譲渡制限株式の譲渡承認手続きとは、定款で譲渡制限が付いた株式を他人に譲り渡すために、会社へ承認の可否を決めるよう請求し、取締役会または株主総会の決議を経て承認通知を受ける一連の法定手続きのことです。 会社は請求の日から2週間以内に決定内容を通知しなければならず、通知しなければ承認したものとみなされます(会社法第145条第1号)。
中小企業のほとんどは全株式に譲渡制限を付けているため、M&Aで会社を売る場合はこの手続きを必ず通ります。手続き自体は難しくありませんが、期限を1日でも過ぎると法律上の効果が自動的に発生する点、不承認になったときの買取価格が「簿価純資産ベース」で固定されうる点は、事前に理解しておかないと取り返しがつきません。
この記事でわかること
- 譲渡承認手続きの全体像(承認請求 → 決議 → 通知 → 契約 → 名義書換の5ステップ)
- 手続きに入る前に定款・登記で確認すべき3つのポイント
- 譲渡承認請求書に必ず書く3つの記載事項と、書き漏らすと失うもの
- 承認機関と決議要件の違い(取締役会設置会社/非設置会社/定款で別段の定めがある会社)
- 2週間・40日・10日・20日・1週間という法定期限と、それを守らなかった場合に何が起きるか
- 承認されなかった場合の流れ(会社による買取り/指定買取人/供託/価格決定の申立て)
- 買取価格に使われる「1株当たり純資産額」の中身と、M&A評価額との差
- 承認後の名義書換と、買い手からクロージング時に求められる書類
- 承認手続きが不要なケースと、相続が起きた場合の扱い
こんな方に向いています
- 会社売却(株式譲渡)を検討していて、株主総会・取締役会で何を決議すべきか把握したいオーナー経営者
- 株式の一部を他の株主や後継者に譲るにあたり、正しい手順を確認したい方
- 少数株主として株式の買い取りを求めたいが、どの条文をどう使うのか整理したい方
- 買い手側から「譲渡承認の議事録を出してほしい」と言われ、何を用意すべきか困っている方
本記事の前提と注意: 本記事は、e-Gov法令検索で確認できる会社法(2026年8月12日施行版)および会社法施行規則の条文原文に基づく一般的な解説です(確認日: 2026年9月9日)。実際の手続きは各社の定款の定め・株主構成・事実関係によって結論が変わります。書面の作成、決議の設計、裁判所への申立て、登記については弁護士・司法書士に、自己株式の取得に伴う課税(みなし配当)などの税務は税理士にご相談ください。
譲渡制限株式の譲渡承認手続きとは|まず全体像を押さえる
譲渡制限株式とは、「譲渡による取得について会社の承認を要する」と定款で定められた株式のことです(会社法第107条第1項第1号)。株式は本来自由に譲渡できるのが原則ですが、非公開会社では望まない第三者が株主になることを防ぐため、定款で承認を必要とする設計にしています。
そのため、この株式を第三者に譲る場合には、次の流れをたどります。
承認から名義書換までの5ステップ
ステップ | やること | 主な根拠条文 |
|---|---|---|
① 譲渡承認請求 | 株主(または株式を取得した者)が、会社に対して承認の可否を決めるよう請求する | 第136条・第137条・第138条 |
② 承認機関の決議 | 取締役会または株主総会が、承認するか否かを決議する | 第139条第1項 |
③ 決定内容の通知 | 会社が請求者に、承認・不承認の決定内容を通知する(請求の日から2週間以内) | 第139条第2項・第145条第1号 |
④ 株式譲渡契約の締結・代金決済 | 承認を前提に、譲渡人と譲受人が契約を締結し実行する | — |
⑤ 株主名簿の名義書換 | 譲渡人・譲受人が共同で名義書換を請求し、会社が株主名簿を書き換える | 第130条・第133条・第134条 |
②と③の順番が入れ替わることはありません。決議していないのに承認通知だけを出す、という運用は後日の紛争リスクになります。
なぜ「順番」と「書面」が重要なのか
M&Aの場面では、この手続きの記録がそのまま買い手のチェック対象になります。デューデリジェンス(DD)では、株主名簿・過去の譲渡承認議事録・承認通知書がそろっているかを確認され、抜けがあると「株主が確定していない会社」と評価されます。最終契約(SPA)でも、譲渡承認の取得がクロージングの前提条件として書き込まれるのが一般的です。
株式譲渡そのものの仕組みから確認したい方は「株式譲渡とは?仕組み・手続き・税金をわかりやすく解説」を、会社売却全体の流れは「会社売却とは?流れ・費用・税金・手取り額の完全ガイド」をあわせてご覧ください。
