のれん(営業権)とは、M&Aの買収価格が、譲渡対象の時価純資産を上回った差額のことです。 ブランド・顧客基盤・技術・人材・立地といった、決算書に載らない「超過収益力」に対して支払われる対価であり、売り手のオーナーから見れば、自社の売却価格の「上乗せ分」そのものを指します。
たとえば時価純資産が2億円の会社が3億円で売れたなら、差額の1億円がのれんです。この1億円をどれだけ積み上げられるかが、オーナーの手取りを左右します。
この記事でわかること
- のれんの定義と計算方法、中小M&Aで使われる「年買法」との関係
- のれんと営業権の呼び分け(旧商法の名残と、税務上の区別)
- 会計処理(日本基準は20年以内で償却/IFRSは償却しない)の違い
- 税務処理(資産調整勘定は60ヶ月=5年で強制償却)と、株式譲渡では税務上ののれんが発生しない理由
- 事業譲渡では、のれんに消費税がかかるという見落とされがちな論点
- 議論が続く「のれん非償却」導入の現在地
- のれんが付きやすい会社/付きにくい会社の特徴
想定読者: 会社の売却を検討している中小企業のオーナー経営者、M&Aの提示価格や税負担の内訳を自分で検証したい方。
本記事は公表資料に基づく一般的な解説です。会計処理・税務処理の最終判断は、必ず税理士・公認会計士にご相談ください。
のれん(営業権)とは — 売却価格の「上乗せ分」
のれんとは、企業結合において取得原価(買収対価)が、受け入れた資産と引き受けた負債に配分された純額(=時価純資産)を上回る場合の、その差額を指します。下回る場合は「負ののれん」となります(出典: 企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」ASBJ、2026年7月12日確認)。
会計上の位置づけは無形固定資産です。しかし売り手の立場で本質を言い換えるなら、のれんとは「帳簿には載らないが、買い手が金を払ってでも欲しいと思った価値」に他なりません。

のれんの正体(買い手が対価を払う中身)
- 顧客基盤・取引先との継続的な関係
- ブランド・知名度・地域での信用
- 独自技術・ノウハウ・許認可
- 従業員のスキルと組織力
- 立地・仕入ルート・シェア
いずれも貸借対照表には計上されません。だからこそ「時価純資産を超える価格」という形でしか表現できず、その超過分がのれんと呼ばれます。
M&Aの全体像から確認したい方は、M&Aとは?わかりやすく解説もあわせてご覧ください。
のれんと営業権は何が違うのか
結論から言うと、日常的な会話ではほぼ同義です。ただし税務の世界では、両者を区別して扱う場面があります。 ここを整理できている解説は多くありません。
呼び方が2つある理由(旧商法の名残)
会社法施行前の旧商法では「営業権」という用語が使われていました。現在の会計基準(企業会計基準第21号)では「のれん」に統一されています。つまり会計上は「のれん」が正式名称で、「営業権」は古い呼び名が実務に残っているもの、と理解して差し支えありません。
税務上の「営業権」は別の意味を持つ
一方、税務上の「営業権」は、独立した資産として取引される慣習のあるものを指す、より限定された概念です。国税庁の法人税基本通達では、法令・行政の許認可に基づく登録・認可・許可・割当ての権利(繊維工業の織機の登録権利、許可漁業の出漁権、タクシー業のいわゆるナンバー権など)が例示されています(出典: 国税庁 法人税基本通達(減価償却資産の範囲)、2026年7月12日確認)。
したがって厳密には、次の整理になります。
用語 | 使われる場面 | 内容 |
|---|---|---|
のれん | 会計(企業会計基準第21号) | 買収価格 − 時価純資産 の差額。無形固定資産 |
営業権 | 税務(法人税法・耐用年数省令) | 独立して取引される慣習のある権利。減価償却資産として耐用年数5年 |
資産調整勘定 | 税務(法人税法62条の8) | 非適格合併等で生じる、対価と時価純資産の差額。会計上ののれんに近い |
ざっくり言えば「会計上ののれん − 税務上の営業権 = 資産調整勘定」という関係です。実務では税理士が別表で調整しますが、オーナーが押さえるべきは「会計と税務では期間も扱いも違う」という一点です。
のれんの計算方法 — 中小M&Aでは「年買法」で決まることが多い
基本の計算式
のれん = 買収価格(取得原価) − 譲渡対象の時価純資産
(マイナスになる場合は「負ののれん」)計算例
項目 | 金額 |
|---|---|
買収価格 | 3億円 |
時価資産 | 4億円 |
時価負債 | 2億円 |
