M&A用の事業計画書(将来収益計画)の作り方|買い手が見る3〜5年計画の根拠
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M&A用の事業計画書(将来収益計画)の作り方|買い手が見る3〜5年計画の根拠

会社売却で求められる事業計画書の作り方を売り手オーナー向けに解説。計画の起点を正常収益力に置く理由、売上のKPI分解例、買い手とDDが検証するポイント、盛った計画が招く減額・アーンアウトのリスクまで整理しました。

M&A比較レビュー編集部2026/8/1113分で読める

M&A(会社売却)で求められる事業計画書は、「立派に見える計画」ではなく「買い手のデューデリジェンス(DD)で検証しても崩れない計画」を作るのが正解です。具体的には、①計画の起点を決算書の営業利益ではなく正常収益力(オーナー個人の経費や過大な役員報酬を調整した実力値)に置き、②売上をKPIに分解して1つひとつに根拠資料を紐づけ、③3〜5年分をベース・楽観・悲観の3シナリオで示す、という手順になります。

融資申請や補助金申請で使う事業計画書とは、読み手も評価の物差しもまったく違います。銀行や審査機関は「返済・遂行できるか」を見ますが、M&Aの買い手は「この数字にいくら払えるか」を見ます。だから、少しでも良く見せようと数字を積み増した計画は、DDで前提を突き崩されて減額交渉の材料になり、最悪の場合はアーンアウト(業績連動対価)の達成条件として設定され、受け取れるはずの対価が消えます。

この記事でわかること

  • M&A用の事業計画書が、融資用・補助金用と何が違うのか
  • 事業計画がM&Aプロセスのどこで使われ、いつまでに必要になるのか
  • 計画の初年度を「正常収益力」に置くべき理由と、簡単な調整の例
  • 何年分・どの粒度で作るか(3年か5年か)の判断基準
  • 売上計画をKPIに分解する具体例(受託型・店舗型・サブスク型の3パターン)
  • 買い手とDDが実際に検証するチェックポイントと、用意すべき根拠資料
  • 過度に楽観的な計画を出したときに起きる4つの代償
  • 将来予測と表明保証の線引き
  • 事業計画を作る余裕がない場合の、事実ベースでの代替手段

この記事は、会社の売却を検討していて「仲介会社から事業計画を出してほしいと言われたが、何をどこまで書けばいいのか分からない」という中小企業のオーナー経営者・後継者・管理部門責任者に向けて書いています。

⚠️ 本記事は事業計画の作り方に関する一般的な解説です。企業価値の算定方法、最終契約書における表明保証・アーンアウト条項の設計、税務上の取扱いは個別事情によって結論が変わります。実際の判断は、公認会計士・税理士・弁護士など専門家にご相談ください。

M&Aプロセスの流れと事業計画書が使われるタイミングのイメージ

結論:M&Aの事業計画は「説得する書類」ではなく「検証される書類」

M&A用の事業計画書は、提出したら終わりではありません。買い手はその数字をバリュエーション(企業価値評価)のモデルに入力し、DDのフェーズで前提を1つずつ検証します。つまり提出後に必ず「なぜこの数字なのか」を問われる書類です。

この性質を理解すると、作り方の優先順位が変わります。

  1. 数字の大きさより、根拠の追跡可能性が価値を持つ。売上5億円という結論より、「既存顧客60社×継続率85%×平均単価420万円+新規12社」という分解と、その裏づけになる契約書・受注残のほうが重要
  2. 上振れ要素は本体計画に混ぜず、別建てで示す。ベースケースは達成確度の高い数字に置き、新規事業や大口案件の期待値は「アップサイド」として分けて出す
  3. 買い手側のシナジーは自社計画に入れない。買収後に買い手のリソースで生まれる効果は、買い手が自分で計算する領域。売り手が混ぜ込むと、計画全体の信頼性が落ちる

売り手の提出資料には「少しでも高く売りたい」というバイアスが乗っている、というのは買い手・アドバイザー側の共通認識です。企業価値評価の実務でも、売り手提出の事業計画をそのまま採用せず、前提の合理性を確認したうえで必要に応じて修正することが前提とされています(出典:プルータス・コンサルティング「企業価値評価の前提となる事業計画の有用性とは」/確認日:2026年8月12日)。

だからこそ、「検証に耐える」という一点で信頼を取りにいくほうが、結果的に価格でも交渉力でも有利になります。

M&A用の事業計画書は、融資用・補助金用と何が違うのか

同じ「事業計画書」という名前でも、M&A用は目的も読み手も別物です。ネット上のテンプレートの多くは創業融資・補助金申請用で、そのまま流用すると論点が噛み合いません。

