲る場合、選択肢は次の3つです。 どれを選ぶかで、売主が誰になるか・税率・代金の入り先・手続きの重さがすべて変わります。

比較項目

①HDごと売却

②事業子会社のみ売却

③会社分割+株式譲渡

売る対象

持株会社(HD)の株式

HDが保有する子会社株式

切り出した事業/新設会社の株式

売主

オーナー個人(HDの株主)

HD(法人)

HD(法人)またはオーナー個人

課税

株式譲渡所得 20.315%(申告分離課税)

法人税等 法定実効税率 約30〜34%(目安)

選ぶスキームにより異なる

売却代金の入り先

オーナー個人の口座

HDの口座(個人には届かない)

主にHD

買い手に移る範囲

グループ全社

売却した子会社のみ

切り出した事業のみ

手続きの重さ

比較的シンプル

中程度

大(株主総会特別決議・債権者保護手続き・登記)

典型的な場面

完全リタイア/グループ一括承継

選択と集中/一部事業の整理

不採算事業の切り離し/本社不動産など不要資産の除外

税率の出典:国税庁 タックスアンサー No.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」(令和7年4月1日現在法令等/確認日:2026年8月9日)。法人側の法定実効税率は資本金規模・所在地・所得水準などで変動する目安値のため、自社の税率は顧問税理士にご確認ください。

判断の起点はシンプルです。 グループ全体を手放してよいなら①、特定の会社だけ売りたいなら②、売却対象と手元に残したい資産が混ざっているなら③、という順で検討します。ただし②③を選ぶと、次章以降で説明する「代金がHDに残る」問題と「HDが持つ子会社株式の簿価が極端に低い」問題が同時に発生します。

関連記事:スキーム全体の考え方は「M&Aスキームとは|種類・選び方ガイド」で、株式譲渡と事業譲渡の違いは「株式譲渡 vs 事業譲渡|どっちがいい?比較」で整理しています。

そもそも持株会社(ホールディングス)とは

持株会社とは、他社の株式を保有してその会社を支配・統括することを主な目的とする会社を指します。 独占禁止法上は、次のように定義されています。

子会社の株式の取得価額の合計額の当該会社の総資産の額に対する割合が100分の50を超える会社
— 独占禁止法第9条第4項第1号(出典:公正取引委員会「法第9条に基づく事業に関する報告制度」、確認日:2026年8月9日)

つまり総資産の50%超が子会社株式であれば法令上の持株会社に該当し、社名に「ホールディングス」と付いているかどうかは関係ありません。逆に「○○ホールディングス」という商号でも、自社で事業を行っており子会社株式の比率が50%以下なら、この定義には当てはまりません。

持株会社の3分類

種類

内容

売却時の特徴

純粋持株会社

自社では事業を行わず、株式保有によるグループ統括・管理のみを行う

単体B/Sの大半が子会社株式。単体決算を見ても事業実態がわからない

事業持株会社

自社でも事業を営みつつ、子会社株式を保有して統括する

HD自体にも事業価値がある。HDごと売却と相性が良い

金融持株会社

銀行・証券・保険等の金融機関を傘下に持つ

業法上の認可が必要。一般の中小M&Aとは手続きが大きく異なる

(出典:SMBC日興証券 用語集「持株会社」経団連「持株会社の解禁について」、確認日:2026年8月9日)

純粋持株会社は独占禁止法により長く禁止されていましたが、1997年6月の独禁法改正で解禁されました(金融持株会社は同年12月)。中堅・中小企業でHD体制が広まったのはこれ以降であり、当時HD化した企業が今まさに事業承継・売却の時期を迎えています。

公取委への報告義務は中小HDには関係ない

持株会社およびその子会社の総資産合計額が6,000億円を超える場合、毎事業年度終了後3か月以内に公正取引委員会へ「事業に関する報告書」を提出する義務があります(独禁法9条4項)。これは大企業グループを対象とした規制であり、中堅・中小企業のHDには通常は適用されません。売却検討時に気にする必要はない論点です。

(出典:公正取引委員会、確認日:2026年8月9日)