時価純資産(4億円 − 2億円) | 2億円 |
のれん(3億円 − 2億円) | 1億円 |
ここで重要なのは、簿価ではなく時価で純資産を評価し直す点です。不動産の含み益、回収不能な売掛金、簿外の退職給付債務などを反映させると、純資産額は簿価から大きく動きます。デューデリジェンスで簿外債務が見つかれば時価純資産が下がり、結果としてのれんの前提が崩れて価格が引き下げられることもあります。
中小M&Aの実務では「年買法(年倍法)」
中小企業のM&Aでは、精緻なDCF法ではなく「年買法(年倍法)」が交渉の叩き台として広く使われています。
譲渡価格 ≒ 時価純資産 + 実質営業利益 × 3〜5年分この「実質営業利益 × N年分」の上乗せ部分が、実務上「のれん代」と呼ばれるものです。Nに公的な基準はなく、業種特性・収益の安定性・属人性などによって案件ごとに変動します。一般的には2〜5年程度の幅で語られることが多いものの、実際の年数は交渉で決まるものであり、特定の年数が相場として保証されているわけではありません。
ただし年買法は理論的裏付けが強い手法ではありません。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月改訂)でも、バリュエーションは譲渡額を決める際の目安の一つであり、時価純資産法・マルチプル法・DCF法など複数のアプローチがあると位置づけられています(出典: 中小企業庁 中小M&Aガイドライン(第3版)、2026年7月12日確認)。
「のれん=営業利益の3年分」と機械的に決めつけず、あくまで交渉の出発点と捉えてください。
- 算定手法ごとの違いは M&Aバリュエーション手法比較(DCF・類似会社・年買法)
- 倍率の考え方は EBITDA倍率(EV/EBITDA)とは
- 自社の概算相場は 会社売却 いくらで売れる?相場・算定方法
負ののれんとは — 安く買えたのに「利益」が出る仕組み
負ののれんとは、買収価格が時価純資産を下回った場合の差額です。 買い手の会計上は、原則として発生した事業年度の利益(特別利益)として一括計上され、償却はしません(出典: 企業会計基準第21号 第33項、2026年7月12日確認)。
負ののれんが発生する主なケース
- 簿外債務・偶発債務・訴訟リスクなどを織り込んで、対価が時価純資産を下回った
- 業績不振で、将来の赤字が見込まれる事業を引き受けた
- 売り急ぎ・早期売却など、時間的制約のもとで成立した
売り手として押さえておくべきなのは、負ののれんが出る売り方は、純資産を割った価格で会社を手放しているということです。決算書上は資産があるのに安く買い叩かれている状態なので、その原因(簿外債務、収益力、売り急ぎ)を先に潰せるかどうかが交渉の勝敗を分けます。
事前の備えについては 会社売却 準備チェックリスト が参考になります。
のれんの会計処理 — 日本基準とIFRSの違い【比較表】
日本基準(J-GAAP)では20年以内で規則的に償却し、IFRSでは償却せずに毎期減損テストを行います。 この違いは、買い手が上場企業か・どの会計基準を採用しているかによって、買収後の損益インパクトが変わることを意味します。

比較項目 | 日本基準(J-GAAP) | IFRS |
|---|---|---|
償却 | 20年以内の効果の及ぶ期間で規則的償却(定額法等) | 償却しない |
減損テストの頻度 | 減損の兆候がある場合のみ | 毎期必ず(年1回以上)+兆候があれば随時 |
減損の判定手順 | 兆候 → 認識の判定 → 測定の2ステップ | 回収可能価額 < 帳簿価額 で即認識(1ステップ) |
損失の出方 | 毎期少しずつ費用化されるため、減損時の一撃が相対的に小さい | 償却がない分、減損時に巨額損失が一気に顕在化しやすい |
減損の戻入れ | 認められない | のれんについては認められない |
出典: 企業会計基準第21号 第32項・第47項/PwC Japan「のれんの償却と減損実務」(2026年7月12日確認)
日本基準の細かいルール
- 計上区分: 無形固定資産
- 償却期間: 20年以内で、効果の及ぶ期間を合理的に見積もって決定する。恣意的に長く設定すると監査上問題になり得る
- 償却額の表示: 販売費及び一般管理費(=営業利益を押し下げる)
- 重要性が乏しい場合: 発生事業年度の費用として一括処理も可能
仕訳イメージ
買収時(事業譲渡・買い手側):
(借)諸資産 ××× (貸)諸負債 ×××
のれん ××× 現金預金 ×××決算時(のれん償却):
(借)のれん償却額 ××× (貸)のれん ×××減損時:
(借)減損損失 ××× (貸)のれん ×××個別財務諸表と連結財務諸表で扱いが変わる
株式譲渡の場合、買い手の個別財務諸表にはのれんが計上されません。 取得対価は全額「子会社株式(関係会社株式)」として計上されるためです。のれんが現れるのは連結財務諸表上で、子会社の時価純資産と取得原価の差額がのれんとして計上され、20年以内で償却されます。
つまり「株式譲渡だからのれんは関係ない」と考えるのは誤りで、買い手が連結決算を行う企業(上場企業やそのグループ)であれば、のれん償却負担は確実に意識されています。それが価格交渉に跳ね返ってくるという点で、売り手にも無関係ではありません。
のれんの税務処理 — 資産調整勘定は「5年で強制償却」
税務上ののれんは、会計上ののれんとは別物です。M&Aの手法によって「発生する/しない」が決まります。 ここが最も誤解の多いところです。
税務上ののれんが発生するM&Aの手法
法人税法62条の8(非適格合併等により移転を受ける資産等に係る調整勘定の損金算入等)が適用されるのは、非適格合併等に限られます。
- 非適格合併
- 非適格分割
- 非適格現物出資
- 事業の譲受け(事業譲渡)
このとき、対価が移転を受けた資産・負債の時価純資産価額を超える部分が「資産調整勘定」となります。
償却(損金算入)のルール
勘定 | 発生条件 | 税務処理 |
|---|---|---|
資産調整勘定 | 対価 > 時価純資産 | 当初計上額を60(ヶ月)で除した額 × 事業年度の月数を毎期減額し、損金算入(=5年均等償却)。任意ではなく強制 |
差額負債調整勘定 | 対価 < 時価純資産(負ののれん相当) | 同様に60ヶ月均等で取り崩し、毎期益金算入 |
退職給与負債調整勘定 | 退職給与債務を引き受けた場合 | 負債調整勘定として計上 |
短期重要負債調整勘定 | 短期重要債務見込額がある場合 | 負債調整勘定として計上 |
出典: 法人税法第62条の8/国税庁 質疑応答事例(2026年7月12日確認)
なお、税務上の「営業権」は減価償却資産(無形減価償却資産)として耐用年数5年・定額法で償却します(出典: 減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第三(e-Gov)、2026年7月12日確認)。
会計と税務のズレ
会計(日本基準) | 税務 | |
|---|---|---|
期間 | 20年以内(企業が合理的に見積もる) | 60ヶ月=5年で固定 |
選択の余地 | 期間の設定に幅がある | 強制(未償却は認められない) |
影響する利益 | 営業利益(販管費) | 課税所得(損金) |
この期間差は申告調整(別表)の対象になります。買い手側の実務ですが、「税務上は5年で費用化できる」という事実が買い手のキャッシュフロー計算に影響し、提示価格に反映されるため、売り手も構図として知っておく価値があります。
なお、調整勘定の取扱いは税制改正の影響を受けることがあります。適用可否や計算方法の個別判断は、必ず税理士にご確認ください。
株式譲渡と事業譲渡で、のれんの扱いはこう変わる【比較表】
同じ会社を同じ価格で売っても、株式譲渡か事業譲渡かで、のれんの会計・税務上の扱いはまったく違います。そして売り手の手取りも変わります。

比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
買い手の個別財務諸表 | のれんは計上されない(子会社株式として計上) | のれんを計上(無形固定資産) |
買い手の連結財務諸表 | 連結上のれんが計上され20年以内で償却 | (個別で計上済み) |
買い手の税務上ののれん | 発生しない(資産調整勘定なし)=買収額を損金算入できない | 資産調整勘定が発生=5年で損金算入できる |
消費税 | 有価証券の譲渡=非課税 | 営業権(のれん)は課税資産=消費税の課税対象 |
売り手(個人株主)の課税 | 株式譲渡益に申告分離課税 20.315% | — |
売り手(法人)の課税 | — | 譲渡益は他の所得と合算され法人税等の対象。オーナー個人へ資金を移す段階で配当課税等が生じ、実質二重課税になりやすい |
出典: 企業会計基準第21号/法人税法62条の8/国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税/国税庁 質疑応答事例「営業の譲渡をした場合の対価の額」(2026年7月12日確認)