手続きの前に確認する3点|定款・登記・株券の定め
承認請求書を書き始める前に、定款と登記事項証明書で次の3点を確認してください。 ここを飛ばすと、誰に何を請求すればよいのかが決まりません。
確認ポイント1: そもそも譲渡制限が付いているか
譲渡制限の定めの有無は登記事項です(会社法第911条第3項第7号「発行する株式の内容」)。登記事項証明書の「株式の譲渡制限に関する規定」欄に記載があるかどうかで確認できます。全部の株式に付ける方法(第107条)と、種類株式の一部にだけ付ける方法(第108条第1項第4号)があります。
確認ポイント2: 承認機関はどこか、みなし承認条項があるか
定款には次の2つが定められている可能性があります。
- 承認機関の定め — 第139条第1項ただし書により、定款で別段の定めを置くことができます。定めがなければ、取締役会設置会社は取締役会、非設置会社は株主総会が承認機関です。
- みなし承認条項 — 第107条第2項第1号ロにより、「一定の場合には承認をしたものとみなす」と定めることができます。実務では「株主間での譲渡については承認したものとみなす」といった条項が置かれている会社があります。該当すれば、そもそも承認請求が不要になります。
なお、定款で承認機関を代表取締役とする例も実務上あるとされますが、第139条第1項ただし書の「別段の定め」がどこまで認められるかについては議論があります(出典: 税務研究会 法令集「会社法第139条」ほか実務解説、確認日2026年9月9日)。自社の定款が特殊な定め方をしている場合は、必ず弁護士・司法書士に確認してください。
確認ポイント3: 株券発行会社かどうか
株券発行会社では、株式の譲渡は株券を交付しなければ効力を生じません(第128条第1項)。また、承認されず会社・指定買取人が買い取るルートに進んだ場合、請求者側に株券の供託義務が生じます(第141条第3項・第142条第3項)。
会社法施行前に設立された会社では、登記上「株券を発行する旨の定め」が残ったまま、実際には株券を発行していないケースが多くあります。この論点は「株券不交付の株式譲渡は有効?令和6年最高裁判例をM&A実務の視点で解説」で詳しく整理しています。
登記・定款・株主名簿をまとめて点検したい方は「M&A売却前の登記・株主名簿整備チェックリスト」も参考になります。
譲渡承認手続きの流れを条文つきで解説

ステップ1: 譲渡承認請求(第136条・第137条)
請求できるのは次の2者です。
- 株主(譲渡人) — これから譲り渡そうとする段階で請求します(第136条)。M&Aで会社を売る場合は通常こちらです。なお、譲受人が発行会社自身である場合は第136条の対象外で、自己株式の取得手続き(第155条以下)によります。
- 株式取得者(譲受人) — すでに株式を取得した後に請求する場合です(第137条第1項)。この請求は、法務省令で定める場合を除き、株主名簿上の株主と共同して行う必要があります(第137条第2項)。
ステップ2: 承認機関の決議(第139条第1項)
会社は、株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)の決議によって承認の可否を決めます。ただし定款に別段の定めがある場合はその定めに従います。
このとき作成する議事録は、後日のM&Aで必ず提出を求められる書類です。決議の日付・出席者・議案・決議結果を正確に残してください。
ステップ3: 決定内容の通知(第139条第2項)
会社は決定をしたら、譲渡等承認請求をした者に対して決定の内容を通知しなければなりません。この通知が請求の日から2週間以内になされないと、承認したものとみなされます(第145条第1号)。定款でこれを下回る期間を定めている場合は、その短い期間が基準になります。
ステップ4: 株式譲渡契約の締結と実行
承認が得られたら、譲渡人と譲受人の間で株式譲渡契約を締結し、代金決済を行います。M&Aでは株式譲渡契約書(SPA)に「譲渡承認の取得」がクロージングの前提条件として明記されるのが通常です。契約書の構造は「M&AのSPA(株式譲渡契約書)とは」で解説しています。
株券発行会社では、契約に加えて株券の交付が効力発生要件になる点に注意してください(第128条第1項)。
ステップ5: 株主名簿の名義書換(第130条・第133条・第134条)
株式の譲渡は、取得者の氏名・住所を株主名簿に記載しなければ会社その他の第三者に対抗できません(第130条第1項)。名義書換の請求は、法務省令で定める場合を除き譲渡人と譲受人が共同で行います(第133条第2項)。
