M&Aの誓約事項(コベナンツ)とは、株式譲渡契約や事業譲渡契約などの最終契約で、売り手と買い手が「これをする」「これはしない」と約束する条項です。 売り手の場合、主な中身は「クロージング(株式の引渡しと代金の決済)まで会社をいつも通りに経営すること」と「クロージング後は引継ぎに協力し、競業や従業員の引き抜きをしないこと」の2つです。
この記事でわかること:
- 誓約事項の意味と、表明保証・前提条件・補償との違い
- クロージング前・クロージング後に売り手が守る義務の具体例
- 締結後、社長が買い手の同意なしにやると違反になりやすい行為のチェックリスト
- 買い手が負う誓約事項(経営者保証の解除・従業員の雇用継続など)と、守られなかったときの手段
- 違反したときに起こること、契約交渉で売り手が確認したいポイント
こんな方に向けた記事です: 株式譲渡・事業譲渡で会社を売る予定のオーナー経営者、最終契約書のドラフトを受け取って条文の意味を確認したい方。
本記事は、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」と、同ガイドラインの参考資料「各種契約書等サンプル」(2025年12月15日時点版)を主な根拠にしています(確認日: 2026年9月26日)。
ご注意: 誓約事項の範囲や効果は、個別の契約文言によって大きく変わります。本記事は一般的な解説です。実際の契約条項の判断は、M&Aに詳しい弁護士などの専門家にご相談ください。
M&Aの誓約事項(コベナンツ)とは

誓約事項とは、最終契約の当事者が、将来に向けて一定の行為をする(作為)、またはしない(不作為)と約束する条項です。英語の「Covenants(コベナンツ)」をそのまま使って「コベナンツ条項」と呼ぶこともあります。
M&Aの最終契約は、契約を結ぶ日(締結日)と、実際に株式を渡して代金を受け取る日(クロージング日)が別になるのが一般的です。その間と、クロージング後の一定期間に、各当事者がやるべきこと・やってはいけないことを定めるのが誓約事項の役割です。
中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルには「誓約事項」という見出しはありません。ただ、「第4章 クロージング前の取扱い」(第9条 売り手の義務/第10条 買い手の義務)と「第5章 クロージング後の取扱い」(第11〜14条)が、実質的に誓約事項にあたります。事業譲渡契約書サンプルでは「善管注意義務」(第12条)と「競業避止義務」(第13条)という形で定められています。
(出典: 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料7 各種契約書等サンプル」2025年12月15日時点版、確認日: 2026年9月26日)
誓約事項は法律で決まった義務ではない
株式譲渡の誓約事項は、当事者の合意で決める契約上の義務です。法律で一律に決まっているわけではなく、中小企業庁のサンプルも「あくまでも例」とされています。そのため、範囲・期間・書き方は交渉で調整できます。
例外として、事業譲渡では会社法21条により、特約がなければ譲渡した会社に原則20年の競業避止義務が生じます。詳しくはM&Aの競業避止義務とはで解説しています。
融資契約の「コベナンツ(財務制限条項)」とは別物
「コベナンツ」で検索すると、銀行融資の財務制限条項(純資産や利益を一定水準以上に保つ、担保に入れない、配当を制限するといった約束)の解説も出てきます。これは借入契約の条件であり、この記事で扱うM&A最終契約の誓約事項とは別のものです。
項目 | M&A最終契約の誓約事項 | 融資契約のコベナンツ |
|---|---|---|
契約の当事者 | 売り手と買い手 | 借り手と金融機関 |
主な中身 | クロージング前の経営の制限、承認手続、競業避止、引継ぎ協力、保証解除など | 財務指標の維持、担保提供の制限、配当制限など |
期間 | 締結〜クロージング後の一定期間 | 借入期間中 |
違反したとき | クロージング拒否・解除・補償 | 期限の利益喪失(一括返済)など |
表明保証・前提条件・補償との違い
誓約事項は、単独ではなく表明保証・前提条件・補償・解除とセットで働くのがポイントです。結論からいうと、表明保証は「現在の事実の約束」、誓約事項は「これからの行動の約束」で、どちらも守られなければ前提条件の不充足や補償につながります。
