結論を先にお伝えします。LOI(意向表明書)は「買い手が売り手に一方的に差し入れる、買収の意思と希望条件を示す文書」、MOU(基本合意書)は「売り手・買い手の双方が主要条件で大筋合意した内容をまとめる文書」です。 つまりLOIは買い手側の片方向の意思表示、MOUは双方の合意という点が最大の違いになります。
この記事では、M&Aの交渉段階で登場する2つの書面の違いを、当事者・締結タイミング・記載内容・法的拘束力・独占交渉権という観点から整理します。あわせて、会社を売却するオーナー経営者が「どこを見て、何を交渉すべきか」という売り手目線の判断材料も解説します。
この記事は、はじめてM&Aを検討する中小企業のオーナー社長、後継者不在で会社売却を考えている経営者、仲介会社から提示された書面の意味を正確に理解したい方に向けた内容です。
本記事はM&Aの一般的な実務に基づく解説です。実際の契約条項の効力や税務・法務の最終判断は、弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。
まず押さえる:LOIとMOUの違いを一覧で確認
LOIとMOUの違いを先に表で確認します。詳しい解説は後述しますが、まずは全体像をつかんでください。
比較ポイント | LOI(意向表明書) | MOU(基本合意書) |
|---|---|---|
当事者 | 買い手が単独で差し入れる意思表示(差入形式) | 売り手・買い手の双方が合意する文書 |
締結タイミング | トップ面談の前後(交渉の初期) | LOIの後、デューデリジェンス実施の前 |
記載内容 | 希望条件・概算(金額に幅を持たせることもある) | より詳細・確定的な合意内容 |
法的拘束力 | 原則なし(秘密保持など一部条項を除く) | 原則なし。ただし独占交渉権・秘密保持には拘束力を付与するのが一般的 |
主な役割 | 買い手の本気度・条件感を売り手に示す | 主要条件を確認し、DDへ進む土台をつくる |
出典: M&Aキャピタルパートナーズ、日本M&Aセンター、M&Aナビ(いずれも確認日 2026-06-25)
ざっくりイメージすると、LOIは買い手から売り手への「片想いの手紙」、MOUは両者が大筋で合意した「両思いの覚書」です。LOIで買い手が意思と条件を示し、交渉を経て、双方が握った内容をMOUに落とし込む、という流れになります。
⚠️ 先に知っておきたい用語の注意点:日本では呼び方が固定されていない
最初に重要な注意点をお伝えします。日本のM&A実務では「基本合意書」を英語表記する際に、LOIとMOUの両方が使われることがあり、用語が厳密に固定されていません。 実際、日本M&Aセンターは基本合意書を「LOI/MOU」と併記しています。
一般的な整理は次のとおりです。
- LOI(Letter of Intent)=買い手が単独で差し入れる意向表明
- MOU(Memorandum of Understanding)=双方が合意する基本合意
ただし、媒体や案件によっては「基本合意書=LOI」と呼ぶケースもあります。そのため、仲介会社や買い手から書面を提示された際は、名称だけで判断せず、「誰が・誰に対して・どの段階で出す書面なのか」「双方の署名があるのか、買い手だけの差入なのか」を必ず確認することが大切です。
本記事では混乱を避けるため、以下「LOI=買い手単独の意向表明」「MOU=双方合意の基本合意」という一般的な整理に沿って解説します。
出典: 日本M&Aセンター(確認日 2026-06-25)
LOI(意向表明書)とは
LOI(Letter of Intent、レター・オブ・インテント)は、買い手が売り手に対して「この会社を買収したい」という意思と希望条件を一方的に差し入れる文書です。 日本語では「意向表明書」と訳されます。
ポイントは、LOIが買い手側の希望表明にすぎず、双方の合意ではないという点です。トップ面談の前後で提出され、買い手が複数いる入札型の案件では、期限を定めて各買い手にLOIを提出させ、条件を比較する材料に使います。
LOIに記載される主な項目
- 企業概要 / M&Aを実施する目的
- スキーム(株式譲渡など、どの手法で買収するか)
- 譲受希望金額(幅を持たせて提示することもある)
- 資金調達方法・支払方法
- スケジュール
- M&A後の経営方針
- 従業員・役員の処遇
- デューデリジェンス(DD)の範囲・条件
- 独占交渉権の依頼
- 秘密保持義務
LOIは原則として全項目に法的拘束力を持たせないのが通例です。買い手が一方的に差し入れる文書であり、その後の交渉やDDで条件は変わる前提だからです。ただし、秘密保持や費用負担など一部の条項に効力を持たせる場合があります。
出典: M&Aキャピタルパートナーズ、M&A総合研究所(確認日 2026-06-25)
MOU(基本合意書)とは