譲渡制限株式については第133条が原則として適用されませんが、第136条または第137条第1項の承認を受けている場合、指定買取人である場合、相続その他の一般承継で取得した場合には適用されます(第134条)。つまり、承認を得ていることが名義書換請求の前提になります。
譲渡承認請求書に必ず書く3つの事項(会社法第138条)
株主が請求する場合、請求書に明らかにすべき事項は次の3つです(第138条第1号)。書式が法定されているわけではありませんが、この3点が欠けていると請求として不十分になります。
記載事項 | 内容 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
イ. 株式の数 | 譲り渡そうとする譲渡制限株式の数(種類株式発行会社では種類および種類ごとの数) | 一部譲渡の場合は数を正確に。全株譲渡でも数を明記する |
ロ. 譲受人 | その株式を譲り受ける者の氏名または名称 | 買い手が確定していないと請求できない構造 |
ハ. 買取請求の付記 | 会社が承認しない旨の決定をする場合に、会社または指定買取人が買い取ることを請求するときは、その旨 | 任意記載だが、書かないと会社に買取義務が生じない |
「ハ」の買取請求の付記が最重要
第140条第1項は、「第138条第1号ハまたは第2号ハの請求を受けた場合において、承認をしない旨の決定をしたとき」に、会社に買取義務を課す構造になっています。
つまり、買取請求を付記せずに承認請求を出して不承認になった場合、会社には買い取る義務がありません。 譲渡できず、会社も買ってくれない、という出口のない状態になり得ます。少数株主や、株式の一部を売却したい株主にとっては決定的な差になります。
一方で、買取請求を付記した以上は、後述するとおり買取通知を受けた後は会社(または指定買取人)の承諾がなければ撤回できません(第143条)。「価格が想定より低かったのでやはり撤回する」ということができない点は、請求前に理解しておく必要があります。
承認請求書の作成チェックリスト
- 譲渡する株式の種類と数を記載したか
- 譲受人の氏名または名称(法人なら商号)を正確に記載したか
- 買取請求(第138条第1号ハ)を付記するか否かを決めたか
- 請求日を明記し、会社へ到達した日を証跡として残したか(2週間の起算点になる)
- 譲受人からの請求(第137条)の場合、株主名簿上の株主との共同請求の形式になっているか
請求日の到達記録は、みなし承認を主張する場面で決定的な証拠になります。配達証明付き郵便など、到達日が客観的に残る方法を選ぶのが安全です。
承認機関と決議要件の早見表
承認の決議と、不承認後の買取りの決議は、要件がまったく違います。 ここを混同すると決議が無効になりかねないため、分けて整理します。
承認するか否かの決議(第139条第1項)
会社の機関設計 | 承認機関 | 決議要件 |
|---|---|---|
取締役会設置会社 | 取締役会 | 議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数をもって決議(第369条第1項。定款で加重可) |
取締役会非設置会社 | 株主総会 | 普通決議(第309条第1項) |
定款に別段の定めがある会社 | 定款で定めた機関 | 定款の定めによる |
不承認となった後の決議(第140条)
決めること | 決議機関 | 決議要件 |
|---|---|---|
会社が対象株式を買い取る旨・買い取る株式数(第140条第1項各号) | 株主総会 | 特別決議(第309条第2項第1号)。議決権を行使できる株主の議決権の過半数(定款で3分の1以上に軽減可)を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上 |
指定買取人の指定(第140条第4項) | 株主総会(取締役会設置会社では取締役会) | 株主総会による場合は特別決議(第309条第2項第1号)。定款に別段の定めがあればその定めによる |
会社が自己株式として買い取る決定をする株主総会では、譲渡等承認請求者は議決権を行使できません(第140条第3項。ただし、それ以外の株主全部が議決権を行使できない場合を除く)。オーナーが大株主のまま自分の株式について買取決議を求めるケースでは、この制約が結論を左右します。
特別決議の運用そのものについては「会社売却の株主総会・特別決議 完全ガイド」で詳しく扱っています。
法定期限の一覧と、守らなかった場合に起きること