パターン①:持株会社ごと売却する

HDの株式をオーナー個人が買い手に譲渡する方法で、HD体制の売却では最もシンプルかつ手取りが読みやすい選択肢です。 売主はHDの株主であるオーナー個人になるため、譲渡益は申告分離課税(20.315%)で完結します。

仕組みと手取りの考え方

手取り額 = 売却価格 −(HD株式の取得費 + 譲渡費用)− 譲渡所得税等20.315%

非上場株式は「一般株式等」に区分され、所得税15%・住民税5%に復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)を加えた合計20.315%が課されます(出典:国税庁 タックスアンサー No.1463、令和7年4月1日現在法令等/確認日:2026年8月9日)。給与や役員報酬とは分離して計算されるため、他の所得がいくらあっても税率は変わりません。

メリット

  • 売却代金が直接オーナー個人の口座に入る。追加の資金移動スキームが不要
  • 税率が固定されており、売却前の段階で手取りを試算しやすい
  • グループ全社を一括で引き継げるため、グループ内取引の整理を最小限に抑えられる場合がある

注意点

  • 買い手はグループ全社の簿外債務・偶発債務をまとめて引き受けることになる。デューデリジェンス(DD)の対象会社数が増え、期間も費用も膨らむ
  • HDが保有する非事業用資産(本社不動産・投資有価証券・法人保険・ゴルフ会員権など)も一緒に移るため、買い手が不要と判断した資産は価格調整の対象になりやすい
  • グループ内に不採算子会社があると、それが全体の評価を引き下げる

関連記事:DDで買い手が何を見るかは「M&A DD(デューデリジェンス)売り手の準備チェックリスト」で解説しています。

パターン②:事業子会社だけを売却する

HDが保有する子会社株式を売る方法です。売主は法人であるHDになるため、課税の考え方がパターン①とはまったく異なります。 「選択と集中」で一部事業だけ手放したい場合の基本形ですが、税負担と代金の行き先に注意が必要です。

課税の仕組み

法人の株式譲渡益は分離課税ではありません。譲渡益は営業損益や受取配当などと合算された課税所得に含まれ、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税の対象になります。法定実効税率の目安はおおむね30%台前半(約30〜34%)ですが、資本金規模・所在地・所得水準・外形標準課税の適用有無によって変動します。

そのため本記事では一貫して「約30〜34%(目安)」という表記に留めています。自社に適用される実効税率は、必ず顧問税理士に確認してください。

なお、有価証券の譲渡は消費税では非課税取引にあたるため、株式譲渡そのものに消費税は課されません。

メリットになりうる点

  • HDに繰越欠損金がある場合、譲渡益と相殺できる余地がある。この場合は必ずしも不利とは限らない
  • グループの一部だけを手放し、残りの事業は自分で経営を続けられる
  • 買い手にとっても「欲しい会社だけ買える」ため、買い手候補が広がりやすい

最大の注意点:代金がHDに残る

売却代金はHDの口座に入り、オーナー個人には自動的には届きません。個人が現金として使うには、配当・役員退職慰労金・HDの清算といった追加の手続きが必要になり、そこでもう一度課税されます(いわゆる二段階課税)。この出口設計を売却前に固めておかないと、「会社は売れたのに個人の手元にお金がない」という状態になります。

さらに、後述する「株式移転でHDを設立した場合、子会社株式の簿価が極端に低いままである」という論点が重なると、譲渡益がほぼ売却額全額になり、税負担が想定を大きく超えることがあります。

関連記事:子会社売却の実務全体は「子会社・事業部門の売却方法 完全ガイド」で詳しく扱っています。

パターン③:会社分割で切り出してから売却する

売りたい事業だけを会社分割で切り出し、その会社の株式を譲渡する方法です。逆に「売りたくない資産」を分離してから売る場合にも使われます。 手続きは3つのなかで最も重くなります。

使われる典型的な場面

  • グループ内の不採算部門・非中核事業だけを切り離して売却したい
  • 本社不動産やオーナー個人が使っている資産を対象から外してから売りたい
  • 買い手が「この事業だけなら買う」と指定してきた