比較項目

銀行融資・創業融資用

補助金申請用

M&A(会社売却)用

読み手

金融機関の審査担当

審査機関・認定支援機関

買い手企業の経営企画・財務担当、DDチーム

主な目的

返済能力を示す

補助対象事業の妥当性・政策目的への適合を示す

買収価格の根拠になる将来キャッシュフローを示す

期間

3〜5年(融資期間に依存)

補助事業期間+効果検証期間(3〜5年)

3〜5年(DCF法の前提期間に合わせる)

重視される数字

返済原資(営業CF・債務償還年数)

付加価値額・賃上げ・生産性向上

EBITDA・フリーキャッシュフロー・運転資本・設備投資

起点となる利益

決算書の数字がベース

決算書の数字がベース

正常収益力(決算書の数字を調整した実力値)

計画未達のとき

返済が続けば直ちに問題化しない

事業化状況報告で説明を求められる

減額交渉・アーンアウト未達・信頼低下に直結

検証の深さ

決算書との整合性チェック中心

書面審査中心

DDで前提条件まで実地検証される

特に見落とされやすいのが、下から3番目の「起点となる利益」です。融資用や補助金用は決算書の数字をそのまま出発点にしますが、M&Aでは決算書の営業利益をそのまま初年度に置くと、買い手のモデルと噛み合わなくなります。この論点は次の章で扱います。

なお、企業価値の算定手法によって事業計画の重要度は変わります。将来キャッシュフローを割り引いて評価するDCF法や、収益力に倍率を掛けるEBITDAマルチプルで評価される案件では、計画がそのまま価格に効きます。詳しくはM&Aバリュエーション手法比較(DCF・類似会社比較法・年買法)で整理しています。

事業計画はいつ・どこで使われるか

事業計画書が必要になるのは、企業概要書(IM/インフォメーション・メモランダム)を作成するタイミングです。IMの「将来収益計画」パートにそのまま転載され、秘密保持契約を締結した買い手候補に開示されます。

フェーズ

事業計画の扱い

このタイミングでやること

① 準備期(仲介契約の前後)

まだ作らなくてよい

過去3期の実態把握、正常収益力の整理、オーナー個人経費の洗い出し

② IM作成期

ここで3〜5年計画を作る

数値計画+前提条件の文書化。仲介会社・FAと数字の置き方をすり合わせる

③ トップ面談

計画を経営者自身の言葉で説明

「なぜこの成長率か」を語れるようにしておく。数字の暗記ではなく事業の論理

④ 意向表明・基本合意

買い手の提示価格の前提になる

価格の根拠として、どの数字が使われたかを確認しておく

⑤ デューデリジェンス

前提の合理性が実地で検証される

受注残・契約書・見積書など根拠資料を提示できる状態にしておく

⑥ 最終契約

未達リスクが条件設計に反映される

アーンアウト・価格調整条項の水準を慎重に確認

トップ面談は意向表明書(LOI)提出の前に行われるのが一般的で、その時点で買い手はIMに載った計画を読み終えています(出典:BATONZ「M&Aにおけるトップ面談とは?」/fundbook「M&Aのトップ面談の事前対策や最終契約までの流れ」/確認日:2026年8月12日)。つまり面談の場は「初めて計画を説明する場」ではなく、「計画の背後にある経営者の考えを確認される場」です。

関連記事:M&A インフォメーション・メモランダム(IM)とはM&Aトップ面談・経営者面談の進め方と成功ポイント

計画の起点は「決算書の営業利益」ではなく「正常収益力」

M&A用の事業計画で最も重要なのに、最も多く抜け落ちるのがここです。計画初年度の利益は、決算書の営業利益ではなく、オーナー個人に紐づく費用を調整した「正常収益力(修正EBITDA)」に置く必要があります。

中小企業の損益計算書には、事業そのものの実力とは無関係な項目が混ざっているのが普通です。財務DDでは買い手がこれらを調整して「真の収益力」を算出します(出典:トランビ「修正EBITDAとは?M&Aでの調整項目・計算例」/ZEIKEN LINKS「デューデリジェンスとは-各種DDと中小企業特有の論点-」/確認日:2026年8月12日)。

決算書の営業利益から正常収益力(修正EBITDA)へ調整する作業のイメージ

調整のイメージ(数値は説明用の例)