この記事で最も重要な表です。 譲渡承認手続きの期限は、単なる目安ではなく、経過した時点で法律上の効果が自動的に発生します。会社側にとっては失権、株主側にとっては価格固定のリスクになります。
期限 | 誰が何をする期限か | 根拠条文 | 期限を過ぎるとどうなるか |
|---|---|---|---|
2週間 | 会社が、承認請求の日から決定内容を通知する | 第145条第1号 | 承認したものとみなされる(定款でこれを下回る期間を定めた場合はその期間) |
40日 | 会社が、不承認の通知の日から買取通知(第141条第1項)をする | 第145条第2号 | 承認したものとみなされる(指定買取人が10日以内に第142条第1項の通知をした場合を除く。定款で短縮可) |
10日 | 指定買取人が、不承認の通知の日から買取通知(第142条第1項)をする | 第145条第2号かっこ書 | 会社の40日ルールに戻り、会社も通知しなければみなし承認(定款で短縮可) |
40日/10日以内 | 会社・指定買取人が、買取通知とあわせて供託を証する書面を交付する | 会社法施行規則第26条第1号・第2号 | 通知はしていても承認したものとみなされる |
1週間 | (株券発行会社の場合)請求者が、供託を証する書面の交付日から株券を供託する | 第141条第3項・第142条第3項 | 会社・指定買取人は売買契約を解除できる(第141条第4項・第142条第4項) |
20日 | 会社または請求者が、買取通知の日から売買価格決定の申立てを裁判所にする | 第144条第2項(指定買取人の場合は同条第7項で準用) | 申立てがないとき(その期間内に協議が調った場合を除く)は、1株当たり純資産額×対象株式数が売買価格として確定(第144条第5項) |
1年 | (相続等の場合)会社が、一般承継を知った日から相続人等への売渡請求をする | 第176条第1項ただし書 | 売渡請求ができなくなる |
(出典: 会社法・会社法施行規則の条文原文/e-Gov法令検索、2026年8月12日施行版。確認日2026年9月9日)
見落とされやすい「供託書面の不交付」によるみなし承認
多くの解説は第145条第1号・第2号までで止まりますが、会社法施行規則第26条は第145条第3号を受けて、次の場合にも承認したものとみなすと定めています。
- 会社が40日以内に第141条第1項の通知はしたが、その期間内に請求者へ供託を証する書面を交付しなかったとき(指定買取人が10日以内に第142条第1項の通知をした場合を除く)
- 指定買取人が10日以内に第142条第1項の通知はしたが、その期間内に供託を証する書面を交付しなかったとき
- 請求者が、会社または指定買取人との間の対象株式に係る売買契約を解除したとき
つまり、「買い取ります」と通知するだけでは足りず、1株当たり純資産額に相当する額を供託し、その証明書面を期間内に渡すところまでやらないと、承認したものとみなされます。会社側にとってはスケジュール管理の要点であり、株主側にとっては会社の手続き不備を指摘できるポイントです。
なお、第145条本文にはただし書があり、会社と譲渡等承認請求者との合意により別段の定めをしたときは、みなし承認の規定は適用されません。 実務では、期限延長の合意書を交わす対応が取られることがあります。期限の管理と合意書の作成は、弁護士の関与のもとで進めるのが安全です。
承認されなかった場合の流れ
不承認になっても、買取請求を付記していれば「株式を売る」という出口自体は残ります。 ただし、その先の分岐と価格の決まり方を理解していないと、想定外の低い価格で確定してしまうことがあります。
分岐1: 買取請求を付記していたか
状況 | 会社の義務 | その後 |
|---|---|---|
第138条第1号ハの買取請求を付記していた | 会社は対象株式を買い取らなければならない(第140条第1項) | 会社買取り、または指定買取人の指定へ |
付記していなかった | 買取義務は生じない | 譲渡できない状態が続く。改めて請求し直すか、別の譲受人を探すことになる |
分岐2: 会社が買うか、指定買取人が買うか
比較項目 | 会社(自己株式)が買い取る | 指定買取人が買い取る |
|---|---|---|
決議機関 | 株主総会(特別決議、第309条第2項第1号) | 取締役会設置会社は取締役会、非設置会社は株主総会特別決議(第140条第5項。定款で別段の定め可) |
請求者の議決権 | 行使できない(第140条第3項) | — |
通知期限 | 不承認通知の日から40日以内(第145条第2号) | 不承認通知の日から10日以内(第145条第2号かっこ書) |