手続きの重さ

会社分割には、原則として株主総会の特別決議、債権者保護手続き(官報公告・個別催告)、分割の登記が必要です。準備期間は最短でも数か月を見込みます。また、株式譲渡と異なり許認可は当然には承継されないため、業種によっては再取得・事前届出の要否を確認しなければなりません。

税務上の注意

適格分割の要件を満たせば、資産移転時に譲渡損益を認識せずに済むケースがあります。ただし適格要件(金銭等不交付、支配関係の継続、従業者引継ぎ、事業継続など)は細かく、「M&Aで第三者に譲渡する意図がある」場合は支配関係の継続要件を満たさず非適格になることがあります。「分割すれば非課税」と単純化せず、必ず事前に税理士へ確認してください。

関連記事:分社型・分割型の違いは「M&A 会社分割(分社型・分割型)とは」で解説しています。

手取り額はどれだけ変わるか|概算シミュレーション

電卓と決算書類。持株会社ごと売却と子会社のみ売却で手取り額を試算するイメージ

同じ「5億円で売る」でも、誰が売主になるかで手取りは1億円以上変わることがあります。 ここでは前提を明示したうえで概算を示します。

前提条件

  • 譲渡価額:5億円
  • 譲渡する株式の帳簿価額(取得費):1,000万円
  • 譲渡費用(仲介手数料等):計算を単純化するため0円として計算
  • 繰越欠損金・その他の所得:なし
  • 法人の法定実効税率:34%と仮定

①HDごと売却(オーナー個人が売主)

項目

金額

譲渡価額

5億円

取得費

1,000万円

譲渡所得

4億9,000万円

税額(20.315%)

約9,954万円

オーナー個人の手取り

約4億46万円

②事業子会社のみ売却(HDが売主)

項目

金額

譲渡価額

5億円

子会社株式の帳簿価額

1,000万円

譲渡益

4億9,000万円

法人税等(34%と仮定)

約1億6,660万円

HDに残る金額

約3億3,340万円

オーナー個人の手取り

この時点では0円。個人に移す際にさらに課税

実効税率30%で計算した場合はHDに約3億5,300万円が残ります。いずれにせよ、この金額をオーナー個人が受け取るには次章の手段が必要で、そこでもう一段の課税が発生します。単純に配当で全額を個人に移すと、最終的な手取りは①の半分以下になることもあります。

重要: 上記はあくまで前提を単純化した概算です。実際には仲介手数料・繰越欠損金・株式の実際の取得費・退職金の活用・所得の状況によって結果は大きく変わります。試算は必ず税理士に依頼してください。

この差をどう読むか

数字だけを見ると①が圧倒的に有利に見えますが、実務ではそう単純ではありません。

  • 買い手が「HDごとは要らない、A社だけ欲しい」と言えば、①は選択肢になりません
  • HDに繰越欠損金が大きく残っていれば、②の税負担は大幅に下がります
  • ②でもHDを売却後の資産管理会社として使い続けるなら、無理に個人へ移す必要がない場合もあります

「税率だけで決めない」のがHD体制の売却の要点です。

関連記事:手取り計算の基本は「M&A売却の手取り額シミュレーション・計算ガイド」、税金全体の整理は「会社売却の税金・節税 完全ガイド」をご覧ください。

持株会社に残った売却代金を個人に移す3つの方法

パターン②③を選んだ場合、HDに入った代金をどう個人に移すかを売却前に決めておく必要があります。 主な手段は次の3つで、それぞれ課税の仕組みが異なります。

方法

課税の扱い

留意点

配当

非上場株式の配当は総合課税(支払時に20.42%を源泉徴収、住民税の特別徴収なし)。確定申告で配当控除の適用あり

所得が高い層では税負担が重くなりやすい。少額配当の申告不要制度は「10万円×配当計算期間の月数÷12」以下が対象

役員退職慰労金

退職所得として課税(退職所得控除+2分の1課税)