※法人に課される税負担の水準(法人実効税率)は、資本金規模・所在自治体・所得金額によって変わります。自社に当てはまる税率は税理士にご確認ください。
買い手が「株式譲渡ののれん」を嫌う構造
株式譲渡では、買い手は買収金額を税務上損金算入できません。一方、会計上は連結でのれん償却が発生し、営業利益を毎期押し下げます。税メリットはないのに、利益は削られるという構図です。
そのため、のれんが大きい(=時価純資産に対して価格が高い)案件ほど、買い手は「その超過額を何年で回収できるのか」をシビアに検証します。これが価格交渉が厳しくなる根本理由であり、売り手が「なぜここまで根拠を求められるのか」を理解する鍵でもあります。
消費税の落とし穴(事業譲渡の場合)
事業譲渡では、営業権(のれん)は課税資産に該当し、消費税の課税対象になります。国税庁の質疑応答事例では、営業権10億円+有形固定資産10億円=課税資産の譲渡等の対価20億円、土地20億円は非課税として区分する例が示されています(出典: 国税庁 質疑応答事例「営業の譲渡をした場合の対価の額」、2026年7月12日確認)。
実務上、消費税は買い手が負担し、売り手が預かって納付します。つまり売り手側で納税資金の手当てが必要になります。手取り計算からこれが抜けていると、後で資金繰りに困ります。
スキーム選択の詳細は 株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい?比較、税負担の全体像は 会社売却の税金・節税 完全ガイド、手取り額の試算は M&A売却 手取り額シミュレーション・計算ガイド をご覧ください。
のれんの減損 — 買い手が価格に慎重になる本当の理由
のれんの減損とは、買収した事業が期待した収益を生まなくなったときに、のれんの帳簿価額を回収可能価額まで一気に切り下げる処理です。 買い手にとっては巨額の特別損失につながるため、M&Aで最も恐れられているリスクの一つです。
減損の主な兆候
- 買収した事業の営業損益・キャッシュフローが継続してマイナス
- 買収時の事業計画に対する著しい未達
- 経営環境の著しい悪化(市場縮小、規制変更、主要顧客の喪失)
- 市場価値の著しい下落
代表例として、日本郵政は2015年に豪トール・ホールディングスを約6,200億円で買収しましたが、2017年3月期にのれん減損3,923億円を含む約4,003億円の特別損失を計上しました(出典: 日本郵政 社長会見(2017年4月25日)、2026年7月12日確認)。
これは大企業の話ですが、中小M&Aでも買い手の思考回路はまったく同じです。「時価純資産を超えて払った分(=のれん)を回収できるのか」を問い、回収できないと判断すれば価格を下げるか撤退する。売り手が提示価格に納得できないとき、その裏側にあるのは、この減損リスクへの警戒です。
失敗パターンの詳細は M&A 失敗しない方法・失敗事例 を参照してください。
「のれん非償却」議論の現在地
日本基準に「のれんの非償却」(IFRS型)を導入するかどうかの議論が続いていますが、会計基準の改正は決定していません(2026年7月時点)。 「のれんは償却しなくてよくなる」といった断定的な情報を見かけたら、それは誤りです。

これまでの経緯
時期 | 出来事 |
|---|---|
2022年11月 | IASBが、のれん償却の再導入を正当化する説得力ある論拠はないとして、減損のみモデルの維持を暫定決定 |
2024年3月14日 | IASBが公開草案「企業結合—開示、のれん及び減損」を公表。焦点は開示と減損テストの改善へ |
2025年7月11日 | 第54回企業会計基準諮問会議で、経済同友会ほか12団体・スタートアップ有志35社・企業経営者有志138名より「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」が新規テーマとして提案 |
2025年8月〜2026年6月 | ASBJが公聴会を複数回開催 |
2026年4月1日 | FASFが情報要請文書「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」を公表 |
2026年6月5日 | 情報要請のコメント提出期限 |
2026年6月22日 | 経済同友会が「改めてのれんの非償却を求める」提言を公表 |
現在 | 基準改正は未決定。諮問会議がテーマ化の是非を判断する段階 |
出典: FASF「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」/経済同友会(2026年6月22日)/EY Japan 解説(いずれも2026年7月12日確認)