項目

金額

調整の考え方

決算書上の営業利益

3,000万円

出発点

+ 役員報酬の適正水準超過分

+2,000万円

オーナー報酬4,500万円に対し、後任社長の市場水準を2,500万円と置いた差額

+ オーナー個人に紐づく経費

+400万円

節税目的の生命保険料、私用車両費、個人的な交際費など

− 無償で使っていた資産の適正賃料

−300万円

オーナー所有不動産を無償使用していた場合、売却後は賃料が発生する

− 一時的な収益

−200万円

単発の補助金収入、固定資産売却益など継続性のないもの

= 正常収益力(実質的な営業利益)

4,900万円

これを計画初年度の起点に置く

決算書の3,000万円から計画を始めると、自社の実力を過小に見せることになります。逆に、調整すべき項目を無視して都合よく上乗せだけすると、DDで否定されます。「上にも下にも動かす」のが正しい調整です。

中小企業のM&AにおけるEBITDA倍率は、非上場ディスカウントなどを考慮して3〜5倍程度が目安として語られることが多い水準です(出典:M&Aロイヤルアドバイザリー「EBITDAとは?」/トランビ「修正EBITDAとは?」/確認日:2026年8月12日。民間解説による一般的な目安であり、公的な統計値ではありません。業種・規模・成長性で大きく変動します)。仮に倍率4倍とすれば、上の例で正常収益力を1,900万円分正しく認識できているかどうかで、評価額に7,600万円の差が生じる計算になります。

⚠️ 役員報酬の見直しやオーナー個人経費の整理は、法人税・所得税の取扱いに影響します。実行の順序やタイミングについては、顧問税理士に事前相談してください。

正常収益力を正しく出すには、売却前の財務整理が前提になります。M&A売却前の財務クリーニング(簿外債務・在庫整理)EBITDA倍率とは M&A企業価値算定の基本もあわせて確認してください。

何年分・どの粒度で作るか

結論から言うと、3〜5年分・初年度は月次または四半期・2年目以降は年次、が中小M&Aの実務的な落としどころです。

DCF法では一般に5年程度の事業計画をもとにフリーキャッシュフローを見積もり、それ以降は継続価値(ターミナルバリュー)で評価します(出典:M&Aキャピタルパートナーズ「DCF法の算出手順をステップ解説」/M&Aロイヤルアドバイザリー「DCF法とは?」/確認日:2026年8月12日)。

年数の判断基準を整理すると次のようになります。

状況

推奨年数

理由

業績が安定し、大きな投資予定もない

3年

5年目まで書いても根拠が薄くなり、かえって信用を落とす

新規出店・設備投資の回収が3年目以降にかかる

5年

投資回収まで見せないと、投資負担だけが計画に映る

DCF法での評価が想定される(成長業種・EBITDA数千万円以上)

5年

評価モデルの前提期間に合わせる

業績が横ばい・年買法中心の評価が想定される

3年(簡易版可)

計画より「現状維持の根拠」のほうが効く

粒度については、初年度だけ月次に落とすのが実務的です。理由は2つあります。ひとつは、季節変動のある事業では年次だけでは実態が伝わらないこと。もうひとつは、DDの時点で「計画初年度の進捗はどうなっているか」を必ず聞かれるためです。月次で組んでおけば、そのまま予実対比(予算と実績の差異管理)の資料になります。

なお、予実管理の履歴があること自体が買い手の評価につながります。過去に立てた計画と実績のズレを説明できる会社は、今回の計画の信頼度も高く見られるからです。

M&A用事業計画に入れる9つの構成要素

計画書は、数値表だけでは足りません。数値表+前提条件の説明がセットで初めて機能します。以下の9ブロックを揃えるのが標準です。

M&A用事業計画書に入れる9つの構成要素を組み立てるイメージ

ブロック

書く内容

買い手が確認したいこと

① 事業概要・ビジネスモデル

何で稼いでいるか、商流、収益構造

買収後も同じ稼ぎ方が続くのか

② 市場環境・競合

市場規模と成長率(公的統計を使う)、競合内での位置づけ

計画の成長率が市場と整合しているか

③ 売上計画(3〜5年)

KPIに分解した売上(後述)

過去成長率・市場成長率と比べて楽観すぎないか

④ 原価・販管費計画

人件費、仕入、外注、家賃、広告宣伝費

売上増に伴うコスト増が織り込まれているか

⑤ 設備投資・減価償却

更新投資と成長投資を分けて記載

売上計画・減価償却と整合しているか

⑥ 運転資本

売上債権・棚卸資産・仕入債務の回転日数

過去実績と計画値がずれていないか

⑦ 組織・人員計画

採用計画、キーマン、オーナー退任後の体制

社長がいなくなっても回るのか

⑧ 前提条件一覧

各数値の根拠を1枚に列挙

検証できる形になっているか

⑨ リスクと対応策

下振れ要因と、その場合の打ち手

都合の悪い情報も開示する姿勢があるか

(構成の共通項の参考:M&Aロイヤルアドバイザリー「事業計画書とは?書き方から記入例、注意点まで」/M&A・PMI支援エージェント「M&Aで伝わる事業計画の作り方」/確認日:2026年8月12日)