支給額の相当性(功績倍率等)の検討が必要。不相当に高額な部分は損金不算入となるリスク

HDの清算

残余財産の分配のうち資本金等の額を超える部分はみなし配当。資本金等の額に対応する部分は株式の譲渡損益として計算

清算手続きに時間がかかる。HDを今後も使う予定があるなら選べない

(出典:国税庁 タックスアンサー No.1330「配当金を受け取ったとき(配当所得)」、令和7年4月1日現在法令等/確認日:2026年8月9日)

実務での組み合わせ方

多くのケースでは、単独ではなく組み合わせて設計します。たとえば、オーナーの退任に合わせて役員退職慰労金で一定額を受け取り(退職所得は控除と2分の1課税で有利)、残りは配当や清算で受け取るという形です。

ただし退職金は「役員としての勤続年数」「最終報酬月額」「功績倍率」に基づく相当額の範囲でなければ、税務上否認されるおそれがあります。売却代金の受け皿として金額を先に決め、後から理由づけをするような組み立ては避けてください。支給額の妥当性は、支給決議の前に税理士へ確認することをおすすめします。

関連記事:退職金の設計は「M&A 役員退職慰労金の活用・節税ガイド」で扱っています。

見落としやすい税務の落とし穴3つ

契約書を精査するイメージ。子会社株式簿価減額特例など見落としやすい税務論点を確認する

HD体制のM&Aでは、一般的な会社売却の解説記事では触れられていない論点が実務上の分かれ目になります。 以下の3つは、売却の設計段階で必ず税理士と確認してください。

落とし穴1:子会社株式簿価減額特例(令和2年度税制改正)

売却前に子会社からHDへ多額の配当を出して現金を吸い上げてから売る——この設計は、子会社株式簿価減額特例の対象になる可能性があります。

前提として、子会社からHDへの配当は「受取配当等の益金不算入」の対象になります。完全子法人株式等(原則として保有割合100%)に該当すれば全額が益金不算入となるため、グループ内で資金をHDに集約する行為そのものは、法人税上ほぼ課税されずに行えます(出典:国税庁 法人税基本通達 第1節 受取配当等の益金不算入、確認日:2026年8月9日)。

問題はその先です。子会社株式簿価減額特例は令和2年度税制改正で創設された制度で、内国法人が一定の支配関係にある子会社等から一定規模以上の配当を受けた場合、その配当のうち益金不算入となる金額に相当する額だけ子会社株式の帳簿価額を減額するという内容です。

帳簿価額が下がるということは、その後に子会社株式を譲渡したときの譲渡益が増える=税負担が増えることを意味します。「配当は益金不算入だから非課税で資金を移せる」という理解だけで進めると、譲渡段階で想定外の税負担が生じます。

なお令和4年度税制改正で適用除外要件が見直され、中間配当・期中配当を行った場合に期中増加利益剰余金額等を加算して判定することが容認されました。適用除外要件は複数あり、実際に適用されるかは個別判定です。自社のケースで適用されるかどうかは必ず税理士に確認してください。

(出典:PwC Japanグループ「子会社株式簿価減額特例」税理士法人山田&パートナーズ「子会社株式簿価減額特例とM&A」、確認日:2026年8月9日)

落とし穴2:株式移転で作ったHDは、子会社株式の簿価が極端に低い

パターン②の税負担が想定より膨らむ最大の理由がこれです。

法人税法施行令119条1項により、適格株式移転で取得した完全子法人株式の取得価額は、株式移転直前の株主数が50人未満であれば、旧株主が保有していた株式の帳簿価額を引き継ぐことになります(50人以上の場合は前事業年度末の簿価純資産価額相当額)。

中小企業のHDは株主数50人未満がほとんどです。その結果、HDのB/S上の子会社株式の簿価は、オーナーが会社設立時に払い込んだ出資額(数百万円〜1,000万円程度)のままというケースが少なくありません。

この状態でHDが子会社株式を第三者に数億円で売却すると、ほぼ売却額全額が譲渡益となり法人税等の対象になります。パターン②を検討する際は、まずHDの帳簿で子会社株式の簿価がいくらになっているかを確認してください。

(出典:法人税法施行令第119条EY Japan「企業結合の税務 第3回:株式交換・株式移転の税制」、確認日:2026年8月9日)