条項 | 何を定めるか | いつの話か | 守られないと起こること |
|---|---|---|---|
表明保証 | 会社の財務・契約・労務などの事実が「真実かつ正確」だと表明する | 契約締結日とクロージング日時点の事実(サンプル第7条・第8条) | 前提条件の不充足、補償(第16条)、解除(第15条) |
誓約事項 | これから「〜する」「〜しない」と約束する | 締結〜クロージング/クロージング後 | 前提条件の不充足(第5条②)、補償(第16条)、クロージング前の解除(第15条) |
前提条件 | そろわなければ相手が代金支払いや株式の引渡しを拒否できる条件 | クロージング日 | 相手はクロージングを拒否できる(放棄して実行することも可) |
補償 | 表明保証違反・義務違反で相手に生じた損害を穴埋めする | 主にクロージング後 | 金銭での補償(上限・下限・請求期限を設けることが多い) |
(出典: 中小企業庁 株式譲渡契約書サンプル 第5〜8条・第15条・第16条、2025年12月15日時点版、確認日: 2026年9月26日)
中小企業庁のサンプルでは、買い手が代金を支払う前提条件の一つとして「第9条に規定する甲(売り手)の義務が全て履行されていること」が挙げられています(第5条②)。つまりクロージング前の誓約事項を破ると、クロージングしてもらえない可能性があるということです。
表明保証の詳しい仕組みはM&Aの表明保証とは、最終契約全体の構成はSPA(株式譲渡契約書)とはで解説しています。
クロージング前に売り手が守る誓約事項

クロージング前の誓約事項の中心は、「契約を結んだときの会社の状態を、クロージングまで保つこと」です。買い手は締結時点の会社を前提に価格を決めているため、その間に会社の中身が変わると困るからです。
中小企業庁の株式譲渡契約書サンプル第9条では、売り手の義務として次の3つが挙げられています。
- 対象会社の取締役会に、株式譲渡を承認する決議をさせる
- 対象会社の活動を「通常の事業活動の範囲内」で行わせ、範囲外の活動は事前に買い手の同意を得る
- 表明保証に違反する行為をしない。違反の事実やそのおそれが生じたら、直ちに詳細を買い手に通知する
事業譲渡の場合も、サンプル第12条で「承継対象の事業・財産を善良な管理者の注意をもって管理し、重大な影響を及ぼす行為は事前に買い手の書面承諾を得る」と定められています。
いつも通りの経営を続ける(事前同意が必要になりやすい行為)
売り手が最も注意したいのが「通常の事業活動の範囲内」の義務です。社長にとっては普段の経営判断でも、締結後は買い手の同意が必要になることがあります。
締結〜クロージングの間に、買い手の同意なしで行うと問題になりやすい行為の例:
- 配当や自己株式の取得など、会社のお金を株主に出す
- 役員報酬・役員退職金の変更や支払い(契約で決めたものを除く)
- 多額の設備投資、新たな借入、保証や担保の提供
- 不動産・重要な設備・子会社株式などの売却
- 重要な取引先・仕入先との契約の締結、変更、解約
- 幹部社員の採用・解雇、給与体系や就業規則の大きな変更
- 増資、定款変更、組織再編
- 訴訟の提起・和解
- オーナー個人や親族との取引(貸付・資産の売買など)
どの行為が対象になるかは契約ごとに違います。サンプルのように「通常の事業活動の範囲内」とだけ書く契約もあれば、事前承諾事項を一覧で列挙する契約もあります。迷ったら自己判断せず、買い手に事前に相談して書面で同意を取るのが安全です。
また、中小M&Aガイドラインは、社長個人の資産・負債(会社から社長への貸付、社長名義の資産など)の整理は、できるだけ最終契約前に済ませることを求めています。後に残す場合は、対象と移転方法・金額を最終契約に具体的に書くことが必要とされています(中小M&Aガイドライン第3版、確認日: 2026年9月26日)。
株式譲渡の承認と取引先の同意取得
中小企業の株式の多くは、譲渡に会社の承認が必要な「譲渡制限株式」です。そのため、取締役会(取締役会がない会社では株主総会)で譲渡を承認する手続きが、売り手の義務として定められます。手続きの流れは譲渡制限株式の譲渡承認手続きで解説しています。