このうち、⑤設備投資・⑥運転資本・⑨リスクの3つは、中小企業の事業計画で最も省略されやすく、かつDCF法では価格に直結する項目です。設備投資と運転資本の増減はフリーキャッシュフローの計算に直接入るため、ここが空欄だと買い手が保守的な数字を勝手に置くことになり、評価が下がります。

そして⑨のリスク開示は、逆説的に信頼を上げます。「大口顧客A社が売上の32%を占めており、契約更新は毎年3月。更新できなかった場合は年商が○%減少するが、直近5年は継続しており、代替として○○を進めている」——ここまで書いてある計画は、隠していないという心証を生みます。

売上計画をKPIに分解する|業種別3パターン

売上計画は「前年比110%」のような書き方をしてはいけません。買い手が検証できる変数に分解するのが鉄則です。以下、代表的な3パターンを数値例つきで示します(数値はすべて説明用の仮の例です)。

パターン1:BtoB受託型(システム開発・制作・工事など)

売上 = 既存顧客数 × 継続率 × 顧客あたり年間平均単価 + 新規顧客数 × 初年度単価

項目

実績(前期)

計画1年目

根拠

既存顧客数

60社

60社

顧客別売上一覧

継続率

85%

85%

過去3期の平均継続率

顧客あたり年間単価

420万円

430万円

直近の価格改定実績

既存売上

2億1,420万円

2億1,930万円

新規獲得社数

12社

12社

過去3期の平均獲得数

新規単価(初年度)

250万円

250万円

直近12件の平均受注額

売上合計

2億4,420万円

2億4,930万円

この形にすると、買い手は「継続率85%は本当か」「新規12社は営業体制で達成可能か」という具体的な検証に進めます。逆に言えば、検証されて壊れない数字だけを置く必要があります。

パターン2:店舗・多拠点型(飲食・小売・サービス)

売上 = 店舗数 × 年間営業日数 × 1日あたり客数 × 客単価

既存8店舗(年間340日営業・1日65人・客単価1,200円)なら、8×340×65×1,200=2億1,216万円。ここに新店を織り込む場合は、次の3点をセットで書きます。

  • 新店の開業月(例:計画1年目の10月)と、初年度は既存店平均の70%で立ち上がるという前提
  • 出店に伴う設備投資額と減価償却の開始時期
  • 出店に伴う人員採用(人数・時期・人件費増)

新店の売上だけ足して、投資と人件費を足し忘れる計画は非常に多く、これは買い手側からすぐ見抜かれます。

パターン3:サブスク・SaaS型

翌月MRR = 当月MRR + 新規MRR + アップセルMRR − 解約MRR

期首MRR1,200万円、月次新規40万円、月次解約率1.2%とすると、単純計算で12か月後のMRRは約1,490万円、その12か月間の売上合計は約1億6,300万円になります。この型では、解約率(チャーン)の置き方が価格に最も効く変数です。過去24か月の実績チャーンと計画チャーンが乖離していると、そこだけで計画全体の信憑性が疑われます。

IT・SaaS企業の売却に固有の論点はIT・SaaS企業の会社売却 特有の注意点と成功ポイントで解説しています。

買い手とDDが検証するポイント|逆算チェックリスト

計画は「買い手がどこを見るか」から逆算して作るのが最短です。買い手側の実務でチェックされる観点は、おおむね次の6つに集約されます。

買い手とデューデリジェンスが事業計画の前提を検証するイメージ

チェック項目

買い手が見ていること

用意しておく根拠資料

売上の妥当性

過去の成長率に比べて過度に楽観的でないか。市場成長率と整合するか

顧客別売上推移、受注残一覧、契約書、引き合い状況、業界統計

原価・人件費

売上増に見合う変動費・人件費が織り込まれているか

過去3期の原価率推移、採用計画、給与テーブル

運転資本

売上債権・棚卸資産・仕入債務の回転日数が過去実績と整合するか

月次の売掛・在庫・買掛の推移表、主要取引先の支払サイト一覧

設備投資

更新投資と成長投資が区別されているか。減価償却と整合するか

固定資産台帳、設備の更新計画、見積書

スタンドアロン前提

買い手のシナジーが混ざっていないか

現体制のままの計画であることの明示

前提の管理体制

社内で承認された計画か。予実管理をしてきた実績があるか

過去の予算と実績の対比資料、経営会議の議事録

(買い手側チェック観点の整理の参考:経営1000略「事業計画のチェックポイント|M&A買手企業が納得する事業計画とは?」/確認日:2026年8月12日)