供託 | 1株当たり純資産額×株式数を本店所在地の供託所へ(第141条第2項) | 同左。会社の本店所在地の供託所へ(第142条第2項) |
財源規制 | あり。分配可能額を超えて交付できない(第461条第1項第1号) | なし |
よくある指定先 | — | 他の株主、後継者、取引先、役員など |
分配可能額が足りない会社は、会社買取りルートを選べません。 中小企業では剰余金が薄く自己株式取得が難しいことが珍しくなく、その場合は指定買取人ルートを取らざるを得ません。誰を指定買取人にするかは、事実上そこで株主構成が決まる重要な判断になります。
分岐3: 価格の協議と裁判所への申立て
売買価格は、まず会社(または指定買取人)と請求者の協議によって定めます(第144条第1項)。協議が調わない場合、会社または請求者は、買取通知があった日から20日以内に裁判所へ売買価格の決定を申し立てることができます(第144条第2項)。
裁判所は、譲渡等承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮して価格を定めます(第144条第3項)。申立ての管轄は、会社の本店所在地を管轄する地方裁判所です(第868条第1項)。
20日以内に申立てをせず、その期間内に協議も調わなかった場合は、1株当たり純資産額×対象株式数が売買価格になります(第144条第5項)。ここが最も見落とされやすい落とし穴です。申立ての要否と準備は、期限に余裕をもって弁護士に相談してください。
撤回できるタイミングには制限がある
第141条第1項の通知(会社からの買取通知)を受けた後は会社の承諾を得た場合に限り、第142条第1項の通知(指定買取人からの買取通知)を受けた後は指定買取人の承諾を得た場合に限り、譲渡等承認請求を撤回できます(第143条)。価格が折り合わないから撤回する、という一方的な離脱はできません。
買取価格はどう決まるか|1株当たり純資産額とM&A評価額の差

供託額や、申立てがなかった場合の確定価格に使われる「1株当たり純資産額」は、会社法施行規則第25条で計算方法が定められた簿価ベースの数値です。 M&Aで提示される株価とは前提が異なります。
1株当たり純資産額の計算式(会社法施行規則第25条)
1株当たり純資産額 = 基準純資産額 ÷ 基準株式数 × 株式係数
- 基準純資産額(同条第3項): 算定基準日における、①資本金の額、②資本準備金の額、③利益準備金の額、④第446条に規定する剰余金の額、⑤最終事業年度末日における評価・換算差額等に係る額、⑥株式引受権の帳簿価額、⑦新株予約権の帳簿価額 の合計から、⑧自己株式および自己新株予約権の帳簿価額の合計を控除した額(零未満のときは零)
- 基準株式数(同条第4項): 種類株式発行会社でない場合は、発行済株式(自己株式を除く)の総数
- 算定基準日(同条第6項): 第141条第2項の場合は同条第1項の通知の日、第142条第2項の場合は同条第1項の通知の日
(出典: 会社法施行規則第25条の条文原文/e-Gov法令検索。確認日2026年9月9日)
M&A評価額との違い
項目 | 1株当たり純資産額(施行規則第25条) | M&Aで用いられる評価 |
|---|---|---|
基礎となる数値 | 貸借対照表上の簿価 | 時価純資産、DCF、類似会社比準、年買法など |
のれん・営業権 | 含まれない | 含まれることが多い(時価純資産+営業権など) |
含み損益 | 反映されない | 不動産・有価証券の含み益等を反映することがある |
将来収益 | 反映されない | 事業計画に基づき反映される |
利益が出ていて営業権の評価が乗る会社では、簿価純資産額はM&A評価額を大きく下回ることがあります。 逆に、含み損を抱えた資産や大きな借入がある会社では、簿価のほうが高くなるケースもあります。どちらに振れるかは会社の資産構成次第であり、「純資産額=必ず安い」と決めつけるのは誤りです。
いずれにせよ、価格が争点になる場面では、20日の申立期限を意識しつつ、株価算定の専門家に評価を依頼して交渉材料を用意するのが実務的な対応です。評価手法の全体像は「非上場株式の価値算定・株価評価方法ガイド」で解説しています。
税務についての注記: 会社が自己株式として買い取る場合、株主側でみなし配当が生じることがあり、通常の株式譲渡(申告分離課税)とは税負担が変わる可能性があります。※税務・法務の詳細は専門家(税理士・弁護士)への相談をおすすめします。関連する論点は「会社売却の税金・節税 完全ガイド」でも扱っています。