また、取引先や貸主との契約に「株主や経営者が変わったら契約を解除できる」というチェンジ・オブ・コントロール(COC)条項がある場合、その相手から事前に同意を取ることも誓約事項になりやすい項目です。相手の判断次第の部分があるため、「同意を得るよう最大限努力する」という努力義務の形で書かれることが多くあります。COC条項についてはチェンジ・オブ・コントロール条項とはをご覧ください。
このほか、デューデリジェンス(買収監査)で見つかった問題の是正(未払残業代の精算、名義の整理など)が、クロージング前の誓約事項として追加されることもあります。
表明保証違反の通知
締結後に、表明保証した内容と違う事実が見つかったり、違反のおそれが出てきたりした場合、売り手はすぐに買い手へ詳細を通知する義務を負います(サンプル第9条③)。
売り手にとって隠したくなる場面もありますが、通知を怠ると誓約事項違反も重なり、後の補償でより不利になるおそれがあります。気づいた時点で仲介者・FAと弁護士に共有し、通知の仕方を相談するのが現実的です。
クロージング後に売り手が守る誓約事項

クロージング後の誓約事項の中心は、「引継ぎに協力すること」と「買った会社の価値を下げる行為をしないこと」です。中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルでは、第12条・第13条に次のような売り手の義務があります。
義務 | サンプルでの書き方(要旨) |
|---|---|
役員の辞任 | クロージング日付で取締役・代表取締役を辞任し、他の役員も辞任させる。買い手の役員選任などに協力する(第12条) |
引継ぎへの協力 | 買い手の合理的な求めに応じ、決算・税務申告を含む必要な引継ぎに合理的な範囲で協力する(第13条①) |
競業避止 | 契約締結後●年間、書面承諾がなければ競業する業務をしない。第三者にもさせない(第13条②) |
従業員の勧誘禁止 | 契約締結後●年間、対象会社の従業員を勧誘しない・退職を促さない(第13条③) |
クレーム処理への協力 | 表明保証違反・債務不履行で第三者からクレームが来た場合、処理に協力する(第13条④) |
株式に関する紛争の解消 | 株式に権利を主張する第三者が現れたら、売り手の費用と責任で解消する(第13条⑤) |
税務調査への協力 | クロージング前の取引に関する税務調査に相互に協力する(第13条⑥) |
(出典: 中小企業庁 株式譲渡契約書サンプル 第12条・第13条、2025年12月15日時点版、確認日: 2026年9月26日)
役員を辞任するタイミングや登記の流れはM&Aでの役員の辞任タイミングと手続きをご覧ください。
引継ぎへの協力
サンプルでは、引継ぎの協力は「合理的な範囲で」とされています。社長が会社に残って一定期間働く約束(いわゆるロックアップ条項・キーマン条項)とは別に、決算や税務申告、取引先への挨拶など、実務の引継ぎに協力する義務です。
中小M&Aガイドラインも、売り手経営者はクロージング後の統合作業(PMI)で円滑な引継ぎに誠実に対応する必要があるとしています。残留期間や役職を伴う約束についてはロックアップ条項とはとキーマン条項とは、引継ぎの進め方は会社売却後の社長の引継ぎとPMIとはで詳しく解説しています。
競業避止・従業員の引き抜き禁止
売却後に社長が同じ事業を始めたり、元の社員を連れて行ったりすると、買い手が買った会社の価値が大きく下がります。そのため、一定期間の競業禁止と従業員の勧誘禁止は多くの契約で定められます。
サンプルでは期間が「●年間」と空欄になっており、案件ごとに決めるものです。期間・地域・業務範囲が広すぎると、売却後の働き方が大きく制限されます。期間の考え方はM&Aの競業避止期間の目安で整理しています。
クレーム・税務調査への協力
クロージング後に、クロージング前の取引についてクレームや税務調査が入ることがあります。当時の事情を一番よく知っているのは元の社長なので、処理への協力が義務として定められます。売却後もしばらくは、決算書や契約書のコピー、連絡手段を残しておくと対応しやすくなります。
買い手が負う誓約事項(売り手が必ず確認すること)
誓約事項は売り手だけが負うものではありません。売り手の生活や従業員を守る約束は、買い手の誓約事項として契約に書き込んでおかないと、守らせる根拠がなくなります。 中小企業庁のサンプルでは、買い手の義務として次のような項目が挙げられています。
時期 | 買い手の義務(サンプル要旨) | 売り手にとっての意味 |