検討されている内容
- のれんの償却・非償却の選択制を導入するかどうか
- のれん償却費の計上区分の変更(販管費 → 営業外費用・特別損失等へ)
- のれん償却前営業利益の表示方法
なお、仮に非償却が導入される場合でも、会計基準の公表までに少なくとも3年を要すると分析されています(出典: FASF情報要請文書、2026年7月12日確認)。
売り手にとってどういう意味があるか
のれん償却は買い手の営業利益を毎期削るため、買い手が高い価格(=大きなのれん)を出しにくい要因になっています。もし将来的に非償却が認められれば、買い手側の心理的ハードルが下がり、のれんを厚く積んだ価格が付きやすくなる可能性はあります。
ただし現時点では未決定です。「制度が変わるまで売却を待つ」という判断は、少なくとも3年以上の不確実な待機を意味します。自社の業績・オーナーの年齢・市場環境という現実の条件のほうが、はるかに大きく価格を左右します。売り時の考え方は 会社の売り時 判断基準5つ を参照してください。
売り手が「のれん」を高く評価してもらうためにできること
のれんは交渉で勝ち取るものではなく、事前の準備で積み上げるものです。 買い手が支払う超過額は、「オーナーがいなくなった後も、その収益が続く」と確信できて初めて正当化されます。

打ち手 | なぜのれんに効くのか | 具体的な行動 |
|---|---|---|
属人性を排除する | オーナーが抜けると収益が消える会社に、買い手は上乗せを払えない | 営業・仕入の主要取引をオーナー個人から組織へ移す。マニュアル化・権限移譲 |
収益の安定性を高める | 変動の大きい利益は、年買法の「×N年」のNを下げる | ストック型・継続契約の比率を高める。一過性の利益に頼らない |
顧客集中度を下げる | 1社依存はDDで必ず指摘され、価格の減額要因になる | 上位顧客の売上比率を下げる。新規開拓の実績を残す |
簿外債務・偶発債務を整理する | 時価純資産が下がれば、のれんの前提そのものが崩れる | 未払残業代・退職給付・保証債務・係争案件を洗い出し、可能な範囲で解消 |
数字を説明できる状態にする | 説明できない利益は、買い手のリスク割引の対象になる | 役員報酬・オーナー関連費用を正常化し、実質営業利益を明示できるようにする |
これらはM&Aの直前にやっても間に合いません。理想は売却検討の1〜2年前からの着手です。具体策は M&A 売却価格を上げる方法、DD対策は M&A DD 売り手の準備チェックリスト にまとめています。
のれんが付きやすい会社 / 付きにくい会社
のれんが付きやすい(=時価純資産を大きく超える価格が付きやすい)会社
- 安定した営業利益が継続して出ている — 直近3期の利益が横ばい以上で説明できる
- オーナーがいなくても回る組織になっている — 営業・製造・管理が属人化していない
- 継続取引・ストック収益の比率が高い — 契約更新率が高く、将来キャッシュフローが読める
- 参入障壁がある — 許認可、独自技術、地域シェア、長期の取引実績
- 人材が定着している — 従業員の退職リスクが低く、買収後も戦力が残る
- 簿外債務がなく、決算書が実態と合っている — DDで減額要因が出てこない
のれんが付きにくい(=純資産価格、場合によっては負ののれんになりやすい)会社
- オーナーの個人的な信用・人脈で売上が成り立っている — 引退した瞬間に収益が失われる
- 利益が赤字または不安定 — 上乗せの根拠がない
- 特定顧客への依存度が極端に高い — その1社を失えば事業が成立しない
- 簿外債務・未払残業代・係争案件がある — 時価純資産そのものが目減りする
- 設備が老朽化し、追加投資が前提になる — 買い手が投資額を価格から差し引く
- 業界全体が構造的に縮小している — 将来の超過収益力を見込みにくい
「自社は付きにくい側かもしれない」と感じた場合、それは売却を諦める理由ではなく、準備すべき項目が明確になったということです。廃業との比較を含めて検討したい方は M&Aか廃業か 比較・判断基準 をご覧ください。
よくある質問
Q. のれん償却で節税できると聞きましたが本当ですか?
A. スキームが限定されます。税務上ののれん(資産調整勘定)が発生するのは、事業譲渡や非適格合併などの場合です。株式譲渡では税務上ののれんは発生せず、買い手は買収額を損金算入できません。したがって「M&Aをすれば必ず節税になる」わけではありません。しかもこれは買い手側のメリットであり、売り手の節税ではない点にも注意してください。