このうち、中小企業の計画で最もズレやすいのが運転資本の回転日数です。売上が1.3倍になれば、通常は売掛金も在庫も増えます。にもかかわらず貸借対照表の残高を据え置いた計画を出すと、「キャッシュフローを実態より良く見せている」と判断されます。売上の伸びに比例して運転資本も増える形に置くだけで、計画の質は明確に上がります。

DDで実際に何を求められるかは、M&A DD(デューデリジェンス)売り手の準備チェックリストデューデリジェンスとは(売り手向け)で整理しています。

シナリオは3本立てる|上振れ要素の正しい見せ方

ベースケース・楽観ケース・悲観ケースの3本を作り、ベースケースを「達成確度が高い数字」に置くのが、交渉で崩れにくい形です。

シナリオ

置き方

交渉での役割

ベース

既存事業の延長線上で、根拠資料が揃う範囲の数字

価格交渉の土台。DDで検証されても動かない

楽観(アップサイド)

新規事業・大口案件・新規出店が想定どおり進んだ場合

「この上振れ余地に価値を感じる買い手」を探すための材料

悲観(ダウンサイド)

主要顧客の離脱・原材料高騰など下振れ要因が起きた場合

開示姿勢の証明。買い手のリスク見積もりを過剰にさせない

上振れ要素をベースケースに混ぜ込むと、DDで否定されたときにベースケースごと信用を失います。分けておけば、否定されるのはアップサイドだけで済みます。これは交渉技術というより、リスク管理の問題です。

あわせて、成長率・原価率・割引率を振ってみる感度分析をしておくと、「自社の価値がどの変数で決まるのか」が見えます。たとえば「原価率が1ポイント動くと評価額が○千万円動く」と分かっていれば、売却前に手を打つべき優先順位が決まります(参考:プルータス・コンサルティング「企業価値評価の前提となる事業計画の有用性とは」/確認日:2026年8月12日)。

売却価格そのものの引き上げ方はM&A 売却価格を上げる方法、価格交渉の進め方はM&A 売却価格の交渉術・成功ポイントを参照してください。

「盛った計画」を出すと何が起きるか|4つの代償

過度に楽観的な計画は、短期的には買い手候補の関心を引くかもしれません。しかし最終的に売り手が損をする構造になっています。起こりうることを具体的に整理します。

盛った事業計画がDD後の減額交渉につながるリスクのイメージ

代償1:DDで前提が否定され、価格が下がる

買い手は計画をそのまま受け入れません。DDで前提の合理性を検証し、必要と判断すれば自社で計画を修正します。修正後の数字で再計算した評価額が、当初の提示額を下回れば、そのまま減額交渉の材料になります。基本合意の後に価格を下げられるのは、売り手にとって最も交渉力が弱いタイミングです。

代償2:計画以外の開示情報まで疑われる

「この会社の出す数字は割り引いて見るべきだ」という心証がつくと、財務・労務・法務のすべての開示情報が疑いの目で見られます。結果としてDDの範囲が広がり、期間が延び、追加の質問対応にオーナーの時間が奪われます。

代償3:アーンアウトの達成条件に設定される

これが金額的には最も痛い代償です。強気の計画を出したことで、買い手が「では、その水準を達成したら追加対価を払いましょう」という条件設計に持ち込むケースがあります。一見フェアに見えますが、達成できなければ、その部分の対価は永久に受け取れません。しかも売却後は経営権が買い手に移っているため、達成に必要な投資判断を売り手がコントロールできないという構造的な問題も残ります。

詳しくはM&A アーンアウトとはM&Aアーンアウト受領時の税務・会計処理ガイドを参照してください。

代償4:統合後(PMI)で摩擦が起きる

買い手は買収価格を投資回収計画に落とし込みます。計画が未達なら、買い手側の社内で「この買収は失敗だったのでは」という評価が生まれ、残った従業員や、引き継ぎ期間中のオーナー自身に圧力がかかります。利益予測が過度に楽観的で計画未達となることは、統合後につまずく典型的な要因として、民間の解説記事や公的支援機関のガイド(J-Net21「M&Aの一般的な手順と注意点」/確認日:2026年8月12日)でも指摘されています。