承認後の名義書換と、そろえておくべき書類

承認を得ただけでは株主は変わりません。株主名簿の名義書換まで完了して初めて、会社に対して株主であることを主張できます(第130条第1項)。
名義書換の手順
- 譲渡人と譲受人が共同で株主名簿記載事項の記載を請求する(第133条第2項)
- 会社が株主名簿を書き換える(記載事項は第121条: 株主の氏名・名称および住所、保有株式数、取得日、株券発行会社の場合は株券番号)
- 譲受人が請求すれば、会社は株主名簿記載事項を記載した書面を交付する(第122条第1項)。この書面には代表取締役の署名または記名押印が必要(同条第2項)。ただし株券発行会社には適用されません(同条第4項)
M&Aのクロージングでそろえる書類
買い手側は、株主が適法に移転したことを示す書類一式を求めます。一般的に次のものが対象になります。
書類 | 目的 |
|---|---|
株式譲渡承認請求書(写し) | 第138条の記載事項を満たしているかの確認 |
取締役会議事録または株主総会議事録 | 承認決議が適法な機関で行われたことの証明 |
譲渡承認通知書 | 会社が第139条第2項の通知をしたことの証明 |
株式譲渡契約書 | 譲渡の合意内容 |
名義書換請求書 | 共同請求が行われたことの証明 |
書き換え後の株主名簿 | 株主構成の確定 |
株主名簿記載事項証明書 | 買い手が株主であることの対外的な確認資料 |
(株券発行会社の場合)株券 | 譲渡の効力発生要件(第128条第1項) |
クロージング当日の段取りは「M&Aのクロージングとは?手続き・流れを解説」、DDで指摘されやすい書類の不備は「M&A DD(デューデリジェンス)売り手の準備チェックリスト」で整理しています。
承認手続きが不要なケースと、相続が起きた場合の扱い
すべての株式の移転に承認手続きが必要なわけではありません。 特に相続・合併などの一般承継は「譲渡」ではないため、譲渡承認手続きの対象外です。
ケース | 扱い | 根拠 |
|---|---|---|
相続・合併等の一般承継 | 譲渡承認手続きは不要。承継人は当然に株主となり、名義書換もできる | 第134条第4号 |
発行会社自身が取得する場合 | 第136条の「他人」から発行会社は除かれる。自己株式取得の手続き(第155条以下)による | 第136条かっこ書 |
定款のみなし承認条項に該当する譲渡 | 定款の定めにより承認したものとみなされる | 第107条第2項第1号ロ |
質権・譲渡担保の設定 | 会社法に明文の規定はなく、実務上は「譲渡」に当たらないとして承認不要と解される例が多い一方、担保実行時の株式移転は承認の対象になり得ます。見解が分かれる論点のため、事前に弁護士へ確認してください | 明文規定なし(実務解説による。確認日2026年9月9日) |
相続で株式が分散したときの売渡請求(第174条〜第177条)
相続は承認手続きの対象外なので、会社が望まない相手に株式が渡る可能性があります。そこで会社法は、定款に定めがあれば、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すよう請求できる制度を用意しています(第174条)。
項目 | 内容 | 根拠条文 |
|---|---|---|
定款の定め | 売渡請求ができる旨を定款で定める必要がある | 第174条 |
決議 | 請求のつど、株主総会の決議で「請求する株式の数」「その株式を有する者の氏名・名称」を定める | 第175条第1項 |
議決権 | 当該相続人等は、この株主総会で議決権を行使できない(他の株主全部が議決権を行使できない場合を除く) | 第175条第2項 |
期間制限 | 会社が一般承継があったことを知った日から1年を経過すると請求できない | 第176条第1項ただし書 |
撤回 | 会社はいつでも請求を撤回できる | 第176条第3項 |
価格決定 | 請求日から20日以内に裁判所へ売買価格決定の申立てが可能。申立てがないとき(期間内に協議が調った場合を除く)は売渡請求は効力を失う | 第177条第2項・第5項 |
注意すべき「逆転現象」: 第175条第2項により、売渡請求の対象となる相続人は当該株主総会で議決権を行使できません。そのため、株式を相続した後継者が対象になると、他の少数株主の議決権だけで後継者から株式を取り上げる決議が成立し得ます。定款に売渡請求条項を置く場合のリスクとして複数の法律事務所が指摘している論点です(確認日2026年9月9日)。定款設計は必ず弁護士に相談してください。