MOU(Memorandum of Understanding)は、売り手と買い手の双方が、想定譲渡価格や主要条件について大筋で合意した内容をまとめる文書です。 日本語では「基本合意書」「基本合意契約書」と呼ばれます。
LOIより詳細かつ確定的な情報が記載され、デューデリジェンスに進む前の土台として締結します。MOUの最大の特徴は、一部の条項に法的拘束力を持たせる点です。
MOUに記載される主な項目
- M&Aのスキーム(手法)
- 譲渡価格の概算
- スケジュール
- 役員の処遇 / 従業員の雇用維持
- 保証債務(個人保証)の解消
- 不動産の売買
- デューデリジェンスの実施方法
- 独占交渉権の付与
- 秘密保持義務 / 解除条項 / 一般条項
MOUは、その後のDDで判明した事項を踏まえて最終契約に向け条件を詰めていく前提のため、価格やスケジュールなど多くの項目は確定ではありません。それでも、双方が合意した「交渉の到達点」を文書化することで、認識のズレを防ぎ、その後の手続きを安定させる役割を持ちます。
出典: 日本M&Aセンター、fundbook(確認日 2026-06-25)
法的拘束力はどこまであるのか(最重要論点)
LOIもMOUも、価格やスキームなど「合意内容そのもの」には原則として法的拘束力を持たせません。一方で、独占交渉権と秘密保持義務には拘束力を付与するのが一般的です。 ここが売り手にとって最も注意すべきポイントです。
MOUで法的拘束力を持たせる主な条項
- 独占交渉権の付与(一定期間、他の買い手候補と交渉しない約束)
- 秘密保持義務
- 解除条項 / 合意書の効力に関する条項 / 一般条項の一部(費用負担・合意管轄など)
法的拘束力を持たせない主な条項
- 譲渡価格(DD後に調整される前提)
- スキーム(変更の可能性あり)
- スケジュール(あくまで意向確認の意味合い)
つまり「金額は固まっていないが、独占交渉権と秘密保持は守る義務がある」という状態になります。ここで見落としがちなのが独占交渉権です。 これは売り手にとって「この期間は他の候補と交渉できない」という制約を意味します。
実際の効力は契約の文言次第で決まります。「原則拘束力なし」はあくまで一般論であり、個別の条項の書き方によって意味が大きく変わります。署名前に必ず弁護士など専門家に条文を確認してもらうことをおすすめします。
出典: 日本M&Aセンター、よつば総合法律事務所(確認日 2026-06-25)
締結タイミング:M&A全体の流れの中での位置づけ
LOIは交渉の初期(トップ面談の前後)に、MOUはデューデリジェンス実施の前に締結します。 M&A全体の流れに沿うと、両書面の位置づけは次のとおりです。
- NDA(秘密保持契約)の締結
- トップ面談
- LOI(意向表明書)の提出 ← 買い手が意思と条件を示す
- 条件交渉
- MOU(基本合意書)の締結 ← 双方が主要条件で合意、独占交渉権を付与
- デューデリジェンス(DD)
- 最終契約書(株式譲渡契約など)の締結
- クロージング・M&A成立
なお、LOI・MOUは案件によって省略されることがあります。 買い手候補が1社だけでスピードを優先する場合などは、LOIを省いてMOUのみ、あるいは両方を省いて最終契約に進むケースもあります。逆に、複数の買い手を比較したい場合はLOIをしっかり活用して条件を見比べる価値があります。
M&Aの売却全体の流れは M&A売却の流れ で詳しく解説しています。最終契約後の最終ステップは M&Aのクロージングとは もあわせてご覧ください。
出典: 日本M&Aセンター、M&Aナビ(確認日 2026-06-25)
売り手が必ず確認・交渉すべき5つのチェックポイント
LOI・MOUは買い手側が主導して作成することが多いため、売り手は受け身になりがちです。しかし、ここで条件を整理しておくかどうかが、その後の交渉力を左右します。会社を売る側として、次の5点は必ず確認してください。
1. 価格は「金額の高さ」ではなく「算定根拠」で見る
提示金額が高くても、その後のDDで減額交渉が入ることは珍しくありません。金額そのものより、どういう前提で算定された金額なのかを確認し、DD後の値下げに備えることが重要です。譲渡価格の考え方は M&A費用・相場ガイド も参考になります。
2. 譲れない条件を事前に整理する
従業員の雇用維持・労働条件、経営方針、事業の継続性など、自社にとって絶対に譲れない条件を先に決めておくことが大切です。書面に明記してもらうことで、後の交渉で必要以上に譲歩せずに済みます。
3. 独占交渉権の有効期限を明示する
独占交渉権の期間は、一般に1〜1.5ヶ月程度とされることが多い一方、案件によっては2ヶ月〜半年程度に設定される例もあります(期間は案件により幅があります)。期間が長すぎると、その間は他の買い手候補と交渉できず、売り手が不利になりかねません。 期限を明確にし、長期間の拘束を安易に受け入れないことがポイントです。専任・非専任の考え方は M&A仲介の専任契約と非専任契約の違い も参考にしてください。