|---|---|---|
クロージング前(第10条) | 経営者保証について金融機関と交渉し、解除・新しい保証の差し入れについて意向表明を取り、結果を売り手に通知する | 保証が外れる見通しを、代金を受け取る前に確認できる |
クロージング前(第10条) | 役員変更登記の書類(就任承諾書など)を準備する | クロージング後すぐに代表者を交代できる |
クロージング後(第11条) | 辞任する売り手への役員退職慰労金を承認・支払いさせる | 退職金を確実に受け取れる |
クロージング後(第14条) | 原則として従業員を全員継続雇用する | 従業員の雇用を守る根拠になる |
クロージング後(第14条) | すみやかに経営者保証の解除を金融機関と交渉・合意させる。売り手の保証で損害が出たら補償する | 売却後も個人保証が残るリスクを減らす |
クロージング後(第14条) | 保証解除が終わるまで、株式の第三者への譲渡や担保提供をしない | 会社が転売されて保証だけ残る事態を防ぐ |
(出典: 中小企業庁 株式譲渡契約書サンプル 第10条・第11条・第14条、2025年12月15日時点版、確認日: 2026年9月26日)
このほか、買い手の規模が大きい場合は、公正取引委員会への株式取得の事前届出がクロージング前の買い手の手続きになることがあります。届出が必要な場合、届出受理日から原則30日を経過するまで株式を取得できないため、クロージング日の設定に影響します(出典: 公正取引委員会「株式取得の届出制度」、確認日: 2026年9月26日)。中小M&Aの多くは届出基準に届きませんが、基準の考え方はM&Aの企業結合審査・独占禁止法の基礎で解説しています。
経営者保証の解除と「解除・買戻し」条項
中小M&Aの売り手にとって、最も大事な買い手の誓約事項が経営者保証(社長の個人保証)の解除です。中小企業庁は、ガイドライン改訂の理由として、経営者保証を移す想定だったのに移さない譲り受け側の存在など、最終契約の不履行トラブルを挙げています。
2025年12月15日時点版の株式譲渡契約書サンプルには、保証が外れない場合の売り手の救済手段として第15条の2(解除に係る特則及び買戻し条項)が載っています。ひな形の一例として、次のいずれかにあたる場合、売り手はクロージング日から1年以内に、書面通知で契約の解除か株式の買戻し(相当な価額を支払う)を選べるとされています。
- クロージング日から3か月たっても経営者保証等が解除されない
- クロージング日から14日以内に、買い手が金融機関へ具体的な相談を始めない(挨拶や日程調整だけでは「相談」に含まれない)
- 金融機関が解除に応じない、または条件をつけたのに、1か月以内に買い手が借り換え・一括返済などを自己負担で行わない
なお、ここに出てくる3か月・14日・1か月・1年といった数値はひな形の例であり、実務の標準や相場ではありません。サンプル自体も、クロージング後は買い手が会社の口座や印鑑を握るため、実際の対応は「困難を極めることが予想される」と注記しています。
そのため現実的には、クロージング前の段階で、買い手に金融機関の意向表明を取ってもらう、可能であればクロージング日に代表者変更登記と保証解除を同時に行う、という進め方が重要です。クロージング時に買い手の資金で借入金を返済・借り換えする場合は、「クロージングと同時に借入金を返済する義務」を定める方法もあります。具体的な進め方は会社売却時の個人保証・連帯保証の解除方法で解説しています。
従業員の継続雇用と役員退職慰労金
従業員の雇用継続は、サンプルでは「原則として全員継続雇用」とされていますが、実際の契約では「雇用の継続に努める」といった努力義務にとどまることもあります。結果を約束する書き方か、努力を約束する書き方かで守らせる力が大きく変わるので、文言を確認しておきましょう。売却後の従業員の扱いはM&Aで従業員はどうなる?もあわせてご覧ください。
役員退職慰労金をクロージング後に支払う形にする場合、中小M&Aガイドラインは、クロージング後の支払い(分割払い・退職慰労金の後払いなど)には不履行のリスクがあると注意を促しています。支払時期と金額、支払われなかった場合の扱いを契約に明記することが大切です。退職慰労金の税務上の扱いはM&Aの役員退職慰労金の活用ガイドで解説しています。※税務の詳細は税理士への相談をおすすめします。
誓約事項に違反するとどうなる?