関連:M&A PMI(統合プロセス)とはM&A 失敗しない方法・失敗事例

将来予測と表明保証の線引き

「計画が未達だったら、売却後に損害賠償を請求されるのか」という不安への答えは、原則として「計画そのものの未達で直ちに責任は生じにくい。ただし計画の根拠として示した事実が虚偽なら、責任を問われうる」です。

表明保証は、一定時点における過去・現在の事実が真実かつ正確であることを保証する条項です。事業計画や財務予測などの将来予測的な事項は、通常は表明保証の対象に含めません(含める場合も「作成にあたり誠実に検討した」といった限定的な表現になります)。一方で、計画の前提として提示した過去実績・受注残・契約内容などは「事実」であり、表明保証の対象になり得ます(出典:日本M&Aセンター「表明保証とは?M&Aで押さえておきたいポイント」/M&Aロイヤルアドバイザリー「表明保証とは?」/確認日:2026年8月12日)。

つまり、線引きはこうなります。

  • 問題になりにくい:合理的な前提のもとで作った計画が、市況変化などで結果的に未達になった
  • 問題になり得る:存在しない受注を受注残に計上した、契約が終了している顧客を継続顧客として数えた、過去実績の数字を改変した

⚠️ ただし、表明保証の範囲は最終契約書(SPA)の文言によって変わります。将来予測を除外する条項が明記されているか、必ず契約段階で弁護士に確認してください。

関連:M&A 表明保証とは わかりやすく解説M&A SPA(株式譲渡契約書)とは

事業計画を作る余裕がない場合の代替策

事業計画がないからといって、売却できないわけではありません。特に業績が安定していて年買法(時価純資産+営業利益の3〜5年分)中心で評価される小規模案件では、精緻な将来計画より「現状維持できる根拠」のほうが効きます。

その場合は、以下の事実ベースの資料6点を揃えて「この状態が続く」という説明に置き換えます。

  1. 過去3期の決算書と月次推移 — 売上・利益の安定性を示す。季節変動もそのまま見せる
  2. 顧客別売上高一覧(取引年数つき) — 取引先の継続性と、依存度の分散状況を示す
  3. 受注残・契約更新状況の一覧 — 来期の売上のうち、すでに確定している部分を明示する
  4. 設備投資の予定と更新時期 — 直近で大きな設備更新が必要かどうかは、買い手の関心事
  5. 組織図とキーマン依存度の説明 — オーナー退任後に誰が何を担うか。属人業務の引き継ぎ状況
  6. 許認可・主要契約の更新期限一覧 — 承継可否と更新タイミングの整理

このセットは、そのままDD準備資料にもなります。会社売却で最低限求められる資料には、過去3期分の決算書、顧客別売上高一覧、セグメント別売上高、組織図、従業員一覧、役員略歴、登記簿謄本、定款などが含まれます(出典:M&A総合研究所「M&Aによる会社売却の準備」/確認日:2026年8月12日)。

なお、経営計画の策定率そのものが中小企業では高くありません。中小企業庁『2020年版 小規模企業白書』では、小規模事業者の経営計画策定率は5割を下回り、中規模企業でも約7割という調査結果が示されています(未策定の理由としては「必要性を感じない」「策定する人員やノウハウがない」がそれぞれ3割超)。同白書では、長期を見据えた経営計画を策定している事業者ほど業績が向上している傾向も指摘されています(出典:中小企業庁『2020年版 小規模企業白書』第3部第2章第1節/確認日:2026年8月12日。2020年版のデータであり、最新年版では数値が異なる可能性があります)。

計画がないことは珍しくありません。問題は、計画がないまま「なんとなくの数字」を口頭で伝えてしまうことです。

関連:会社売却 準備チェックリストM&A売却前の登記・株主名簿整備 チェックリスト

誰が作るか|自社・仲介会社・専門家の役割分担

事業計画の作成は、数字づくりを外注しても、前提を語るのはオーナー自身という前提で役割を分けるのが現実的です。

担当

向いている作業

注意点

オーナー・社内の経理担当

事業の前提づくり、KPIの設定、顧客・受注の実態把握

数字を作ること自体より、根拠を集めるのが本業

仲介会社・FA

IM形式への落とし込み、買い手目線での表現調整、評価への接続

どこまでが契約範囲か、契約前に確認すること

顧問税理士・会計士

正常収益力の算定、税務影響の確認、財務モデルの整合チェック

顧問業務の範囲外になる場合は別途費用が生じうる

事業計画やIMの作成を仲介会社・FA・税理士に依頼した場合の費用は各社で扱いが異なり、公開された標準価格は確認できていません(2026年8月12日時点)。仲介契約の着手金・月額報酬に含まれるケースと、別途コンサルティング費用が発生するケースの両方があります。金額は依頼先に個別に確認してください。