4. 個人保証(連帯保証)の解消をMOU段階で論点化する
オーナー経営者が会社の借入に個人保証を入れているケースは多くあります。この個人保証の解消を、MOUの段階で明確な論点として書面に盛り込んでおくことで、解除がスムーズになりやすくなります。詳しくは 会社売却と個人保証・連帯保証の解除方法 で解説しています。
5. 専門家のチェックを受ける
LOI・MOUは社内だけで内容を判断するのが難しい書面です。仲介会社や弁護士など専門家に内容を確認してもらってから署名することを強くおすすめします。
出典: M&Aキャピタルパートナーズ、M&Aナビ(確認日 2026-06-25)
こんなケースではLOI/MOUをどう扱うべきか(向き不向き)
LOI・MOUは必須ではなく、案件の状況によって使い分けます。自社の状況に応じた判断基準を整理します。
LOI・MOUをしっかり活用した方がよいケース
- 買い手候補が複数いて、条件を比較したい
- 価格・雇用・経営方針など、譲れない条件が明確にある
- 個人保証の解消など、早い段階で握っておきたい論点がある
- はじめてのM&Aで、段階を踏んで慎重に進めたい
LOI(差入段階)を省略・簡略化してもよいケース
- 買い手候補が1社に絞られている
- 売り手・買い手の信頼関係ができていて、スピードを優先したい
- 規模が小さく、条件がシンプルで論点が少ない
ただし、LOIを省く場合でも、MOU(基本合意書)で主要条件と独占交渉権・個人保証の扱いを文書化しておくことは売り手保護の観点から重要です。「スピード重視だから何も書面化しない」という進め方は避けてください。
中小・小規模のM&Aの進め方は 中小企業・小規模M&Aガイド もあわせてご覧ください。
LOI/MOU段階で費用は発生するのか
LOI・MOUという書面そのものに、独立した費用が発生するわけではありません。 ただし、仲介会社によっては、基本合意の締結時点で「中間金(中間報酬)」が発生する料金体系を採っている場合があります。
そのため、仲介契約を結ぶ前に、「どの段階で・いくらの費用が発生するのか」を料金体系として確認しておくことが重要です。M&A仲介の手数料の仕組みは M&A費用・手数料相場ガイド で詳しく整理しています。
よくある質問(FAQ)
Q. LOIとMOU、署名すると後戻りできなくなりますか?
A. いいえ。価格やスキームなど合意内容そのものには原則として法的拘束力がなく、その後のDDや交渉で条件は変わり得ます。ただし、独占交渉権・秘密保持義務には拘束力が付与されるのが一般的なので、これらの条項は必ず内容を確認してください。
Q. LOIとMOUは両方必要ですか?
A. 必須ではありません。買い手が1社でスピードを優先する場合などはLOIを省くこともあります。ただし、複数の買い手を比較したい場合や、譲れない条件・個人保証など握っておきたい論点がある場合は、書面化しておく価値があります。
Q. 独占交渉権の期間はどのくらいが適切ですか?
A. 一般には1〜1.5ヶ月程度とされることが多い一方、案件によっては2ヶ月〜半年程度になる例もあり、ケースによって幅があります。期間が長すぎると他の買い手候補と交渉できず売り手に不利になるため、期限を明確にし、必要以上に長い拘束は避けるのが基本です。
Q. 「基本合意書」と「LOI」は同じものですか?
A. 日本の実務では、基本合意書を「LOI」と呼ぶ媒体・案件もあり、用語が厳密に固定されていません。名称だけで判断せず、「買い手単独の差入か、双方の合意か」「どの段階の書面か」で実態を確認してください。
Q. 売り手は何に気をつければよいですか?
A. ①価格は算定根拠で見る、②譲れない条件を先に整理する、③独占交渉権の期限を明示する、④個人保証の解消をMOU段階で論点化する、⑤署名前に専門家のチェックを受ける、の5点が要点です。
まとめ:LOIとMOUの違いを理解して交渉に臨む
LOI(意向表明書)は買い手が一方的に差し入れる意思表示、MOU(基本合意書)は双方が主要条件で合意する文書です。価格などの合意内容には原則拘束力がない一方で、独占交渉権と秘密保持には拘束力が付与される点が、売り手にとって最も重要なポイントになります。
日本の実務では用語の呼び方が揺れるため、名称ではなく「誰が・どの段階で・何に拘束されるのか」で書面を読み解いてください。そして、価格の算定根拠・雇用条件・独占交渉権の期間・個人保証の解消といった論点は、書面に署名する前に整理し、専門家のチェックを受けることをおすすめします。
本記事はM&Aの一般的な実務に基づく解説です。契約条項の効力や税務・法務に関わる最終的な判断は、必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。