違反の効果は、クロージング前なら「クロージングの拒否・契約解除」、クロージング後なら主に「補償(損害賠償)」と整理できます。
違反の時期 | 主な効果 | 中小企業庁サンプルでの根拠 |
|---|---|---|
クロージング前 | 相手は前提条件の不充足を理由にクロージングを拒否できる | 第5条②・第6条② |
クロージング前 | 相当期間を定めて催告し、是正されなければ契約を解除できる(クロージング前に限る) | 第15条1項 |
前後共通 | 違反によって生じた損害(合理的な弁護士費用を含む)を補償する | 第16条1項 |
解除後 | 解除しても補償の請求はできる | 第15条3項 |
(出典: 中小企業庁 株式譲渡契約書サンプル、2025年12月15日時点版、確認日: 2026年9月26日)
誓約事項違反の補償に「上限」がかかるかは要確認
売り手が見落としやすいのが補償の上限・期限です。サンプルでは、補償の上限(譲渡価額の●%)・下限(1事由●円超など)・請求期限(クロージング日から●か月)が定められているのは表明保証違反による補償です。義務(誓約事項)違反の補償には、上限・下限・期限が及ばない書き方になっています。
実際の契約でも同じとは限らず、文言次第です。誓約事項違反にも上限や期限をかけるのか、かけないのかは、売り手にとって重要な交渉ポイントになります。なお、サンプルは表明保証の補償上限について「100%に近い上限が設定される場合は、その妥当性を慎重に吟味する必要がある」と注記しています。
補償の上限・免責金額の交渉の考え方はM&A補償の上限・免責金額(キャップ・バスケット)交渉ガイド、表明保証違反の補償リスクを保険で移す方法は表明保証保険(W&I保険)とはで解説しています。
仲介会社はクロージング後のトラブルに対応できない
中小M&Aガイドラインは、仲介者・FAの支援は基本的にクロージング時点で終わるとしています。クロージング後の紛争解決に仲介者が関与すると、弁護士法72条の非弁行為にあたるおそれがあるためです。クロージング後に誓約事項をめぐるトラブルが起きたら、弁護士に相談するのが原則です。
売り手が契約交渉で確認したい6つのポイント

誓約事項は条項ごとに交渉できます。売り手が最終契約のドラフトを受け取ったら、次の6点を確認しておくと、後のトラブルを減らせます。
# | 確認ポイント | 確認する理由 |
|---|---|---|
1 | 結果を約束するのか、努力を約束するのか | COC先の同意取得など、相手次第の事項を結果義務にすると、努力しても違反になりうる |
2 | 事前同意が必要な行為の基準 | 「通常の事業活動」の範囲があいまいだと、普段の経営判断が違反と言われるおそれがある。金額基準や具体例で線を引く |
3 | 競業避止・勧誘禁止の期間・地域・範囲 | 広すぎると売却後の仕事が制限される |
4 | 補償の上限・請求期限が誓約事項違反にも及ぶか | 及ばない場合、補償額が青天井になる可能性がある |
5 | 買い手の義務の書き方(保証解除・雇用継続・退職金) | 売り手を守る約束は、期限・具体的な行動・守られない場合の手段(解除・買戻し・補償)まで書く |
6 | 締結からクロージングまでの期間 | 中小M&Aガイドラインは、特段の事情なく2か月以上空けると、業績の変化などで契約修正や不履行のリスクがあるとしている |
中小M&Aガイドラインは、仲介者・FAや士業のアドバイスを受けつつも、売り手自身でも契約内容を十分に確認すること、必要に応じて別の士業にセカンド・オピニオンを求めることを勧めています。仲介者は売り手と買い手の双方から依頼を受ける立場であるため、契約内容の最終確認は売り手側の弁護士に頼むのが安心です。セカンド・オピニオンの頼み方はM&Aセカンドオピニオンの活用ガイドで解説しています。
最終契約全体のチェックはM&Aのクロージングとは、価格調整に関する条項はM&Aの価格調整条項とアーンアウトとはもあわせてご確認ください。
誓約事項で特に注意したい売り手・比較的リスクが小さい売り手
誓約事項の重さは、会社の状況によって変わります。次のような売り手は、ドラフト段階で弁護士に条文を見てもらうことを特におすすめします。
誓約事項の交渉を特に丁寧に行いたい売り手:
- 金融機関借入に社長の個人保証がついている
- 大口取引先や賃貸借契約にCOC条項がある
- 売却後も同じ業界で仕事を続けたい、別の会社を経営している
- 役員退職慰労金や譲渡代金の一部をクロージング後に受け取る
- 社長個人と会社の間に貸し借りや資産の混在がある
- 締結からクロージングまでに許認可の手続きなどで時間がかかる
比較的リスクが小さい売り手(それでも条文の確認は必要):