落とし穴3:売却直前の節税目的だけのHD化は否認されうる

「個人で売ると税率20.315%だから、その前にHDを作って…」という発想は、順序を誤ると危険です。

100%親子関係を維持する限り適格組織再編として課税されないケースが多い一方で、M&Aで事業部門を第三者に譲渡する意図をもって持株会社を設立した場合には課税されうると専門家により指摘されています。税務調査で「税負担の軽減以外に経済合理性がない」と判断されれば、スキーム自体が否認される可能性があります。

HD化には、グループ統括機能の集約、事業リスクの遮断、後継者育成といった事業上の合理性が必要です。売却の直前に節税だけを目的として組成するのは避けてください。

(出典:あいわ税理士法人 News Letter(ZEIKEN PRESS掲載、2025年12月23日)、確認日:2026年8月9日)

補足:グループ内で資産を動かす場合のグループ法人税制

売却前に「本社不動産をHDに移す」といったグループ内再編を行う場合、グループ法人税制の検討が必要です。完全支配関係(原則100%)がある法人間で譲渡損益調整資産(帳簿価額1,000万円以上の固定資産・土地・有価証券等)を譲渡した場合、譲渡損益は繰り延べられ、その後の譲渡・償却等の事由が生じたときに実現します。

第三者への売却そのものに適用される制度ではありませんが、「売る前の資産整理」では必ず論点になります。

(出典:国税庁 札幌国税局 文書回答事例「グループ法人税制における譲渡損益の実現事由について」、確認日:2026年8月9日)

売却前に整理しておくべきHD特有の9項目

単体の会社を売るときには出てこない、HD体制ならではの整理項目があります。 買い手からの指摘を受けてから慌てると、価格交渉で不利になります。

#

項目

確認・対応すべきこと

1

グループ内貸付金・借入金

HDと子会社の間の資金貸借を清算・整理する。DDで必ず論点になる

2

グループ内取引

不動産賃貸借・業務委託・ブランド使用料などの条件が市場価格か。売却後も継続するのか

3

経営者保証・グループ内保証

HDが子会社債務を連帯保証しているケースの整理。金融機関との解除交渉を事前に始める

4

非事業用資産

HDが持つ本社不動産・投資有価証券・法人保険・ゴルフ会員権など。買い手が不要とする資産は分離するか価格調整で扱う

5

商号・ブランド

「○○ホールディングス」の商号・商標を誰が保持するか。一部子会社だけ売る場合は使用許諾の条件も

6

管理部門・共通コスト

経理・人事・システムがHDに集約されている場合、子会社だけ売ると管理機能が欠落する。移管計画の有無が価格に響く

7

グループ通算制度

適用している場合、子会社売却によるグループ離脱の税務影響を事前に確認する

8

株主名簿・少数株主

HD株主に少数株主がいると全株譲渡の障害になる。売却検討の初期段階で確認する

9

許認可

株式譲渡なら原則そのまま承継されるが、会社分割・事業譲渡では要確認・再取得が必要な場合がある

経営者保証の解除は「同時」にはできない

実務でつまずきやすいのが3番の経営者保証です。株式譲渡に伴い、経営株主の連帯保証や個人資産の担保提供は新経営者へ引き継がれるのが一般的ですが、保証人の書き換えを株式譲渡と完全に同時に行うことは通常できません。代表者変更の登記が完了し、新しい登記事項証明書が取得できて初めて金融機関での手続きに進めるためです(手続きの順序・必要書類は金融機関ごとに異なるため、取引金融機関に必ず確認してください)。

そのため実務では、基本合意または株式譲渡契約の段階で金融機関に保証解除の交渉を行い、内諾を得ておくのが一般的です。HD体制では保証がHD・子会社の複数階層にまたがっていることも多く、洗い出しに時間がかかります。