契約前に確認すべきなのは、次の3点です。

  1. 事業計画・IMの作成支援は、契約に含まれる業務範囲か、追加費用か
  2. 計画の数値は誰が作るのか(自社が作り仲介が整形するのか、仲介が原案を作るのか)
  3. 途中で計画を修正する場合、追加費用が発生するか

仲介契約の確認ポイント全般はM&A 仲介契約の注意点・チェックリスト、費用の全体像はM&A費用・手数料相場 レーマン方式で整理しています。

事業計画づくりに使える公的資料・ツール

計画の前段となる「現状整理」には、公的なフレームが使えます。ただしすでに提供終了しているツールが他サイトで紹介され続けているため、注意が必要です。

資料・ツール

提供元

使いどころ

現況(2026年8月12日時点)

ローカルベンチマーク(ロカベン)

経済産業省

財務指標と非財務情報(商流・ビジネスモデル・業務フロー)の整理。計画前段の現状把握

提供中。最新様式のバージョンは公式サイトで確認を

中小M&Aガイドライン

中小企業庁

支援機関の行動指針と、売り手が知っておくべき留意点

第3版(2024年8月30日改訂)が確認できる最新版。以降の改訂有無は公式サイトで確認を

事業承継ガイドライン

中小企業庁

経営の「見える化」ツールを使った承継計画の立て方

第3版(2022年3月改訂)

中小企業白書・小規模企業白書

中小企業庁

市場環境・業界動向の記述に使える公的統計

毎年公表

経営計画つくるくん

中小機構

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(出典:経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」(2024年8月30日)/中小企業庁『事業承継ガイドライン(第3版)』/中小企業政策審議会 金融WG資料「ローカルベンチマークの概要と取組について」/確認日:2026年8月12日)

市場環境のパートで「市場は成長が見込まれる」とだけ書くのは避けてください。白書や業界団体の統計を出典つきで引用し、その成長率と自社の売上成長率を並べて示すだけで、計画の説得力は変わります。

中小M&Aガイドラインの内容は中小M&Aガイドラインとは 解説、公的な相談窓口は事業承継・引継ぎ支援センターとは 活用ガイドで解説しています。

作成前後のチェックリスト

提出前に、次の項目を確認してください。1つでも「いいえ」があるなら、その部分がDDで論点になります。

数値の整合性

  • 計画初年度の利益は、正常収益力(調整後)を起点にしているか
  • 売上増に伴う原価・人件費・販管費の増加が織り込まれているか
  • 売上債権・棚卸資産・仕入債務の回転日数が、過去実績と大きくずれていないか
  • 設備投資と減価償却が連動しているか(投資したのに償却費が増えていない、等がないか)
  • 損益計画・貸借対照表計画・キャッシュフロー計画の3表がつながっているか

根拠の追跡可能性

  • 売上がKPIに分解され、各KPIに裏づけ資料があるか
  • 前提条件が1枚にまとまっているか
  • 過去の成長率・市場成長率と、計画の成長率を並べて説明できるか

開示姿勢

  • 買い手側のシナジーを自社計画に混ぜていないか
  • 上振れ要素をベースケースから分離しているか
  • 下振れリスクと対応策を書いているか
  • 顧客集中度・キーマン依存など不利な情報も記載しているか

事業計画を作り込むべき企業/簡易版で足りる企業

同じ「会社売却」でも、事業計画にかけるべき労力は企業によって違います。

作り込む価値が大きい企業

  • EBITDA数千万円以上で、DCF法やEBITDAマルチプルでの評価が見込まれる企業 — 計画がそのまま価格に反映される
  • 直近の業績が一時的に落ち込んでいる企業 — 先行投資・大口案件の端境期など、過去実績だけでは実力が伝わらない
  • IT・SaaS・成長業種の企業 — 将来キャッシュフローが価格の中心になる
  • 新規出店・設備投資・新サービスが仕込み済みの企業 — 収益化前の施策を価格に織り込んでもらう必要がある
  • 複数の買い手候補を競わせたい企業 — 比較可能な計画がないと、買い手側は保守的な数字で入札してくる