後継者不在や相続をきっかけに売却を検討する場合は「事業承継とは?M&Aとの違いと選び方」もあわせてご確認ください。
M&Aでのスケジュール逆算|いつ承認請求を出すか
M&Aでは、クロージング日から逆算して承認請求のタイミングを決めます。 法定の2週間は「最長」であって、会社側が早く決議して通知すればもっと短くできます。多くの中小企業M&Aでは、売り手オーナーが会社の代表者を兼ねているため、実務上は数日で完結します。
一般的な段取りの目安
タイミング | やること | 留意点 |
|---|---|---|
SPA締結の1〜2ヶ月前 | 定款・登記・株主名簿を点検。株券発行の定めや名義株の有無を確認 | 不備があれば定款変更・登記の手続きに時間がかかる |
SPA締結前後 | 譲渡承認請求書を作成し、会社へ提出 | 譲受人が確定していないと請求できない(第138条第1号ロ) |
請求後すみやかに | 取締役会または株主総会を開催し、承認決議 | 議事録を作成。買い手のクロージング書類になる |
決議後すみやかに | 会社が承認通知を交付(法定は請求の日から2週間以内) | 通知書は原本を保管 |
クロージング日 | 代金決済、(株券発行会社なら)株券交付、名義書換請求 | 同日に処理する段取りを事前に共有しておく |
クロージング直後 | 株主名簿の書換え、株主名簿記載事項証明書の交付、役員変更登記 | 買い手側が引き継ぎ後に速やかに実施 |
売却プロセス全体の所要期間は「M&A売却にかかる期間・タイムライン」で解説しています。
つまずきやすいポイント
- 取締役が集まらない — 取締役会の開催そのものができず、決議が遅れるケース。定款に第370条に基づく書面決議の定めがあるかを事前に確認しておくと安全です(定めがなければ書面決議はできません)。
- 株主名簿が実態と合っていない — 過去の譲渡が名義書換されていない、名義株が残っている等。これは承認手続き以前の問題です。「名義株の整理ガイド」を参照してください。
- 少数株主が承認に反対する — 取締役会非設置会社では株主総会の普通決議が必要なため、少数株主の存在が影響します。「M&A前の少数株主整理・株式集約 完全ガイド」で対応策を整理しています。
特に注意が必要な会社と、比較的スムーズに進む会社
同じ譲渡承認手続きでも、会社の状況によって難易度が大きく変わります。 自社がどちらに近いかを把握して、専門家に相談するタイミングを決めてください。
早めに弁護士・司法書士へ相談したほうがよい会社
状況 | なぜ注意が必要か | 先に確認すべきこと |
|---|---|---|
株主が5名以上に分散している/疎遠な株主がいる | 承認決議・買取決議の成立可否が読めない。不承認時の対応も複雑になる | 株主名簿の正確性、議決権比率、連絡可能性 |
登記に「株券を発行する旨の定め」が残っている | 株券の交付が効力発生要件になり、供託義務も生じる(第128条・第141条第3項) | 株券の現物の有無、株券不発行会社への変更の要否 |
名義株・株主の所在不明がある | 誰が株主か確定できず、名義書換ができない | 出資の実態、株主名簿と登記・申告書の整合 |
種類株式・拒否権付株式(黄金株)を発行している | 種類ごとに譲渡制限の有無が異なり、種類株主総会が必要になる場合がある | 定款の種類株式の内容、種類株式・黄金株がある会社の売却 |
定款で承認機関が特殊な定め方をされている | 第139条第1項ただし書の解釈が問題になる | 定款原本の確認、決議の有効性 |
相続で株式が移転した直後 | 譲渡承認ではなく第174条〜第177条の売渡請求の問題になる | 定款の売渡請求条項、1年の期間制限 |
分配可能額が乏しい | 会社が自己株式として買い取れない(第461条第1項第1号) | 直近の剰余金、指定買取人の候補 |
比較的スムーズに進みやすい会社
- オーナーが議決権の100%を保有し、取締役も親族のみで構成されている
- 株主名簿・議事録が毎期整理されており、過去の譲渡もすべて名義書換済み
- 登記上「株券を発行しない会社」であり、株券の物理的な取り扱いが不要
- 定款が標準的な内容で、承認機関が取締役会または株主総会と明確
- 買い手が確定しており、譲受人の氏名・名称を請求書に記載できる状態にある
この条件がそろっている場合、承認請求から通知までは実務上数日で完了します。ただし、手続きを省略してよいという意味ではありません。 議事録・通知書が残っていないと、買い手のDDで必ず指摘されます。
よくある質問(FAQ)