関連記事:保証解除の進め方は「会社売却の個人保証・連帯保証 解除方法」、少数株主の整理は「M&A前の少数株主整理・株式集約 完全ガイド」で解説しています。

買い手はホールディングス体制をどう見るか

買い手にとってHD体制は、良い面と面倒な面の両方があります。ここを理解しておくと、価格交渉での指摘を先回りできます。

買い手が警戒するポイント

  • DDの範囲が広がる:HDごと買うということは、グループ全社の簿外債務・偶発債務を引き受けるということ。対象会社数が増えれば、DDの期間も費用も増える
  • 不要な会社が付いてくる:買い手が欲しいのは特定の事業会社1社だけ、というケースは珍しくない。「HDごとは要らない」と言われる可能性がある
  • 管理機能の帰属が不明確:経理・人事・システムがHDに集約されている状態で子会社だけ切り出すと、買い手側でその機能を用意する必要がある。PMI負担として価格に反映されやすい
  • グループ内取引の実態:内部取引が多いと、対象会社の単体収益力が見えづらい

買い手が評価するポイント

  • グループ統括機能が整っており、管理体制が可視化されている
  • 事業ごとに法人が分かれているため、欲しい事業だけを取得しやすい
  • 子会社ごとの数字が分かれているため、事業ごとの収益性を判断しやすい

準備の巧拙で差がつくのは「管理機能の帰属」と「グループ内取引の整理」です。 子会社だけを売る場合、その会社が単独で回るのかを買い手は必ず見ます。

持株会社の企業価値はどう評価されるか

純粋持株会社の単体決算を見ても、実態はわかりません。 単体B/Sの資産のほぼすべてが「子会社株式」で構成されているためです。

実務では次のように評価します。

  • 連結ベースで評価する、または各事業子会社を個別に評価して合算する
  • HDが保有する非事業用資産(余剰現預金・不動産・保険積立金など)は、事業価値とは別に「非事業用資産」として加算・調整する
  • グループ内取引(内部売上・内部利益)は消去したうえで収益力を見る
  • グループ内貸付金は、事業価値の算定とは切り離して精算前提で扱われることが多い

つまり、HDのB/Sに載っている子会社株式の簿価は評価額とは無関係です。簿価1,000万円の子会社が数億円で評価されることも、逆に不採算で評価がマイナスになることもあります。

関連記事:評価手法の基本は「EBITDA倍率とは|M&A企業価値算定の基本」、価格レンジの考え方は「会社売却はいくらで売れる?相場・算定方法」をご覧ください。

売らずに承継する場合との比較

「売る」以外の選択肢として親族内承継を検討する場合、HD体制には特有の制約があります。 比較材料として整理しておきます。

事業承継税制(法人版・特例措置)と持株会社

法人版事業承継税制(納税猶予)では、次に該当する会社は原則として対象外とされています。

区分

判定基準

資産保有型会社

総資産の帳簿価額に占める特定資産の割合が70%以上

資産運用型会社

総収入金額に占める特定資産の運用収入の割合が75%以上

純粋持株会社は資産の大半が子会社株式(=特定資産に該当しうる)であるため、この基準に抵触しやすい構造です。

ただし、形式的に該当しても事業実態要件(常時使用従業員が一定数以上いる、事務所等を所有または賃借している、3年以上事業を継続しているなど)を満たせば、資産管理会社とみなされず適用できる場合があります。純粋持株会社であっても、実際に統括業務を行い従業員を雇用していれば道はあるということです。

(出典:中小企業庁「経営承継円滑化法 申請マニュアル 第7章 用語・定義」、確認日:2026年8月9日)

特例措置の期限に注意

令和8年度税制改正により、特例承継計画の提出期限が変更されています(現時点で確認できる情報。制度の細目は今後の運用で変わる可能性があるため、適用を検討する場合は必ず公式情報で最新の状況を確認してください)。

項目

改正前

改正後

特例承継計画の提出期限

令和8年3月31日

令和9年9月30日(1年6か月延長)

贈与・相続による適用期限

令和9年12月31日

令和9年12月31日(変更なし)

注意すべきは、計画提出の期限は延びたものの、実際に株式を承継する期限は延びていない点です。 「まだ余裕がある」と考えると間に合いません。適用を検討する場合は、最新の要件を中小企業庁の法人版事業承継税制のページで必ず確認し、適用可否の判断は税理士にご相談ください。