簡易版でも実務が回りやすい企業

  • 業績が安定・横ばいで、時価純資産+営業利益の数年分(年買法)中心の評価が想定される小規模企業
  • 既存顧客との長期契約が中心で、来期以降の売上がほぼ確定している企業
  • 買い手が既に決まっており、相対で交渉している案件(それでも「現状維持の根拠」は必要)

ただし、簡易版で足りるケースでも、取引先の継続性・キーマン依存の解消状況・受注残の3点は必ず資料化してください。これらは「現状維持できる根拠」そのものであり、価格の下支えになります。

自社がどのゾーンに当たるかは、評価手法の見当をつけると分かります。会社売却 いくらで売れる?相場・算定方法で目安を確認してみてください。

よくある質問

Q. 事業計画書は何ページくらいのボリュームが適切ですか。

A. 決まりはありませんが、実務では「数値表(Excel)1〜3シート+前提条件の説明資料5〜15ページ程度」に収まるケースが多くなります。IMに転載されることを考えると、分量より1ページで前提条件が一覧できるシートがあるかのほうが重要です。買い手のDDチームは、まずその1枚を見て質問を組み立てます。

Q. 仲介会社が作ってくれると聞いたのですが、自分で作る必要はありますか。

A. 数値表の作成や体裁を仲介会社が支援するケースは多くありますが、前提の置き方を決めるのはオーナーの役割です。トップ面談では「なぜこの成長率なのか」を経営者自身が説明することになります。他人が作った数字は、その場で崩れます。作業は分担しても、中身は自分のものにしてください。

Q. 赤字が続いている会社でも、事業計画を出す意味はありますか。

A. あります。むしろ赤字企業ほど、「なぜ赤字なのか」「いつ黒字化するのか」「そのために何が必要か」を示す計画の有無で買い手の反応が変わります。ただし、根拠のない黒字化計画は逆効果です。赤字要因が一時的なもの(先行投資・特殊要因)なのか構造的なものなのかを分けて説明するところから始めてください。赤字・債務超過企業の売却可否については、会社売却 いくらで売れる?相場・算定方法もあわせて参照してください。

Q. 買い手候補ごとに計画を作り分けてもいいですか。

A. 同じ会社の将来計画が、渡す相手によって違うのは避けるべきです。買い手候補同士が同じアドバイザーを経由していたり、後から情報が突き合わされたりすると、信頼を一気に失います。作り分けるのではなく、共通のベースケースに対して「この買い手ならこのアップサイドが現実的」という説明を口頭で補う形にしてください。

Q. 計画の途中で業績が変わったら、出し直すべきですか。

A. はい。特に計画初年度の実績が計画から大きく乖離した場合は、早めに更新して開示するほうが有利です。DDの段階で「計画と実績がずれている」と買い手側から指摘される展開は、心証面で最も避けたいパターンです。自分から先に出せば、修正の理由も自分の言葉で説明できます。

Q. インターネットにある事業計画書のテンプレートは使えますか。

A. 構成の参考にはなりますが、多くは創業融資・補助金申請用です。M&A用として使う場合は、設備投資(更新/成長の区分)・運転資本の回転日数・前提条件一覧の3つを追加してください。この3つがないテンプレートは、M&Aの用途では不足します。

まとめ

M&A用の事業計画書で押さえるべきポイントを整理します。

  1. 買い手のDDで検証される前提で作る。数字の大きさより、根拠の追跡可能性が価値を持つ
  2. 計画の起点は決算書の営業利益ではなく、正常収益力(役員報酬・オーナー経費などを調整した実力値)に置く
  3. 3〜5年分、初年度は月次。DCF法での評価が想定されるなら5年
  4. 売上はKPIに分解し、1つひとつに裏づけ資料を紐づける
  5. 設備投資・運転資本・リスク開示を省略しない。ここがキャッシュフロー評価に直結する
  6. ベース・楽観・悲観の3本を作り、上振れ要素はベースから分離する
  7. 盛った計画は、減額交渉・信頼低下・アーンアウト未達という形で必ず自分に返ってくる
  8. 計画が作れない場合は、受注残・顧客別売上推移・契約更新状況など事実ベースの資料で「現状維持の根拠」を示す

事業計画は、売却価格を作る書類であると同時に、オーナー自身が「この会社は他人が引き継いでも回るのか」を確認する作業でもあります。売却の意思が固まる前でも、正常収益力の整理と顧客別売上の把握から着手しておいて損はありません。

⚠️ 本記事の数値例はすべて説明のための仮定であり、特定の企業の評価額を示すものではありません。企業価値の算定、契約条項の設計、税務上の取扱いについては、公認会計士・税理士・弁護士など専門家にご相談ください。

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