- 個人保証がない、またはクロージング日に借入を一括返済する
- 取引先にCOC条項がなく、承認手続は社内の取締役会だけで済む
- 売却後は業界から完全に引退する予定
- 代金も退職金もクロージング日に一括で受け取る
よくある質問
Q. 基本合意書(MOU)の段階でも誓約事項はありますか?
基本合意書は、一般的に法的拘束力を持たない部分が多い書面です。ただし、独占交渉権や秘密保持など、一部の条項だけに拘束力を持たせるのが通例です。最終契約の誓約事項ほど広い義務が課されることは多くありませんが、どの条項に拘束力があるかは書面で確認してください。詳しくは基本合意書(MOU)とはをご覧ください。
Q. 締結後に、大口取引先から一方的に契約を打ち切られたら違反になりますか?
誓約事項違反にあたるかは、その結果が売り手の行為によるものか、契約にどう書かれているかによります。取引先の判断による打ち切りは、誓約事項ではなく表明保証や「重大な悪影響(MAC)」に関する条項の問題として扱われることもあります。判断が分かれるところなので、打ち切りの連絡を受けた時点で買い手に共有し、弁護士に確認してください。
Q. 個人事業の事業譲渡でも誓約事項はありますか?
あります。中小企業庁の事業譲渡契約書サンプルにも、クロージングまでの善管注意義務や競業避止義務が定められています。事業譲渡の違いについては事業譲渡とはで解説しています。
Q. 誓約事項の条文は、弁護士に見てもらう必要がありますか?
法律上の義務ではありませんが、中小M&Aガイドラインは士業へのセカンド・オピニオンも有用としています。最終契約は売却後の自由や受け取る金額に直結するため、ドラフトの段階で売り手側の弁護士に確認を頼むと安心です。費用は事務所や案件の規模によって異なるため、事前に見積もりを取ってください。
まとめ
- M&Aの誓約事項(コベナンツ)は、最終契約で「これをする・これはしない」と約束する条項。法律で決まった義務ではなく、交渉で内容を調整できる
- 売り手のクロージング前の中心は「いつも通りの経営」。配当・役員報酬の変更・大きな投資や借入・重要契約の変更などは、買い手の事前同意が必要になりやすい
- 売り手のクロージング後の中心は「引継ぎ協力」と「競業避止・従業員の勧誘禁止」
- 経営者保証の解除、従業員の雇用継続、退職慰労金の支払いは、買い手の誓約事項として具体的に書き込む。中小企業庁の2025年12月版サンプルには、保証が外れない場合の解除・買戻し条項の例がある
- 違反の効果は、クロージング前ならクロージング拒否・解除、クロージング後なら主に補償。誓約事項違反に補償の上限・期限が及ぶかは要確認
誓約事項の内容は、M&Aの進め方を任せる仲介会社やFAの経験によっても交渉の質が変わります。契約面のサポート体制も含めて依頼先を選びたい方は、M&A仲介会社の選び方を参考にしてください。そのほかの契約用語はM&A用語集でまとめて確認できます。
ご注意: 本記事は、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」および「各種契約書等サンプル」(2025年12月15日時点版)をもとにした一般的な解説です(確認日: 2026年9月26日)。サンプルは当事者の意向を制約するものではなく、実際の契約条項の内容や効果は個別に異なります。契約条項の判断は、M&Aに詳しい弁護士などの専門家にご相談ください。