(出典:税理士法人山田&パートナーズ「法人版事業承継税制(特例措置)と令和8年度税制改正」(2026年1月28日)、確認日:2026年8月9日)

株式等保有特定会社に該当すると自社株評価が上がりやすい

相続税・贈与税の評価では、総資産(相続税評価額ベース)に占める株式等の割合が50%以上の会社は「株式等保有特定会社」となり、原則として純資産価額方式(またはS1+S2方式)で評価されます。純粋持株会社は該当しやすく、類似業種比準方式が使えない分、評価額が高く出やすい傾向があります。

なお財産評価基本通達189には、課税時期前に合理的な理由なく資産構成を変動させ、株式等保有特定会社の判定を免れると認められる場合はその変動をなかったものとする旨が定められています。直前の資産組み替えによる回避は想定されていません。

(出典:国税庁「(特定の評価会社の株式)」財産評価基本通達189〜189-7、確認日:2026年8月9日)

関連記事:承継とM&Aの比較は「事業承継 親族内承継 vs M&A 比較」、税制の詳細は「事業承継税制とは(特例措置の期限・要件)」をご覧ください。

どの売り方を選ぶ?ケース別の判断ガイド

分かれ道に立つ経営者。HDごと売却・子会社のみ売却・会社分割のどれを選ぶかを判断する

HDごとの売却(パターン①)がおすすめのケース

  • オーナーが完全にリタイアし、グループ全体を引き継いでもらいたい
  • グループ各社の事業に一貫性があり、まとめて引き継ぐ意味がある買い手が想定できる
  • HDに不要な非事業用資産が少なく、身軽な状態になっている
  • 手取り額の予測可能性を最優先したい
  • 後継者がおらず、グループ全体の受け皿を探している

事業子会社のみの売却(パターン②)がおすすめのケース

  • 一部の事業だけを手放し、残りは自分で経営を続けたい
  • 買い手が特定の子会社にのみ関心を示している
  • HDに繰越欠損金があり、譲渡益と相殺できる見込みがある
  • 売却後もHDを資産管理会社として活用する予定があり、代金を無理に個人へ移す必要がない

会社分割+譲渡(パターン③)がおすすめのケース

  • 売却対象と、手元に残したい資産(本社不動産など)が同じ会社の中に混在している
  • 法人化されていない事業部門を切り出して売りたい
  • 買い手が特定の事業範囲だけを指定してきた

この体制のまま急いで売るのはおすすめしないケース

  • HDと子会社の間の貸付金・保証が未整理のまま。まず整理してから市場に出す方が価格が付きやすい
  • HD株に少数株主がいて、全株譲渡の見通しが立っていない。買い手は100%取得を求めることが多い
  • 節税だけを目的に、売却直前にHD化しようとしている。否認リスクがあり、買い手のDDでも指摘される
  • 子会社株式の簿価を確認していない。パターン②の税負担が試算できないまま交渉に入るのは危険
  • グループ内に許認可の承継確認が済んでいない事業がある

進め方と相談先

HD体制の売却は、税務・法務・財務が同時に絡むため、通常のM&Aより前倒しの準備が必要です。 おおまかな進め方は次のとおりです。

  1. 現状の棚卸し:HDの単体B/Sで子会社株式の簿価・繰越欠損金・非事業用資産を確認する
  2. 税理士と3パターンの税額を試算:どの売り方が自社にとって現実的かを数字で比較する
  3. 売却前の整理:グループ内貸付金・保証・グループ内取引条件の整理に着手する
  4. 仲介会社・FAへの相談:HD体制やグループ案件の経験がある担当者かを確認する
  5. 買い手の意向を踏まえて最終スキームを決定:買い手が「どこまで買いたいか」で選べるパターンが絞られる

仲介会社を選ぶ際は、グループ会社案件・組織再編を伴う案件の経験があるかを必ず確認してください。単体の中小企業M&Aしか扱ったことのない担当者だと、HD特有の論点(子会社株式簿価・グループ通算・管理機能の帰属)が交渉の後半で表面化し、条件が崩れることがあります。