Q. オーナーが100%株式を持つ会社でも、譲渡承認手続きは必要ですか?
必要です。 定款に譲渡制限の定めがある以上、条文上の手続きは適用されます。株主全員の同意がある譲渡や、いわゆる一人会社の株主による譲渡については、承認手続きを経ていなくても会社に対する関係で有効と判断した最高裁判例があると解説されています(複数の法律事務所の解説による。確認日2026年9月9日)。ただしこれは、事後に譲渡の有効性が争われた場面での判断です。
M&A実務では、買い手が承認決議の議事録と承認通知書の提出を求めるのが通常です。手続きを省略するメリットはなく、書類が欠けることによるデメリットだけが残ります。
Q. 譲受人が決まっていない段階で、承認請求だけ先に出せますか?
出せません。 第138条第1号ロは「譲り受ける者の氏名又は名称」を明らかにすることを求めています。譲受人が特定されていない請求は、この要件を満たしません。M&Aでは買い手が確定してから請求する流れになります。
Q. 会社が2週間を過ぎてから「承認しない」と通知してきた場合はどうなりますか?
第145条第1号により、承認したものとみなされます。 会社が期間経過後に不承認の通知をしても、みなし承認の効果を覆すことはできません。ただし、第145条本文のただし書により、会社と請求者が合意して別段の定めをしていた場合は例外です。
争いになる可能性があるため、請求書の到達日を客観的に証明できる形で残しておくこと(配達証明等)が重要です。
Q. 取締役が集まらず取締役会を開催できません。書面で決議できますか?
定款に会社法第370条に基づく書面決議(取締役全員の同意による決議の省略)の定めがある場合に限り可能です。 定めがなければ、実際に取締役会を開催する必要があります。定款を確認し、対応方法を司法書士・弁護士に相談してください。
Q. 承認を得ずに譲渡してしまいました。後から手続きを追完できますか?
承認を得ずに行われた譲渡は、会社に対する関係では効力を生じないが、譲渡当事者間では有効と解されています(最高裁昭和48年6月15日判決。実務解説による、確認日2026年9月9日)。事後的に第137条第1項に基づき株式取得者から承認請求を行うことが考えられますが、この請求は原則として株主名簿上の株主と共同して行う必要があります(同条第2項)。
譲渡人と連絡が取れない、すでに死亡している等の事情があると難航します。個別事情によって取れる手段が変わるため、弁護士への相談が前提です。
Q. 承認を得たのに、会社が名義書換に応じてくれません。
第134条により、第136条または第137条第1項の承認を受けている場合には第133条(名義書換請求)が適用されます。会社が正当な理由なく名義書換を拒否している場合には、株主名簿の名義書換請求訴訟や、株主であることの確認を求める手続きが検討されます。具体的な進め方は弁護士にご相談ください。
Q. 不承認になったとき、価格の話し合いに応じないまま放置するとどうなりますか?
買取通知の日から20日以内に裁判所へ売買価格決定の申立てをせず、その期間内に協議も調わなかった場合、1株当たり純資産額×対象株式数が売買価格になります(第144条第5項)。放置は、価格を自ら手放すのと同じ意味になり得ます。価格に納得できない場合は、20日の期限を意識して株価算定と申立ての準備を進めてください。
まとめ|期限管理と書面整備が手続きの成否を分ける
譲渡制限株式の譲渡承認手続きで押さえるべき点は、次の3つに集約されます。
- 請求書の記載事項を落とさない — 株式数・譲受人・買取請求の付記(第138条第1号)。特にハの付記がないと、不承認時に会社の買取義務が生じません。
- 期限を過ぎると法律上の効果が自動的に発生する — 会社が2週間以内に通知しなければみなし承認(第145条第1号)、株主が20日以内に申し立てなければ1株当たり純資産額で価格が確定(第144条第5項)。「通知はしたが供託書面を渡さなかった」場合もみなし承認になります(施行規則第26条)。
- 議事録・通知書・株主名簿を残す — M&Aでは、これらの書類がクロージング条件そのものになります。
会社を売る立場であれば、承認手続きは「買い手に引き渡す証跡を作る作業」でもあります。定款と登記の確認から始め、株主名簿の整合を取ったうえで、余裕をもったスケジュールで進めてください。
専門家への相談について: 譲渡承認手続きの設計、承認請求書・議事録・通知書の作成、定款変更や登記、裁判所への売買価格決定の申立ては、弁護士・司法書士の関与が前提となる領域です。また、自己株式取得に伴うみなし配当など税務上の影響については税理士にご確認ください。本記事は一般的な解説であり、個別の法的判断を提供するものではありません。
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