Q. 償却期間は自由に決められますか?
A. 会計上は20年以内で「効果の及ぶ期間」を合理的に見積もって決めますが、恣意的に長く設定すると監査上の問題になり得ます。また、原則として途中での変更は認められません(会計上の見積りの変更に該当する場合を除く)。一方、税務上の資産調整勘定は60ヶ月=5年で強制であり、選択の余地はありません。
Q. のれんが減損されたら、売り手が責任を問われますか?
A. 減損自体は買い手の会計処理であり、それだけで売り手が責任を負うことはありません。ただし、表明保証違反(簿外債務の隠蔽、粉飾決算など)が減損の原因になった場合は、損害賠償や補償請求の対象になり得ます。詳しくは M&A 表明保証とは を参照してください。
Q. のれんは大きいほど売り手にとって良いのですか?
A. 手取り額という意味では、のれんが大きいほど売却価格が高くなるため有利です。ただし、実態を伴わない過大なのれんは、DDでの減額や、買収後のトラブル(減損・補償請求)につながります。根拠を説明できるのれんであることが重要です。
Q. 事業譲渡だと消費税がかかると聞きましたが、誰が払うのですか?
A. 負担するのは買い手ですが、受け取って納付するのは売り手です。営業権(のれん)や棚卸資産・建物などの課税資産に対して消費税が課され、売り手は預かった消費税を申告・納付する必要があります。手取り額の計算時に、この納税資金を忘れないでください(土地は非課税です)。
Q. 個人事業の営業権の譲渡はどうなりますか?
A. 個人が事業用の営業権を譲渡した場合、原則として譲渡所得として課税されます。法人の場合とは扱いが異なり、また事業の内容によって判断が分かれます。個別の判断は必ず税理士にご相談ください。
まとめ — のれんは「あなたの会社の値段の上乗せ分」
- のれん(営業権)=買収価格 − 時価純資産。ブランド・顧客基盤・人材といった、決算書に載らない収益力への対価
- 会計上は日本基準で20年以内に償却、IFRSでは償却せず毎期減損テスト
- 税務上は別概念。資産調整勘定は60ヶ月(5年)で強制償却され、株式譲渡では税務上ののれんは発生しない
- 事業譲渡では、のれんに消費税が課税される。売り手は納税資金の準備が必要
- 中小M&Aの「年買法」の上乗せ部分が実務上ののれん代。ただし理論的裏付けは弱く、交渉の出発点にすぎない
- 「のれん非償却」の導入は議論中であり、決定していない
- のれんを厚くできるかは、属人性の排除・収益の安定性・簿外債務の整理といった事前準備で決まる
のれんは、オーナーがこれまで築いてきたものが金額として初めて可視化される数字です。だからこそ、その根拠を自分の言葉で説明できる状態にしてから交渉のテーブルに着いてください。
本記事は公表資料に基づく一般的な解説です。会計処理・税務処理・スキーム選択の最終判断は、必ず税理士・公認会計士・弁護士などの専門家にご相談ください。
次に読むべきページ
- 会社売却 いくらで売れる?相場・算定方法 — のれんを含めた売却価格の全体像
- 株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい?比較 — スキームで手取りがどう変わるか
- 会社売却の税金・節税 完全ガイド — 譲渡所得税・消費税の実務
- M&A 売却価格を上げる方法 — のれんを積み上げる具体策
- M&A仲介会社 比較(売り手向け) — 価格交渉を任せる相手の選び方
出典一覧
- 企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」(ASBJ)(2026年7月12日確認)
- 国税庁 法人税基本通達(減価償却資産の範囲)(2026年7月12日確認)
- 国税庁 消費税 質疑応答事例「営業の譲渡をした場合の対価の額」(2026年7月12日確認)
- 国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税(2026年7月12日確認)
- 減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第三(e-Gov)(2026年7月12日確認)
- 中小企業庁 中小M&Aガイドライン(第3版)(2026年7月12日確認)
- PwC Japan「のれんの償却と減損実務」(2026年7月12日確認)
- FASF「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」(2026年7月12日確認)
- 経済同友会「改めてのれんの非償却を求める」(2026年6月22日)(2026年7月12日確認)
- 日本郵政 社長会見(2017年4月25日/トール減損)(2026年7月12日確認)