関連記事:仲介会社の選び方は「M&A仲介会社の選び方ガイド」、相談先の種類は「M&Aの相談先一覧(税理士・銀行・仲介会社)」でまとめています。

よくある質問

Q. 社名に「ホールディングス」と付いていませんが、持株会社に該当しますか?

商号は関係ありません。独占禁止法上は「子会社株式の取得価額の合計が総資産の50%超」で判定されます。自社が該当するかは、直近の単体貸借対照表で子会社株式の合計額と総資産額を比べてみてください。なお税務上の取り扱い(株式等保有特定会社など)は別の基準で判定されるため、これも併せて確認が必要です。

Q. 子会社を1社だけ売った後、HDは残しておいても問題ありませんか?

法律上の問題はありません。実務でも、売却代金をHDに残したまま資産管理会社として運用を続けるケースはあります。ただし、HDに事業実態がなくなると管理コストだけが残るほか、相続時の自社株評価では株式等保有特定会社に該当しやすくなる点に注意が必要です。残すか清算するかは、次の相続まで含めて税理士と検討してください。

Q. HDが子会社の借入を連帯保証しています。売却時はどうなりますか?

株式譲渡でその子会社が買い手のグループに移った後も、HDの保証債務は自動的には消えません。金融機関との個別交渉で解除するのが原則です。解除に応じてもらえない場合、買い手が代替の保証を差し入れる、借入を売却前に一括返済する、といった対応が検討されます。契約締結前に金融機関の内諾を取っておくのが安全です。

Q. グループ通算制度を適用しています。子会社を売却するとどうなりますか?

売却した子会社はグループから離脱します。離脱に伴う時価評価や欠損金の取り扱いなど、通算グループ特有の処理が必要になるため、通算制度に詳しい税理士への確認が必須です。離脱のタイミング(事業年度のどこで抜けるか)によっても影響が変わります。

Q. 買い手から「HDは要らないので子会社だけ売ってほしい」と言われました。断るべきですか?

断る必要はありませんが、税額の試算をしてから返事をしてください。HDが売主になると法人税等がかかり、さらに代金を個人に移す段階でもう一度課税されます。まずHDの帳簿でその子会社株式の簿価と繰越欠損金を確認し、税引後にいくら残るかを税理士に試算してもらったうえで、価格の再交渉や別のスキームの提案を検討するのが現実的です。

Q. 売却を機に持株会社を作った方が有利になりますか?

売却を目的としたHD化はおすすめしません。M&Aで事業を第三者に譲渡する意図をもって持株会社を設立した場合、税務上否認されうると専門家が指摘しています。HD化には事業上の合理性(グループ統括、リスク遮断、後継者育成など)が必要であり、少なくとも売却の直前に節税目的だけで組成するのは避けるべきです。

まとめ

持株会社体制のグループを売る場合、最初に決めるべきは「誰が売主になるか」です。

  • HDごと売る(パターン①):売主はオーナー個人。税率20.315%で完結し、代金も直接個人に入る。手取りが最も読みやすい
  • 子会社だけ売る(パターン②):売主はHD。法人税等(目安で約30〜34%)がかかり、代金はHDに残る。個人に移す出口設計まで含めて考える必要がある
  • 会社分割して売る(パターン③):残したい資産を分離できるが、手続きが重く、適格要件の判定も必要

そして、HD体制ならではの落とし穴として、子会社株式簿価減額特例と、株式移転で設立したHDの子会社株式簿価が極端に低いことの2点は必ず確認してください。この2つを知らないまま交渉を進めると、想定していた手取りから数千万円単位でずれることがあります。

売却前の準備としては、グループ内貸付金・経営者保証・非事業用資産・管理機能の帰属の4点から着手するのが実務的です。

改めてのご注意: 本記事は執筆時点(2026年8月9日確認)で公開されている公的情報に基づく一般的な整理であり、個別の税務判断を示すものではありません。組織再編税制・グループ法人税制・事業承継税制はいずれも要件が細かく、改正も頻繁です。具体的なスキームの選択と税額の試算は、必ずM&A・組織再編の実務経験がある税理士・弁護士・公認会計士にご相談ください。

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